検察は上告せず、無実の確定を!
〜大阪高裁第2次控訴審〜
1974年、西宮の福祉施設で起きた「甲山学園事件」で、9月29日、第2次控訴審となる大阪高裁は、被告人の山田悦子さんに無罪を言い渡しました。事件発生から26年、無実の罪に問われてきた山田さんにとっては三度目の無罪判決になります。判決内容も「園児の目撃証言や自白調書の信用性は乏しい」と、山田さんの主張を全面的に認めた完全無罪判決でした。無実の人には無罪しかありえません。検察もこれ以上、冤罪者「ストーカー」を続けず、上告しないよう強く訴えます。(S)
犯人探しではなく
冤罪を防ぐメディアに
一方、判決の日、新聞・テレビも甲山判決を大きく伝えました。
新聞は各社とも当日の夕刊一面トップで「山田さん無罪」「検察、上告困難か」などと伝え、また在阪テレビ各社も大阪高裁から生中継の特別番組を編成し、無罪を報じました。しかしメディアは自らが過去、犯人視報道を行ったことについては触れず、甲山事件のように冤罪者を二度と作らないという取り組みはまだ不十分といわざるを得ません。
この中でサンテレビが判決前日、事件発生当初の自社の報道を紹介した上、松本サリン事件の被害者・河野義行さんにインタビューし、自身が犯人と決め付けられた報道をされた深刻な体験、そして市民の報道被害を救済するための報道評議会の設置を求める声を放送しました。高く評価したいと考えます。
和歌山カレー事件同様の
犯人視報道だった甲山事件
「甲山事件」は1974年、浄化槽から園児二人の遺体が見つかり、殺人事件として捜査をはじめたことに端を発します。当時、保母だった山田さんが逮捕され、その際新聞・雑誌・テレビなどにより「保母が犯人」「暗い青春の女」などと犯人と決め付けられる報道をされ、あたかも事件が解決したかのようなイメージを振りまかれました。
また1978年の再逮捕時にも、自宅から連行される写真を掲載された他、「執念の捜査実る新証拠」「崩れたアリバイ」などと一回目の逮捕と同じような犯人視報道が繰り返されました。
警察情報に頼り、犯人と決め付ける現状の「実名報道」の問題がすべて集約されて起こった、言わば「犯罪報道の犯罪」の原点とも言える報道でした。
犯人視報道の反省に立ち
甲山報道の検証を
今回の判決記事の中で、新聞各紙は一様に検察側の「証拠の乏しさ」を指摘し、それが「裁判の長期化を生んだ」と指摘しています。
それでは「証拠が乏しい」にもかかわらず、犯人視報道を行ってきた問題はどうなるのでしょうか。犯人視報道が、検察側に「自信」を持たせ、また世間に「保母逮捕で事件解決」をふりまいて起訴、裁判に持ち込ませた側面について触れないのでは、報道の役割としてあまりにも公平を欠いているといわざるをえません。
犯人視報道をやめ、二度と冤罪者作りに加担しないメディアに向けて、検証すべき点について、私見ですが思いつくまま提案したいと思います。
(1) 捜査チェックの問題
△判決の解説記事の中で「証拠上、無理があった」としていたが、「無理な証拠」にもかかわらず事件発生当時、犯人視報道を行った原因はどこにあったのか。そして現在も、捜査機関の情報をもとに冤罪者を追いつめる報道をしていないのかどうか。
△警察・検察の捜査、訴訟指揮のあり方(証拠の集め方、取調べの方法など)は市民の立場からチェックされたのか。
(2) 犯人視を前提とした実名報道の問題
△捜査官の取材をするのは当然のことだが、捜査官の言い分がそのまま記者の認識となり、犯人視報道につながりました。メディアにとってこの痛い体験をもとに、どう改善策を取るのか。
△報道で名前、家族関係を出されることで、社会的に追い込まれ、さらには被疑者の防御権が侵害されることが明らかですが、甲山事件のように報道被害者を作ってもなお実名報道は維持しなければならないものなのか。
△今回の判決で再び、亡くなった園児の家族に取材し、「裁判官がいくら無実といっても、有罪を信じます」(神戸新聞)というコメントを掲載したが、甲山事件のケースではたびたび被疑者と遺族とがパックになって報道されてきた。結果として無罪判決を否定するものではないのか。
(3)「女性」故の大報道
被疑者・被告人が女性であるが故に、犯人視され、そして報道された。女性だけが「母性」をことさらに強調され、「優しくあるべき女性が殺人者だった」という男性的思い込みが、大ニュースにさせたのではないか。徳島ラジオ商事件で再審無罪判決を受けた富士茂子さんも同じケースだが、容疑者(被害者でも)が女性故にプライバシーを暴かれる報道は問題ではないのか。
(4)冤罪事件をキチンと受け止める事
冤罪事件は、民事事件と決定的に違う質を持っている。冤罪者は警察に逮捕され、報道されることで一般の人に対し「犯人」と決め付けられる状況が形成される。「犯人」と見られることで、社会から迫害されてしまい、被疑者側の言い分が通りにくくなってしまう。
とりわけ日本の場合は、警察に逮捕されるだけで、特に社会の側の実態的な処罰(買い物に行けない、解雇される、子供が転校を余儀なくされるなど)が強く、被疑者に有利な証言を求めるなどの有効な防御権を行使することができない社会構造であると考える。近年では松本サリン事件の河野さんの例が出てきて、「誤認逮捕」もありうることが一般に知られるようになったが、最近の和歌山カレー事件、オウム報道を見ていると、大ニュースになるとメディアも「冤罪」に加担する体質は、基本的に変わっていないように思う。
市民が間違った捜査で、やってもいないのに逮捕されるということは、これからもあり得る事だ。
メディアが二度と冤罪に加担しない、冤罪者を作らない決意のもと、報道のあり方について真剣に考えるべきではないか。
不祥事報道の不祥事
最近、神奈川県警の不祥事報道がやたらと目に付く。権力機関である警察が自己の不祥事を隠し通そうとすることに対して、マスコミが反発するのは、権力チェックの点からすれば好ましいことであり、そもそも第四権力といわれるマスコミが担うべき役割を果たしているといえよう。
しかし、記事を見ていて不思議な点がある。最近まで警官の名前が誰一人として実名であげられていなかったのである。
もちろん、いまだ犯罪として立件されていないし、逮捕されていない段階であるから、実名を出すべきでないという判断もあろう。もし、そのような判断で実名を出さないのであれば、それは歓迎すべきことである。なぜなら、実名を出して警官の名前を特定したところで何の意味もないし、むしろ、警察内部のどのような立場(役職)の人間が、どのような不祥事(もしくは犯罪行為)を行ったかということこそが問題であり、実際、新聞を読んでいても何ら不都合はないからである。
しかし、本当にそのような判断で警官の実名が報道されていないのであろうか。いや違うであろう。おそらく、県警が警官の実名を発表していないからこそ、新聞紙上でも実名が報道されていないものと思われる。推測の域を出ないが、現在のマスコミが実名報道主義をとっているからこそ、県警は、いまだ犯罪として立件されていない警官の名前を公表しないのであろう。
あらゆる犯罪についてそのような判断をするのであれば全く問題はない。しかし、通常の犯罪、すなわち、県警内部の問題でない犯罪についてはどうであろうか。この場合には、たとえ立件されていなくとも、また、逮捕されていなくても、警察が被疑者(らしき人)の実名を公表する場合はいくらでも見られるところである。もちろん、記者会見による正式発表は少ないであろうが、個別的な記者に対する情報提供は行われている。
マスコミが実名報道する大きな理由(したがって匿名報道に対する反論)は、匿名にすれば警察が実名を公表しなくなり、権力チェックができなくなるというものではなかったか。警察による不当な逮捕を監視するために実名報道をするのではなかったのか。
今回の神奈川県警不祥事報道は、権力チェックの点からすれば大きな問題である。なぜなら、結局県警は、他の犯罪と異なり、不祥事(もしくは犯罪)を起こした警官の名前を公表せず、相も変わらず内部隠蔽工作を図っていることになるからである。
ここで誤解してもらって困るのは、警官の実名を報道せよといっているのではない。県警に実名を明らかにさせた上で、マスコミが匿名で報道すればよいだけである。前述したように、県警内部の不祥事とその隠蔽工作が問題なのであって、警官の名前は問題ではない。しかし、県警が、他の犯罪と区別して、あくまでも内部不祥事を隠し通そうとして、警官の名前を公表しないことは大きな問題である。まさに、マスコミの実名報道主義が、県警に対して名前を公表しない口実を与えているのである。
県警内部の問題が明らかになっているにも関わらず、その名前すら取材できないのであれば、実名報道主義を掲げるマスコミの不祥事といえるであろう。(太田健義)
この「人権と報道関西の会」に出会ったのは今から4年ほど前、高校3年生のときだった。
その後大学生になり、腰を据えてこの会の活動に参加できるようになった今年、正式に会員になった。不勉強と社会経験の不足ゆえに会員らしい仕事はろくにできていないが、私はこの会によって啓蒙され、意識が大きく変わった。
この会の活動を知るまで、私はマスコミの報道は100パーセント正しいものと信じて疑ったことはなかった。冤罪事件が報道されても、それはごく少数の運の悪い人たちの話、自分とは全く関係のない問題と思っていた。しかし報道被害に苦しむ人が実に多いことを知り、自分もいつそういう目に遭うかわからないと考えるようになった。
今はまだ、この会の例会に参加しても各回の内容を十分に消化できていない状態だが、少なくとも、マスコミの報道に対して一旦は懐疑的になってみる姿勢は身についたと思う。それは私にとって大きな進歩である。
世間の人たちがあらゆる報道を柔順に受け入れてしまうことはとても危険なことだ。この会のような団体が存在することやわれわれが行っている活動を知らない人は意外に多い。彼らにそういったことを知る機会を与えることもわれわれの大事な仕事だと思う。そうすることで彼らに自己啓発の場を提供し、社会全体の意識改革を促進していくことができると考えている。(M)
米のメディア・リテラシー
サンフランシスコ市民メディア見聞録(3)
前々回に引き続き「サンフランシスコNPO視察ツアー〜市民メディア編」の報告をします。 ツアーも終わりに近い6月17日、わたしたちは「ジャスト・シンク財団」のリナ・ローゼン事務局長に話を聞くことができました。財団は、主に5〜18歳の子どもを対象に、メディア・リテラシー教育をしています。
メディア・リテラシーとは「メディア(主としてテレビ)から大量に流れてくる情報に圧倒されず、その内容を正しく判断できる能力」のことだと彼女は言います。
情報の前で「ちょっと考えよう」というところから財団の名前も付いています。リナさんたちは、トラックでビデオカメラや編集機を学校に持ち込みます。メディアを読み解くための理論的な説明から始めて、番組制作実技までを指導します。子どもたちは、番組を通してメッセージを伝えるためには、テーマに基づいて事実を再構成する必要があることに気づきます。同時に、テレビで流れていることが情報のすべてではなく、その一部に過ぎないということに気づくのです。それが情報を読み解く力につながっていくのです。
テレビの影響について考える授業もあります。「テレビコマーシャルで、有名人がナイキのシャツを着ているのを見てカッコいいと思う?」と質問すると、子どもたちは「そんなことない。自分は影響されていない」と答えます。そこで「じゃあ、友だちは着ていない?」と聞くと、自分たちの多くがナイキのシャツを着ていることに気づき、子どもたちはテレビからの影響を自覚していきます。
リナさんは、メディア・リテラシー教育の目標を、メディアを批判することではなく、メディアを批判的に見る力を身に付けることだと強調していました。メディアを批判的に見られれば、その影響から自分を守ることができるからです。 ジャスト・シンク財団の活動は幅広く、とてもここでは紹介しきれません。興味のある方はウエブサイトを見てください。(江上諭子・ビデオ工房AKAME)
編集後記
次回世話人会を10月18日(月)午後7時から、木村事務所で開きます。表面でお知らせしました12月開催のシンポについて共催の関西MIC(マスコミ文化情報労組会議)と話し合うことになっています。
準備を手伝ってやろうという方、ぜひご参加ください。(事務局)
今 報道を考える
テーマ「報道被害救済に向けて〜21世紀の人権と報道」
甲山事件の再控訴審判決があり、三度目の無罪判決が出されました。報道はこの無罪を大きく扱いましたが、事件が起きた1974年、保母が逮捕された当時は現在の和歌山カレー事件に匹敵する、いやそれ以上の被疑者即犯人視報道を行っていました。
一度、犯人のように報道されてしまうと、いくら無罪が出たとしても失った名誉を回復することは難しいものです。
にもかかわらず基本的に今も警察の逮捕即犯人を基調とした報道が続けられ、弁護士会をはじめ広範な市民団体から「市民は匿名、権力者は実名報道を」として、報道についての問題提起が行われてきました。
これに対し報道の側も89年、NHKに続いて、新聞では毎日新聞が「推定無罪の原則」をうたって最初に採用したのをきっかけに、他の新聞社も次々と「容疑者呼称報道」をはじめ、97年に全国の新聞社の労組で作る新聞労連も「新聞人の良心宣言」を発表するなど、メディア内部からも改革の気運が出始めています。
この改革の気運をたやすことなく、市民の側に立ったメディアを実現していく課題は、私たち市民にとってますます重要になって来ています。
今回のシンポでは、これまでの「人権と報道」を総括し、明らかになってきた問題・課題点を整理するとともに、報道評議会の設置をはじめとした報道被害救済に向けた具体的な取り組みについて大いに議論していきたいと考えています。
多くの市民のみなさん、そして何よりメディアの方々の参加を訴えます。
●日時:12月4日(土) 13時〜17時
●会場:エルおおさか
●パネリスト:
北村 肇 氏 《元新聞労連委員長(「サンデー毎日」編集長)》
太田 稔 氏 《甲山事件救援会事務局》
吉田雅一 氏 《読売テレビ報道部デスク》
木村哲也 氏 《人権と報道関西の会・弁護士》
●コーディネーター:太田健義 (人権と報道関西の会)
●主催:人権と報道関西の会、関西MIC(マスコミ文化情報労組会議)
●参加費:500円
●問い合わせ:人権と報道関西の会(� 06-6366-4147 木村哲也法律事務所)
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希望者は事務局までご連絡下さい。一人でも多くの方に読んでいただく一助にしたいと思っています。
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