2012年10月04日

大塩平八郎の手紙 原本発見 東京新聞記事より


http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012100490135746.html

貴重な記事である。しっかりと保存して欲しい。

<引用開始>
「偶会同朋是仲秋
 簾(れん)前桂影謾西流 ……」
 松田教授によると、志ある者は名月を観賞するときも、ただ眺めて風情を楽しむのとは異なる受け止め方をすべきだとの意味の詩で「世に不満を感じていた大塩の門人への期待が伝わってくる」と指摘する。
<引用終了>

一言で言えば「知行合一(ちこうごういつ「知ること」と「行うこと、心の働き」は分けられない)である。

名月を鑑賞して楽しむのではなく、そこから自分の立ち位置と、役割を自覚し、行動を決意しなくてはならないという意味である。

以前にこのように記した。

2012年08月19日
日本人と韓国人の思想の違い
私の歴史観は若き日に読んだ山岡荘八の「徳川慶喜」が基礎をなしています。全巻を読了し、天皇や徳川慶喜に対する「イメージ」は大きく変化しました。その第一巻の最初に表題の答えを導き出すヒントが記されています。

<引用開始>
西郷(隆盛)は唐突に訊ねてみた。
「先生、教えを乞うとうごわす」
「おおなんじゃな」
「水戸の精神・・・・・水戸学を、一言にして申せばどげのものでごわそうか」
「あ、そのこと」
東湖は、考えもしなければ澱みもしなかった。
「三円は、いや、わが薩摩では、水戸学のもとは朱子学、そう申すものがごわすが」
「ハハハ・・・・・」
東湖は、笑いながら首を振った。
「いかにも。たしかに朱子学の通鑑網目を背景にはしておる。しかしわが父藤田幽谷は、孔子に還れと称えて熱心に古学を加えた。ところで実践の伴わない学問では今の世の役には立たぬ。
「仰せの通りで」
「そこで実行第一の陽明学を貴ぶ。つまり水戸の政教は通鑑綱目に古学と陽明学を加え、そこに日本人本来の、性根を通したものとご承知ありたい」
西郷は低くうなって、また盃を重ねた。当時の西郷の心を大きく捉えているのは陽明学と禅であった。禅は島津家の菩提寺、福昌寺と無事和尚に参禅している。水戸学が見たければ、老公斉昭を見よと言われた簡潔な一言は気にいった。
<引用終了>
http://dream333.seesaa.net/article/287350244.html

大塩平八郎の目指したもの、西郷隆盛が目指したもの、東京ディズニーランドのオリジナルを作った上澤昇元副社長が目指したもの、それは陽明学の「知行合一」である。
posted by S・C・ NAKAMURA at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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