ねむ太とまね太。

今日の曲 : Salon Tokyo / Paris Match

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くるり 坩堝の電圧 「glory days」

 
くるり」という変な名前のバンドが、変な名前のアルバムを出す。
 
坩堝の電圧(るつぼのぼるつ)」というタイトルらしい。
 
イメージ 1
 
るつぼ。
 
ふらっと立ち寄った本屋で、岸田さんが表紙の雑誌が目に留まり、気になって買って読んだ。インタビュー記事の冒頭にはこんな事が書かれていた。
 
 “「坩堝」の元々の意味は、高熱で物質を熔かすための耐熱容器の事を指す” らしい。そして続けて、 “この時代のそれは原子炉や格納容器を想起させる” と書かれていた。

原子炉。
 
あの日以降、原発問題や電力のエネルギー論など、メディアから今まで見聞きもしなかった用語や、シーベルトだのベクレルだの、耳なじみのない単位が飛び交い、不確かな情報の波及に翻弄され、確実に僕らは向き合わざるを得ないこの問題に、嫌悪にも似た感情を這わせ、鈍感にもなった。そういう意味ではこのアルバムのタイトル「坩堝の電圧」は、とても引っかかるものがある。
社会的な問題や時代性、多くの積み上げられた課題、そして混沌の今を生きる僕たちのあらゆる思想や感情までを、まるごと全部ひっくるめてないまぜにした「坩堝」そのものをさらに想起させ、決して他人事ではない意味を滾らせている。

岸田さんはアルバムの最終曲「glory days」を、とても強い口調でうたっている。
 
くさびを打ち込むようなスネアのドラムに、リフ的なコード進行、繰り返すメロディー。あらゆる人や思い出を投影させながら、雑多なしがらみを振り払うように進んでい歌詞。僕はなぜだか、うねるような産声をあげる竜が浮かんだ。
 
世にある応援ソングと呼ばれる類のものは、「大丈夫」「君ならがんばれるよ」とか、柔らかい口調のものが多い。慰めに近いような。でも翻すと憐みにすら近いような。ちょっと言い方悪いけど。それは相手から一歩引いた、適度な距離感を持って歌われている印象がある。大げさかもしれないが、「まぁまぁ(私以外の)君たち、大変だけどがんばってね〜(私は関与しないけど)」的な。

でもこの曲を聴いて、そんな印象は微塵も見当たらなかった。
岸田さん自身も震災のあの日以降、非常に胸を痛め、迷いながら前へ進もうとしていた
のだと分かったから。彼らは福島県・いわき市や宮城県・石巻市に度々出向き、土地の人たちと言葉を交わし、共に悩み、出来る限りの時間と感情を共有しようとしていた。石巻では地元の人たちの言葉を紡ぐように作ったという「石巻復興節」という曲も出来上がった。
公式サイトの日記を読むと、福島を訪れては原発の問題にも直に向き合い、自分自
身にも出来うる取り組みも続けている。「東電は全然関係ない 関電も全く関係ない」という歌詞も、この曲では歌っている。
 
唐突だけど、僕はあんまり「glory」という言葉に良いイメージがない。

「栄光」というのはなんだか過去や思い出に捉われていて、すがっているようなイ
メージがある。すがっているあまりに前を向くことをやめ、歩みもやめてしまっているイメージがある。美化された思い出にどっぷりと浸り、酔いしれている感じがする。 おいおい、ずいぶんと他人事だな、と言われそうだが、それは僕にも恥ずかしながら大いにあって、誰にでも少しはあるんだとは思うけど。でも、この「glory days」とは、過去の日々ではなく、これからの日々のことなんだろう。でもこれまでの過去を否定してはいない。決別もしていない。かといって過去そのものを肯定しているわけでもない。じゃあ僕たちはこれから先どうするのか、どう進んでいくのか、その先が見えてこない。

「ばらの花」のpv。

glory days」のpvは「ばらの花」のpvと同じ、福島県の薄磯海岸で撮影されたという。もう、あの頃から数えてメンバーの変遷はそらで言えない程になってしまったけど。でもあの頃のように薔薇を手に持っている映像。同じような構図やショットもあったり。
前述したけど、過去を否定し、過去と決別するのではなく、「過去があったから今がある」帰結すると思った。だからこそpvは薄磯海岸だし、薄磯海岸じゃなければダメだったんだろう。文字にするとややこしいが、 ”今のくるり” を作っているのは ”今までのくるり” なんだろう。あ、当たり前に聞こえるかも。でも過去と今は確実に繋がっている。だとすれば、この先の未来は、今と繋がっているという事になる。きっと「glory days」とは、過去を自らの糧にして、歩き出したこれからの日々のことなんだろう。

 
「過去と今は繋がっている」
 
 
この曲の後半、自身の過去の曲の歌詞が織り込まれている。
 
安心な僕らは旅に出ようぜ 思い切り泣いたり笑ったりしようぜ」 (ばらの花)
裸足のままでゆく 何も見えなくなる」 (ロックンロール)
君がいない事 君と上手く話せない事」 (東京)

 
 
くるりの曲の中でも「ばらの花」を好きな人は多い(自分もその一人です)。
以前からこの曲を好きな人が多い理由のひとつが、もしかしたら歌詞にあるんじゃないかと
思っていた。とくに印象的な「安心な僕らは旅に出ようぜ 思い切り泣いたり笑ったりしようぜ」という一節には、あらゆる解釈が伴っていると感じた。
ある時はそばにいてくれる大切な人、友人の背中を押す励まし、ひいてはプロポー
ズの言葉にも、何度も聴いているうちにこの歌詞から感じとれる事があった。さまざまな日常の中でも風景画を描くように色付けられ、塗りたくるというより心象に染み入るように浸っていくから、共感する人が多いのかもしれない。
そして「glory days」の中でのこの歌詞は、今までとは違う新しい解釈で聴こえた。それは「強い結束」だった。今までになかった、多くの人たちと分かち合える連帯感。

岸田さんが見たいのは、みんなが「思い切り泣いたり笑ったり」している景色そのもので、その景色自体が未来なんじゃないかと思った。それはいつも通りのなんの変哲もない日常の風景なんだろう。そして「全員で春を待ち望み」、誰一人悲しい顔をしていない、そんな愛おしい景色を見たいのだと思う。これは岸田さんに限らず、僕自身もおんなじで、あの日以降、きっと多くの人の心に自然と湧いた素直な気持ちだと思う。
 
余談になってしまうけど、ちょっと前、失恋したばかりの先輩がこんな事を言っていた。
「これから先の何十年も、(彼女と)二人で見る景色がたくさんあって、たくさん
同じ経験を共有できればよかった」と。
羨ましいくらいに素敵な事で、本当にそうだと思う。
自分と同じ思い出がたくさんある人が側にいてくれる幸せは、きっとほかに比べら
れるものがない。繰り返すごくごく普通の毎日も、そんな言葉を言ってくれる人が側にいたら、その人はなんて幸せなんだろうと思う。「o.A.o」の「ここにいてくれてありがとう」という言葉は、まさに生活を共にして、同じ経験を共有しているあなたへの感謝なんだなぁと、くすぐったくて気恥ずかしくて、嬉しくなってしまう。やわらかい陽の光みたいな言葉。


世の中には本当に多くの問題がある。
 
山積とはこの事かと思う位に、タイムラインに積み重なり続ける“情報”とも呼び難い言葉たちを追い続けたり、この国からは西の果てに浮かぶ島にも、時には視野を広げ、あらゆる時事に目を向けなければいけないし。
けど、結局は自分とその半径100メートルの生活圏内のこと位しか見えなくなっていたりする。その目まぐるしい往来が生きる事の賢明さだったりもする。でも、この曲の最後「君がいない事 君と上手く話せない事」という一節が、自分の居る場所にふっと立ち返らせてくれる。もしかしたら、取るに足らない日常かもしれない。でも「君」の存在がある事で、どんなに視野を広げても見つかり得ないものに気づく。日常すらも愛せるかもしれない。 ここに君がいなかろうが、君と上手く話せなかろうが、「君」を思う瞬間がある。雑然と散らかる生活のほんの束の間の、誰かを思う時のやさしい気持ちもこの曲には内包されている。
この曲の最後が、もっと言うとこのアルバムの最後がこの一節で本当に良かったと思う。淋しくも嬉しくも、立ち返る所はみんな、ごくごく普通の生活だから。
 

希望や未来といった安直な使い古しの言葉で片付けたくはないけど、いつのどんな時代であっても、未来はどこまでも希望に照らされているものであってほしい。きっと「未来」というのはぼんやりとした夢想ではなく、強い意志でその先を見据えた時に、輪郭が生まれ、名前がついたものだ。自分の周りの人や景色や蟠りやしがらみも、全部あるから世界と呼べるんだろうし。大上段に構えたものじゃなくたって、誰かのために何かをしよう、とりあえず前へ進もうとする意識が、きっと世界を幸せな方向へ向かわせるんだと思う。

 
おわりに。
過去と今は繋がっているし、自分は必ずどこかへと繋がっている。時には躊躇しながらも、厭わずにみんながまだまだ進んで行けるなら、いつかまたその先で会えると信じる。everybody feels the same」の“背中に感じる「虹」”というのは、忘れられない過去や大切な思い出なんだろうか。もしかしたら過去を振り払う必要なんてないのかもしれない。踏み出す力を生んでくれるから。そして、それこそが推進力になって前へ進んで行けると思うから。

この時代にくるりはどんな音楽を鳴らしたのか、すごく楽しみ。そんな期待ににやにやしながら「坩堝の電圧」を聴く日を心待ちにしています。

みんなが思いっきり泣いたり笑ったりしている未来、そのために今がありますように。
 
 
(ちょん)
 
 
 

閉じる コメント(2)

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はじめまして。
くるりのファンです。読ませていただきました。
わかりやすくて心にストンと入ってくるいい文章でした。頷きながら読ませていただきました。
ライブで岸田さんはこの曲をすごく熱を込めて歌われます。他の曲もだけど、特に。
歌詞の「33のglory days」の33って何でしょうね?気になっています。もしわかっていたら教えてください(^^ゞ 削除

2012/9/10(月) 午後 1:10 [ momonga ]

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momonga さんへ

メッセージ&長文を読んでくださり本当にありがとうございます。
大変感謝しています(^^)/

気づいたら長々と書いていて、少しそぎ落とそうともしたんですが、
やっぱりこれは全文載せたいと思い、長くなってしまいました…。
聴いた人それぞれの思い出や景色があって、僕もうるっと来てしまいます。

ロッキンジャパンのインタビューで33という数字は特に意味はない、と言ってました。。僕も何かありそうな気はしたんですが(笑)

今日、このレビューを岸田さんも読んで下さったみたいで、すごく嬉しかったです。
熱出しながらも書いて良かったなぁとしみじみ思いました…

2012/9/10(月) 午後 6:50 [ ちょん ]

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