« 扇動をスケールさせるのは難しい

2012.10.04

専門家は素人から見える風景を想像できないといけない

ちょっと前のニュース、安倍晋三自民党総裁が、「憲法改正を次の総選挙の争点にしたいという」意向を表明したことについて。

個人的にはあれは大失敗なんじゃないかと思う。よしんばそれが専門家から見て一番大事なことであったのだとしても、専門家がサービスの対象にしている「素人」が困っているであろう目先の問題を無視すれば、どれだけの技量を持った専門家であっても、支持を勝ち取るのは難しい。

風邪の症状で患者さんが外来を受診して、たとえば何かの成り行きで採血を行ったら糖尿病が見つかって、「風邪なんてどうでもいい。あなたの問題は糖尿病だ」とという態度になってしまう同業者はけっこう多い。ウィルス性の風邪に比べれば、糖尿病のほうが医学的には大きな問題で、こうした態度は決して間違ってはいないのだけれど、これをやった主治医はたぶん、高い確率で患者さんからの信頼を失ってしまう。

たとえ「根本的な問題」がその専門家に見えていたのだとしても、本人が困っている「目先の問題」を無視すれば信頼されない。

もしかしたら安倍総裁には専門家ならではの真実が見えていて、憲法改正は「根本」の問題であって、失業率の問題とか、経済の問題なんかは憲法に比べれば「風邪」なのかもしれないけれど、「風邪」の問題を迂回して「根本」を前面に押し出してしまう態度は、信頼される専門家を目指す上ではやはり間違っているように思う。

相手が抱えている問題を重要度の順番に並べられることは、専門家として大切な技能だけれど、相手が抱えている問題を、「相手が重要と思っている順番に並べてみせること」も、おそらくは同じぐらい大切な技能になってくる。安倍総裁の発言は、前者の技能を表現した言葉なのかもしれないけれど、素人にはむしろ、「この人には後者の目線がないのだ」と受け止められる。

「素人」たる相手の抱えた問題を、相手の目線で重要度順に並べられない人が、じゃあその問題を本当に「専門家ならではの視点」で理解できているかといえば、少なくとも「素人」の側からはそう見えない。専門家を自認するのなら、問題の並べかたには複数あって、状況に応じてそれをいつでも掲示できないといけない。

橋本市長がどうして成功したのかといえば、「既得権を貪るあの腐った公務員」を誰か叩き潰してほしい、という思いを抱えた人が実際に一定数いたからなのだと思う。橋本市長が「それこそが問題だ」と表明した結果、「専門家」と「素人」と、序列の一番がお互い一致して、これが信頼を生み出した。

憲法の話題は根本的に過ぎて、少なくとも素人にとって、「それが改正されないことで既得権を享受している人」の顔が見えづらい。「顔」のない問題は、よしんばそれが大事なものであっても、少なくとも投票する側、専門でない側からすると、問題と認識しにくい気がする。

憲法の話題は、素人から遠い。景気が悪くて、だからこそ「損得で判断する人」が求められているであろう現状にあって、開口一番が憲法改正から始まると、安倍総裁が「善悪の人」に、損得勘定とは対極の価値軸で大事な判断を下す人に見えてしまう。

いろいろ難しい昨今だからこそ、これからリーダーになる人は、善悪ではなく損得で物事を語ってほしいなと思う。

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