数日前、朝鮮日報系のテレビ局「テレビ朝鮮」の時事トーク番組に金康子(キム・ガンジャ)元ソウル鍾岩警察署長が出演した。1990年代に大々的な売春取り締まりを行った金元署長は「制限的公娼(こうしょう)制度」に言及した。高級バッグを購入するため売春に走る女性たち、妻や恋人がいるのに買春する男性たちについては徹底的に取り締まるが、どこにも相手にしてもらえない「性的弱者」の男性や生計のために売春を選んだ女性による取引は制限的に認めようという趣旨だ。
金元署長は売買春の全面禁止、全面解禁はいずれも現実的に不可能だと指摘した。金元署長は自身が先頭に立った売買春徹底取り締まりに失敗した点を認めた。現場で事件の加害者と被害者、男と女、すなわち「現実」を目にして、犯罪の徹底取り締まりがどれだけ理想論にすぎないかを悟ったからだ。
過去に女性団体から高く評価された金元署長は、制限的公娼制度を提唱して以降、女性団体共通の敵となった。政界にとっても金元署長は頭の痛い存在だった。「売買春がない国」という理想論を展開したならば、金元署長はもっと出世したはずだ。しかし、金元署長はそれが決して現実にはなり得ないことを悟った。もちろん、制限的公娼制度にもろ手を挙げては同意しにくい。しかし、金元署長の深い苦悩、過去の自己矛盾を自ら正そうとする勇気は認めたいと思う。
ならば、続発する性的暴行事件とその犯人にはどんな態度で臨み、彼らをどのように扱うべきか。
あるタクシー運転手は「避けられない交通事故の場合、仲間内ではむしろ相手をひき殺してと話している。深刻な障害が残ったり、植物状態になったりすれば、一生それを背負わなければならないからだ」と話していた。
性犯罪者に対する無条件厳罰主義。すっきりするからそれもよかろう。法律が許す限り、犯人を厳しく懲らしめたい。しかし、性犯罪者がこの地から消えても、韓国は本当に性的暴行がないクリーンな国家になるだろうか。
「捕まれば死が待っている」と宣言すれば十分に恐怖感がある。同時に「捕まらないように目撃者を消してしまおう」と考える人も出るだろう。被害者がさらに重大な被害を受ける可能性もある。代わりに検挙率を高め、「悪事を働けば必ず捕まる」という考えを植え付ける方がよいと主張する人も少なくない。
性犯罪の被害者の事情を1行1行読み進めるのは苦痛だが、一方で加害者の人生を聞いてもため息を禁じ得ない。大半は安定した家庭、まともな教育や仕事から懸け離れている。性的暴行は「持たざる者の弱者に対する略奪」だ。治安が良い地区よりも、低所得者が多い地区、郊外での被害が多い。未成年者に対する性的暴行が増えるのも「自分より弱い相手」を探した結果だ。厳罰主義だけでは、一般女性→障害者など弱者に属する女性→未成年者→未成年者の中でも弱者に属する女性へと被害集団が徐々に「弱者化」する状況に歯止めはかからないだろう。持たざる物が弱者を踏みにじる悪循環を止めるためには、芽生えの段階で除草剤をまく必要がある。
米国で性犯罪を10年以上担当したパク・ヒャンゴン検事は「米国は加害者に懲役刑だけでなく罰金刑も下す。それを財源に被害者の生活を支援し、同時に犯罪者の心理治療を行うなど再発防止対策にも使う」と話した。もちろん費用も時間もかかる。捕まえて死刑にしてしまう「先制的厳罰主義」「徹底取り締まり」だけでは人の本性を変えることができないことを知った上での対策だ。