アルコール依存症の家族性〜生まれと育ちI
|
かなり昔から、薬物依存症もアルコール依存症も、ともにかなり高い家族性があることが知られていました。 実際、薬物依存やアルコール依存の家族歴がない人に比較して、1親等の家族に薬物依存やアルコール依存の人がいる人は約4〜8倍もの確率で薬物依存症やアルコール依存症になってしまうことが幾つもの研究結果から示されています。
子どもの頃に父親がアルコール依存症で飲んだくれて暴れていて、あれだけ嫌な思いをしてきて、自分は絶対にお酒なんか飲まない、そんなダメな大人にならない、と心に決めていたはずなのに、なぜだか大人になると自分もアルコール依存症になってしまう(あるいは薬物依存や摂食障害、ギャンブル依存など、別の病的嗜癖・依存症になってしまう)・・・という人は少なくありません。
これは一体なぜなのか? そういう親を見て育ってきてしまったから、そうなってしまうのか?(生育環境要因) あるいは、そういう親の遺伝子を引き継いでいるから、そうなってしまうのか?(遺伝子的要因)
この問題は双子研究や養子研究などの方法を使って1990年代にたくさん調べられました。 その結果から、薬物依存やアルコール依存には、相当の遺伝子的要因があり、遺伝子的要因の寄与率は40〜60%くらいあるだろうと計算されたのです。 事実、生物学的な親(遺伝子的な親)がアルコール依存症だった場合、まだ物心つく前に養子に出されてアルコール依存症のない健全な家庭に育てられても、遺伝的リスクのない子に比較して、やはり4倍近い確率でアルコール依存症になってしまうことが示されてもいるのです。
いったい、どんなわけでアルコール依存症などという病気が「遺伝」していくのか?
アルコール依存症という「病気」の成因には、いくつもの遺伝子が複雑に絡んでいると見られているのですが、そのうち主なものは(1)体質的に大酒を飲めること、(2)性格的にアルコールに限らず依存症性格になりやすい気質であること、がありそうです。
まず、体質的に大酒を飲めることは、アルコール依存症になれる(?)ための必須条件です。 体質的にお酒を飲めない人(アルコールがアセトアルデヒドを経由して分解されていくのに必要な酵素が足りず、少量のお酒で顔が赤くなり、気持ち悪くなってしまう人)は私たち日本人を含むアジア人では結構いる(約1割)と見られていて、そういう人は、アルコールを飲めないがゆえに、どうやってもアルコール依存症にはなり得ないのです。 これをラッキーととらえるか、アンラッキーととらえるかは、その人の価値観でしょう。
そして、性格的に依存症になりやすい性格・気質というのが、どうやらあります。 この依存症になりやすい性格というのは、あまり依存症の種類を問わないようです。 つまり、薬物依存もアルコール依存も摂食障害もギャンブル依存も、ほとんどすべての病的嗜癖・依存症に共通して、それに陥りやすい性格的傾向というのがありそうなのです。 よく知られているところでは、計画性に乏しく衝動的に行動する傾向、待つことのできなさ/我慢のできなさ、地道さや退屈を嫌い過剰に刺激を追求する傾向、失敗体験から学ぶ能力の低さ・・・などの性格傾向です。
(興味深いことに、こうした性格傾向は私たち人間だけでなく、サルやネズミにおいても、アルコール乱用(?)と関連することがわかっています。 つまり、生得的な性格傾向として、刺激を求め、衝動的で、待つことが不得意なサルやネズミは、そうでない性格のサルやネズミよりも、ずっと多くのアルコールを自己摂取する傾向があるようなのです。)
こうした性格傾向は、環境要因よりもむしろ、かなりの遺伝的要因によって、子どもに引き継がれていくこともわかっています。
このため、父親がアルコール依存症だった人が、あんなダメ人間の親のようにはなるまいと思いつつ、自分もアルコール依存症になったり、摂食障害になったり、ギャンブルにはまってしまっていたり、薬物に手を出してしまったりすることは、決して珍しいことではなく、しかもその問題のかなりの部分を遺伝子的要因が寄与しているということになるのです。
例えば、Kendler先生たちが男性の双子約2000組を使って行った大規模な研究の結果があります。
いろいろな薬物依存について、その遺伝子的要因、生育環境要因、生育環境ではない個別の環境要因、にわけて寄与率を計算してみました。 すると、ほとんどの薬物依存において、遺伝子的要因がかなり強く0.5〜0.8くらいあり、それに比較して計算された生育環境要因は0.0〜0.2くらいしかありません。
薬物依存もアルコール依存も生育環境要因よりもむしろ遺伝子的要因が大きな影響を与えていた・・・。 この事実はある意味では衝撃的だったでしょう。 その頃までは、人が薬物やお酒に溺れてしまうのは、不幸が重なって何もかも嫌になってしまうからであり、そもそもその不幸の始まりは子どもの頃から親が依存症とかで混乱した機能不全の家族の中で不幸な育ちをしてきたからではないか、と考えられていたからです。
参考書:
(1) Mayfield RD, et al. Genetic factors influencing alcohol dependence. British Journal of Pharmacology, 2008; 154: 275-287.
(2) Lejuez CW, et al. Behavioral and biological indicator of impulsivity in the development of alcohol use, problems, and disorders. Alcohol Clin Exp REs, 2010; 34: 1334-1345.
(3) Merilangas KR, et al. Familial transmission of substance use disorders. Arch Gen Psychiatry, 1998; 55: 973-979.
(4) Kendler KS, et al. Genetic and familial environmental influences on the risk for drug abuse. Arch Gen Psychiatry, 2012; 69: 690-697.
(5) Kendler KS, et al. Specifity of genetic and environmental risk factors for use and abuse / dependence of cannabis, cocaine, hallucinations, sedatives, stimulants, and opiates in male twins. Am J Psychiatry, 2003; 160: 687-695.
(6) Enoch M. The role of early life stress as a predicotor for alcohol and drug dependence. Psychopharmacology, 2011; 214: 17-31.
(7) Higley JD, et al. Nonhuman primate model of alcohol abuse: effects of early experience, personality, and stress on alcohol consumption. Proc Natl Acad Sci USA, 1991; 88: 7261-7265. |