心の由来:「心」についての身もふたもない話

精神医学・臨床心理学に関連した、あまり実益のない無駄知識を中心とした科学読み物です。

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アルコール依存症の家族性〜生まれと育ちII

アルコール依存症、薬物依存症、そしておそらくそれ以外のほとんどすべての病的嗜癖・依存症(摂食障害、過食を背景にした肥満症、ギャンブル依存、等々)について、そうした「依存症」になりやすい「心の弱さ」とか「依存症性格」といったものは、かなりの部分が遺伝子的要因によって決定づけられている・・・という話でした。

つまり、アルコール依存症や薬物依存症に非常にしばしば見られる「家族性」というのは、その寄与因子の大部分が「育ち(生育環境要因)」にあるのではなく、むしろ「生まれ(遺伝子的要因)」にあるのだ、ということが、動物実験や人間の双子研究・養子研究などの結果から繰り返し示されてきていたのです。

しかし、その一方で「育ち」の重要性がまったくないというわけでもありませんでした。

たとえば、動物実験で人工的に母親から引き離すとか、かわいがられなくさせるなどの操作をして、「不幸な育ち」をするネズミやサルをつくってみると、こうした不幸な子どもたちは、そのまま育って大人になると不安耐性・ストレス耐性が低く、社会性が悪く、いろいろな意味で「心の弱さ」を身につけてしまう傾向があることも示されていたのです。

実際、Higley先生たちのサルのアルコール依存症モデルの有名な実験では、子どもの頃に母親サルから引き離され、人工的な「ネグレクト(養育放棄)」の生育環境で育てられたサルは、そのまま育って大人になると、普通に幸せに育ったサルに比較して、大酒飲みになる傾向があることが示されていたのです。 こうした不幸な育ちのサルは、集団の中でお酒を飲む時の飲み方は他のサルとかわらないものの、一人きりで部屋の中にこもって飲む酒はずっと多くなる傾向があることも示されていました。

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おかしいじゃないか? 双子研究・養子研究などの結果から言われている「遺伝子的要因が大部分を決定しており、その残りの大部分を個別の環境要因が決定しており、生育環境要因による寄与因子はほとんどない」という話と矛盾するじゃないか? サルの実験は、明らかに生育環境要因が少なからぬ影響を与えていることを示しているのではないか?

と言いたくもなるかもしれません。 これはいったいどういうことなのか?

Higley先生たちのサルの実験をさらにおしすすめていくと、子どもの頃に母親サルから無理矢理引き離されて不幸な育ち方をした子ザルたちみんなが「心の弱い」、大酒飲みのサルになっていってしまうのではないことがわかってきました。
つまり、生まれ持っている遺伝子的傾向があるものは不幸な生育環境を経験すると「心の弱い」、大酒飲みのサルになってしまうのですが、また別の遺伝子的傾向のものは不幸な生育環境のもとに育ってもそうならないのでした。

たとえば、衝動性や感情コントロールに重要なかかわりがあるとされている、脳内のセロトニンを調整する遺伝子の型があります。 それがある型(「S型」)の子は、母親サルから引き離されて不幸な育てられかたをされると、脳内のセロトニン系が弱いサルになってしまい、大酒飲みになってしまいます。 しかし別の型(「L型」)の子は、同じように不幸な生育環境の中で育っても、脳内のセロトニン系はそれほど弱くならず、大酒飲みにもならないのです。

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同じことが人間にも言えます。 Kendler先生たちは、生まれてまもなく物心つくまえに養子にだされた約1万8千人もの子どもたちを追跡調査し、その子が大きくなって薬物乱用をするかどうかと、その「生みの親」と「育ての親」とによる影響(遺伝的要因と生育環境要因)の度合いを計算してみました。
その結果、「生みの親」による遺伝子的なリスク要因が少ない子は、「育ての親」による生育環境がかなり悪くてもほとんどその悪影響を受けないのですが、「生みの親」による遺伝子的なリスクの大きい子は、その遺伝子的なリスクが大きければ大きいほど、「育ての親」による生育環境の悪影響を受けやすくなってしまうのでした。
結果として、病的嗜癖・依存症への遺伝子的な脆弱性をもともと持っている人が、不幸な生育環境のもとで育ってしまうと、「心の弱い」「依存症性格」になりやすくなり、その結果として病的嗜癖・依存症の「家族性」というものが生じてしまうのだ・・・・と言えそうなのです。(このため、遺伝子的要因がまったく関係しないところで、純粋な生育環境要因だけではほとんど影響を与えないといったことから、双子研究・養子研究などの計算結果では「生育環境要因による寄与率は0に近い」ということになってしまうのでした。)

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「生まれ」の不幸と「育ち」の不幸がかさなったところに、「心の弱さ」が育ってしまい、その先に病的嗜癖・依存症が生じてくる・・・。

私たちは実験動物と違って、ほとんどの場合が遺伝子的な親が育ての親になります。 病的嗜癖・依存症の問題については、これを絶望的な状況だとみる人もいるでしょう。 しかし、遺伝子は変えられませんが、環境はものすごく努力をすれば変えることができる可能性を持っているものです。 ここに希望を見ることができる人は幸いでしょう。



参考書:
(1) Mayfield RD, et al. Genetic factors influencing alcohol dependence.  British Journal of Pharmacology, 2008; 154: 275-287.

(2) Lejuez CW, et al.  Behavioral and biological indicator of impulsivity in the development of alcohol use, problems, and disorders.  Alcohol Clin Exp REs, 2010; 34: 1334-1345.

(3) Merilangas KR, et al.  Familial transmission of substance use disorders.  Arch Gen Psychiatry, 1998; 55: 973-979.

(4) Kendler KS, et al.  Genetic and familial environmental influences on the risk for drug abuse.  Arch Gen Psychiatry, 2012; 69: 690-697.

(5) Kendler KS, et al.  Specifity of genetic and environmental risk factors for use and abuse / dependence of cannabis, cocaine, hallucinations, sedatives, stimulants, and opiates in male twins.  Am J Psychiatry, 2003; 160: 687-695.

(6) Enoch M.  The role of early life stress as a predicotor for alcohol and drug dependence.  Psychopharmacology, 2011; 214: 17-31.

(7) Higley JD, et al.  Nonhuman primate model of alcohol abuse: effects of early experience, personality, and stress on alcohol consumption.  Proc Natl Acad Sci USA, 1991; 88: 7261-7265.

(8) Barr VS, et al.  Interaction between serotonin transporter gene variation and rearing condition in alcohol preference and consumption in female primates.  Arch Gen Psychiatry, 2004; 61: 1146-1152.

(9) Francis D, et al.  Nongenetic transmission across generations of maternal behavior and stress responses in rat.  Science 1999; 286: 1155-1158

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