心の由来:「心」についての身もふたもない話

精神医学・臨床心理学に関連した、あまり実益のない無駄知識を中心とした科学読み物です。

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過食依存症=フード・アディクションの恐怖

糖分や脂肪分の多く含まれる「お菓子」などカロリーの高い食べ物を制限して体重を減らそうと努力する若い女性は多いでしょう。中には極端に食事制限をして短期間に激やせする人もいます。こうした「ダイエット」をする若い女性は、誰も過食依存症(フード・アディクション food addiction)になろうと思ってそうしている人などいないでしょう。しかし、多くの人の自制心には限界がありますから、ダイエットをして好きなものを我慢している時と、我慢ができなくてたくさん食べてしまう時を繰り返してしまう人がけっこういます。もともと性格的に衝動性が高かったり自制心が弱かったりする人はなおさらです。ところが、このようにして高カロリーの嗜好食品を著しく制限する時と、我慢できなくて無茶食いしてしまう時とを交互に繰り返すことは、脳の中の「報酬回路」を過剰に刺激することによって、過食依存症(フード・アディクション)への道まっしぐらではあるのです。

食べ物の中でも特に嗜好性の強い「お菓子」のようなものは、糖分や脂肪分が多く含まれていて、高カロリーであり、その分だけ脳内の「報酬回路」を強く刺激するところがあります。
そこに加えて、これを食べるタイミングを「間欠的で過剰」にすると、「報酬回路」の過剰刺激がさらに強まり、依存症とほとんど同じメカニズムで依存と習慣性が形成されていくわけです。

実際、Avena先生とCorwin先生は、ネズミに砂糖や脂肪などの高カロリーの食べ物を、普通の食事(ネズミ用の餌)とは別に、与える実験を行ってみました。砂糖や脂肪などの「お菓子」が、普通の食事といつも一緒にあるときは、「過食」のような食べ方をするようにはなりませんでしたが、普段は「お菓子」が制限され、間欠的に制限が解除されるスケジュールで「お菓子」を与えると、ネズミたちはあっという間に「過食」のような無茶食いのパターンを形成してしまうのでした。こうした「過食癖」のついたネズミたちは、「お菓子」を制限されている期間は普通の食事(ネズミ用の餌)の摂取量を自分でコントロールすることで、全体的なカロリーを減らそうとするのですが、それでも長期的に見ると、体重はどんどんオーバーになっていくのでした。

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こうしてみると、過食依存症(フード・アディクション)は、その食行動の対象が甘くて高カロリーな「おいしいもの」だから生じてしまうのではなく、その(我慢する時とたがを外してしまう時を繰り返す)「間欠的で過剰」な食べ方のスケジューリングに問題があり、生じていそうなのです。

では、人間ではどうでしょう?

普通に食べたいものを食べるのではなく、栄養的には十分なのだけれどもおいしくもなんともないつまらない食べ物をずーっと食べさせられるとどうなるか? いわゆる「置き換えダイエット」的な発想です。
すると、「食べちゃいけないけど、食べたいもの(=たいていはおいしく、高カロリーなものです)」を過剰に我慢する時間の中で、「食べたいもの」に対する渇望感cravingがどんどん強くなり、「食べたいもの」を頭の中でイメージしたり、実際に見かけたり匂いをかいだりしたときの欲求がものすごく強くなります。このとき自制心が働かなくなって、ずっと我慢してきた「食べちゃいけないけど、食べたいもの」をたがが外れたように食べてしまうと、「報酬回路」の過剰刺激状態になります。これを繰り返していると、過食依存症になるわけです。食べるという行動はもはや食欲を満たすためではなく、食べて「おいしい」という幸せ感があるわけでもなく、ただ脳内の「報酬回路」が命ずるままに、渇望されるままに、過剰に繰り返すようになるわけです。

だとすると、このように形成された「過食依存症=フード・アディクション」を治していくには、薬物依存症やその他の依存症を治していく方法と似たようなやり方でいけるのではないでしょうか?

薬物依存症などの治療において「曝露療法 exposure therapy」という行動療法が使われることがあります。「曝露療法」は『不安障害編』でもさんざん出てきたあの方法のことで、不安に対する曝露療法は、わざわざ不安を引き起こすものに向き合い、不安になっても逃げ出してしまうことをせず、自分の中に生じてくる不安をしっかりあるがままに体験し、それを繰り返しているうちに不安に対する耐性がついてくるというものでした。病的嗜癖・依存症おける「曝露療法」もほとんど同じ発想です。つまり、「欲しい」「したい」という渇望感cravingを引き起こすものにわざわざ向き合い、どうしようもない渇望感が生じても「してしまう」という行動化はせず、ただ自分の中に生じてくる、寄せては返す波のような渇望感をしっかりあるがままに体験し、それを繰り返しているうちに渇望感に対する耐性がついてくる・・・というものです。 例によって、かなりスパルタな治療です。

これを「過食依存症=フード・アディクション」に応用したらいいのではないか?と、Jansen先生たちは、小規模な実験的な治療を行ってみました。6人の過食症の人を「曝露療法」で治療し、これを普通の「セルフ・コントロール法」を学んだ6人の過食症の人と比較してみたのです。

普通の「セルフ・コントロール法」では、その人が過食したくなってしまう時間、場所、状況をできるだけ避け、過食のかわりに別の行動(運動など)で置き換える、イライラしたり落ち込んだりしたときに物事の考え方/とらえ方を変えてみる、というやり方を練習しました。

これに対して「曝露療法」では、過食したくなるような状況で過食したくなる食べものにあえて向き合い、それを手に取り、匂いをかぎ、ちょっと口をつけてみて、こうして渇望感がむらむらわいてくるようにしながら、あるがままにその感情に向き合い、それでも過食という行動にはうつさないようにするという練習を繰り返します。 1回の練習あたり1時間半、しかもこれを週3回練習します。 かなりのスパルタです。 ヘビの生殺しです。 すごい苦行です。

さて、こうした練習をそれぞれ2ヶ月間みっちり行った結果はどうだったか?

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どちらの治療も過食という行動を減らすのに有効でした。 が、グラフを見ておわかりのように、「曝露療法」の方がよりしっかり良くなっていますし、1年後の追跡調査の時点でも改善が持続していました。(普通の「セルフ・コントロール法」では、過食をしない状態を続けられていたのは1/3しかいませんでした。)

過食症や過食嘔吐症などの摂食障害には、こうしてみると、やはり「病的嗜癖・依存症」の一種としての側面がありそうです。もっとも、そうでない側面もあるので、摂食障害については、このずいぶん後で『身体に表れる心の問題編』の中でもう一度扱っていく事にします。


参考書:
(1) Avena NM et al.  Sugar and Fat bingeing have notable differences in addictive-like behavior.  The Journal of Nutrition, 2009; 139: 623-628.

(2) Corwin RL.  Bingeing rat : a model of intermittent excessive behavior?  Appetite, 2006; 46: 11-15.

(3) Pelchat ML.  Food addiction in humans.  The Journal of Nutrition, 2009; 139: 620-622.

(4) Jansen A, et al.  Cue-exposure vs self-control in the treatment of binge eating : a pilot study.  Behav Res Ther, 1992; 30: 235-241.




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