依存症なままでは早死にしちゃうよ? パートI
一般に、アルコール依存症は早死にしてしまうことが多いといわれています。 これはどういう意味か?
普通に考えて、大量にアルコールを摂取し続けているのは、いかにも身体に悪そうです。 アルコールによる脂肪肝、肝炎、そして肝硬変は有名ですし、胃炎や膵炎も引きおこすでしょうし、上部消化管の癌や乳癌のリスクを上げてしまうと言われてもいます。 そのうえ、アルコールの飲み過ぎ(急性アルコール中毒)で死んでしまうこともありますし、酔っぱらって事故を起こしたり、暴力事件に巻き込まれたりすることもあります。飲酒してやけになって自殺をする人もいます。 こうしたすべての「アルコール関連の、アルコールが要因となっている死亡」を調べてみると、だいたいどの調査でも全人口の死亡のうち3〜5%はアルコールが何らかの要因になっていると計算されるようです。 しかも、アルコールによる早死に premature death は若年者ほど高まる傾向があり、スエーデンのSjogren先生たちのデータでは、全人口の死亡のうちアルコールが要因になっているのは3.5%でしたが、対象者を50歳以下に限定すると死亡のうちアルコールが要因になっているのは25%にも上ってしまうのでした。 さらに問題なのは、アルコール依存症の人の自殺リスクの高さでした。 疫学的な調査をすると、アルコール依存症の人は約7%が自殺によって死亡してしまうと見られていて、年齢によって違いますが(年齢が若いほどよりそのリスクは高くなりますが)一般人口の5〜10倍もの自殺リスクがあるという計算になります。 実際、アルコール依存症の人たちはその1/4が自殺未遂をしたことがあるという統計もあります。 アルコール摂取と自殺の関連性というのは疫学的にも明らかに出ています。 17の国と地域で調査をした結果、アルコール消費量が多い地域は自殺率が高い傾向にあることも示されていますし、計算すると、フランスでは1人あたりのアルコール消費量が1L増すごとに2.6%自殺が増え、ノルウエイでは1L増すごとに16%も増えるという結果になっていました。 さらに、これまた若い人(50歳以下)ほどそのリスク増加が顕著になるという傾向があります。 (ということは、自殺を減らす有効な手段の一つは国民のアルコール消費量を減らすことであり、そのための最も有効な手段の一つは酒税を上げることだ・・・ということは科学的にはずっと以前から言われていることなのですが、その辺はいろいろな大人の事情があって難しいのでしょう。) これはいったいなぜなのか? アルコールという物質の薬理作用で自殺が増えてしまうのか? アルコール依存症になりやすい人の性格的要因で自殺もしやすいのか? アルコール依存症に合併して生じてくる社会的・対人関係的な問題(離婚、失職、対人関係の問題、孤立、等々)が要因になるのか? どうやら、そのすべてが要因となっていそうなのです。 アルコール依存症を含めて依存症になりやすい、いわば「依存症性格」といったものには、衝動性の高さ/計画性の乏しさという特徴があることはお話ししました。 この性格的特徴は、そっくりそのまま自殺や自殺関連行動のリスク要因でもあります。 さらに、アルコールを飲むことで前頭前野機能がさらに低下し、衝動性の高さ/計画性の乏しさといった特徴がさらに目立ってくることになります。 もともとアルコール依存症に関連して、社会的・対人関係的な問題を抱えがちな人が、もともとの性格的特徴もあって適応的に問題解決できないところに持ってきて、さらに飲酒の影響で物事を冷静に考えることができなくなり、ついつい刹那的な「楽になる」方法を選んでしまう・・・ことも少なくないのでしょう。 さらに大きく問題なのは、慢性的な「依存症」の副作用によって人生における大切なものが依存対象の他には何一つなくなってしまい、生きている意味があまりなくなってしまい、命の重さが軽くなってしまうということです。 どういうことかというと、例の「報酬回路」の過剰使用による副作用です。 これまでの議論で繰り返しお話ししているように、「病的嗜癖・依存症」というものは脳の中の「報酬回路 reward circuitry」の過剰使用によって維持強化されているところがあります。 お酒であれ、麻薬であれ、覚せい剤であれ、過食であれ、依存症的なセックス/買い物/ギャンブルであれ、すべて同じことですが、中脳の腹側被蓋野 ventral tegmental areaから延びるドーパミン系神経細胞がドーパミンをどばーっと放出することで「いい、気持ちいい」と感じ、なおかつその行動が癖になっていくわけです。 私たちが、日々の生活の中で感じる「いい、気持ちいい」というのは、この「報酬回路」が少し働くだけの、ごくごくささやかな「幸せ感」です。 普通はそれで十分なのです。 それだけで人生には意味があり、私たちのやっていることには価値があり、それなりの幸せがあると感じるように、私たちはできているわけです。 ところが「病的嗜癖・依存症」では、この「報酬回路」が過剰使用されます。 アルコールや薬物などの依存対象という、人生においては本来的には何の価値もないことに対して、ドーパミンがどばどば放出されすぎるのです。 こうしたことが慢性的に続くと、そのうち「報酬回路」の働きが悪くなってきます。 こうなってくると、私たちが普通に日常生活で出会うようなささやかな幸せでは「幸せ感」を感じなくなってしまいます。 もはや依存対象以外のものごとには意味や価値を感じないようになってしまい、人生は生きるに値しなくなってしまうのです。 これこそが、よく言われる「依存症は人を廃人にする」ということの本当の意味です。 生きるに値しなくなってしまった人生しか持たない「廃人」にとって、つらいだけの人生など捨てたくもなるでしょう。 積極的に自殺という行動をとらなくても、アルコール依存症の人たちの中には、死んでもいいや、早死にしてもいいや、と言ってお酒を飲み続けている人も少なくないでしょう。 「依存症」をやめていくためには、より良い人生をおくることへの意味や価値を見いだせなくては、治療への動機づけができません。 しかしその人生の意味や価値を見いだす心を「依存症」は壊してしまうのです。 「依存症」は治療が難しいといわれるわけです。 参考書: (1) Brady J. The association between alcohol misuse and suicidal behavior. Alcoholo & Alcoholism, 2006; 41: 473-478. (2) Nock MN, et al. Cross national analysis of the association among mental disorders and suicidal behavior : findings from the WHO World Health Surveys. PLoS Medicine, 2009; 6: e1000123 (3) SjogrenH, et al. Quantification of alcohol-related mortality in Sweden. Alcohol & Alcoholism. 2000; 35: 601-611. (4) Blum K, et al. Activation instead of blocking mesolimbic dopaminergic reward circuitry is a preferred modality in the long term treatment of reward deficiency syndrome (RDS) : a commentary. Theoletical Biology and Medical Modelling, 2008; 5: 24 |