心の由来:「心」についての身もふたもない話

精神医学・臨床心理学に関連した、あまり実益のない無駄知識を中心とした科学読み物です。

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病的嗜癖と依存症 〜 イントロダクションII

数ある病的嗜癖addiction・依存症dependenceの中で、もっとも身近(?)で有名なものは「アルコール依存症」でしょう。事実、「アルコール依存症」はかなり身近であり(有病率が高く)、この「疾患」がその人個人の精神的・身体的健康や、その人の家族、そして社会に与える被害が甚大であることもあって、病的嗜癖・依存症問題の中でもとりわけよく研究されてきました。

アルコール(お酒)は、その所持や使用そのものに違法性がある麻薬や覚せい剤と違って、それを大人が楽しみとして嗜むこと自体は「病気」ではありません。 誰でも、アルコールを飲んでリラックスしたり、仲間と騒いで楽しんだりしたくなるでしょうし、それらを自制の範囲内でやれているうちはあまり問題ないのです。 
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飲酒が「問題」の色彩を帯びてくるのは、それを嫌な気持ちからの逃避として使ってしまうところから始まります。 (嫌な気持ちからの逃避として使ってしまう、という私たちの行動は無意識的に動機づけられていることがあり、本人は逃避目的でそうしていると気づかないでいることもよくあります。 むしろ、嫌な気持ちからの逃避目的で習慣的にしてしまっているその嗜癖的行動をいったんはやめてみないと、それが逃避目的であったことも、どんな問題から逃避しようとしてそうなっているかも、はっきりとは見えてこないことがほとんどなのです。)

家族内葛藤、対人関係の問題、仕事上のうまくいかなさ、人生のつまらなさ、・・・こうした心理的ストレスを背景に、イライラ、不安、落ち込み感、孤独感・空虚感、などネガティブな気持ちをまぎらわしたくて、一瞬だけ逃避的に楽なれる方法としての飲酒に頼ってしまうのです。 アルコールを摂取すれば、例の「報酬回路」のドーパミンがどばーっと出てきて、刹那的ですが「いい、気持ちいい」という状態に浸れるのです。

ただ、これが逃避的だとして問題視されるのは、この行動が本質的に何も解決しないからです。 お酒を飲んでいる間だけ、一瞬だけ、少し楽しい気分になり、嫌なことを忘れることができるだけです。 酔いがさめれば、またもとの現実の問題が同じようにそこに待っているだけです。

そのうえ、お酒を飲むという本質的な解決にはならない解決法には、いくつもの副作用があります。 お酒は前頭前野機能を低下させて、自制心をなくさせるところがありますので、それが悪い方向に働くと、普段だったら我慢していることが我慢できなくなります。 こういう人たちは、ただでさえ、ストレス状況で嫌な気分のもとでお酒を飲んでいるのですから、お酒の作用で自制心が弱ってくると、他人に対する悪口を言ったり、愚痴っぽくなったり、場合によっては暴言・暴力が出てしまうこともあるでしょう。 あるいは普段だったら我慢していたダイエットも我慢できなくなり暴飲暴食をしてしまったり、無駄なことにお金を使ってしまうこともあるかもしれません。 飲酒運転や危険なセックス、自傷行為といった自分を傷つける行動に衝動的に走ってしまう人もいるでしょう。 酔っぱらってネガティブな感情を周囲にまき散らしていると、家族や仲間から嫌われがちになりますし、いわゆる「酒乱」の場合は周囲はとんでもなく迷惑です。  家族との葛藤を背景にお酒を飲みだした人は、ますます家族との溝が深まってしまい、ますますまともなコミュニケーションができないようになり、ますます孤立してしまい、まさに悪循環です。 仕事上の問題がつらくてお酒を飲みだした人も、飲酒関連問題で職場の対人関係での信用を損なってしまうと、なおさら仕事がしにくくなるでしょう。 さらに過剰な飲酒は脂肪肝、肝炎、肝硬変、膵炎といった内科疾患のリスクになり、その人個人の身体的健康を害することにもなります。 こうしてみると、仮にアルコールを「くさくさした気持ちを落ち着けてくれる、寝つきをよくしてくれる、一種の安定剤のようなもの」だとしても、こんなに副作用の多い安定剤はほかにありません。

このように、アルコールに対して「依存症」、つまり完全に酒びたりになっていて、お酒以外の本当に価値あることすべてを大切にできなくなっていて、飲酒することしか考えていないかのような状態になってしまっている、というわけでもないのだけれども、その一歩手前の問題を抱えている状態を、「アルコール乱用 alcohol abuse」とか「問題飲酒 problem drinking」という表現をします。

さて、「アルコール乱用」や「問題飲酒」が「アルコール依存症」の一歩手前だというのは、こうしたやり方で嫌な気持ちをまぎらわそうとしても、問題がより大きくなってしまうことはあっても、本当の意味で解決していくことはないからです。 結果、「嫌な気持ち」からの逃避を続けるためには、アルコールを連用するしかなく、「報酬回路」の馴れによって「いい、気持ちいい」のハードルがどんどん上がっていくため、アルコールの必要量はどんどん増えていかざるをえません。 そのうえさらに、アルコールには、大量に飲んでいたのが急にやめると「離脱症状」という不快な症状を二日酔い状態の時に生じることもあって、いわゆる「迎え酒」をしがちです。 こうして「連続飲酒 binge drinking」と呼ばれる酒びたり状態に突入してしまうことがあるのです。

こうなると、例の「報酬回路」の過剰使用状態になります。 報酬回路のドーパミン系による快感のハードルはどんどん上がり、そのうえ「報酬を感じさせなくする回路」まで動員されて、お酒以外のいろいろな日常生活にあるささやかな「いい、気持ちいい」を感じることができなくなってきます。 大切だったはずのものを大切にできなくなっていくのです。 もともと寂しく、孤立感・孤独感があり、人生が楽しくなく、つらいことが多くて、そこからの救いが欲しくてアルコールに手を出したはずなのに、結果としてもっともっと人生がつまらなく、意味のない、生きている価値を感じられないものになっていってしまうのです。 こうなると、もう悪循環です。 「アルコール依存症 alcohol dependence」はどんどんすすんでしまい、お酒以外に何もない、本当に「廃人」のようになってしまうまで続くことになりかねません。

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飲酒の頻度や量が増えていくにつれ、随伴する内科的疾患や精神疾患のリスクもぐんと高くなります。 肝炎・肝硬変、膵炎などの内科的疾患もそうですが、酔っぱらって起こしてしまう事故事件も増えてきます。 交通事故にあったり、いわゆる「寝げろ」をして窒息死したりです。 アルコール依存症の人はろくに栄養(特にビタミンB群)をとらずにアルコールだけ飲み続けてしまう癖があるので、栄養失調による脳の疾患である「ウェルニッケ・コルサコフ症候群」という、記憶力が失われ、いわゆる「馬鹿」な状態になってしまうこともあります。 

さんざん酒びたりになっていた人が、身体の具合が悪くなるなどの理由で急に断酒すると、「離脱症状」を生じることになるのですが、「アルコール依存症」というくらいにヒドイ飲み方をしていると、「アルコール離脱せん妄」とか「振戦せん妄」と呼ばれる、猛烈な幻覚妄想や混乱、興奮、そして震えと痙攣と意識障害を伴う重篤な状態になってしまうことさえあります。 (よくアルコール依存症の人が急性膵炎になったり肝炎になったりして内科に入院すると、当然のように入院中はお酒を飲めなくなりますから、入院して数日くらいで、この「離脱せん妄」を生じて大変なことになることがあるのです。 こうなると通常の内科系病院では手におえないですので、精神科の閉鎖病棟・隔離病室に入院ということになってしまうでしょう。)

アルコール依存症の人にとってお酒をいったんやめてみることは、実はそれほど難しいことではありません。 難しいのは、やめ続けることであり、二度と乱用的・依存症的なお酒に手を出さないことです。 しかし、この時点でアルコール依存症の人にとって、お酒のない世界など生きるに値しない、他には何の喜びも、価値も、意味もない世界になっているために、つらく苦しい思いまでして治していこうという動機づけが非常に難しくなっているのです。 この意味でアルコール依存症は、高血圧や糖尿病などと同じように、その人の終生におよぶ慢性疾患であり、いったん良くなったり再発したりするのを繰り返しながら続いてしまう、「治しきる」のは極めて難しい問題だと考えた方が良いのでしょう。


ほぼ同様のことが、麻薬・覚せい剤などの違法薬物についても言えます。 しかし、これらは、アルコールに比較してさらに依存性が高いことと、基本的に違法であり社会的にまったく認められていないこともあって、本人と周囲に与える悪影響はさらに甚大です。 それだけ被害甚大でありながら、それでもやめることができず、「治しきる」ことができず、いったんはやめてもまたすぐに「再発」を繰り返してしまうことが多いのです。 これが慢性疾患である依存症の本質です。 このことは皆様も、有名人が麻薬・覚せい剤で何度も何度も逮捕されても、ちっとも「懲りて」いるようにも見えないほど、何度も何度も同じ過ちをすぐに繰り返してしまうことが多いことからも、ご存じのことでしょう。 依存症はやめるのが難しいのではなく、再発しないことが難しいのです。


(つづく)

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