フクシマウォッチ:小林よしのりが「脱原発論」を書いたわけ


「まさか原発がそこまでの事故を起こすわけがない」と信じていた漫画家小林よしのりが、「考え直さなければ」と思ったのは3月11日の事故から何週間もたってからだった。

The Wall Street Journal

1953年生まれで『鉄腕アトム』を読んで育った世代。アトムの妹はウラン、兄はコバルト。原子力関連の言葉がちりばめられていた。何の抵抗感もなかった。

ところが、福島第1原子力発電所の事故では、ずっと炉心損傷を否定していた東電や政府が数カ月後に一転してメルトダウンを認めたり、米軍から北西への放射能拡散の情報を提供されていたのに住民を避難させていなかったことが明らかになったり、次から次へと政府と東電のうそやお粗末な対応が明るみに出るに至り、小林は誰も信じられなくなった。

石原慎太郎東京都知事や評論家の桜井よしこといった右よりの知識人のほとんどは、原発を手放してはいけないと主張している。1998年に出した「戦争論」が大ヒットして以来、世間に右翼の論客と認識されてきた小林が正面から原発に反対するのは不思議なことのような気もするが、原発が必要か否かをイデオロギーで判断すること自体が「愚劣極まりない」と小林は言う。

「わしの保守という概念は、基本はパトリオティズムです。パトリって故郷。故郷をなくしてしまうなんてことは、絶対あってはならないと思いますから、本来、保守の側が、こんなことが起こったら原発に反対すべきだと思うわけです」。

福島第1原発周辺は、放射能によって少なくとも当面は安心して住めなくなった。なかでも痛ましいのは飯舘村だ。原発立地自治体ではなく交付金はこれまで一切もらっていなかったにもかかわらず、風に乗って多くの放射性物質が運ばれてきて、道路も山林も草地も汚染されてしまった。ブランドとして育ててきた飯舘牛が復活する望みはほとんどない。

「尖閣諸島を何が何でもわが国土だと言うのなら、飯舘村が事実上、失われてしまったことになぜ痛恨の念を持たないのか」と小林は問う。

8月27日に出版された「脱原発論」は初版8万部。年々縮小している日本の出版界の現状を考えれば大きい数字だが、累計で100万部を超えている「戦争論」とは比べものにならない。脱原発は、商売上は完全に損だ。しかし小林は黙っていることができない。

ギャグ漫画「東大一直線」で1976年にデビューした小林は、90年代前半に政治ネタを頻繁に書くようになった。その流れで、元読者だった子どもたちを含む薬害エイズの被害者に声を掛けられ訴訟に関わった経緯を書いた「脱正義論」(1996年)は、社会運動を生まれて初めて体験した小林が、その汚点も含めて感じた全てをあまりにはっきりと書いてしまったために、本は売れたが人々は去っていった。

その後に出した「戦争論」はさらに売れて、ネオコン・ジュニアとも呼ぶべき世代を生んだ。しかし、小林は「沖縄論」(2005年)、「天皇論」(2009年)と、必ずしも伝統的な右翼にもろ手を挙げて歓迎してもらえるとはいえない主張を繰り出し、彼らも離れていった。「右も左もどんどんいなくなってアンチばかりができあがる。その中で、どんなにわしが変わっていってもリテラシーだけでついてきてくれる読者がいる。そうなると、彼らの期待にこたえなければ、という気持ちになる」と小林は言う。

しかし小林は、読者のためだけに脱原発を主張しているわけではない。日本のような、多数の活断層の上に乗っている地震国が、原発を持っていること自体がとんでもない間違いだと思うからだ。幸い、シェールガスを採掘する技術の進歩によって、世界的に天然ガスの可採埋蔵量は増えている。当面天然ガスを使いつつ、再生可能エネルギーを基幹エネルギーに育てる――それが正しい保守のエネルギー論だ、と小林は言う。

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コメント (5 / 10)

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    • あのね、とりあえず読まずに反論するの止めたら。
      あなた方が思いつくような論点なんか、小林よしのりは十分思いつくわけよ
      それに回答を出したのがこの本なんだから。

    • 将来的には原発はなくした方が良いかもしれんが、少なくとも、再生エネルギーの技術はまだ発展途上・LNGや石油は世界情勢次第で安定した供給が望めなくなるかも知れんという現状で、いきなり脱原発はない。そもそも、原発に依存している最大の理由は、エネルギーを海外に依存しなくても良いようにするというところにあるのでは?それを解決できる技術を確立しない限り、原発はなくしようがない。

       ちゅーか、福島第1の事故は、地震によるものか、津波によるものか、対処を誤った人為的なものなのかもはっきりしていないのに、事故が起こったという結果だけ見て止めろってのは短絡的だと思う。最近、オスプレイ反対にせよ(といっても、反対してるのは左翼・新左翼ばかりだが)、「政治不信」にせよ、結果だけ見て騒ぎ立てる手合いが多すぎる。問題意識を持つのは結構だが、そういう、その場しのぎの発想こそ選択を誤る最大の要因だと思うんだが。

    • 小林氏は原発は人類に扱いきれるものではないと描いています。災害にも対応できなかったこと。将来的に古くなった原発を廃炉にするにしても、まともな廃棄処分ができないこと。原発を狙ったテロリストが起きてしてしまう可能性もあること等。

      経済事情の考慮で原発はなくせ無いと唱えている知識人が多くいますが、原発事故とは、経済事情を超えた人類の生命と国家の存続の問題にも関わっていることを分からないのでしょうか?

    • よくまとまった記事ですね(^.^)小林先生の考え方に対して改めて理解が深まりました。記者さんありがとう。

    • アンチってたいていが劣等感の裏返しだから論理も知識もなくて本当に厄介
      ネットが一般に広まりアンチが大手を振って歩く今の日本に心を痛める By10代












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