もしかすると、それは忍びやかなベースラインの響きだろうか。いや、機関銃のようなギターソロか。大胆で物悲しいホルンの音色かもしれない。ひょっとすると、それらが混ざっているせいだろうか。理由はどうあれ「ジェームズ・ボンドのテーマ」はいまだに男性の心をくすぐるものがある。
最初の007映画『ドクター・ノオ』がロンドンのプレミアで上映されたのは1962年10月5日のことだ。それから50年を経た今年、この気取ったテーマ曲が勢いを得て戻ってきた。ロンドン五輪の開会式では、ジェームズ・ボンドのテーマ曲は女王がヘリコプターからパラシュートで降下するという演出に使われた。また10月5日にはテーマ曲のオリジナルのギタリスト、ヴィック・フリック氏が米映画芸術科学アカデミーで開催される映画「007」シリーズ50周年の音楽イベント「The Music of James Bond:The First 50 Years」でソロ演奏する予定だ。さらに11月9日公開の最新のボンド映画『007 スカイフォール』が上映されている間はずっと、この曲を聴くことになる。
初めてのカーチェイスやベッドシーンを60年代のボンド映画で見たベビーブーム世代の数百万人もの男性は、このテーマ曲を聴くと原始脳のスイッチが入り、サイレンサーやカジノ、ビキニ、ジン、それにボンドが使う小道具などのイメージが脳内にあふれる。
「この曲は多くの男性に無敵さと魅惑の感覚をもたらす」と指摘するのは、ハーバード医科大学で精神医学を教えるユージーン・ベレシン教授だ。「男性はこのテーマ曲を力強さや大人っぽさ、男らしさとリンクさせる。まるで子どもの頃の野球グローブの匂いや父親のアフターシェーブローションの香りのように」と言う。
何がこうしたフラッシュバックを誘発させるのだろうか。「音楽は聴覚神経へ伝わり、そこでわれわれの感情を処理するいくつかのネットワークによって評価される。これは、自分が何を聴いているのかを特定するよりも先に起きる」とベレシン氏は言う。「一瞬で脳は過去のファイルをスキャンし、マッチするファイルがあるかどうかを探る。音楽が記憶のカギを開ければ、その曲を初めて聴いたときと同じ感情を再度体験する可能性が高い」とベレシン氏は続けた。
またボンドのテーマ曲は父親との結びつきにも関連している。1968年に現在の年齢制限が導入される前、ほとんどの映画館は、10代の若者が大人の付き添いなしに大人を対象にした映画を見ることを禁じていた。「つまりほとんどの少年は映画を父親と一緒に見たことになり、父親は通過儀礼として息子を映画館に連れて行った」とカリフォルニア大学サンフランシスコ校で臨床精神医学を教えるルアン・ブリゼンダイン教授は話す。『The Male Brain(男性脳)』の執筆者でもある同氏は「その経験は大人になることと、テーマ曲のリンクを強めることになった」と指摘する。
なぜ男性はギターの低音や軽快なホルンの音色にそれほど刺激されるのだろうか。「アクションの感覚と、音楽のリズムが大量のドーパミンを分泌させる。自分が世界を支配していると男性に思わせるのだ」とブリゼンダイン氏は言う。
ではテーマ曲を聞いた女性の場合はどうか。同氏は「ハンサムで勇ましい男性に、自分たちをさらって行ってほしいと憧れた時代があったことを思い出す」と語った。