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  小細工 作者:坂田火魯志
第二章
「幾ら凄くてもな」
「ですね。それで巨人は思った様に勝てなくなっていました」
「長嶋もおらんようになり王も遂に引退した」
 昭和五十五年にだ。王貞治も引退した。
「それで暫くの間はまあ大人しかったな」
「桑田のことはありましたけれどね」
「あれはまだいいんじゃ」
 許し難いがだ。老人は大目に見ると言ってきた。
 言いながらビールを飲む。僕もそうする。
 球場の中で飲むビールは美味い。一緒にフランクフルトや焼きそばを食べるがそれとも合う。何よりも野球を観ながら飲むビールは美味い。
 その話をしながらだ。老人は僕に言ってきた。
「まだなあ。清原もな」
「あの時は同情しましたけれどね」
「清原の話は後じゃ。それで巨人じゃが」
「はい、巨人が思う様には勝てなくなっていましたね」
 八十一、八十三、八十七とリーグ優勝をしている。だが、だ。
 その中で日本一は八十一年だけだ。後の二つは西武ライオンズに敗れている。球界の盟主とやらは明らかに西武に奪われていた。
 八十九年は一応日本一になったが翌年は僕にとっては実に痛快な結果だった。日本国民がこの時爆発的な喜びに包まれることになった。
「特に九十年は」
「ああ、あの時じゃな」
「リーグ優勝はしましたけれどね」
「最高の日本シリーズじゃったな」
「四連敗でしたからね」
「その四試合が全部手も足も出ん負け方じゃった」
「はい、最高のシリーズでした」
 巨人に対する正義の鉄槌が下されたのだ。まさにそうしたシリーズだった。
 今目の前で村田が三振した。横浜から巨人に入った彼が。僕は村田が空振りをしてあえなく尻餅をつくのを観ながら老人に話した。
「本当に」
「うむ。野球の違いじゃな」
「野球を愛する人間が勝ったシリーズでしたね」
「その通りじゃよ。西武ライオンズは野球を愛しておる」
 そしてそれに対してである。
「巨人はそうではないからじゃ」
「野球にも違いが出ましたよね」
「あれが正しい姿じゃ、野球のな」
「全くですね、本当に」
「それでそれから長嶋が監督に戻ったがのう」
 正直僕にとってはどうでもいいことだった。確かに狂喜する人間もいたが。
「球界の主役ではなかったわ」
「それでもフロントが無理矢理でしたね」
「ドラフトを改悪させてフリーエージェントを導入してな」
「とにかく金を使って強くなろうとしましたね」
「あれが巨人の正体じゃ」
 紛れもなくだ。それだった。
「別所の時から変わらんな」
「ですね。ああ、久し振りに出てきましたよ」 
 代打が告げられていた。そしてだ。
 日本ハムから来た小笠原が出て来た。だが。
 一塁側から口笛が吹き侮りの喚声がかけられる。かつてはスラッガーだったが今ではもう見る影もない。威圧感も覇気も全く感じられない。
 その抜け殻がバッターボックスに入るのを観た。僕はそのうえで老人に話した。
「小笠原ですよ」
「ガッツじゃったな」
「今ではカッスと呼ばれてますよ」
「フリーエージェントとかで巨人に入った選手は多いわ」
 ヤクルトの広澤克実をはじめとしてだ。本当に多い。
 だがそれでもだとだ。老人はこう言った。
「しかし終わりを全うしたのはおらんのう」
「一人もいませんね」
「広澤は阪神で復活したわ」
 巨人に入った彼はそうなった。まさに。
「巨人ではあかんかったのう」
「全然でしたね」
「粗大ゴミじゃったわ」
 老人はバットを波立たせて振る小笠原を見て言う。かつてのスイングは何処にもない。
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