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[エッセイ] 「あなたのことが心配です」とすり寄ってくる善人たち

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2012/10/01


「あなたのことが心配です」とすり寄ってくる善人には注意が必要です。


善意の皮を被っているだけ

得てして「あなたのことが心配です」という素振りですり寄ってくる人間は、あなたの没落を願っている人です。少なくとも、あなたをコントロールしようという狙いがあります。それも自分の都合のよいように。

「心配している」という善意は非常に便利です。心配されたとあればつい話を聞きたくなってしまいますし、無下にあしらってしまうと、心のうちに罪悪感が芽生えることにもなります。


家族や恋人ならまだしも、「心配している」とすり寄ってくる人たちは、ほとんどの場合、実際的な利害関係がない人たちです。あくまで自分のためではなく「利害関係も責任もないあなたのために、無償のアドバイスを提供する」という態度を貫きます。

が、その裏には、意識的にか、無意識的にか、「心配している」対象をコントロールしようとする、公衆の面前で攻撃しようとする心の働きがあります。その種の「善意」が無意識的だったりすると、話は余計にややこしくなります。余計なお世話というやつですね。


もちろんすべての「心配です」という言葉が欺瞞である、と言うつもりはありません。大病を患った方、大きな精神的ダメージを受けた方のお話を聞くと、そりゃ僕だって普通に心配になります。それは人間の素直な心の働きでしょう。

ここで問題視したいのは、善意の皮を被り、相手をコントロールしたり、攻撃しようとするための「心配」です。これは大変卑怯だと思います。


僕は素直に心配であるという場合を除いて、「心配」という態度を基本的に取らないようにしています。

例えば仲の良い学生が「会社で勤めるの嫌なので、無経験だけどフリーランスやってみようと思います!」と語ったとしても、僕は「なるほどね、ひとまず頑張ってみるといいよ。何か手伝えそうなことあったら言ってね」ぐらいに留めておきます。もし本当に彼を心配していたとしても、そう答えます。心配を表明することで、彼/彼女の人生に他人として無責任に影響を与えてしまうことが、僕は嫌なのです。

「ひとまず頑張れば?」とあっさり答える僕を、無責任とののしる人もいるでしょう。けれど、「とりあえず会社に勤めた方がいいんじゃない…?」と心配を表明して、相手を中途半端にコントロールすることの方が、僕にとっては不誠実に見えてしまいます。本当に心配なら、いい会社を斡旋するくらいまでやるべきでしょう。十分に関与できないのなら、「心配」は不誠実になりえます。


と、そんなことを書いていたら、ちょうどタイムラインを見ていたら、この手の「心配」をたまたま見かけました。僕が問題視しているのは、こういう態度です。利害関係もありませんし、結局公衆の面前で攻撃したいだけですよね。

はるかぜちゃんは流石の返答。この方はホントにすごい。


というわけで「あなたのことが心配です」という態度について考えてみました。皆さんはどう考えますか?


関連本。この種の「善意」を鋭く切ったこちらの本は痛快でおすすめ(ブックレビュー)。