・「ひっこみがつかなくなる」ことって、よくあります。
ぼく自身の場合、だんだん年をとってきたら、
「あ、そうか」とか、「そっちのほうが合ってる」と
前言撤回することが多くなってきましたが、
たぶんそれは、もともと、
「ちがったら大変だ」というようなことを、
言わないように気をつけているせいもあると思います。
よく知らないことについて、
「こうであるにちがいない」と決めつけたり、
「疑わしいものは、悪い」と裁いたりすることは、
人間なら誰でも、よくやってしまうことです。
でも、それが「冤罪」を生みだしたり、
思わぬまちがった方向に人々を導いていったりします。
だからこそ「気をつけなきゃいけない」と、
そういえば昔から、親やお年寄りが言ってました。
「それが、もしちがってたらどうすんだい?!」
ぼくが人を疑うようなことを言ったときに、
ひどく叱られたことをよく憶えています。
そういう記憶があるにもかかわらず、ぼくはその後も、
人を疑ったり、定かでない噂をしゃべったり、
話題になりそうな悪意に相乗りしたりを、
さんざんしてきたような気がします。
多くないとしても、なかったとは言えっこない。
じぶんが、どんな不確かなことで人を貶めているか、
根拠の定かでないことで火に油を注いでいるか、
「もしや‥‥」と、まちがいに気づいてからどうするか。
ひとつは、さらに頑なにじぶんは正しかったと言い募る。
もうひとつは、ちがうところはちがったと率直に謝る。
道はまったく真逆になります。
「ひっこみがつかない」とは、なんとも虚しいことです。
しかも、ほんとに、よくあることです。
こどもどうしのささいな争いから、国と国に至るまで、
「退却戦」というのがいちばんむつかしいらしいです。
「逃げるときに袋だたきにされるんじゃないか」
なんて心配にもなりますものね。
でも、「ひっこみ」をつけるのって最大の勇気だよねー。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
10月1日は、いろいろある日だった‥‥大忙しになりそう。
ぼく自身の場合、だんだん年をとってきたら、
「あ、そうか」とか、「そっちのほうが合ってる」と
前言撤回することが多くなってきましたが、
たぶんそれは、もともと、
「ちがったら大変だ」というようなことを、
言わないように気をつけているせいもあると思います。
よく知らないことについて、
「こうであるにちがいない」と決めつけたり、
「疑わしいものは、悪い」と裁いたりすることは、
人間なら誰でも、よくやってしまうことです。
でも、それが「冤罪」を生みだしたり、
思わぬまちがった方向に人々を導いていったりします。
だからこそ「気をつけなきゃいけない」と、
そういえば昔から、親やお年寄りが言ってました。
「それが、もしちがってたらどうすんだい?!」
ぼくが人を疑うようなことを言ったときに、
ひどく叱られたことをよく憶えています。
そういう記憶があるにもかかわらず、ぼくはその後も、
人を疑ったり、定かでない噂をしゃべったり、
話題になりそうな悪意に相乗りしたりを、
さんざんしてきたような気がします。
多くないとしても、なかったとは言えっこない。
じぶんが、どんな不確かなことで人を貶めているか、
根拠の定かでないことで火に油を注いでいるか、
「もしや‥‥」と、まちがいに気づいてからどうするか。
ひとつは、さらに頑なにじぶんは正しかったと言い募る。
もうひとつは、ちがうところはちがったと率直に謝る。
道はまったく真逆になります。
「ひっこみがつかない」とは、なんとも虚しいことです。
しかも、ほんとに、よくあることです。
こどもどうしのささいな争いから、国と国に至るまで、
「退却戦」というのがいちばんむつかしいらしいです。
「逃げるときに袋だたきにされるんじゃないか」
なんて心配にもなりますものね。
でも、「ひっこみ」をつけるのって最大の勇気だよねー。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
10月1日は、いろいろある日だった‥‥大忙しになりそう。
|
|
|||||||||||||||||||||||