橋下市長の手腕は高く評価している
原発事故に関して、興味深いリポートが発表された。琉球大学ホームページによれば、同大学の大瀧丈二准教授らのチョウの一種ヤマトシジミにおける放射線影響研究がNatureグループの“Scientific Reports”誌に掲載されたものだ。
《研究チームは事故直後の11年5月、福島県などの10市町でヤマトシジミの成虫144匹を採集。うち、7地域総合で12%に羽や目の異常が認められた。これらのチョウ同士を交配した子世代での異常率は18%に上昇した。同様の7地域で9月に採集を行ったところ、異常率は28%、その子世代では52%に達した。類似の異常は、沖縄個体を外部被爆・内部被爆させた実験でも認められた》
これまで放射線の影響が小さいと見られていた昆虫に放射能の影響が強く見られたということだ。一読してみなさんは、やはり原発は危険だと考えたのだろうか。実は、私はこの報道に接して非常にホッとした。
あの原発事故の生物への影響については、科学的な見地から「ほとんど影響はない」と発表されていたが、「ほとんど影響のない」の「ほとんど」がどの程度なのかについての報道が全くなされてこなかった。このため、日本国政府が原発の影響を隠匿しているのではないかと外国の機関は疑っていたし、私も心配していた。何しろあの民主党政権である。
一方でインターネットや大衆を煽る一部メディアによって「耳のないウサギ」「巨大化したナメクジ」「ウロコが透明で体が透き通った魚」などの写真が公開され、うわさが独り歩きした。私から見れば原発事故とは関係がないような自然現象までが、すべて原発と関連付けられていた。神経質な人の中には信じる人もいただろう。
いずれにしろ、国民生活に甚大な影響を与える以上、ネガティブな情報でも積極的に出す勇気が求められている。その点で、琉球大学の研究発表は日本における言論空間の健全性を示したものだ。当然ながらこの研究結果はこれまでの政府発表を覆しているものでもない。人体とも関係ない。大瀧准教授のご尽力によりヤマトシジミが放射能の影響を受けやすい生物だということが、私にはとてもよくわかった。
思い起こしてほしいのは、原爆を落とされた広島や長崎も今では平和を取り戻していることだ。幸いにして福島でも放射能の影響で死亡した人はいない。目に見えないからこそ恐怖が増幅されるが、実際に起きていることを冷静に見極めていく必要があるだろう。
「正しく恐れる」とよくいわれるが、放射能との向き合い方を考えるためにも、さらなる科学的な研究の進展が必要なのは間違いない。科学的見地という前提がそろえば、日本の根幹であるエネルギー問題について冷静な議論ができるはずだ。「原発はイヤ」「ダメなものはダメ」だけでは何も進まない。
市民運動家は何を言っても聞く耳を持たないだろうが、こんなときこそリーダーが国民を導いていく必要がある。そんな中で、日本の将来を担うと期待されている有望な政治家が迷走を繰り返しているのが気になっている。
橋下徹大阪市長だ。
原発の再稼働が遅れたことにより、この夏の日本の電力供給は綱渡り状態だった。反原発論者が強く推す自然エネルギーが開発途上のため火力発電に頼らざるをえなくなったが、最近、日本の足元を見るようにLNGの卸値も上昇している。私自身は電力業界と何らの資本的関係はないが、原発再稼働を強く支持する立場である。現在の貿易赤字転落の主因は、燃料輸入増である。このまま火力に頼り続ければ、日本は間違いなく沈む。
関西地方では橋下市長が大飯原発の再稼働を容認したことで、大停電の危機を乗り越えることができたが、市長はまた、「電力自由化」「脱原発」「自然エネルギー推進」路線に態度を戻している。
私は橋下市長の行政手腕を高く評価しているが、エネルギー問題への取り組み方は最低だと思う。経産省出身といいながら資源エネルギー庁での勤務経験のないご立派なブレーンを選んだツケを払わされている可能性がある。
橋下市長の発言を検討してみよう。
11年12月の市長就任会見では「日本の電気料金は原子力発電の有無にかかわらず、すでに国際社会からみて高い水準である」との発言があったが、少なくともイタリアやドイツよりも安い。円高の影響も見逃せない。電気料金が安いといわれる米・仏・韓国と日本では、電源構成も政策も大きく違う。フランスが原発大国であるのは周知の事実であるし、韓国では政策的に安価な料金が設定されているが、料金収入が原価を割り込み、税金で赤字分を補填されていることも忘れてはならない。
同じ会見では「事業参入を自由に認め、競争体制を作っていかないと、電力供給体制の安定強化にはつながらない」とも話しているが、これも事実誤認。この連載で前に指摘したことだが、電気事業への新規参入のためのルールはすでに整備されている。新規参入の障壁となっているのは多額の初期投資。
「電力」という商品はエジソンが発明したときから、全く同じ品質で変化がない以上、消費者が選ぶ基準は価格しかない。送電線など既存の発電設備を持つ大企業が有利になるのは当然で、まっとうな企業は参入を控えるのが常識。新規参入のためには、どこかの通信会社のように政治家を動かして自社が確実にもうかる法律につくり変えるしかない。