目指すのは完治
■ 努力の仕方
アトピーが治るなら「どんな努力でもする!」と思っている人。結構多いですよ。
腰を据えて本気で「アトピー性皮膚炎を治したい!」って・・・・。
でも、具体的に何をすればよいのか分からないんですよね。
私の場合、顔にアトピーが出はじめたのは28歳の頃。
当時、本当にもう「八方ふさがり」って感じでね。
外出するのが嫌。電車に乗るのが嫌。ついでに仕事するのも嫌でした。
「えっ!コレ本当にオレの顔か・・・」って感じですよ。
なのでいつも、「このアトピーさえなければ・・・」って思っていたんです。
こうなるともうとにかく、「生きていること」そのものが苦痛でしたね。
なので私が知りたかったのは、アトピーを前提とした「考え方」や「心の持ち方」じゃなく、アトピー性皮膚炎そのものを治す具体的な方法だったのですよ。
だって、アトピーとお付き合いする気持ちなどサラサラなかったし、何よりアトピーを
前提とした生活なんて想像するだけゾッとしていましたから。
私が欲しかったのは、「この様なステップを踏むことで1年後に完治を目指します。」
と言った確実な指針だったんですね。
しかし、今振り返るとコレを病院で期待するのは酷だったと思うんです。
何故なら「対症療法」的なアプローチだけだと、もの凄く確率が低いから・・・
だってステロイドを塗り、抗ヒスタミン剤を飲み、アレルゲンに接触しない努力はアトピー
そのものを根本的に治す為の治療ではないですよね?
確かに、素早く症状を改善させなきゃならないケースってあると思います。
傷口から黄色ブドウ球菌が侵入して感染症を起こしているのに、抗生物質を拒否して
たら死んじゃいますよ。「アトピーでは死なないよ」なんてナメてると、とんでもない目に
遭いますから。
なので絶対に「対症療法」は否定しちゃいけない。
でも、その「役割」と「限界」は患者自身がシッカリ認識する必要があるはずですよ。
私の実体験からすると、「対症療法的な手段」で症状を好転させながら自然治癒を
待つ方法はどうしても、確率の高い方法だとは思えないんですよ。
■ 目指すのは完治
アトピー性皮膚炎の場合、皮膚科では「遺伝」って言葉、よく使われますよね。
でも残念ですけどコレ、実際は患者を勇気付ける意味では使われないですよね。
要するに、前向きな表現じゃないんです。
だって「遺伝」と来れば、決って「治せない」って方向に話しが行くでしょ。
どうして?
確かに、遺伝的な要因ってアトピーに関係していると思いますよ。それは否定しません。でも、それがどうしたの?
そんなのアトピーを治す上で全然致命傷になる訳でもないじゃないですか?
むしろ「遺伝」なんて乗り越えるべき対象と見れば良いだけのことだし、子供のアトピー
だって、必要以上に親が責任を感じる必要なんて無いんですよね。本当は・・・。
ちなみに私の場合、父と祖父もアレルギー体質でした。特に父は酷かった。
なので私はその「遺伝子」を引き継いでいることになる。で、きっちりアトピーになった。
正直に告白すると、父を恨んだこともあったんですよ。情けない話けど・・・・。
やっぱり「遺伝」「遺伝」なんて連発されるとね・・・・。
でも、本当はそんなの全然関係無いんですよ。治せば良いだけの話ですから。
その証拠に私の子供。2人ともアトピーじゃないです。
多分、これからもアトピーにはならないと思います。(ならないように教えていますから)
だから「遺伝」なんて悲観的に捕らえる必要は無いんですよ。
自分が今、生きているのは産んでくれた両親のお陰でしょ?
なのに「遺伝」って表現、マイナスのイメージばかりじゃ悲しすぎますよ。絶対に。
産んでくれた両親に申し訳ないです。
だから、「遺伝」なんてバカバカしい呪縛なんかに負けないで下さい。
同じ努力をするなら、一時的に症状を改善させる努力より迷わず完治を目指せば
いいじゃないですか?
私は、絶対にアトピー性皮膚炎を治したかった。
実際、アトピー性皮膚炎の人なら判ると思うけど、クスリを使用しながら生活の質を
維持するのも、それはそれで結構大変なことです。どこに行くにも他人の視線を気にしてカバンの中からコソコソとステロイドを取り出したりして・・・・。
物事に白黒を付けない生き方って、確かにあると思いますよ。
実際、世の中には物事をハッキリさせない方がいい場合も多いですからね。
でもね、アトピーに関する限り嫌だったんですよ。私は・・・。そういうの・・・・。
完全に治したかったんです。中途半端な治り方じゃなくて・・・。
だって実際、アトピーは治るのですから。
「完治を目指して何が悪い!」って開き直ってもいいじゃないですか?
|