1999/5/27 第66号
犯罪被害者の報道被害」

事件で心を痛める家族

被害者名の匿名化など配慮を

 

 「人権と報道関西の会」の例会が四月十七日(土)、大阪市北区のプロボノセンターで開かれ、約十人が参加した。今回のテーマは「犯罪被害者の報道被害」で、当会事務局の木村哲也弁護士が報告。「事件自体でも、被害者や家族は心を痛めているのに、無秩序な報道がさらに追い打ちをかけている。被害者名の匿名化を含めて、報道では人権配慮を一層進めるべきだ」などと訴えた。(小和田 侃)

まず木村弁護士が次のような報告を行った。


 事件の被害者が納得できる処分が、行われない事がある。少年犯罪では、その内容すら分からず、被害者を精神的にどうケアするかが大事な課題となる。それらについて弁護士会では支援システムの準備を進めている。また、被害者の報道被害という問題もあるのだが、詰めて考えられておらず、弁護士間でも認識に差がある。今日は主に、この報道被害について考えたい。

具体例を三つ挙げてみる。

(1)飯塚幼児殺害事件(一九九二年二月二一日、福岡県飯塚市の山中で、小学一年の女児二人が遺体で発見された。乱暴目的の殺人として捜査)・・・被害者の実名を顔写真付きで報じた新聞社もあった。この報道被害について、知り合いの弁護士から相談を受けた私は、事件発生から十か月後、各社に対して「被害者の遺族としては、殺害されたこと自体の悲しみとともに、実名が使われ、写真も掲載されて報道されたことにより、さらに深い悲しみと不快感を味わってきたことは間違いない事実です。

 報道されて傷つく具体的な人が存在するのに、あえてその人の立場を無視してまで被害者の立場に優先して氏名を公表するだけの利益などありえません」などどする通知を出した。しかし、どこの社からも回答はなかった。

 九四年九月に五六歳男性が容疑者として逮捕された。その報道にあたっては、被害者の顔写真が掲載されることはなかったし、あるテレビ局からは「被害者の氏名を出していいいだろうか」とする問い合わせがあるなど、ある程度、通知の効力はあったように思う。

 そしてその年の十二月、共同通信の社会部記者から、先の通知の意図や匿名基準などについて問い合わせがあり、「容疑者や被害者の氏名を公表する事が、ただちに国民の知る権利に奉仕することだとは考えません。一方、氏名を公表される事は、ただちに公表された人の具体的な苦痛を伴うことになります。犯罪被害者といえども、その実名を報道されることについては、多少の個人差はあるにしても、苦痛を感じているということは間違いのないところです」との見解を表明。しかし共同通信は、この回答に基づくような記事は書いていない。

(2)淡路島津名町行員事件(一九九八年一月十一日、自宅で就寝中の銀行員が、侵入してきた男性に気づき、バットで殴りつけて死なせた。銀行員は殺人の現行犯で逮捕された)

・・・単身赴任先の銀行員宅では、以前から侵入を受けたり盗難被害に遭うなどしていた。市街地から離れていて警官到着にも時間がかかるため、警察から、護身用に棒のような物を置くようにアドバイスもされていた。それでバットも用意していたもので、事件は多分に偶発的な側面もあったのだが、報道はまだ容疑者呼称が導入される前でもあり、銀行員は犯人として実名・呼び捨て報道され、侵入者は「さん」付けにされた(朝日新聞だけが、「A銀行員」と匿名にする一方で、被害者を呼び捨てにした)。一連の報道に対して、容疑者の弁護人となった弁護士は「供述と起訴事実に、いろいろ違いがある。氏名さえ載らなければ、他の地域に住んでいる知人や親戚に知られることもなかっただろうに」と言っていた。

 容疑者が刑事責任をとるのは止むを得ないとして(結局、起訴猶予となった)、苦痛を増幅させたのはマスコミだった。一方、死んだ被害男性の家族も、報道によって一層不安な状況に陥り、実名を報じられたことによって男性は、当該侵入事件やそれ以前の侵入事件の犯人としてのレッテルを貼られてしまった。

 また報道では一般に、被害者は丸写真、容疑者は角写真とされているが、この事件で被害男性を角写真で掲載する社もあり、新聞社の事件に対する姿勢がにじみ出ているように思われた。

(3)浦和地裁喫煙傷害致死判決(埼玉県のJR武蔵野線南越谷駅の禁煙ホームで一九九四年三月七日、喫煙していたAさんに対してBさんが注意したことから口論となり、BさんがAさんの顔をけって死亡させた傷害致死事件が発生。浦和地裁は同年七月十二日、Bさんに対して「懲役三年、執行猶予五年」の判決を言い渡した)・・・判決が「喫煙の注意は理解できるが、口頭ですべきであり、地道な禁煙運動の理解に水をさしかねない」と踏み込んでいることなどから、各紙は同種の傷害致死事件に比べて大きく報道。毎日は両人を実名に、朝日はともに匿名にしていた。

 被害者側から見ても、遺族は身内が死亡するという事件自体だけでも苦痛を覚えているのに、「禁煙場所で吸っていた」という死者に否定的な事を書かれたことによって、新たな苦痛まで強いられたことになる。


 プライバシー侵害に関する解釈について

 以上、具体的事例を見てきたが、続いて法律論ではどうなっているのか。「プライバシー侵害と民事責任」 (竹田稔著、判例時報社)の文章を以下に抜粋引用してみる。

 「人格権には、社会生活を営む上において自己に不利益な事実に関して、みだりに実名を公開されない人格的利益も含まれているということができよう。しかし、そのような人格的利益は、その性格上不法行為法上の利益としては、一般的には保護の程度が弱いものといわざるをえない」

 「少年、精神障害者以外でも、社会的関心事といえない人物の自殺、詐欺・万引き等の軽微犯罪の容疑者、犯罪容疑者の家族等についても、実名をもって報道されない人格的利益を、不法行為上の法的利益として承認できる場合があろう」


参加者の質疑から−

 

 続いて質疑を行った。被害者への報道上の配虜について、テレビ局社員や新聞記者からは、「性的被害については、今では名前を伏せるのが一般化しているが、その他の事件ではこれといった姿勢は…」 「性的被害があった場合でも、匿名にして性的被害の事を書くか、実名にして性的被害をぼかすかに分かれることがある」などの意見が出されたが、被害者への積極的な人権尊重を推進する動きはほとんどないという。

 またある大学教員からは「もし被疑者の名前が公にされないと、被害者は被疑者を特定することができないので、被疑者については実名報道を原則とすべきだ。ただし、記事の中には被疑者の主張を十分に盛り込み、裁判結果まできちんとフォローすることが必要だ」との意見が出され、これに対しては「捜査の進展や容疑者の情報は、警察が被害者に伝えるべきもので、報道が担う役割ではない」「実名報道の数々の弊害を考えると、被害者への情報公開の名の下の被疑者の実名報道は危険だ」などの反論が出された。

 弁護士は「先日の誘拐事件でも、無事保護された子どもが記者会見を受けさせられた。こういうのは、マスコミが警察を通して強引に会見を了承させていると聞く。被疑者の匿名の方が先行しているが、被害者の匿名化、人権尊重について社としてもっと討議すべきだ」と語った。このほか参加者からは、「被疑者はある程度事態を予測して、報道も覚悟できているかもしれないが、被害者や家族・遺族は、事件発生だけでも心を取り乱しているのに、報道によってさらに追い打ちをかけられ、本当に気の毒だ」「大新聞も、やっている事は、タブロイド紙と同レベルであることを認識し、改善すべきだ」などの意見が出された。

 このほか新聞記者からは、「報道が抑制的でなければならないのは、その通り。それを分かった上で思うことがある。昨年の例会に、妻が通り魔に傷つけられて今も後遺症に苦しみ、まだ容疑者逮捕に至っていない林さんを、講師にお呼びした。その時、林さんが『事件が、阪神大震災の直後だったので、全く報道されなかった。あれが通常通りに報道されていたら、犯人逮捕につながっていたかもしれない。だから私は、報道によって被害を被ったとは思っておらず、むしろ報道されなかった事がつらい』とおっしゃっていたのを印象深く思い起こす」と述べた。これに対し、「それは捜査サイドの問題で、報道が容疑者逮捕に力を貸すかのような役割を担うのは問題だ」との意見も出された。

 また、「例えば殺人事件があっても、被害者が男性や中年の女性であるよりも、若い女性で美人とくれば、ニュース価値が(マージャン用語にひっかけて) 『イイハン上がった』などと不謹慎な言葉が飛び交って、取材態勢も厚くなるし、被害者の顔写真の入手も不可欠になる」などの報道現場の実態が示され、「年齢だけでもそんなに価値が分かれるのか」と呆れる声も出された。


弁護士会に設置

犯罪被害電話相談室

 なお、六月一日から毎週火曜日午後三〜五時、大阪弁護士会として「犯罪被害電話相談室」 (06・6364・625l)が設置され、報道被害も含めて幅広く相談が受け付けられることが、参加弁護士から報告された。


テレ朝のダイオキシン報道

 危険な情報隠しを許すな

 

 東京の「人権と報道連絡会ニュース」 l38号を読んでいて、ハッとさせられた。テーマの一つは、テレビ朝日「ニュースステーション」のダイオキシン報道。所沢の農家に甚大な被害を与えたとして、その先走り報道を批判するものだろうと思って読み始めた。

 ところが内容は、報道に一部不十分な点があったことは問題としながらも、ダイオキシンの危険な数値をスクープした姿勢を評価、むしろ、行政やJAによる数値隠しを厳しく追及するものだった。次元は違うが、毎日新聞の外務省機密漏洩事件を思い出す。沖縄返還に伴う日米の危険な密約をすっぱ抜く重大なスクープだったのに、その情報入手方法が女性との肉体関係を経たものである事が逆に強調され、肝心の密約の問題は、うやむやなままにさせられた(沢地久枝さん著「密約」に詳しい。映画化もされている)。

 今回のテレ朝報道でも私たちは、「久米降ろし」の行方だけに目を向けさせられたため、肝心の権力の情報隠しに対し、まさに目隠しされてしまっていた。私たちの「人権と報道」活動でも、報道批判が権力側に利用されることのないよう、心しなければいけない事を痛感させられた。 (小和田 侃)


 この前、兵庫県の選挙に行った。即日開票のため、夜十時時頃からテレビをつけていたが、全国ネットのテレビでは、なかなか兵庫県の情勢が分からない。特に、大阪府と東京都知事の放送に相当な時間を割いていた。興味がないわけでもないが、大阪や東京の知事予定者が何を語ろうとそれは兵庫県とは余り関係のないことだ。兵庫県の情勢が分からないのでいらいらしていたが、ふと気付いた。何だ、サンテレビがあるじゃないか。

サンテレビでは、当然、兵庫県の情勢がメインである。その中で、二五歳で初当選した市会議員候補が取り上げられ、スタジオに呼ばれていた。二五歳といえば被選挙権を得る年齢である。スタジオでは、初当選に戸惑いながらも、街を良くしたいと思う若者の純粋な気持ちが素直に表現されて新鮮だった。政治的無関心が叫ばれる中、二五歳の若者が立候補して当選するところに、兵庫県民のパワーのようなものを感じるとともに、地元密着型テレビの特色が見て取れた。地方局には、全国ネットとは違う方針があってもよいし、そうあるべきだと思う。(OT)


次回例会《6/12土》は

「またも出た廷内写真 フォーカスを斬る!」

 

 異常な犯人視報道が続けられている和歌山カレー事件で、写真週刊誌「フォーカス」が女性被告の法廷内写真を掲載しました。「読者が知りたがっている情報だから掲載した」などと週刊誌側は述べていますが、しかし読者はどんな情報でも知りたがっているのか。またメディアは読者が知りたいと判断すれば、どんな情報でも出していのか。

 例会ではカレー事件の弁護団の太田健義、木村哲也の両弁護士から、このフォーカス問題も踏まえ、メディア取材全般についての問題点について報告していただきます。

 合わせて、次回から毎月発行となる会報の編集会議も開きます。現状のメディアのありようについて、意見を述べたい方、また改革に向け自分も立ちあがりたいという方たちもぜひご参加ください。

 次回例会は6月12日(土)、午後1時からです。場所はいつものプロボセンターではなく、木村哲也法律事務所です。ご注意下さい。(木村事務所の住所、連絡先は表紙にあります)


次回から会報名称は

「市民・メディア」になります 

 人権と報道関西の会では、これまで例会に合わせて二ヶ月に一回、会報を発行してきましたが、今後は月1回の発行を目指すことになりました。例会開催は二ヶ月に一回のままですが、会報は従来の例会報告を中心としたものに加え、例会と例会の間の月に、さまざまなメディアへの論評や、独自の取材に基づいた記事、インタビューなど幅広いものを盛り込んでいく予定です。

それに伴い、会報の名称も「市民・メディア」とリニュ一アルします。タイトルとして、このほかに「メディアへの窓」「書かれる側から、取材される側から」「羅針盤」などの約10件の候補をあげた上で、世話人による投票の結果、「市民・メディア」とすることに決まりました。この名称には、メディアを支えるのは市民であり、「私たちがどんどん声を出してマスコミをあるべき方向に導こう」という市民主体の願いが込められています。また、幅広い原稿を掲載できるよう、限定的でないタイトルを心がけました。ですから、会員の皆さんからどんなスタイルでも結構ですので、いろいろな視点でのにご意見、記事もどんどん載せていただきますので、奮って投稿してください。

 

 なお、年会費は3千円に据え置きます。印刷・郵便代などの余剰出費については、経費の切り詰めなどによって賄っていきますが、カンパなどいただければ有難いです。

 これを期に、会のますますの活性化を図って参ります。投稿や会の運営についてのご意見など今まで以上に寄せていただき、会員の皆さんと一緒に実行力ある「人権と報道関西の会」に発展させていきたいと思っています。(小和田侃)


 このページは人権と報道関西の会の御好意により当ホームページに掲載されていますが、本来会費を頂いている会員に送付している会報です。その性格上2ヶ月毎にこのページは更新されますが、継続して御覧になりたい方は是非上記連絡先に所定の入会の手続きを行ってください。

その他何か御質問がある方はメールフォームからどうぞ 

1