お金を借りたのは間違いないけれど、20年間何の音沙汰もなかったのに、ある日突然20年間の利息も込みで「貸したお金を返せ」と請求されたら、困るでしょう。
あるいは、A→B→C→Dと転々と所有権移転登記がされた後、EがDから土地を買い、建物を建てて30年間住んでいたのに、突然、Aから、「A・Bの売買は錯誤で無効だ」と土地を返すように請求されても、やはり困ります。
仮に真実に反するとしても、ともかく一定の事実状態が長期間継続してきた場合、人はその事実状態を信じて、法律関係を築き上げていきます。それが、後日真の権利者であると主張する者によってひっくり返されたのでは、社会秩序の安定を害します(社会秩序の安定)。
また、上記のEの場合、A・B間の売買が戦前になされていたなどした場合、Aの主張を争うに十分な証拠が見当たらないということもあります。逆に、ともかく一定の事実状態が長期間継続してきた場合には、むしろその事実状態こそ真実の権利関係を反映している可能性が高いといえます(採証の困難)。
更に、真実の権利者であっても、その権利を長年行使してこなかったのであれば、保護の必要性も低くなります(権利の上に眠る者は保護に値しない)。
このような、(1)社会秩序の安定、(2)採証の困難、(3)権利の上に眠る者は保護に値しない、という理由から、民法は、一定期間の経過によって権利の得喪を認めるという時効制度を採用しました。
二 時効の種類
1 時効には、取得時効と消滅時効とがあります。
2 取得時効とは、一定期間の占有の継続を理由として、権利取得の効果を認めるものです。占有とは、社会観念上、その人がある物を事実的支配下に置いているということです。
民法は、「20年間、所有の意思をもって、平穏かつ公然に、他人の物を占有したる者は、その所有権を取得す」と規定しています(162条1項)。
「所有の意思をもって」とは、自分の所有物として、ということです。人から土地を借りて20年間占有しても、それは「所有の意思をもって」占有しているわけではないので、土地を時効取得できません。
「平穏」「公然」とは、強暴・隠秘など、社会観念に照らして相当とはいえないような占有態様ではないこと、です。普通は問題になりません。
このように、「所有の意思をもって」「平穏」「公然」とする占有が「20年間」継続した場合は、他人の物であっても所有権を取得することができる、ということです。
162条2項は、「10年間、所有の意思をもって、平穏かつ公然に、他人の不動産を占有したる者が、その占有のはじめ善意にしてかつ過失なかりしときは、その不動産の所有権を取得す」と規定しています。
占有を始めるに当たり、他人の物であることについて善意無過失のときは、20年ではなく「10年間」の占有継続でよい、ということです。
「所有の意思」「善意」「平穏」「公然」は推定されます(186条1項)。つまり、「所有の意思がないこと」や「悪意」を真実の権利者が証明しなければならないわけです。また、占有の始期と終期を証明すれば、その間占有が継続したものと推定されます(186条2項)。
結局、162条1項の時効取得を主張する者は、「占有を開始した時期」と「現在も占有している」事実だけを証明すれば足ります。162条2項の時効取得を主張する者は、この他「無過失」を証明すればいいわけです。
162条1項又は2項の要件を満たした場合、占有者は所有権を取得します。逆にいうと、真実の権利者は所有権を失う、ということです。
3 消滅時効とは、一定期間の権利の不行使を理由として、権利消滅の効果を認めるものです。
167条1項は、「債権は、10年間これを行わざるによりて、消滅す」と規定します。
この「10年」の始期については、166条1項が「消滅時効は、権利を行使することを得る時より進行す」と規定しています。つまり、「権利を行使することを得る時」から10年間権利を行使しないと、権利自体が時効により消滅してしまう、ということです。
先の、お金を借りたのは間違いないけれど、20年間何の音沙汰もなかったケースを考えると、お金を借りた際に返済期日を決めたはずです。その返済期日になれば、貸主は「返せ」と言えたのです。ですから、返済期日から10年間「返せ」と言わなかったのであれば、貸主の貸金返還請求権は時効により消滅しており、借主はお金を返さなくてもよくなります。
時効期間に関しては、この10年の他に、消滅する権利の性質に合わせて1年から20年までの種々の時効期間が定められています(167条2項、168条〜174条の2)。
しかし、民法学習上は特に気にする必要はありません。
三 時効の効果
1 時効の効力は、その起算点に遡ります(144条)。
例えば、取得時効であれば、占有開始の時から所有者であったとされます。
消滅時効であれば、債権は最初からなかったことにされます。
仮に遡及効を認めないと、取得時効であれば、時効完成までの間は不法占有であったことになり、損害賠償などの問題が生じます。また、消滅時効であれば、時効完成までの間の利息の支払いなどが問題になります。
このように、法律関係が無用に複雑になるおそれがあるために、時効完成の時に権利変動が認められるのではなく、遡及的に権利変動があったという扱いがされるのです。
2 時効制度は、10年なり20年なりの期間の経過を原因として権利の得喪を認める制度です。
しかしながら、民法は、期間の経過によって当然かつ確定的に権利の得喪が生じるのではなく、更に、当事者の意思によって時効の効果が生ずるか否かを認める制度を採用しました。これは、時効という棚ぼた式の利得を潔しとしない者の道義心を尊重するためです。
つまり、時効によって利得したい人は、時効の援用をしなければなりません。他方、時効による利得を潔しとしない人は、時効利益の放棄をすることができます。
時効の援用と時効利益の放棄の位置付けを巡っては、学説の大きな対立があります。
時効学説の詳細は、結構面倒なので、ここでは省略します。上記の結論を覚えてもらえば足ります。興味のある方は、時効学説に整理したので、ざっと目を通してみて下さい。
結論として、現在の判例・通説は、次のように説明しています(停止条件説)。
(1)時効期間の経過により、援用を停止条件とする権利の得喪の効果が生じる。つまり、援用があるまでは時効の効果は生じない。
(2)時効の援用は、時効の効果を確定的に発生させる意思表示である。
(3)時効利益の放棄は、時効の効果を不発生に確定させる意思表示である。
3 時効の援用とは、時効の効果である権利の得喪を確定させる意思表示です。
「時効の効果である権利の得喪を確定させたい」という意思に対して、その意思どおりの効果を認めるものですから、法律行為(相手方のある単独行為)です。
4 時効利益の放棄とは時効の効果である権利の得喪を不発生に確定させる意思表示です。
「時効の効果である権利の得喪を不発生に確定させたい」という意思に対して、その意思どおりの効果を認めるものですから、援用と同じく法律行為(相手方のある単独行為)です。
時効利益の放棄は、必ずしも言葉にする必要はなく、時効利益を放棄したと認められる言動をすれば足ります。例えば、時効完成後に、「必ず返すから」と約束したり、債権の一部を弁済したりすれば、時効利益の放棄の意思表示があったと認められます。
時効利益の放棄は、時効完成前にはできません(146条)。
これを認めると、例えば、貸金業者がお金を貸すに際して、「時効利益を放棄する」という契約書を書くことを強制するような事態が生じるおそれがあるからです。
時効利益の放棄は意思表示ですから、時効完成を知ってする必要があります。時効完成を知らないのであれば、「時効の効果である権利の得喪を不発生に確定させたい」という意思を形成する可能性はないからです。
それでは、時効完成を知らずに「必ず返すから」と約束したり、債権の一部を弁済したりした場合には、どうなるのでしょうか。
この場合、「時効の効果である権利の得喪を不発生に確定させたい」という意思がないので、時効利益の放棄とは評価できません。そうすると、後日、改めて時効の援用をして支払いを免れることが可能ということもできます。
しかし、相手方からすれば、「必ず返すから」と約束されたり、債権の一部の弁済を受けたりした場合、時効利益の放棄があったと信頼するのが普通でしょう。それが、後日時効を援用して支払いを拒絶されると、不測の損害を受けることになります。
そこで、時効完成を知らずに「必ず返すから」と約束したり、債権の一部を弁済したりといった、時効利益の放棄と考えられる行為をした場合には、信義則上時効援用権を喪失する、とされています(判例)。
5 時効の援用にせよ、時効利益の放棄にせよ、その効果は相対的です。時効による利得を潔しとするかしないかは人それぞれなので、その人その人の意思を尊重しようというわけです。
例えば、AがBに100万円を貸し、Cが連帯保証したとして、返済期限から10年が経過したとしましょう。
Bは、時効完成を知らずに、「もう少し待って欲しい、必ず返すから」と約束しました。これは時効援用権の喪失に当たりますから、A・B間では貸金請求権は消滅しないことになります。
他方、Cは、貸金請求権の消滅時効を援用しました。保証のもとになっている貸金請求権が消滅したとしたら、Cはお金を返す義務がなくなります。Bが時効援用権を喪失したかどうかは、Cが時効を援用する上で無関係です。そうすると、A・C間では貸金請求権は時効により消滅したことになります。
同一の法律関係が人によってあったり、なかったりするのは、変な感じですが、民法ではよく使われるテクニックです。
例えば、通謀虚偽表示の場合、通謀して虚偽表示をした当事者間では契約は無効ですが、善意の第三者との関係では契約は有効なものとして扱われます。これと同じことです。
四 時効の中断
権利者(取得時効の場合は真実の所有者、消滅時効の場合は債権者)が、自己の権利を保存するために時効の完成を阻止するには、時効を中断する必要があります。
そこで、民法は、(1)請求、(2)差押・仮差押・仮処分、(3)承認、を時効中断事由と定め、これらの事由があると時効が中断するものと定めました(147条以下)。これらの事由があれば、真実の権利状態というものがはっきりするし、また、権利者が権利の上に眠っていると評価できないからです。
これらによって時効が中断すると、それまでの時効期間の進行の効力は失われ、新たに所定の時効期間(10年又は20年)が経過しないと時効は完成しません。
(1)請求、にしても、(2)差押・仮差押・仮処分、にしても、基本的には、権利者が裁判所に訴えて、裁判所に権利の存在を確認してもらうことです。
例えば、消滅時効の場合には、貸金返還請求訴訟を提起するとか(請求)、その判決に基づいて債務者の財産を差し押さえるとか(差押)、あるいは、訴訟に備えて予め債務者の財産を仮差押・仮処分するとか(仮差押・仮処分)、です。
なお、請求は、原則として裁判上の請求である必要がありますが、裁判外で「支払え」と催告することによっても、時効は中断します。ただし、裁判外の催告は、あくまでも仮のものに過ぎず、催告後6か月以内に裁判上の請求、差押等の裁判上の手続きをとらないと、時効中断の効力は生じない、とされています(153条)。
(3)承認、は、時効によって利益を受ける者が、権利者に対して権利の存在を認識していることを表示することです。支払猶予を申し入れるとか、債権の一部を返済するとか、です。
なお、同じことを時効完成後にした場合には、時効利益の放棄か、それに準じて時効援用権を喪失することになる、という点は、前述のとおりです。
五 時効の停止
時効の中断に似たものとして、時効の停止があります(158条以下)。
例えば、時効期間満了直前に大震災などがあって時効中断措置(裁判所に訴えることなど)がとれない場合、にもかかわらず時効期間が経過したからといって時効完成を認めてしまうと、真実の権利者にとって酷でしょう。そこで、このような場合、障害のやんだときから2週間以内は時効が完成しない、として、権利者に時効中断措置をとる機会を保障しています(161条)。
時効の停止は、時効完成を一時的に猶予するだけです。時効の中断のように、それまで進行してきた時効期間を全て失わせるような効力はありません。
六 除斥期間
消滅時効に似た制度として、除斥期間というものがあります。
除斥期間とは、権利の行使を限定する期間です。
除斥期間は、必ずその期間内に権利行使しなければならず、時効中断のようなものは認められません。また、当事者の援用がなくても、裁判所は除斥期間を経過してなされた請求は排斥しなければなりません。
一般に、長期と短期の2つの期間が定められている場合、長期の方は除斥期間であるとされています。
例えば、不法行為に基づく損害賠償(交通事故などをイメージして下さい)については、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知りたる時より3年間これを行わざるときは時効によりて消滅す。不法行為の時より20年を経過したるとき、また同じ」と規定しています(724条)。このうち、前者の3年が消滅時効であることは間違いありません。これに対して、後者の20年は、条文上は「また同じ」=「時効によりて消滅す」となっていますが、除斥期間であると解されています(判例)。最高でも20年で一切の法律関係に終止符を打とうという趣旨で長期の期間が設けられているからです。
また、取消権については、「取消権は、追認をなすことを得る時より5年間これを行わざるときは時効によりて消滅す。行為の時より20年を経過したるとき、また同じ」と規定しています(126条)。この20年も同様に除斥期間であるとされています。
1 時効制度が設けられた趣旨について説明しなさい。
2 162条を見ながら、取得時効の要件について説明し、取得時効の具体例を一つ挙げなさい。
3 166条・167条を見ながら、消滅時効の要件について説明し、消滅時効の具体例を一つ挙げなさい。
4 144条から147条までと、162条・167条を見ながら、時効の効果について説明しなさい。
5 以下の各場合に、債務者が債権者に「必ず払うから、もう少し待って欲しい」と言うことの法的な効果について説明しなさい。
(1)時効完成前
(2)時効完成後、債務者がそれを知っていた
(3)時効完成後、債務者がそれを知らなかった
6 時効の中断と時効の停止について説明しなさい。
7 除斥期間と消滅時効の違いを説明し、除斥期間の具体例を2つ挙げなさい。
1 ダットサン1の以下の部分をじっくりと読んで下さい。
「総17」・「総128〜140」
ただし、「総131」(2)、「総134」の(1)以下、「総140」の(2)(イ)以下は、ざっと目を通すだけで十分です。
2 六法で以下の条文をじっくりと読んで下さい。
144〜147条、162条、163条、166条、167条
以下の暗記カードを作って下さい。
1 表=「時効制度が設けられた趣旨」
裏=「(1)社会秩序の安定
(2)採証の困難
(3)権利の上に眠る者は保護に値しない」
2 表=「取得時効の要件」
裏=「(1)162条1項
・所有の意思(186条1項が推定)
・平穏公然(186条1項が推定)
・20年の占有(186条2項参照)
(2)162条2項
・所有の意思(186条1項が推定)
・平穏公然(186条1項が推定)
・善意(186条1項が推定)
・無過失
・10年の占有(186条2項参照)」
3 表=「消滅時効の要件」
裏=「権利行使ができるときから10年の経過(166・167条)」
4 表=「時効の援用(定義)」
裏=「時効の効果である権利の得喪を確定させる意思表示(145条)」
5 表=「時効利益の放棄(定義)」
裏=「時効の効果である権利の得喪を不発生に確定させる意思表示(146条)」
6 表=「「必ず払うから、もう少し待って欲しい」と債務者が言うことの法的な効果」
裏=「(1)時効完成前
時効中断事由としての承認(147条3号)
(2)時効完成後、債務者がそれを知っていた
時効利益の放棄(146条)
(3)時効完成後、債務者がそれを知らなかった
時効援用権の喪失(判例)」
7 表=「除斥期間の例(2つ)」
裏=「(1)不法行為に基づく損害賠償(724条)の20年
(2)取消権(126条)の20年」
8 表=「除斥期間と消滅時効との相違点」
裏=「(1)援用の要否
(2)中断の有無」
暗記カードの「表」を見て「裏」が言えるまで、繰り返し暗記して下さい。