47NEWS >  47トピックスプレミアム
47トピックスプレミアム

▽中国はなぜ国有化に怒るのか  

 中国全土で40年前の日中国交正常化以来、最大規模の抗議デモが起きた。満州事変の発端になった9月18日の「柳条湖事件」を境に、デモの一部は暴徒化し日系スーパーや自動車工場、電気工場を襲撃・略奪する行動が相次いだ。TV・新聞は連日、日本料理店や日本車を「喜々として」攻撃・破壊する暴徒の姿を映し出す。誰もが不快感を抱く光景だ。

 -何があれほどの憎悪をかりたてるの? 本当にあの小さな無人島の「国有化」なのか -いや、広がる格差や党・政府の特権階級による汚職・腐敗に対する不満をそらすためさ。党大会も近いしね。-そうじゃない。胡錦濤派と江沢民派の権力闘争が背景だ-。TV・新聞で識者がしたり顔で解説する。

 原因は都知事の挑発 ハズレとは言わないが、領土問題自体の核心を突いているとは言えない。今回の問題の出発点を忘れてはならない。石原慎太郎・東京都知事が都による尖閣購入方針を打ち出したことこそ発端である。彼の目的は、領土問題という妥協不可能なテーマを設定することで、日中関係を緊張させ、平和ボケした日本人に「国家防衛意識」を強めることにある。挑発である。あわよくば「維新の会」の影で存在感が薄れる自分の役割を、国政舞台を含め再構築することも意識しただろう。

政府も多くの国民もそうした彼の意図を見抜いていた。だからこそ「国有化なら中国も強く反対しまい」という読みが政府にあった。デモのみならず海洋監視船の接近や経済「制裁」など、ありとあらゆる資源を動員して対日圧力を掛ける強硬姿勢は想定していなかったのである。強硬姿勢で臨む理由を在日の中国外交筋に聞いてみよう。

 棚上げ合意に反する まず反対の最大の理由は、領土問題を「棚上げ」するという従来合意に反するという認識である。つまり一方的な現状変更である。「棚上げ」で有名なのは1978年10月、来日した鄧小平の「解決は次世代の知恵に委ねよう」との発言である。尖閣はその後も日本の政治結社が灯台を建てたり、中国、台湾、香港の活動家が上陸したりするたびに外交問題に発展した。しかし結局は、領土問題は実体上棚上げしたまま外交決着してきた。2年前の中国漁船衝突事件の際も中国側は、領海侵犯した漁船は「直ちに追い返し司法手続きにかけない」という「暗黙の合意」に反するとして強硬姿勢に出た。

 われわれから見れば、国有化は単なる国内法に基づく所有権の移転にすぎない。「国家による作為」ではあっても「日本の主権のありようにいかなる変更を意味しないから、現状変更にはあたらない」という認識である。一般論としてはその通りだが、ひとつだけ指摘したい。中国語では「国有化」の「化」は現状変更を意味する。中国が「民主化」という言葉を嫌うのも同様の理由である。

 説明不足とタイミング 続いて中国外交筋は「国有化以外の方法がないのかどうか、中国側への明確な説明はなかった。双方が共に妥当な解決方法を見つける努力をしないうちに踏み切った」と、「一方的行動」を問題にした。さらに胡錦濤国家主席が9日、ロシアのウラジオストクで野田首相に「重大性を十分に認識し、誤った決定をしないよう」警告したにもかかわらず、翌日の10日に国有化を発表した。国家元首による警告があっさりと翌日無視され、面目を失ったという意味だ。8月下旬に訪中した山口壮外務副大臣も9月13日の記者会見で「なぜもっと事前に説明を重ねなかったのか、自戒の念も込めて思う」と述べ、事前の説明不足を認めた。

 施設構築を警戒 では中国が考えるレッドラインはどこにあるか。外交筋は「灯台の維持・修理など日本側が新たな行動に出れば、中国が船を出すのは分かっているはず。新たな施設を日本側が造り、双方が取り返しのつかないことにならぬようストップさせねばならない。武力衝突を避けるため政府間で打開の道を探るべき」と警告した。

 藤村官房長官は10日 の記者会見で、国有化について「平穏かつ安定的な維持・管理を図るため」という従来からの理由に加えて「航行安全業務を適切に実施するため」を初めて挙げた。字義通りに読めば、航行安全上必要なら、灯台改修や船舶停泊施設を設置する可能性を示唆したのだ。今回は見送ったが、政権が変われば何をするか分からないという不信感が中国側の強硬姿勢を増幅している。

日中の指導者間には、相互の信頼関係が欠落している。信頼関係があればこれほど問題は大きくなるまい。領有権争いで強い立場にあるのは「実効支配」している側である。国有化は、係争相手からすれば実効支配の「維持」ではなく「強化」に映った。李明博・韓国大統領の上陸は、われわれの目には「強化」と映る。

 棚上げ回帰が着地点 さて着地点はどこにあるのか。中国外務省声明(10日)は、結論部分で二つ述べている。第1に、領土主権の侵害は座視せず日本が我意を通すなら重大な結果は日本側が引き受けねばならないという脅し。そして第2に、「棚上げ」という共通認識に立ち返り、交渉によって係争を解決するよう求める対話路線である。中国が「棚上げ」を捨てて、日本の実効支配に挑戦し、力ずくで奪おうとしていると考えるのは「オオカミ少年」の論理である。8月末、沖縄のシンポジウムで中国清華大の劉江永教授と会った。彼は「中国は力で奪うつもりは全くない。ただ日本が強い姿勢に出ると“(攻めてくるという)予言が自己実現する”恐れがある」と、警鐘を鳴らした。

 多くの人にとって領土問題は喫緊の課題ではない。それは韓国も中国も同じであろう。グローバル化は、ヒト、モノ、カネの移動の自由化を通じ、主権国家と政府の力を否応なく減衰させ、排他的な主権・領土論を、実態のない「法理世界」に押しやっている。国家と政府の力が弱り、空洞化が進めば進むほど、領土は国家の数少ないシンボルとなる。見えにくい国家の「可視化」こそが、領土問題を極大化したい人たちの狙いだ。

 領土問題になると人は「思考停止」状態に陥る。頭の中にある「国土」は、まるで自分の身体そのもののように視覚化され、領土と主権が侵害されたという意識を持った途端、自分の身体が傷つけられたように感じる。領土と自分を一体化させた視覚的感覚から引き起こされる意識である。必要なのは、近代国際法がもたらした排他的な主権・領土論を乗り越える新たな思考である。尖閣も、竹島も、本来はそこを生活圏にする人々のものであり、国家のものではない。領土特有の「思考停止」状態から抜け出し、共存可能な新たな思考を持ちたい。

    

(2012年9月24日 共同通信客員論説委員・岡田充)

本欄記事の著作権は株式会社全国新聞ネット(PNJ)に帰属します。無断転載を禁じます。書かれた内容はいかなる形でも共同通信社および47NEWS事業参加新聞社の見解を表明する物ではありません。

最新記事