特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 作家・白石一文さん
毎日新聞 2012年09月21日 東京夕刊
白石作品には、カワバタをはじめ、収入も社会的地位も高い男性を主人公に据えたものが多い。だが、物語では、意外なもろさをさらけ出した主人公がその自己を受け入れ、弱者に寄り添おうとする姿が度々描かれる。大手出版社在職中にパニック障害を発症し、苦しみを越えて書き上げた作品で文壇に出た白石さん自身の歩みが重なる。
福島第1原発では、線量計を外して作業していた事例がしばしば明らかになっている。仕事のため、生活のために被ばくを我慢するしかない……それが、自分や自分の家族だったら−−。原発維持の論理には、そうした「本来の人間としての想像力」が欠けているように思える、という。「収入格差どころか、そういう仕事を選ばざるをえない人は死んでもいい、という考え方。正当化できますか?」
社会、国家、共同体のために命を投げ出す。太平洋戦争での敗戦以来、日本は一貫してそうした考え方自体を否定してきたはず、と白石さんは繰り返す。「社会は、大きな犠牲を払ってそのルールを確立しつつある。イデオロギーや宗教に対してもそう。われわれの社会では、政治体制や信仰の維持という『利益』のために反対派を殺すことは許されない。人命と何かの価値を交換することは悪だ、という根本的な考えがある。原子力という技術は、その考えにそぐわないということです」
電気を取り出す仕組みが原子力しかないのであれば、ある程度やむを得ないという考え方はあり得る。「しかし他の発電方法があるうえ、少し節電すれば、大飯原発すら動かさなくても猛暑の関西でもなんとかなっていた。それぐらいのことなのに、もし何かあったら特攻隊が要求される。間違っていると思うね」