特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 作家・白石一文さん
毎日新聞 2012年09月21日 東京夕刊
<この国はどこへ行こうとしているのか>
◇「命と引き換え」は悪だ−−白石一文さん(54)
「破局的な事態を迎えたときには、それを抑えるための『決死隊』が必要になる。人の犠牲によって何らかの利益をあがなうというのは、戦時の発想ですよ。原発とは、そういう性質を持っている技術なんだ、とあの時にはっきりわかった」
南側の窓からポートアイランドのビル群が見える神戸市中心部のマンション。数々の自著が並べられた本棚に向き合う形で、ソファに腰を下ろした白石一文さんがまず言及したのは、福島第1原発事故直後の菅直人前首相の発言だった。
震災4日後の昨年3月15日。福島第1は水素爆発が続くなど、かつてない危機的状況になっていた。東京電力本店に乗り込んだ菅前首相は、東電幹部らに「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」と強い口調で迫ったとされる。
「あの時点で、福島第1原発を放置するな、絶対残れと言うのは必要な判断だったし、立派だったと思う。だけど、市民運動家だった菅さんが、事実上『死ね』という命令をしなければいけないなんて、矛盾でしょう。原発なんてものがあるから言わざるを得なくなった」
いったん事故が起きれば、とてつもない範囲に災厄をもたらし、長期間にわたって多くの人々に健康被害を与えかねない「原発」という技術。だが、白石さんの「脱原発論」はむしろ、市民社会、民主主義の基盤と相いれないという面に力点を置く。「極端に言えば、大事故が起きた時、たとえたった1人でも生還できない任務を覚悟しなくてはいけないような技術は許されない、というのが僕の考えなんです。今の原発をめぐる議論を見ていて思うのは、もしあの時にかなりの数の死者が出ていたらどうなったか、ということ。実際にそうなってもおかしくない規模の事故でしたから」