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'08.10.31 (金)

ピース・シンボル

 
ピースシンボル
ベイサイド

両親達、私は再びあなた方に警告します。あなた方の子供達の首から、サタンの悪魔的な印を取り除きなさい。何故なら、それは彼らの霊魂を絞め殺すからです。その壊れた十字架は 「平和の印」であるなどと偽装されていますが、反キリストの印です。それらがあなた方の子供達の霊魂を破壊する前に、それらを破壊しなさい。彼らの首に十字架をかけなさい。何故なら、それが彼らの霊魂を救う全てだからです。
- 1971年2月11日、聖母

彼らに、あなた方の家にこの邪悪なブロークン・クロス (壊れた十字架) を持ち込ませないで下さい。さもなくば、それはあなた方の家庭を運命づけるでしょう。それは破滅する人間の印です。
- 1971年2月1日、聖母

#052 - 獣の印

自由のシンボル

G. Edward Griffin

ベトナム戦争中、強力な反戦運動が、アメリカ合衆国と西ヨーロッパにありました。しかし、理想主義的な参加者たちは知らなかったけれども、そのプログラムはモスクワから指揮されていたソビエト戦略でした。レーニン主義者たちにとってのゴールは、標的とする国々の中に分裂と対立を促進し、その国々の中に軍備縮小を迫る内部的政治圧力を作ることでした。それは、そうすることによってソビエトに核軍備における優位性を与え、自由世界に対してソビエトに服従するよう脅迫することができるようにするためのものでした。純真な人々は、レーニン主義の教授たちが世界規模の絶滅の展望を与えながら彼らの中から英知を追い出すことによって党路線を実行した大学のキャンパスから、ほとんど引き抜かれてしまいました。その人々は、もし実際に軍縮が進められたならアメリカ合衆国と西ヨーロッパに対する核攻撃の可能性が著しく増大するであろうということを理解していませんでした。(このことは、ソビエトからの多くの離反者たちと冷戦中の政府調査によって記録されていますが、この歴史のための最も広汎で学術的な参照先の一つは、1982年に Western Goals Foundation - ヴァージニア州アレクサンドリア市 - から出版された『ソビエトの平和に対する攻撃 The Soviet Peace offensive』です。)

手旗信号とカラスの足その運動のために使われたいわゆる「ピース・シンボル」は、その内側に一本の直線とその両側で下方に傾斜する二本の線を含んだ円形でした。平和主義者たちは、このシンボルは英国におけるオルダーマストン・イースター平和行進 (Aldermaston* Easter Peace Walk) のために1958年に考案されたものだ、と教えられて来ました。そこでは、この図形はNとDを表わす手旗信号を組み合わせたものであり、すなわち核軍縮 (Nuclear Disarmament) 支持を意味するものだ、とされて来ました。しかし、真実は全く違います。それは中世におけるサタニズムのシンボルから派生したもので、壊れたキリスト教の十字架を意味しています。ヨーロッパで「魔女の足」あるいは「カラス* の足」と呼ばれていたもので、その後、イスラム世界でも採用されました。サラセン人が711年にスペインを襲った時、その盾にはこのブロークン・クロス (壊れた十字架) が飾られていました。1099年にも、彼らは同じシンボルのもとで十字軍と戦いました。このシンボルは、オルダーマストン・イースター平和行進のために、その有名なオーガナイザーであるバートランド・ラッセルによって選ばれました。手旗信号がシンボル化されたという話は、単なる後付けの説明です。ラッセルはすべての宗教に、特にキリスト教に、激しく反対でした。彼は英国における「共産主義教師連盟」の役員でした。デイリーワーカー (アメリカ合衆国の共産党の公式新聞) は、ラッセルが次のように言ったのを伝えています:「ソビエトの道以外、どんな希望もない」。ラッセルはまたフェビアン協会の著名なメンバーの一人でした。1958年以後、このいわゆるピース・シンボルは、まさに西側世界の至る所で展開された全ての共産党主導の運動のための欠くことのできないアクセサリーになりました。

  * Aldermaston: 英国の核兵器工場のある村. (管)
  * raven: (大形の) カラス, (特に) ワタリガラス. ▼不吉な鳥とされる. (管)

(ピースシンボルの起源についての更なる情報のためには、Oliver Day Street 著『Symbolism of the Three Degrees』New York: George H. Duran Co., 1922年、Cathy Burns 著『Masonic and Occult Symbols Illustrated』Mt. Carmel, PA: Sharing, 1998年 の p234-236、Carl Liungman 著『Dictionary of Symbols』New York: W.W. Norton & Co., 1991年 の p253などを参照して下さい。)

最近のピース・シンボル中東における最近の戦争は、このシンボルを再び私達の街路の上に戻しました。再び、善意の参加者たちがこの旗のもとに、その起源を全く知らないままに集まっています。彼らはこれらのデモンストレーションを先導している一部の人達にアジェンダ (行動計画) があることを疑っていません。彼らは、この運動が何故ベトナム戦争の時と全く同じように西側諸国の至る所で同時的に湧き起こったかについて疑っていません。また、この運動が必要とする莫大な財源と組織性について疑っていません。彼らは、彼らのリーダーたちによってまくし立てられているものが資本主義に対立する伝統的マルクス・レーニン主義者たちのスローガンであることに気づいていません。従って、彼らは、これらの組織の大部分が世界統一をもくろむレーニン主義者たちの下部組織と何十年にもわたって連繋したものであったことを知りません。彼らは、この運動の叫びが平和のためであることを知りさえすればそれで十分である、と考えるのです。

〔以下略〕

http://www.freedomforceinternational.org/logo.cfm

ピース・シンボル

Wes Penre

オルダーマストンのピース・シンボルは非常に古いものですが、1958年の復活節中、オルダーマストンで再び採用されることになりました。そこで、たくさんの青年組織によって組織された平和行進がありました。リーダーは二人の革命家、Hugh Brock と Pat Arrowsmith でした。彼らはその行進の時にそのシンボルを再び導入しました。そして、その日以来、このシンボルは世界中に行き渡るようになりました。まず初めに、二人は、そのシンボルは手旗信号のNとD (Nuclear Disarmament:核軍縮) を表わしている、と人々に教えました。しかし、四年後、アメリカの或る公的な調査が、それとは違うストーリーに光を当てました。

バートランド・ラッセルピース・シンボルは、バートランド・ラッセルが平和行進の二人のリーダーに提案したものでした。ラッセルはキリスト教を憎む英国の哲学者でした。彼はカール・マルクスに大いに傾倒し、フェビアン協会 (1883年設立) と呼ばれる知的無神論のエリート・グループに加わりました。有名なメンバーとして、ジョージ・バーナード・ショーとジョン・メイナード・ケインズがいました。フェビアン協会員たちは、様々な不正な方法で、教会や社会主義的あるいは自由主義的なグループの中にもぐりこみ、それらグループの考え方を自分たちの望む方向に変えさせました。彼らは、人々の母国愛、家庭生活、キリスト教道徳、天主への信仰などを尊ぶ姿勢に対して、戦いを挑みました。彼らはフリー・セックスを奨励し、各国間の「壁」を破壊し、他方、一国を支配する方法としてのソビエト方式を、全世界を支配する上でも最良のものとみなしました。彼らは漸次的に目的を達そうと望み、次のような原理を立てました:「全てを変えよ。しかし、建物の正面はそのままに」。彼らは、表向きは、人々の私有財産が続くことを望みました。しかし、それは、何が私有財産であるかの決定に関して国家が完全な権力を持つ場合においてのみのことでした。ヒトラーもまた、彼の「第三帝国」において同様のことをしました。

バーナード・ショーは、1931年にソビエト連邦を訪れた際、次のように言いました:「私は、世界文明がソビエト連邦の中に保存されるであろうことをこの目で見て、嬉しく思っています。ロシアの共産主義は、人類を混沌の中から引き出し、より良い世界に導くことができます」。この言葉は、ソビエト体制によって既に何千万もの人々が強制収容所で殺されていた時に言われたものでした。

バートランド・ラッセルはまた、国際的な秘密結社「クラルテ Clarté」にも所属し、ヒトラーを大いに賞讃しました。.... ラッセルは、かつて、一国の政府にとって人民を操作するために群集心理の利用は極めて重要である、と言いました。1931年10月26日には、彼は次のように言いました、「この世界のために、ソビエト連邦以外、いかなる希望もない」。

ヒトラーは、戦争中に殺されたSS武装隊員の墓石にはオルダーマストンのシンボルを* しるさなければならない、と命じました。

 * しかし、もちろん現在のピース・シンボルそのものではありません (下記参照)。

バーナード・ケーナーは、その著書『紋章芸術レファレンス・ブック』で、このシンボルの起源はドイツの異教であり、「死」を意味するルーン文字の印であると言っています。

ジョン・ノックスは、このシンボルを獣の印であると考えていました。

真の起源
ピース・シンボルはネロの十字架と等しいものです。ネロはキリスト教徒を迫害しました。彼はVの形を持つ逆さまの十字架を作り、その上にペトロを頭を下にして磔にしました。これは、コンスタンティノープル総大司教であったシリア人ネストリオス (在位428〜431) による記録に従ったものです。彼はその書き物の中で、ネロによるキリスト教徒への迫害を描写しています。その時以来、ネロ十字は、ペトロとの関係で、「壊れたキリスト教徒のしるし」あるいは「壊れたユダヤ人のしるし」と呼ばれることになりました。ペトロの死から三年後、ローマの軍隊はエルサレムを行進しましたが、彼らの旗には彼らの印としてネロ十字が飾られていました。その印は、諸世紀を通して、聖書とキリスト教に対する憎悪のシンボルでした。

出来事:
1917年、ボルシェビキは、彼らが閉鎖した教会の扉に、ネロ十字を描きました。
1909年、イスラム教徒たちは、このシンボルのもとに、聖地に押し寄せた十字軍と戦いました。

http://www.illuminati-news.com/peace-symbol.htm

ピース・シンボルの起源

ナチスのバッチの一つ。

この印は、ヒトラーの武装親衛隊 (SS) の隊員が死んだ時、その死亡通知の上に、またその墓石の上に、逆さにされて表示された。

ピース・シンボルの起源

カラスの足、
または、魔女の足。

ルドルフ・コッホの定評ある『印の本』の83ページにある中世のサタニズムで使われたシンボル。

ピース・シンボルの起源ピース・シンボルの起源はもっと古いものであり、魔術的な、あいるは反キリスト教的な意味合いを持つものである、という主張、また、これは「死のシンボル」である、という主張が、昔からあります。この5世紀のイラストは、逆さの十字架に磔にされた聖ペトロを表わしています。逆さの十字架像は、皇帝ネロ (西暦54〜68年) のローマ支配期以来、「ネロ十字」として幾世紀にもわたって知られていたものです。また、これは、中世では、サタニストの儀式の中にも取り入れられました。また、軍神テュールを表わすルーン文字から派生したもの、あるいはその上下がひっくり返ったもの、という説もあります。(ドイツ語で言う「todesrune」/ 死を表わすルーン文字)

http://www.designboom.com/contemporary/peace.html

共産主義者の紋章の一つ

マルキストの紋章の一つこのデザインは、共産主義者の堅く握られた拳の敬礼を表わす形象の下にキリスト教の聖霊のシンボルと悪魔主義的な「平和」のシンボルとを組み合わせたものですが、今や* 全世界的に革命的マルクス主義者たちによって使われています。共産党の元最高幹部であった Belle Dodd は、1966年に、「キリスト教的な鳩の形象は、盟友たちの使用のためにスペインの共産主義者パブロ・ピカソによって採用された。彼はそれをプロパガンダの絵の中で使った」と明かしました。

* しかし、この文章が載っている印刷物 (←) は最近のものではないようです。(管)

共産主義の拳のあるピース・シンボル

初期の頃のバッジ

ピース・シンボルを身に付ける司教1967年10月7日、シカゴ、USA:
司教 James A. Pike は、ヒッピーのピース・シンボルを身に付け、「もっともっと多くの人々をドラッグなしでも高揚させることのできるであろう」現代的な教会における刷新を要求した。サンフランシスコ大司教区の元司教である Pike は、バハイ教の会合の場で、このシンボルのメダル状のものを掲げてみせ、「私は、わが国がベトナムへの侵攻をやめるまでこれを外さない、と誓いました」と言った。

SOURCE

ピース・シンボルを身に付ける司祭アイオワ州ダベンポートの聖アンソニー・カトリック教会の司祭 James E. Grubb は、悪魔主義的な「平和」のシンボル、ヒッピーたちの「フラワー・パワー」の紋章に飾られた祭服をまとい、週日の「フォーク・ミサ」を行なう。彼の祭服は、近くの聖アンブローズ・カレッジの神学生の一人、この司祭が「キリストの愚者」と呼んでいる一風変わったグループの中の一人によってデザインされた。

これも古い記事のようです。(管)

グノーシス主義

Simbolo della trasmigrazione gnostica delle anime è il “segno d’otarda”, ovvero l’impronta lasciata da questo grosso uccello dell’Europa centrale, che, spesso, è racchiuso in un cerchio a simboleggiare l’eternità.

http://www.timmylove.altervista.org/tl/ing/gnosi.html

(管理人)

欧州経済共同体本部ブロークン・クロスの形状で作られた欧州経済共同体本部 (ベルギー、ブリュッセル)

このことは、確か鬼塚五十一さんの昔の本 (あるいは五島勉さんの?) にも書かれていたものであり、今、懐かしがっている人もいるのではないかと思いますが.. (笑)

私は、このことに関する確証を知りません。けれど、私の目には、これがまず「デザイン」であると映ります (当り前) 。そして、「デザイン」とは意図的なものです (当り前) 。「どうして『わざわざ』このような形にしたのか?」という疑問はもっともなものです。素人考えではありますが、建物というものはやはり四角に作った方が効率的な、使い勝手の良いもののように思えます。たとえ十字形に作るにしても、交点が直角の普通の十字形にしてはどうでしょうか。何故、このような角度を付けたのですか。単なるデザイン上のおしゃれ?

欧州経済共同体 (現在では欧州共同体) は現在のEUの前身的なものであるということですから、やっぱりワン・ワールド構想のものではないでしょうか。で、ワン・ワールド構想、ニュー・ワールド・オーダー、これが反キリストでないわけがありません。

私は「きくちゆみ」さんと思想的に結託している者ではありません(爆)。むしろ彼女がベイサイドの聖母が警告したピース・シンボルをその幾つかのサイトで使っているので心配しているくらいです(皆さん、笑う)。 (10月22日の2)

ピース・シンボル。多くの日本のカトリック信者にとって、これはほとんど全く実感の湧かない話、現実味のない話です。自分の周囲に、これを身に付けていたり掲げていたりする人達がそんなに居るわけではありませんから。これは私においても同様です。だから、私にとっても本当は、ピース・シンボルそのものはそれほど重要でない、と言ってもいいのかも知れません。

私が残念なのは、「ベイサイドの聖母出現は教会から公的に否定されたのだから、私達がこれに気を留める必要なんて全くない」と言う立派なカトリック信者たちが、では、ベイサイドの聖母が言っている個々の事柄について、「良い」とか、「悪い」とか、「正しい」とか、「間違っている」とか、確信をもって言えるかというと、全然そうではない、ということです。つまり、たとえば今回の「ピース・シンボル」についても、私達は、それが良いとも、悪いとも、個別の事柄としてはさっぱり言うことができません。私には、このことが私達の一つの「無力」に見えます。ピース・シンボル自体よりも、私はこのようなことが残念です。

ピース・シンボルと人々この「ピース・シンボル」なるものが共産主義者の隠された意図のもとに作られたものであったことは、以上のような地上の調査によっても明らかなのではないかと思います。けれど、ベイサイドの聖母が言っていることは遥かにそれ以上のことです。それは、この形象が人間の霊魂に凶悪なる影響力を振るうということです。それは「あなた方の子供達の霊魂を絞め殺す」「あなた方の家庭を運命づける」、だから、それを「彼らの首から取り除きなさい」「家庭の中に持ち込ませないで下さい」ということです。

けれど、私達の大部分はただこう言うのです-------「いいえ、ベイサイドの聖母は教会から公的に否定されています。オワリ。」 それ故、それが何を言っているのであろうと、私達は常にそれ全体を投げ捨てねばならない、そうすることが正しいことである、というわけです。
何も間違っていません。「カトリック信者」としては ...「正しい」のでしょう。

けれど、人間の世界は (たとえ教会であろうと) 完全ではなく、宇宙の真理を全て捉えられる筈もないので、私は自分の頭の中で、「もし」を考えずにはいられません。

もし、ベイサイドの聖母の言うこのことが本当なのだとしたら、私達においてはどういうことになるのでしょうか?
私は或る日、知人の家を訪ねました。すると、その家の子供がピース・シンボルがプリントされたTシャツを着ていることに気づきました。・・・ 私は、どうするのですか?
もし、ベイサイドの聖母の言うこのことが本当なのだとしたら、その家庭に何の知識も与えずに去ってしまう私は、その子供と家庭の運命を左右する、その子供と家庭にとって極めて重大であることを「しなかった」(伝えなかった) ことになります。

ところで、私達「カトリック信者」の生活は、霊魂上の救われと滅びにこそ中心的に関係しているのではないでしょうか? そうであれば、どうして私達が「万全」を期さずに済むことができるでしょうか。

私は、地上の調査においてさえ、このシンボルがキリスト教に対する悪意によって作られたであろうことがかなりの程度確かに推測されている時に、ベイサイドの聖母のこの指摘に何の関心も持たずに通り過ぎることは、ちょっとできない気がします。

「単なる "物" だろう」「単なる形象だろう」と済ますこともできません。何故なら、私達はエクソシスト達の経験に耳を傾けることによって、人の目に「単なる物体」「単なる形象」と映るものも、人間の理解力を超えた仕方で「霊」と結びつくことがあり得る、と推測することができるからです。

(私が以上のように言う限りにおいて、きくちゆみさんには既に伝えました。彼女のとってはこのシンボルはきっと大事なもので、そう簡単には「ああ、そうでしたか」とはならないのは分かっているけれども。そして、「またもう一人変な奴が.. 」と思われただけだったかも知れないけれども..笑)

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