「原子力規制委員会の行方」(4)
「原子力規制委員会の行方」(4)
9月19日「原子力規制委員会」が発足しました。委員会人事が「国会承認」を待たず、内閣総理大臣が指名するという非常手段に依って誕生した。その理由は、此のままでは9月発足が不可能になるからです。
「原子力規制委員会設置法」に拠れば、その目的を達する為に「委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正・独立した権限」を有し、内閣総理大臣と云えども影響力を行使することは出来ません。
この独立性が、過去にない政府(環境庁所管)の行政機関として、初めて誕生したのです。任期も5年間と長く、法に触れない限り罷免されることはありません。是非、縦横にその手腕を発揮してして欲しいものです。
今朝の「日経新聞・1面」に『政府と規制委は互いの役割を明確に』との「社説」をご紹介します。
『原子力発電所の再稼働をめぐり、政府と原子力規制委員会とで責任の押し付け合いともとれる発言が目立つ。規制委の田中俊一委員長は政府が再稼働に責任を負うとの認識を示す一方、野田佳彦首相は「規制委が主導的な役割を果たす」と反論した。
規制委は19日に発足したばかりというのに、これでは原子力行政への国民の信頼は取り戻せない。
福島第1原発の事故を踏まえ新組織を設けたのは「原子力の推進と規制の分離」の徹底にある。その原則に照らせば、政策を決めて遂行する
のは政府の責任、安全の判断を負うのは規制委と、互いの役割分担は明確なはずだ。両者はそれを自覚すべきだ。
ぎぐしゃくする背景にはそもそも政府が決めたエネルギー政策のあいまいさがある。「2030年代に原発の稼働ゼロ」を掲げた一方、停止中の原発の再稼働をどうするか道筋を示さなかった。
田中委員長が「再稼働をお願いするつもりは一切ない」と述べたのには一理ある。同委は科学的根拠から安全を見極めるのが責務で、再稼働が必要かを判断して地元に要請する立場にない。
政府はまず、関西電力大飯原発3.4号機に次ぐ再稼働の必要性をはっきり示すべきだ。そこでは電力供給の見通しや地域経済、雇用に及ぼす影響などをよく勘案する必要がある。
そのうえで規制委は新たな安全基準を出来るだけ早く決め、厳格に審査し、判断に責任を負うべきだ。政治家や電力会社が介入するのは許されない。活断層と疑われる地層が安全かを判断する指針づくりも中立と透明性が不可欠だ。
これらの手順をへて規制委が安全と判断したなら、地元自治体の理解と協力が得られるよう努めるのは政府の責務である。一方で規制委も、判断の根拠を地元などに丁寧に説明する責任を負う。
大飯原発の再稼働をめぐっては野田首相や閣僚が技術的な領域まで踏み込んで政治判断したとの印象を国民に与え、世論が割れた。政府と規制委はそれぞれの役割と責任をよくわきまえ、同じ轍を(てつ)を踏んではならない。
政府と規制委の役割は不明確なまま、枝野幸男経済産業相が青森県大間町などで着工済みの原発の建設継続を認める発言をしたのは早計だ。政府がまず矛盾のない政策を決め、そのうえで規制委が安全性を判断するのが筋である。』
国民の間に「原子力規制委員会」に対して、確たる信頼感が確定していない現在。政府が「原発再稼働」や「大間原発等建設継続」を発言することは、規制委の権威を損ない、信頼性を失わせる行為です。
枝野径産相の発言は軽率の誹りを免れない。まず、国民に対し「原子力規制委員会」の権威を高め、確たる信頼を得てから、その判断を尊重する政策を実施するのが順序であり、納得を得る最後の手段でしょう。
熱海の爺
追伸・「大間原発建設中止」こそ、今後の原子力政策の原点です。「30年代原発ゼロ方針」を実現するには「新規原発建設」は完全に矛盾しています。まず「原発40年廃炉」を実行することから始めるべきです。
野田首相の「30年代原発ゼロ方針」がうやむやのうちに後退し、日本の原発政策が「脱・原発」から、寧ろ「原発推進」に転換される危険性を国民は切実に感じているのは事実でしょう。恐ろしい話ですね。
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