最後の使徒タブリスを殲滅させたネルフに、突然”終焉(ラグナロク)”が訪れた。
戦略自衛隊のネルフ本部施設への強襲。
対人戦闘に慣れていないネルフの兵隊達の防衛網はあっという間に突破された。
そして戦略自衛隊の兵士達は降伏を求める非戦闘員まで容赦無く虐殺したのだ。
彼らがチルドレンの抹殺とエヴァの破壊だと知ったミサトは、昏睡状態であるアスカを弐号機に乗せて射出する命令を下し、本部施設内に居たシンジの捜索を始める。
ミサトが戦略自衛隊の兵士に銃を突き付けられているシンジを発見した時は、シンジは顔面蒼白で茫然自失の状態だった。
背後から兵士を襲ったミサトは、ためらう事無く兵士の頭を銃で打ち抜いて息の根を止めた。
「いったい何が起こったんですか!? ネルフの人達が撃たれて、血を流して……死んで……」
シンジの近くには生々しく血を流して倒れているネルフの職員達が居た。
おそらく自分の体を盾にしてシンジを守ったのだろう。
急所を撃たれて即死に近い状態であり、助かる見込みは無い。
「ここに居たら殺されるわ、さあ行きましょう、初号機の所へ」
「そんな……無理に決まってるよ!」
ミサトの呼び掛けにも答えず、心を閉ざそうとするシンジ。
大粛清(ジェノサイド)を目の当たりにしてしまったのだ、当然の反応だ。
シンジの説得に手間取っていると、後続の戦略自衛隊の兵士達が追いついて来てしまった。
「くっ、こんな所で!」
相撃ちになる事も覚悟したミサトだったが、意外な救援者が現れた。
「シンジ、ここは私に任せて早く初号機の所へ行け。ユイもそれを望んでいる」
「父さん……」
ミサトは無言でうなずき、シンジの手を引いて初号機があるケージへと向かった。
きっと2度と生きて父親に会える事は無いだろうとシンジは感じていた。
そんなミサトとシンジの下に、発令所のマヤから吉報がもたらされる。
弐号機に乗ったアスカが目を覚まし、攻め込んで来た敵と戦い始めたのだ。
「アスカ、初号機もすぐに出撃するから、それまで持ちこたえて」
「了解、グズグズするんじゃないわよ!」
「うん……」
弐号機のエントリープラグから聞こえて来る元気なアスカの声を聞いて、シンジの胸に暖かい希望の光が灯った。
――しかし現実とは無慈悲なものだった。
初号機が駆け付けた時には、すでに弐号機は襲来した9体の量産型エヴァに取り囲まれて攻撃を受け、ボロボロになっていた。
怒りに燃えたシンジは初号機で特攻するも多勢に無勢、負けてしまったシンジは激痛を感じた後エントリープラグの中で息絶えた。
「あれ……僕はどうして生きているんだ……」
横たわったシンジが目を覚ましたのは、白い砂の上だった。
そして頭上には夕焼けを濃くしたような真っ赤な空が広がっている。
「そっか、僕は夢を見ていたんだ」
そうでなければ死んでしまった自分が生きているはずがない、そもそも戦略自衛隊の兵士がネルフの職員達を虐殺する事件なんて起こるはずがないとシンジは思い込もうとした。
だが近くに倒れていた血だらけのアスカを見て、シンジは現実に引き戻される。
「アスカっ!」
シンジが呼び掛けて体を揺さぶってもアスカは人形のようにされるがままだった。
これだけの怪我で生きていられる人間などいない、しかしシンジはアスカの死を認めたくなかったのだ。
シンジの目からあふれ出る涙が滝のようにシンジの頬を伝い、シンジはずっとアスカの名前を呼び続けた。
「碇君……」
「綾波!?」
そんなシンジの目の前にレイが姿を現した。
生きているレイに会えたシンジは泣き笑いの笑顔になる。
「良かった、生きていたんだね!」
「違うわ」
レイは左右に首を振ると、自分は使徒リリスと融合して”ヒト”とはかけ離れた存在になってしまったのだと話した。
人類はサードインパクトにより肉体を溶かされてLCLの海となり、世界は終わってしまったのだと。
「そんな……でもどうして僕は生きているの?」
「碇君はエヴァの中に居たからサードインパクトには巻き込まれなかったの、そして私は使徒リリスの力を使って碇君の傷を回復させた……新たに創造する世界の導き手として」
「世界を創るだって……!?」
想像を超えるレイの話に、あごをはずしそうなくらい驚いたシンジはかろうじてそう聞き返した。
「終わりを迎えたこの世界はガフの部屋と同じ状態、だから私達は新しい人類を生み出す事ができる。世界の形も自由に変えられるわ」
「そんな、世界だなんてどうだっていい、僕の傷を治せる力があるならアスカを生き返らせてよ!」
「その必要はないわ」
「どうして!?」
レイが淡々とした口調で返すと、シンジはショックを受けた顔になった。
「碇君が人間を創造できる力を持てばいいのよ」
「そんなの僕が勝手に作り上げた想像のアスカだよ、本物のアスカじゃない!」
シンジが怒鳴ると、レイは黙り込んでしまった。
しばらくの静寂の後、シンジは優しく諭しながらレイに話しかける。
「綾波だって、創られた僕じゃなくて、本物の僕と話したいから僕を生き返らせたんだろう?」
「……そうだったわ、ごめんなさい」
謝ったレイが右手を上げると、アスカの傷が消え流れ出る血が止まった。
シンジは抱きしめたアスカの温もりでアスカが生き返った事を理解する。
「アスカ!」
嬉しくなったシンジはさらにアスカの温もりを感じようと、強く抱き締めた。
「ちょっとシンジ、何してんのよ!」
目を覚ましたアスカはシンジの体を両手で突き飛ばした。
驚いて尻餅を突く格好になったシンジは急いで立ち上がると土下座して謝る。
「ごめん!」
「別にそこまでしなくてもいいわよ、アタシだって驚いちゃっただけだし」
シンジに向かって答えたアスカは辺りを見回すと、やっと周囲の異様な状況に気が着いたのか、不思議そうな顔をしてシンジに尋ねる。
「ねえ、アタシってば死んだはずよね? 夢にしてはファーストも居るし、ここって黄泉の国ってやつ?」
「綾波の話だと、ここは終わりの世界らしいんだ」
レイはアスカにもシンジに話した説明を繰り返した。
「なるほどね。じゃあシンジ、アタシの事なんか気にせずに新しい世界を創ってしまいなさいよ」
「アスカ……」
「ワガママでひねくれたアタシが側に居てもシンジを傷つけるだけ、アタシはこうして話せただけで思い残す事は無いわ」
アスカは明るい口調でそう言うが、目に涙を浮かべて体が震えていた。
精一杯強がっているのだとシンジにも分かった。
「アスカがひねくれものだなんてそんな事無いよ、今こうして素直な気持ちを話してくれるアスカが僕は好きなんだ」
「そ、そりゃあ……最後くらいは……」
シンジに指摘されたアスカは、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「僕は理想の世界を創造するよりも、アスカと一緒に居たいんだ」
「そう……」
シンジの宣言を聞いたレイは悲しげな顔でつぶやいた。
「でもシンジ、こんな白い砂とLCLの海だけの終わった世界でどうするって言うのよ」
「そ、それは」
ため息混じりにアスカがそう言うと、シンジは言葉に詰まった。
アスカが生き返った事だけに浮かれていて何も考えていなかったのだ。
「この世界から抜け出す方法は、新たな世界を創り出す以外にもあるわ。時間軸を巻き戻せば、サードインパクトは起こったこの世界は未来の可能性の1つの世界でしかなくなる」
「時間を巻き戻すなんて、そんな事ができるの?」
「ええ、だけど碇君は再び使徒との戦いを体験しなければならなくなる。辛い思いをまた味わう事になるけど、それでいいの?」
「……うん、僕はアスカだけじゃなくて、最後まで命を懸けて僕を守ってくれたミサトさんやネルフのみんなも助けたいんだ」
レイに尋ねられたシンジは隣に立っていたアスカの手を握り締めながらしっかりとした口調で答えた。
「でもただ時間が戻るだけじゃ、無限ループに陥る可能性もあるわね」
「私達は使徒との戦いの記憶を持ったまま時間を戻れるから大丈夫よ、それに私の得た力を碇君達にも分けてあげる」
レイは自分が使徒リリスと融合した存在だと改めて強調し、その力があれば渚カヲルのように自由にエヴァとシンクロ出来ると話した。
さらにレイからエヴァに乗っていなくても強力なATフィールドを発生させる事が出来ると聞かされると、シンジとアスカの目に希望の光が灯った。
しかしその2人を見つめるレイの目は冷ややかなものだった。
ATフィールドだけではどうにもならない事もあると知っているからだ。
浮かれているシンジとアスカにレイは戒めるように声を掛ける。
力は無敵でも永久の物でもない、いつかは失われる有限の物であると。
しかしアスカはそれまでに使徒を倒せば構わないだろうと気にしない様子だった。
「ほら、そうと決まったらシンジの気が変わらないうちにさっさと時間を巻き戻しちゃってよ」
「まったく、アスカってば……綾波、頼むよ」
シンジの言葉を聞いたレイは、大きなため息を付いてから世界の巻き戻しを始めた。
世界の風景が歪み、真っ暗になり、シンジ達は意識を失った……。
「おや、君は確か零号機のパイロットだよね」
「もう目覚めていたのね」
世界の逆行を終えたレイは、すぐにカヲルが居る場所へと向かった。
すべての始まりである第3使徒サキエル襲来より先に、レイはカヲルに会いに来たのだ。
「どうして私の事を知っているの、私はあなたと会った事がないはずよ」
「人類の補完の外に居た僕にはサードインパクトに巻き込まれずに済んだのさ。君がリリスの力を得た事も知っているよ」
「……もう1つのガフの部屋に隠れていたのね」
「そう肉体が死しても魂がガフの部屋に還るだけさ。それで君は僕に用があって来たんだよね?」
カヲルに尋ねられたレイは、自分達に協力して欲しいと告げた。
2度とシンジにあの悲劇を繰り返させるわけにはいけないと思ったからだ。
「分かったよ」
あっさりと承諾したカヲルに、レイは驚いた表情になった。
「僕もシンジ君の事が好きだからね、シンジ君の心を傷つけたくない気持ちは同じさ。シンジ君に振られた者同士、仲良くやろうじゃないか」
「別に私は……」
カヲルにからかわれたレイは、プイッと顔を背けた。
「それで僕はここですぐに自殺でもすればいいのかな?」
「違うわ、私の力を分けてあげるから……」
「なるほどね」
レイに耳打ちされたカヲルは納得した表情でつぶやいた。
カヲルとの打ち合わせを終えたレイはカヲルに別れを告げて、急いで第三新東京市に戻る。
やって来る使徒サキエルを迎え撃つためだ。
しかしこの時レイ自身も、世界の逆行に異変が生じている事は気が付いていなかった……。
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