ことプレミアリーグに関してぼくは、ほぼニュートラルな立場をキープしているので、肩入れするクラブは試合によって毎週コロコロ変わる。この根無し草のような観戦スタイルの利点は、特定のクラブにコミットしていない分、感情の浮き沈みが少なくて済むというところだ。試合が終わってテレビを消すと、さて何を飲もうかなと、いとも簡単に寝しなの一杯にモードが切り替わったりして、実に気楽なものである。
本当のサポーターが味わう充足感は臨むべくもないが、この方がサバサバしていて疲れない。よく乱世モノのシミュレーションゲームに出てくる、能力値はたいしたことないくせに、忠誠度が異常に上がりにくい武将の了見に似ているかもしれない。とにかく、あっちへフワフワ、こっちへフワフワ。節操のないことこの上ない。たまに水族館へ行くと、クラゲに妙な親近感を覚えるのはそのためだろう。
そんなわけで、根無し草のぼくにとって週末に開催されたリヴァプール対マンチェスター・ユナイテッドの伝統の一戦は、リヴァプール寄りで観戦する以外に選択の余地はなかった。特にリヴァプールに対して強烈な思いを持っていないにもかかわらず。今シーズンは“シンジ・カガワ”という特殊な事情により、赤い悪魔に多少の好意を抱いていることは事実であるが、このゲームに関してはそんな島国根性が入り込んでくる間隙は存在しなかったのである。
ぼくとしては、安直な人情話は好むところではないが、チャンネルをあわせた途端に察知できた、画面のこちら側に溢れんばかりのこの日のアンフィールドを包み込んだ濃密な空気は、人の魂を突き動かすなにか、強引に文章にすると生命の尊厳を守り抜く決意みたいなものに満ちており、これでリヴァプールが今季初勝利を挙げられたら、えらいことになりそうだぞと、リヴァプールというよりは、アンフィールドのお客さんに寄り添うスタンスで観戦したのである。できることなら彼らに勝利の凱歌を上げて欲しかったのである。
しかし、結果はご存知の通り1-2でアウェイチームの逆転勝ち。人生なかなか上手くいかない。それでも、お客さんの声援に後押しされながら10人になって尚互角以上の戦いを演じたリヴァプールの勇敢な姿には、感情表現の沸点がアシュラマン(冷)並みに高いぼくでさえ胸に熱いものを感じたほどで、テレビを消すと夜陰の中に沁み沁みとした余韻が残る味わい深い試合であったと思う。いや、今思い返しても、先制ゴールのジェラードが空に向かって両手の人差し指を示したシーンはぼくを陶酔境へと誘ってくれる。いつもの五割り増しくらいで静かに闘志を燃やすジェラードの溌剌たる姿に、ぼくは久々に一味爽涼を覚え、何やら色々と由無し事を抱え込んだ心のうちがスッキリしたように思えた。やっぱりジェラードはこうでなくちゃいかん。
一方のマンチェスター・ユナイテッドは、「勝ちは勝ちだ。しかし結果には満足しているがパフォーマンスには満足いかん」という指揮官のコメント通り、全体的に調子は停滞気味で、アンフィールドでの勝利という値千金の結果(しかもPKの呪縛からの解放というオマケつき)を手放しで喜べない試合内容だった。しかし、初めて敵として対峙する香川はデンジャラスな匂いのする嫌な選手であった。小まめに動き直して、ちょくちょくクリティカルな場所へ顔を出す動きは秀逸で、胸トラップの落しでアシストした同点ゴールのシーンも、一見すると地味ではあるが、左サイドから中央のスコールズへ横パスを戻した数秒後にファン・ペルシーの動きを見極めつつボックス内の右サイドでフリーになってバレンシアのクロスを引き出した動きは、彼のポジショニングの質の高さを物語っている。
香川を始め、ユナイテッドの面々にとっては、普段とは異なるやり難さのあった試合であろうが、そんな状況でも3ポイントをものにした彼らのプロフェッショナリズムは賞賛されるべきであり、堂々と自分の色を出した香川のプレーもまたレーティングでは計り得ない重みがあるのではないかと、一人若干偉そうに頷く次第である。
それにしてもアンフィールドの特別な試合に、ライバルチームの主力選手として日本の若者が先発出場したという事実は、未だに現実の埒外にあるように思えてならない。しかしこれは歴とした出来事である。感情がトグロを巻くアンフィールド。そんなスタジアムに彼は何を感じたか、機会があったら(ないだろうけど)是非訊いてみたい。
で、来週のマンチェスター・ユナイテッドの相手は・・・・スパーズね。放送は午前1時過ぎにスタート。さて、次はどっちにフワフワしますかね。
月仰ぎ 波間漂う 根無し草
フットボールにも会者定離あり。駄句、お許しあれ。
平床 大輔
1976年生まれ。東京都出身。雑文家。1990年代の多くを「サッカー不毛の地」アメリカで過ごすも、1994年のアメリカW杯でサッカーと邂逅。以降、徹頭徹尾、視聴者・観戦者の立場を貫いてきたが、2008年ペン(キーボード)をとる。現在はJ SPORTSにプレミアリーグ関連のコラムを寄稿。
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