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NHK番組改ざん事件 暗躍するタカ派政治家

日朝交渉に難癖難癖 「慰安婦」「強制連行」否定

 2000年12月、東京で開かれた「女性国際戦犯法廷」(「女性法廷」)を巡るNHKの番組改ざん事件で、「政治家の圧力で内容が改変された」と番組の制作責任者が告発した。名指しされたのは自民党の安倍晋三・幹事長代理と中川昭一・経済産業相である。

 そもそも、「女性法廷」は日本軍性奴隷制を裁いた民衆法廷であり、当時の国際法に照らして、昭和天皇の有罪と日本の国家責任を認定する歴史的判決として、海外で大きく報道された。しかし、日本の国内メディアは「天皇」と「慰安婦」という2大タブーに挑んだこの法廷を恐れ、ほとんど黙殺してきた。

 そんなメディアの中にあって、「女性法廷」を共同主催したVAWW−NETジャパンは、法廷を記録する番組を制作したいというNHKの意向を評価し、全面的に取材協力したと言う。ところが、実際にETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」の第2夜「問われる戦時性暴力」(01年1月30日放映)として制作された番組は、事前の企画案とはまったく違うものとなっていた。画期的な判決についても全く触れず、加害兵士の証言を全面カットし、さらに右翼学者に「法廷」を非難させ、「慰安婦は売春婦」「証言に裏づけがない」という誹謗中傷を垂れ流すアンフェアなもの。

 この番組改ざんに安倍、中川という超タカ派政治家らが介入していたことが、今度、明るみになった。安倍氏は02年、早稲田大学での講演で「大陸間弾道弾をもつのは憲法違反ではない、戦術核の保有も違憲ではない」と公言した好戦的な人物。「拉致議連」や「救う会」を背景に、日朝交渉にことあるごとに難癖をつけながら、「北朝鮮憎し」の空気を最大限に煽り、軍備増強や戦争体制構築の急先鋒に立ってきた。

 さらに、安部氏は16日のTV番組で「女性法廷」に出席した朝鮮側の「従軍慰安婦」・太平洋戦争被害者補償対策委書記長の黄虎男・朝鮮対外文化連絡協会局長と著名な法学者の鄭南用氏を「北朝鮮工作員」と断じた。黄氏は金丸訪朝時、金日成主席と金丸氏の対談に同席した通訳者であり、小泉首相の2度の訪朝の際にも金正日総書記との会談に通訳者として同席した朝鮮政府の高官。安倍氏の言い掛かりは事実無根で実に無礼であり、民族差別、人種差別的で、朝鮮への憎悪と敵対感情を露にした外交上、常軌を逸するものだ。

 一方の中川氏も植民地主義者の根性をむき出しにする。昨年末には、歴史教科書について「きわめて自虐的、やっと最近、いわゆる従軍慰安婦とか強制連行とかいった言葉が減ってきたのは本当によかった」などの妄言を吐いた。同氏は98年の農水相時代にも「従軍慰安婦」問題を否定するなど、確信犯的な言動で知られている。

 ちなみに、安倍、中川両氏は95年、自民党の歴史・検討委に名を連ね、侵略戦争、朝鮮への植民地支配を正当化、美化する「大東亜戦争の総括」の刊行に関与した。すでに日本政府は、「慰安婦」制度に旧日本軍が直接関与したことを示す公文書の発見などもあって、「政府・軍が関与」と「強制性」を認めた(93年河野官房長官談話)。しかし、その後も奥野元法相、板垣正参議院議員ら閣僚、政治家らが相次いで、「強制的に連れていったという客観的証拠はあるのか」「歴史の真実ではない」と往生際の悪い妄言を繰り返してきた。これこそ、歴史の真実をねじ曲げる「強盗の開き直り」である。作家の三浦綾子さんはかつて「人の家に大砲をぶち込んで女を連れ去って、何もしていない、侵略していないと、どうして言えるのか」と一喝した。

 あるヤクザの親分も侵略戦争について触れながら「他の国の縄張りを荒らしたんだから、間違いなく侵略だ」(雑誌「世界」96年7月号)と断じた。とすれば、その認識すらない政治家らが、今や、日本の政治やメディアを牛耳っているのだ。

 「女性法廷」の提唱者、ジャーナリストの松井やよりさんは、平和と非暴力の21世紀を築く国際的な女性連帯行動の中心として八面六臂の活躍を見せた。困難を乗り越えて、世界30余カ国から400人が参加し、3日間の審理に内外約5000人近くが参加した同法廷は、ついに天皇の戦争責任を裁き、国際社会の大きな信頼を勝ちえた。その労苦が松井さんを蝕んだのか、多くの人たちに惜しまれつつ、02年12月、肝臓がんで他界した。生前松井さんはこの法廷について、「日本社会のありようを根本的に問うのですから、当然、逆風は覚悟しています」と本紙にキッパリ語っていた。そして、死の床から書きあげた最後の著書「愛と怒り 闘う勇気」(03年岩波書店刊)で、拉致報道をめぐる異様な状況に警鐘を鳴らしながら、「日本がかつての植民地支配と戦争によって北朝鮮の人々を痛めつけた歴史に対して謝罪も賠償も拒んで、隣国同士の正常な関係を作って来なかった」とメディアの偏向報道の責任を鋭く問いかけた。そして、「勇気をもって闘え」と訴えた。

 いま、日本のメディアは権力の僕として戦争勢力に荷担しながら、もう一度「大本営発表」を担うのか、その道に抗い、戦争ではなく、平和の構築へと踏み出すのか、岐路に立たされてている。(朴日粉記者)

[朝鮮新報 2005.1.24]