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レバ刺し殺菌で再び注目 食品に放射線 原発推進派動く 

(2012年8月21日) 【中日新聞】【朝刊】【その他】 この記事を印刷する

「芽どめジャガイモ」と命名  安全PRしたたか

画像「照射食品も原発再稼働も許してはいけない」と語る公衆衛生学博士の里見宏さん=東京都新宿区で

 レバ刺しを放射線で殺菌して食べられるようにする厚生労働省の実験をきっかけに、放射線照射食品(照射食品)が再び注目されている。もともとの研究が始まったのは半世紀以上も前。長期保存の効果が期待される一方、発がんを助長する物質が生まれるマイナス面も報告されている。歴史の裏には原発推進派が導入を進めようとしてきた実態も浮かび上がる。(小坂井文彦、出田阿生)

 「照射食品の導入は、原発推進派による活動の枝葉の一つなのです。原子力は食品にも使えるほど安全で身近なものと宣伝したがった」

 かつて国立予防衛生研究所で照射食品の検知法の研究に携わり、約30年にわたって照射食品の危険性を訴え続ける市民団体「健康情報研究センター」代表の里見宏さん(65)はこう指摘する。

 里見さんによると、照射食品の研究に最初に取り組んだのは米国。米陸軍が1943年、マサチューセッツ工科大に対し、保存と輸送に便利な食料の開発を依頼した。50年代に入ると、国防総省と原子力委員会の資金で、照射食品の研究が続けられた。

 日本では65年、原子力委員会が食品照射専門部会を設置した。67年、食品照射研究開発基本計画ができ、ジャガイモ、タマネギ、米、小麦、ウインナーソーセージ、水産練り製品、ミカンの7品目の研究が進められた。

 68年、米国で照射食品について、人体に害があるとの指摘が出てきた。問題となったのは米軍内に出回ったベーコンだった。米軍が腐敗防止に放射線照射をする際、有害物質が生成されることが判明。照射が禁止され、研究も停滞した。

画像今春、茨城県守谷市で販売されていた放射線照射ジャガイモに付けられた説明書=食品照射ネットワーク提供

 一方の日本では厚生省が72年、発芽防止を目的に、北海道士幌町の農協のジャガイモに照射をすることを許可し、74年から販売が始まった。2009年の日本食品照射研究協議会で農協職員が発表した統計によると、一時期は2万トン規模を出荷したこともあるが、06年に3千トン、09年は約5千トンと流通量は増えなかった。77年に照射ジャガイモの不買運動が起きるなど、消費者の放射線に対する抵抗感が強く、「照射」食品と表示する義務も強化されたためだ。

 士幌町の照射施設でも働いていた日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の元職員が83年に発表した論文では照射ジャガイモについて「技術的には成功したが、営業的にはいまだに悪戦苦闘中だ」と指摘。「あやしげな集団がマスコミと一体になって、散々けちらかし通り過ぎていった。マスコミは安全性の論議をまともに取り上げず、恐怖心ばかりをあおった」と不満もつづられている。その上で、「われわれはもっとしたたかにならねばならない。照射ジャガイモを芽どめジャガイモと改名する」と表明した。

 結局、国内で放射線照射が許可されたのは、士幌町のジャガイモだけ。他の6品目の研究は88年に中止となった。

有害疑いで普及進まず

 日本における普及活動が頭打ちになる一方、世界では84年、国際食品照射諮問グループ(ICGFI)が設立された。国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)に加え、国際原子力機関(IAEA)も照射食品の安全性をアピールするため出資している。

 米国でも再び動きがあった。エネルギー省は86年、セシウム137を用いて食品に放射線を照射するセンターを各地に造る「副産物有効利用計画」を発表。セシウム137は原発稼働で生成される高レベル放射性廃棄物で、福島第1原発事故では各地に飛散した。79年の米スリーマイル島原発事故後、米原子力業界が政府に原子力の新たな平和利用として働き掛けた成果だったという。

 ただ、照射食品は推進派の思うようには普及していない。原子力委によると、03年の時点で、53カ国で計230品に放射線照射が許可されたが、照射食品が実用化されたのは32カ国の40品しかない。放射線照射で人体に有害との疑いがあるシクロブタノン類が生成されるほか、冷凍・冷蔵技術の進化で照射よりも安価で食品の長期保存が可能となったためだ。

香辛料への照射を要求

画像香辛料への放射線照射の意義を強調する原子力委員会食品照射専門部会の報告書

 普及が進まない状況に、推進派にはいら立ちが募る。原発プラントメーカーでもある三菱重工のホームページ上に掲載されている中国学園大の多田幹郎教授の論文には、「放射線は幅広く役立っており、必要以上に怖がるのは適切ではない。食品照射は日本でも国家プロジェクトとして20年研究され、世界で採用されている技術をいつまでも採用しないのはいかがなものだろうか」と記されている。

 この多田氏は、05年に原子力委に再び設置された食品照射専門部会で2年間、部会長を務めた人物。同部会の設立の経緯には、唐突な印象もある。00年、香辛料業者でつくる全日本スパイス協会は香辛料の微生物汚染低減のために照射の許可を厚労省に申請した。

 前出の里見さんは「もともと原発推進派がスパイス協会に申請するよう求めた。原子力委は許可を後押しするため、わざわざ部会をつくった」と説明する。部会は06年、「食品照射は有用で、香辛料に照射する意義は高い」とする報告書をまとめた。報告書は、照射によって生まれる放射性物質は微量であるほか、問題視されたシクロブタノン類ががんを促進するという確たる情報はないことを強調している。

「煮ても焼いても、放射線でも安全」

 だが、科学的には首をひねる部分も多い。報告書をまとめる前に開かれた市民の意見聴取会で、女性が「照射で毒物が生成されるのでは」と質問すると、多田氏は「ジャガイモを煮ても焼いても問題ない。放射線を当てても大丈夫」とはぐらかした。「スパイスには殺菌作用があるので照射は不要では」という質問には、「乾燥状態ではかびや微生物は生えないが、水分があるなど状況が変われば微生物が増える」とあえて保管状況が悪い例を挙げて反論した。

 結局、厚労省はシクロブタノン類の研究結果の不足などから、スパイスへの放射線照射を今も許可していない。そして先月、新たに出てきた動きが、生食が禁じられた牛レバーへの照射だ。

 里見さんは「原発事故で、市民の原子力に対する抵抗感は強まった。照射食品から原発再稼働につなげようというもくろみかもしれないが、照射食品も再稼働も許してはいけない」と語った。

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