オーガニックエッセイ

オーガニックな自由人竹まつの気ままエッセイ

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雪が降るまち(8)

2005年 12月11日 岡崎にはじめて雪が降った朝、ゆきまつはうまれた。「言うてた事とちがうやん・・・なんで出すねん。」といわんばかりに、口をとんがらせて不満げな表情で・・・それでも、僕たちにはそれがこの上なくかわいかった。
2005年 12月13日 ゆきまつが死んだ。出産を終えたばかりの疲れきったゆきが居眠りをしてしまって授乳中に胸の中で起こった不幸な出来事・・・生まれた日と同じように、また、雪が降っていた。ゆきまつを抱いた車の中、降り続く雪が僕たちに「さよなら・・・」と語りかけているようだった。
心から何かが抜け落ちていくのを感じた。

しかし、僕たちにとって、この上なく幸せなお産だった・・・ゆきまつが3日間、僕たちのところへやって来てくれた。いつもの古屋の見えるY医院の心地よい部屋の中で、僕は、おだやかに眠るゆきとゆきまつをみていた・・・幸せを感じていた。
ゆきまつは、僕たちの最高の幸せの瞬間に、何も言わずにひとりで静かに遠い空へ旅立ってしまった。まるで、運命が仕掛けた時限爆弾のように、ひっそりと安らかに僕たちの手の届かないところへ行ってしまった。

ゆきまつは、僕たちに幸せな3日間をくれたのかもしれない。本来ならば、ゆきまつはゆきのおなかの中でなくなっていたのかもしれない・・・「お産は、宇宙が決めること。なくなる命もある・・・」今さらながら、Y先生が日頃から口にしていた言葉が思い出される。Y先生が僕たちにくれた3日間・・・陣痛の間、2万人の赤ちゃんをとりあげたY先生には、ゆきまつの声が届いていたのではないだろうかと思う。己の運命を知りつつ、ゆきまつは僕とゆきのあいだにうまれて来てくれたのか?最後の瞬間にさえ、ゆきまつは僕たちに生きる希望をくれた。蘇生処置の間中、僕はゆきまつの小さな小さな手をにぎりしめていた。ゆきまつの小さな胸は、確かに脈打っていた。総合病院の救急隊が到着し、Y先生がゆきまつから手を離したとたん、鼓動がやんだ・・・命の火は、きえた・・・

次の朝、僕は何もない、雲ひとつない、ぬけるような真っ青な空を見ていた・・・この青い空にゆきまつがいるのを感じた。


何もない青すぎる空を一羽の鳥が飛ぶ
冬の寒さが体に凍みるのではない
ぽっかりと空いた心の穴に
青すぎる空がしみるのだ

この青い空を僕は知っている
父との確執 母との軋轢の日々を超えて
やっとたどりついた家族の絆・・・
初めて母と二人で旅した晩秋の京都でみた
真っ赤なもみじと雲ひとつないぬけるような紺碧の空

父が遠い空から僕たちを見ているような気がした
幸せに満ちた奇跡の青すぎる空から



僕は魂をこめて祈ったけれど
君は遠い空へ旅立ってしまった

僕は最後まで信じていた
君はきっと僕たちのところへ戻ってきてくれると
三人で愛と冒険の日々がはじまると・・・

「神様 僕は君の旅立ちを受け入れるのか?」

真っ赤なまんまるい夕日が僕をみていた
神様が高い空の上から運命の糸をひいているようだった
君が僕たちにくれた幸せな三日間を心にかみしめていた


僕は沈黙の淵にいる・・・
僕はありふれた言葉をなくしてしまった
日々の生活をかざる言葉をなくしてしまった

僕は静かの海にいる
世の中のあらゆるものが意味をなくしてしまった
日々をかざる虚偽をなくしてしまった

意味をなくした僕の世界がくずれおちて
心がそのまんま裸になった
僕の世界がそげた・・・



どんよりと曇った冬の空のように
僕の心に灰色の雲がかかっている
ひくくたれた分厚い雲の隙間から
さしこむ日の光をまっている
ただじっと 遠い息吹の春をまっている

悲しみの淵のまん中で
それでも心に得体の知れぬ幸せをいだいている

何もなかったかのように いつもの景色がすぎていく
今日も見たことのある一日がはじまっていく
まるで深い眠りからさめた遠い日の記憶のように
また おだやかな二人の生活がはじまった
ただ 忘れえぬ心の痛みと
君がいた動かせぬ記憶をこの世界にのこして



僕の心に降り積もったゆきが君をよんだ・・・
あの雪が降るまちで 僕たちが君に出会えたこと
君が僕たちにくれた・・・
幸せをくれた 至福のときをくれた
永遠の約束をくれた

この町に雨が降る・・・
世界をあらう雨が降る 息吹の春をよぶ雨が降る
凍てついた山も町も 春を待っている
やがて 雪はとけ 川となり大地をうるおしていくだろう
世界の隅々へしみていくのだろう

そして 世界にまたひとつ
幸せがうまれようとしている



妙な話だが、ときどき未来の記憶が頭をよぎることがある。何か前世でおかした因縁を、また繰り返すような妙な想念だ。それを意識的に気をつけたり、人に話したりすると、たぶんそうはならずにすむのかなーとも思う。

「ゆきまつが遠くへ行ってしまうこと」「僕とゆきが離れてしまうこと」・・・ 僕はこの半年、何度となく妙な想念を見ていた。最初はそれが何だかわからなかった。しかし、今、明らかに思う。ゆきまつが、自分の命をかけて、僕とゆきを今世こそ結びつけてくれたこと。僕たちは、ゆきまつがおなかにやどってくれたから、結婚できたようなものなのだ。
人間というのは調和していればしているほど、自らの運命を生きることになるのであろう。自らが3日と決めた命を他のだれも操作することは出来ないのかもしれない。宇宙のリズムがゆきまつを遠い空へ導いたのだと思う。あの不幸な事故によってゆきまつは遠くへ行ってしまったけれど、ゆきまつは、今も、僕とゆきの体の中にいるのかもしれない。僕たちふたりと一緒に人生をすごすのかもしれない。昨日まで、僕たちの腕の中で、安らかに眠っていたことが、もう遠い昔のことのように感じられる。

もう少ししたら、また以前のようなゆきとふたりのあわただしい大阪生活がはじまるだろう。僕たちは、ゆきまつがおなかの中にいた11ヶ月と一緒にすごした3日間、この上ない幸せを感じていた。そして今も、悲しみの淵の中で心に得体のしれぬ温かさをいだいている。この思い出は、絶対忘れない・・・忘れられない・・・すばらしい出来事だった。ゆきまつと三人ですごした、驚きと感動と冒険の日々が、きっと僕たちをもっと素晴らしい場所へ連れて行ってくれると信じているから。
あの雪が降る町で、僕たちが君に出会えたというキセキの日々を越えて・・・


                                         2005.12.15

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