実際のところはどうなったか。国民と契約したマニフェスト通りの政策を実現しようとしたのは鳩山政権時代の最初の1年足らずだった。目玉公約の一つであった普天間基地移設問題には失敗したものの、この期間には「新しい公共」という理念のもとで幾つかの公約が実現した。高校無償化が決まり、子ども手当てが導入され、八ッ場ダムに対しても凍結方針が出て、整備新幹線の延長は止まった。
しかし、日本に民主主義政治が機能していたのはここまでであった。
菅政権、そして野田政権になってから民主党が行った政治は、自らが掲げ、国民から負託された政策を次々に潰していく政治であった。子ども手当ては児童手当という名称へ変更されて換骨奪胎された。八ッ場ダム建設の再開を決め、整備新幹線は全線解禁になった。国民が拒否し、方針転換を強く求めた、かつての自民党政権的な政策を、国民との約束を反古にして強行してしまった。
ここでは、あえて各々の政策の是非を問うことはしない。
なぜならば、選挙によって国民の意思を反映した代議制民主主義という社会のしくみがまったく機能しなくなってしまっている問題のほうが、個々の政策の是非と比べて圧倒的に重大かつ深刻だからである。
主権者たる国民の意志を平気で踏みにじる民主党
代議制民主主義のもとで、国家の主権者である国民が政策を選択できるほぼ唯一にして最大の意思表明の機会が選挙である。その選挙で選ばれた代議士と政党は、選挙の際に提示した国家ヴィジョンなり、マニフェストなり、政策なりを実現する責任を持つ。これは近代社会のインフラともいうべき「契約」である。
主権者たる国民と代議士・政党との契約が踏みにじられてしまうと、もはやそこで行われるのは民主主義政治ではない。そこにあるのは民主主義社会ではない。
このように民主主義政治の最も基本的な機能が損なわれた状態では、総裁選や代表選で誰が何を語ろうが、どの政党がいかなるヴィジョンや政策を掲げようが、ただ空しいだけだ。
昨年の不幸な大震災以降、国家の緊急事態ということを名目に、民主主義の契約や正当な手続き・ルール、及び主権者たる国民の意志を平気で踏みにじる傾向がどんどん強くなっていることに、私は大変な危機感を覚える。
典型は、原発問題と消費税増税である。
原子力発電の安全性と有効性については様々な議論があってしかるべきだ。理想主義的政策選択と現実主義的選択で議論が分かれるのも当然だと思う。
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