あたしはサンタクロースっていうのは、居るとは断言できないけど、完璧に居ないと証明されたわけでもないと思うのよね。
そりゃあ、枕元にプレゼントを夜こっそり置いて行ったのは父親だって言うのは小さい頃から解っていたわ。
でも、それは親達がサンタの真似事をしているだけかもしれないじゃない?
同じように宇宙人、未来人、異世界人だって居ないと科学的に証明されたわけじゃない。
探査ロケットに地球外生命体の可能性を感じさせる細胞が付着していたって言うじゃない。
未来人だって、正しい歴史を調べるために潜んでいるかもしれないし、異世界人だってあたし達の世界に溶け込んでこちらの住人になって居るかもしれない。
だから、もしかして居るかもしれないって思った方が面白いじゃない!
今日は12月18日、クリスマスが近いこの日に大事件が起こったの。
あたし達はクリスマスパーティに必要な物を街で買いそろえるために部室を出たんだけど……。
部活棟の階段を降りている時に、キョンが後ろから転げ落ちて来たのよ!
目を丸くしながら叫び声を上げたキョンの体が宙に舞って振り返ったあたしの目の前を横に通り過ぎて、後頭部から床へと落ちて行くのが見えた。
キョンが床に叩きつけられる大きな音がしてみくるちゃんが悲鳴をあげた。
でも、あたしは倒れたキョンの事よりも、振り返った瞬間に見えたキョンを突き落とした人影を見てショックを受けた。
なんで、あんたがそこに居るの!?
北高の制服をひるがえしてその人影は逃げて行く。
「……救急車」
有希が119番に電話を掛ける姿を見て、あたしはやっとキョンの身に何が起こったのか知って、体中から血の気が引くのを感じた。
「キョンくん、キョンくーん!」
みくるちゃんはぐったりとして動かなくなったキョンの名前を呼んでオロオロしている。
「みくるちゃん、有希の電話の声が相手に聞こえないから静かにしてよ!」
あたしはついみくるちゃんを怒鳴りつけてしまった。
みくるちゃんがビクッと体を震わせて黙り込む。
きつい言い方になってしまったけど、あたしもキョンの事がそれだけ心配だったのよ。
キョンはぐったりと倒れ込んで気を失っていて動かない。
もし二度と目を開かない、なんて事になったら?
こらあたし、いったい何を演技でも無い事を想像しているのよ!
でも、あたしの胸の動悸は治まらなかった。
学校に救急車が到着して、校庭の中に救急車が入って来る。
ほとんど残って居なかった北高のみんなも何事かと辺りが騒がしくなるのがわかった。
古泉君が慌ただしく部活棟の外へ出て行く。
みくるちゃんはぼう然自失して崩れ落ちてしまっているわ。
あたしも、有希から見たらみくるちゃんと同じ状態なのかもしれない。
頭がぼーっとして何も考えられなかったから。
「こちらです」
救急隊員の人達が古泉君に案内されてやって来た。
そして協力してキョンを担架に乗せる。
その間もキョンはぐったりとしていて一度も目を開かない。
悲しくなって、あたしの目に涙が浮かんだ。
「涼宮さん、ご家族への連絡は僕がしておきます。あなたは彼に着いて居て下さい」
あたしは無言で古泉君の言葉にうなずく。
視界がぼやけて古泉君の表情がよく見えない。
こんな状態で歩いてあたしまで怪我をしてしまったらどうしようもない。
泣いているのがみんなに分かってしまうけど、あたしは腕で涙をぬぐった。
運ばれるキョンを急いで追いかけたあたしは、救急隊員の人に一緒に救急車に乗せてもらうように頼んだ。
「君、この子の彼女かい?」
おじさんの救急隊員の人に聞かれて、あたしは首を縦に振ってしまった。
いつものあたしならきっぱり否定するところだけど、この時ばかりはキョンが心配だったから、そんなの問題にしていられなかったわ。
あたしの真剣さが伝わったのか、あたしは救急車に乗る事を許された。
古泉君と話していた救急隊員の人が運転席に乗り込んで、あたしとキョンを乗せた救急車はサイレンを鳴らして走りだした。
いつかは乗ってみたいと冗談交じりで話していた救急車にまさかこんな形で乗る事になるなんて、本当に最悪だわ。
救急車の中で、あたしはキョンが落ちた時の状況を聞かれたけど、一瞬の事だったから後頭部を打ったとだけしか言えなかった。
病院に運ばれたキョンはすぐにCT検査を受ける事になった。
あたしが廊下の椅子に座って検査の結果を待っていると、タクシーで追いかけて来た古泉君と有希とみくるちゃんがやって来た。
キョンの家族も古泉君の連絡を受けてすぐに駆けつけて来るみたい。
初めてキョンのおじさんとおばさんと顔を合わせる事になったんだけど、2人ともあたし達の自己紹介などほとんど耳に入っていない感じだった。
あたしはキョンは大丈夫って救急車の中で励まされたから少し冷静になれたけど、よく聞かされていないおじさん達が心配するのも当然なのかもしれない。
妹ちゃんもみくるちゃんと同じぐらい泣きわめいてしまって大変だったわ。
病院の中だから静かにしようって言い聞かせるはずのみくるちゃんが泣いているんだもの。
キョンに外傷が無く、脳内出血なども見られないって聞いてあたしは一安心した。
でも、キョンの意識が戻らない原因は先生にも分からないって。
もしかしたら、長い間目が覚めないかもしれないって医師の先生が言うと、泣きつかれていた妹ちゃんとみくるちゃんがまた泣き出した。
だから、あたしは2人を安心させるために空元気を出してこう言ったの。
「あたしがキョンの目が覚めるまでつきっきりで看病してあげるから!」
学校もほうりだして、ずっとキョンの病室に泊まり込むなんて、あたしのわがままだった。
でも、キョンのおじさんとおばさんはあたしにキョンの事を任せてくれたし、古泉君は寝袋とか食事とか持ってきてくれて、便宜を図ってくれた。
学校が終わってから古泉君、有希、みくるちゃんが交代であたしとキョンの居る病室に来てくれる事になったみたい。
あたしは悪質な風邪をひいたって事で学校を休ませてもらっている。
でも、このままキョンが何週間、何ヶ月も目が覚めなかったらあたしもずっと病院に居るわけにはいかなくなる。
ううん、そんなダラダラと病院のベッドで寝ているなんて許さないんだから!
「団長命令よ、いい加減に起きなさいよ!」
何度このセリフを繰り返しただろうか。
ついにキョンが意識を失ってから2日目の夜を迎えてしまった。
昨日に引き続いて、この病室に泊まり込んでから不思議な夢を見るようになった。
その夢の中でのあたしは光陽園学院の制服を着て古泉君と一緒のクラスで学校に通っている。
おかしい、光陽園学院は女子高のはずなのに。
でも、違和感を感じたのはそこに居たあたしの表情だった。
あたしからみたあたしは苛立っている、退屈そうな顔をしていた。
SOS団なんてまったく知らない、あの楽しい日々とはまるで別の生活を送っているあたし。
そんなあたしとキョンが夢の世界でまた会う事になる。
キョンはあたしにジョン・スミスと名乗ったのだ。
「はっ、まさか……そんなわけ無いわよね」
夢の内容に驚いて、あたしは目を覚ましてしまった。
カーテン越しの月明かりに照らされたキョンの寝顔を見て、あたしは自分に言い聞かせる。
高校に入学して前の席に座っていた男子が偶然ジョン・スミスだなんて言う夢物語なんてありえない、と。
きっと他人の空似よ。
次の日にやって来たみくるちゃんに、運命の再会ってあり得る?
って聞いたら、みくるちゃんは目を輝かせて、もしそんなことがあったらロマンチックだって言っていたわ。
そうよ、そんな偶然……無いとは言えないけど……まさか、そんな展開をあたしが望んでいるから、そんな夢を見ちゃうって言うの?
それこそあり得ないわよ。
キョンが気を失ってからついに3日目。
なぜか今日中にキョンの目が覚めないと、ずっとキョンは眠ったままになってしまうかもしれないって胸騒ぎがしたわ。
あたしは有希が持ってきた童話の本へ目を向けた。
その童話は呪いで眠らされたお姫様が、王子様のキスで目覚めてハッピーエンドで終わると言う結末の内容だった。
無口な有希の事だから、本の内容がそのままあたしへのメッセージになっているのだろう。
だけど、あたしは寝ているキョンにキスをするという事は絶対にしたくなかった。
だって、それってフェアじゃないし……って何を考えているのよあたし!?
みくるちゃんが帰った後、無情にも日は暮れて行く。
何度目のため息だろう、あたしは数える気力が無くなった。
七夕の時期の思い出し憂鬱より重症ね。
そして、その日もあたしは寝袋に潜り込んで泊まる事にした。
昨日の夢の続きなのか、光陽園学院の制服を着たあたしとキョンが古泉君と一緒に3人でいつもあたし達が集まっている喫茶店で話している。
キョンは以前にあたしにもした有希が宇宙人、みくるちゃんが未来人、古泉君が超能力者と言う話をしていた。
「こっちの世界のハルヒは理解が早いな。前に話した時はまるで信用されなかったんだぜ?」
「そのあたしは本当にバカね」
同じあたしなのにバカにされると腹が立って来た。
でもそのあたしは驚く事にだんだんと嬉しそうに目を輝かせて行った。
そして、向こうの世界のあたしもSOS団を創ると宣言を宣言をしたの!
即断即決、やると決めたあたしはすぐに北高に直行、書道部に居たみくるちゃんをさらって有希の居る文芸部の部室へと足を踏み入れた。
そして、部室にはあたし達SOS団の5人がそろった。
このままじゃキョンがあっちのあたしに取られてしまう。
こっちのあたしは用が無くなってしまう、そんな気持ちに捕らわれた。
胸が痛くなって、その後文芸部の部室であたしや古泉君、有希やみくるちゃん、キョンがどんな会話をしていたかなんて耳に入らなかった。
でも、最後にキョンが言った言葉だけが耳に残った。
「俺は今まで過ごして来たSOS団が気に入っているんだ、だから新たなSOS団に入るつもりはないのさ」
眼鏡を掛けた有希がキョンの言葉を聞いて、悲しそうな笑顔を浮かべたように見えた。
でも、あたしは有希への同情より、心の底から暖かくなるような嬉しさで胸がいっぱいだった。
やっぱり、キョンはあたし達と過ごしたSOS団の方が楽しいと思ってくれたのね。
あたしは幸福感に包まれたまま、このままずっと眠っていたいと思った。
だけど、誰かにほっぺを思いっきりつねられた。
この痛みは夢じゃない、現実だ。
「わあっ!?」
目を開けたら、あたしのほっぺを触っているのがキョンだと知ってあたしは驚いてしまった。
あたしは首を激しく揺り動かして眠っていた頭を強引に目覚めさせた。
「キョン、起きるなら起きるっていいなさいよ、あたしにも準備があるんだからね!」
あたしは無防備な寝顔をキョンに見られた気恥かしさからキョンに大声で言ってしまった。
すると、キョンは口元に人差し指を立てて、『静かに』のジェスチャーをした。
「心配を掛けて、すまなかったな」
「ふん、団長が団員の心配をするのは当たり前なのよ」
病院の消灯時間をとっくに過ぎていた事もあって、あたしとキョンの顔を照らすのは月明かりだけだった。
普通の大きさの声で話す事も出来なくて、あたし達は抑えた声でひそひそと話す事しかできなかった。
その声があたしの眠りを誘ったのだろう、あたしはいつの間にかキョンのベッドに突っ伏して眠ってしまったらしい。
あの不思議な夢は見なくなった。
次にあたしが目を覚ました時には、キョンの病室には古泉君、有希、みくるちゃんもやって来ていた。
「おや、お目覚めですか」
目を覚ましたあたしに声を掛けたのは、いつもと変わらない笑顔を浮かべた古泉君。
持って来たお見舞いの花束を花瓶に活けているみくるちゃん。
冬の制服を着てキョンのベッドの側に立っている有希。
やっと元のSOS団が戻って来たのだと実感した。
あたしが寝ている側で、キョンが目を覚ましたと病室には医師や看護師が駆けつけて来てとんでもない騒ぎになっていたみたい。
そんな中グースカ寝ていたあたしの姿を思い浮かべるととんでもなく間抜けな気がする。
「キョン、この数日のSOS団無断欠勤の罪は重いわ、罰ゲームとしてクリスマスはトナカイの衣装を着て一発芸をする事! もちろん子供会でもね!」
他のみんなが居る手前、あたしはキョンにそう言い残して古泉君達と一緒にキョンの病室を出た。
病院の廊下であたし達はキョンのおばさんと妹ちゃんにすれ違った。
軽くあいさつを交わすだけにする。
だって、2人は早くキョンの無事な姿をみたいはずだもの、引き止めるわけには行かないわ。
「さて、退院祝いはどうしましょうか」
帰りのタクシーの中で古泉君がそう言うと、あたしの中でパッと面白いアイディアが浮かんだ。
「ねえ、今度のクリスマスパーティの事だけど……」
あたしのサプライズプレゼントに古泉君やみくるちゃん、有希も賛成してくれたわ。
自分で鍋料理を作るなんて初めてだから上手く行くかどうか分からないけど、きっとおいしいものを作って見せるんだから!
あたし特製の鍋を食べて驚くがいいわ、キョン!
さっそく一回目の練習をするために、家に帰る予定だったあたし達は街でタクシーを降りる事にした。
キョンのお見舞いで疲れているかもしれないのにごめんね、と謝っておく。
料理する場所は一人暮らしだと言う有希の部屋を使わせてもらう事にした。
調理器具がそろっているのに、使わないなんてもったいなさすぎるわよ、有希。
有希に料理の仕方を教えながら、あたしはふと思い浮かんだ疑問を有希にぶつける。
「有希、あんた双子だったりしないわよね?」
有希は首を無言で横に振った。
じゃあ、キョンを階段の上から突き落とした人影は……。
それこそ、他人の空似の幻覚よね。
あたしはそう結論付ける事にした。
キョンが突然目を覚ました事も、脳に後遺症が残っていない事も、医学的にはとても信じられない事だと聞いた。
きっとこの奇跡はサンタクロースがプレゼントをくれたのよ。
さすが、本物のサンタは親達よりも数百倍気前がいいわね!
今年は楽しいクリスマスを迎えられそうだ。
あたしはサンタクロースに心から感謝した。
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