エステルとヨシュアがリベール王国の各支部の遊撃士協会を巡る旅を終えてロレントに戻って来てからしばらくした時の事。
「え? ヨシュアの一番欲しい物ですって?」
ヨシュアの誕生日、エステルは息を弾ませてシェラザードの居る遊撃士協会の2階の部屋へとやって来た。
エステルに聞かれたシェラザードは少し驚いて聞き返した。
「占いが得意なシェラ姉なら分かると思って」
「タロットにしても、水晶球にしても、抽象的な答えばかりで、具体的な物は分からないわね」
「そっか、ヨシュアってば何をあげてもありがとうって受け取ってくれるから、今年こそは本当に喜ぶ物をプレゼントしたいのよね」
エステルはそう言うと残念そうにため息をついた。
ヨシュアは今日1日休みを貰ったので、家でゆっくりとくつろいでいる。
エステルは街で買い物をしてくると言って1人で家を出て行ったのだが、ヨシュアにはバレバレだった。
「そうね、ヨシュアとあんたの馴染のロレントの街の人に聞いてみれば、誰かが何かを知っているかもしれないわね」
「うん、あたし、街のみんなに聞いて来る!」
シェラザードの提案を聞いて、エステルは元気100倍になって遊撃士協会の建物を飛び出して行った。
「ヨシュアはエステルが笑顔で側に居てくれるだけで喜んでいると思うけど……ま、結果が出たら教えてもらいますか」
シェラザードは1階に降り、受付のアイナと2人でエステルが戻って来るのを楽しみに待つことにした。
エステルが最初に向かったのは遊撃士協会の隣にあるエルガー武器商会だった。
ヨシュアがカシウスに拾われてブライト家で暮らすようになってから準遊撃士の旅に出るまで、ヨシュアはこの店の手伝いをして居たのだ。
「そう言えば、ヨシュアはナイフの手入れを良くしているわよね」
店に入ったエステルが店主のエルガー、ステラ夫妻にヨシュアの好きなナイフについて尋ねると2人とも渋い顔をした。
「エステル、ヨシュアがナイフの手入れを熱心にするのは、遊撃士の仕事で生き残るためだと思うぞ」
「そうなの?」
「そりゃ、長い間使っているナイフに愛着が湧いてきたりはするだろうが、あいつは新作のナイフとかに飛びつくようなやつじゃ無かったな」
「それに、女の子がナイフをプレゼントするのはおばさん、ちょっとはしたないと思うの」
「言われてみればそうかも……」
「そうだエステルちゃんも、もうスニーカーを集めるとか止めてもうちょっと女の子らしく……」
「あ、あたし他の人にも聞きに行くから、またね!」
いつものステラの説教が始まったと察したエステルは、エルガー武器商会を飛び出して行った。
次がエステルが向かったのは、自分とヨシュアの共通の幼友達であるエリッサが看板娘をしている居酒屋アーベントだった。
「え、ヨシュア君の欲しそうな物?」
「そうそう、ヨシュアってば自分で何が欲しいとか言わないからさ、エリッサにも知恵を貸して欲しいのよ、ほら、ヨシュアをビックリさせる料理とかさ」
「エステルって、単純な料理しか作れなかったわよね? リベール各地を巡る旅をして少しは料理の腕も上達した?」
「それが各地の料理を食べてばっかりで、料理は全てヨシュアやクローゼにお任せ……」
「やっぱりね……じゃあ、バッタとかなんか虫でも焼いて食べさせてあげたら?」
「それは試してみたけど、あんまり嬉しくなかったみたい。シェラ姉が言うには引きつった笑顔だったって」
「本当にやっていたとは怖いわね……そうだ、ティオにも聞いてみたらどう?」
「うん、そうしてみる。ありがとうエリッサ、相談に乗ってもらって」
「こっちこそ、役に立てなくてごめんね」
エステルはエリッサに手を振ってロレントの街の郊外、パーゼル農園へと向かう事にした。
パーゼル農園に着いたエステルはすぐに入口の側のナス畑で仕事をしているティオの姿を見つけた。
「やっほー、ティオ」
「あれエステル、1人で居るなんて珍しいね」
「今日は休みだから、ヨシュアは家でのんびりとくつろいでいるわ」
エステルの隣にヨシュアが居ないのを不思議に思ったティオが尋ねると、エステルはそう答えた。
「そう言えば、今日はヨシュア君の誕生日だっけ。サプライズのお祝いはまだ続けているの?」
「うん、それで今年こそ本当にヨシュアが欲しい物を突き止めてプレゼントしてあげようかなと思ってさ」
「エステルも良く飽きないわね、前は”伝説のあの虫”をプレゼントするとか言ってミストヴァルトの森に行ったりするし」
「あの時はみんなに心配をかけちゃったわね」
ティオに言われたエステルは苦笑を浮かべた。
「確かにヨシュア君ってば、何が好きだとか嫌いだとか表に示さないわね」
「その優しさが逆に困った事になってしまうのよね」
エステルは疲れた表情でため息をついた。
「あ、そうだ、うちの農園に来てヨシュア君が1番嬉しそうだって見えた瞬間はね」
「うんうん」
目を輝かせてエステルはティオの言葉の続きを待った。
「妹のチェルと弟のウィルと遊んでいる時かな、いつも固いヨシュア君の雰囲気がその時はとっても柔らかくなるの」
「うーん、それじゃあチェルとウィルをプレゼントしてあげようか」
「バカねエステル、そんなことできるわけないでしょう」
ここでもヨシュアへのプレゼントを思いつかなかったエステルはティオにお礼を言ってパーゼル農園を立ち去り、ロレントの街でまた考える事にした。
帰り道のミルヒ街道を歩きながら、エステルはジェニス王立学園でヨシュアの親友になったハンスの言葉を思い返した。
「ヨシュア、もう幸せを取り戻せないなんて事は無いわ、太陽はまぶしいだけのものじゃない」
エステルはそうつぶやくと、何かを思いついたのか遊撃士協会の建物へと駆け込んで行った。
「あらエステル、ヨシュア君に渡す誕生日プレゼントの内容は決まったの?」
息を弾ませて遊撃士協会の建物の中に入って来たエステルに、受付に居たアイナが声を掛けた。
「シェラ姉、居る?」
「ええ、依頼をこなして2階で休んでいると思うけど……もしかして、ヨシュア君に渡すプレゼントが決まったの?」
「うん、それでシェラ姉の助けを借りようと思って……」
「ふふ、頑張ってね」
エステルはアイナに見送られて2階へと行き、シェラザードに思いついた内容を話した。
ブライト家で1人休息を取っていたヨシュアは、自分の部屋で読書をしていた。
遊撃士の旅をしながら本を読む事はできるが、自分の部屋から旅先に持って行ける本には限りがあった。
「もう、こんな時間になってしまっていたんだ……」
ヨシュアは窓の外を見て、部屋にあった何冊もの蔵書を夢中になって読んでいるうちにすっかり日が傾いてしまっている事に気がついた。
「エステルが居ないとこんなに静かだなんて」
そう口に出してから、ヨシュアはクスリと笑った。
朝から街に買い物に行くと出て行ったエステルは、この時間になっても帰って来ない。
「またエステルってば、お腹を空かせて戻ってくるんだろうな」
ヨシュアは自分の部屋を出て、夕食を作り始める事にした。
毎年ヨシュアへのプレゼントを探すのに夢中になったエステルは、昼ご飯を食べるのを忘れて辺りを駆け回って帰って来る。
そしてヨシュアにプレゼントを渡した後盛大にお腹の虫をならすのだった。
「あれ……?」
1階に降りたヨシュアは外からハーモニカの音色が聞こえてくる事に気がついた。
その調べはヨシュアが良く知っている『星の在り処』だった。
ここまで上手くハーモニカで吹ける人物の心当たりは一人しか存在しない。
ヨシュアは玄関の扉を開けて、庭に居ると思われる音の主を探す。
すると、庭の大きな樹の下で黒い長い髪、白いドレスを着た女性がハーモニカを吹いている姿が目に入った。
「カリン姉さん……?」
驚いた顔でヨシュアがゆっくりと近づいて行くと、長い黒髪の女性は無言で微笑んだ。
「幻じゃないよね?」
ヨシュアが問い掛けると、長い黒髪の女性は首を横に振ってヨシュアに向かって両手を広げた。
「姉さん、姉さん……!」
胸元で泣きじゃくるヨシュアを、長い黒髪の女性はゆっくりと抱きしめた。
「ありがとう、エステル。今までの中で最高の誕生日プレゼントだったよ」
エステルの胸の中で泣いていたヨシュアは、顔をあげると笑顔でエステルに微笑みかけた。
「……あ、やっぱりわかっちゃった?」
「うん、最初からエステルだって分かってた。でも、君が髪を黒く染めてまで姉さんの真似をしようとしているのを見て驚いたよ」
「そっか、すっかりお見通しだったのね」
「だけど、エステルがそこまでしてくれた好意に、僕も甘えようかと思って」
エステルはヨシュアに向かってスッと手を伸ばす。
「ヨシュア、亡くなってしまったお姉さんとレオンハルトさんは戻って来ないけど、あたし達はまた新しい家族を作る事が出来るはずよ」
「えっと、それはどういう意味だい?」
エステルの言葉を聞いて、ヨシュアは顔を赤らめる。
「だから、あたしもヨシュアの旅について行く! そしてレンをあたし達の新しい家族にしてあげるのよ」
「そういうことか……」
ヨシュアはホッとしたように息を吐き出した。
そして、ヨシュアは差し出されたエステルの手をグッと握った。
「僕がエステルを置いて行くはず無いだろう? エステルは僕の家族なんだから」
その時エステルのお腹の虫が盛大な音を立てた。
「さあ、まず腹ごしらえをしないとね」
ヨシュアはエステルの手を引いてブライト家の中へと入って行った。
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