企画・特集
ヒグマと人間 いま再生のとき 第六部
(3)個体数増加は本当か?
(2011年 12/8)
「こんなに捕ってもいいものだろうか」。道の捕獲集計表をじっと見詰めながら、取材班の記者が首をひねった。
害獣として駆除される個体の急増。1955年以降の統計で最多の今年を含め、過去10年で4000頭を超える。一方で道が2000年に公表した全道の推計生息数は1800~3600頭程度。毎年子グマが生まれているだろうし、11年前の推定数が現在も当てはまるかどうかも分からないが、記者たちの間に「捕り過ぎでは」と疑念が湧いた。
捕獲数の大幅な伸びについて、生息数自体の増加を理由に挙げる関係者は少なくない。1990年まで四半世紀続いた道の春グマ駆除の全面中止。敵対から共生へ大転換した政策で、個体群が回復傾向にあるという読みだ。環境省の2003年動物分布調査では確かに、生息情報があった区画数(1区画5平方キロ)が79年調査に比べ6・5%拡大している。道自然環境課の担当者も「私見ながら今の捕獲の多さは、個体数の増加を反映していると思う」と話した。
苫小牧、千歳、恵庭の3市のヒグマ防除隊は、樽前山麓など支笏湖周辺でも増えているとみている。「95年ごろは15頭ほど、今は25~30頭」と関係者。狩猟者に追われることがなくなった、支笏の山々にすむクマの様子を推測する。
一斉駆除から解放され、餌条件など地域の環境次第で自然に増えることは一定程度うなずける。だが、のぼりべつクマ牧場の元学芸員で、ヒグマ学習センター代表の前田菜穂子さん=白老町在住=に尋ねると、「急激に増えるような動物でない」との答えが返ってきた。クマ牧場でかつて750頭の雌の繁殖行動を調べた結果に基づく見方で、「繁殖率は低く、野生下では子グマが無事に育たないことも少なくない」と言う。
しかしながら、ここ数年は年間500~600頭レベルの駆除が続き、かつての大量捕殺時代に匹敵する強烈な捕獲圧だ。そもそも、地域の生息実態を知らずに捕獲を繰り返すのは、生物種を絶滅に向かわせず、個体数を維持する上で問題と言わざるを得ない。
有害鳥獣駆除は、人や農林水産業に実害を及ぼしたり、被害防除策の効果がない場合などにのみできる―というのが国の基本的な考えだ。ところが、危険なクマかどうかを見極めたり、追い払いなどの専門的な対応能力を持たないため、出没や被害防除をすぐに箱わな駆除に頼ってしまう市町村もある。
日高地方のある町では「農家から要請があれば、被害が出る前に箱わなを仕掛けて捕る。いわば予防線を張るような対応」と打ち明ける。地域の個体数を十分に把握していないのにだ。
環境省の特定鳥獣保護管理計画技術マニュアル(クマ類)では、ヒグマの種が存続していくための捕獲数上限として、「生息数の8%以内」と定めている。人里に安易に出る危険なクマの排除など一定の捕獲圧は無論必要だが、現状の捕獲水準が適正と言えるかどうか―。
取材班の記者が電卓をたたき始めた。今年の捕獲数は有害獣駆除と一般狩猟を合わせて750頭(12月5日現在)。この頭数に捕獲上限8%を当てはめると、単純計算で全道の個体数は約9400頭になる。
最大3600頭とした11年前の道の推定生息数の実に2・6倍だ。
調査の実施から十数年が経過した中で、これほど個体数が増えているとは考えにくい。まして毎年かなりの頭数の捕獲が行われている。
生息数を大きく減らしたとされる春グマ駆除の時代があった。
「適度な捕り方を考えないと、また危うい状態になりかねない」と記者の1人が顔を曇らせた。