「ほらシンジ、何やっているのよ! グズグズしないで早くハンバーグを作っちゃいなさいよ、アタシはお腹が空いているんだから!」
「わ、わかったよ!」
アタシが苛立った声を掛けると、シンジはハンバーグをこねる速度を上げた。
シンジの手元は相変わらず手慣れていない様子で、おっかなびっくりで料理を作っている。
はっきり言ってシンジの作るハンバーグは美味しくはない。
でも、コンビニで売っているレトルトのハンバーグはもっと嫌だった。
全く、何をいちいち迷っているのかしら?
どうせ上手く作れないんだから、もっと早く作ればいいのに。
自信が無いから優柔不断になるのよ。
「そうだアンタ、いつも背中を丸めて下ばっかり向いて道の端っこを歩いているじゃない、もっと堂々と真ん中を歩かなきゃダメよ」
「何でアスカにそんな事言われなくちゃならないんだよ」
「いい、アタシ達はエヴァンゲリオンのパイロットなの、世界人類のために戦っているのよ。それだけで誇らしい事じゃない!」
「でも、エヴァに乗って無かったら僕達はただの中学生じゃないか」
シンジの放った言葉はアタシの胸をえぐった。
そう、エヴァのパイロットだからみんなアタシを見てくれる、アタシに優しくしてくれる。
ミサトがアタシを引き取ったのも同居していた方が作戦部長として都合が良いから?
シンジも命令だからいやいやアタシと同居しているの?
アタシは怖くて聞く事が出来なかった。
壱中ではアタシはドイツ人の血を引くクォーターと言う事で、男子生徒や女子生徒に羨望の眼差しで見られてアイドルのようになっている。
でも、アタシに声を掛けてくれるのはヒカリだけ。
アタシのルックスに惹かれた一部の男子生徒も交際を迫ってくるけど、それはここが日本だから。
ドイツの大学では周りより身長が低くて、チビ扱いされてコンプレックスを抱くほどだった。
そんな事を考えていたアタシは不機嫌そうな顔でシンジの作ったハンバーグをかきこむように食べた。
味なんか全然分からなかった。
「あ、あのさ……」
「何よ?」
「ご、ごめん……」
アタシがシンジをにらみつけると、シンジは下を向いて黙り込んだ。
このシンジの態度がアタシをイライラさせる。
「言いたい事があるなら言いなさいよ!」
「別にいいんだ、全部僕が悪いんだから」
「はぁ!? 何勝手に自分で納得しちゃっているのよ、そんなところが内罰的なの」
「そ、そうかな……」
「もっと自信を持ちなさいよ!」
アタシはシンジの鼻先に人差し指を突きつけて、自分の部屋に戻った。
全くあいつの辛気臭い顔を見ているとムカついて来る。
やっぱり、アタシに相応しい男は加持さんしか居ないわ。
でも、加持さんったらいくらアタシが好きだって言っても分かってくれないんだから。
「アスカは背伸びをしている。ありのままのアスカを好きになってくれる相手を探すべきさ」
加持さんはアタシを子供扱いしている。
アタシはもう子供じゃないのに。
ミサトと親しく話している所を見ると胸が痛くなる。
加持さんもアタシよりミサトの方がいいんだ。
襲いかかってくる使徒を倒して行くうちにシンジの態度も変わって来た。
シンクロ率もアタシを追い上げるようになって戦闘中でも自分から指示を出すようになった。
アンタが勝てているのはエースパイロットのアタシが居るからなんだからね、調子に乗るんじゃないわよ!
シンジが自信をつけて行くにつれて、アタシは何となく面白く居なくなって来た。
アタシに対しても納豆や魚を食べろって言うようになるし。
あげくの果てにはデートに誘われたとかで有頂天になっている。
でも、シンジは他に好きな子が居るって断ったみたいだけど。
シンジの好きな子ってアタシ……なわけないわよね。
いっつも文句ばかり言って怒鳴りつけているアタシなんか好きになってくれるはずなんかない。
きっとファーストに決まっている。
そう思ったアタシはそれから一段とシンジにきつく当たるようにした。
とある使徒との戦いで、ミサトの命令に逆らって突撃したシンジはエヴァごと使徒に飲み込まれてしまった。
「これって、独断専行じゃない!」
「そうね、戻ってきたらたっぷり叱らないとね」
アタシのつぶやきにミサトも同意していた。
なのに戻って来たシンジはミサトに怒られる事も無く、何の処分も下される事は無かった。
何よそれ! 結局ミサトも碇司令も、シンジやファーストばかり大事にして、アタシなんかどうでもいいんだわ!
シンクロ率もシンジに抜かされたアタシは、ついにエヴァでも認められなくなった……。
家に戻ったアタシは、シンジやミサトの顔を見るのも嫌になって部屋に閉じこもった。
ミサトやシンジと一緒の空気なんて、吸いたくもない。
「アスカ、ご飯だよ!」
シンジに呼びかけられても、アタシは背中を丸めて座ったまま動かないでいた。
廊下を歩くシンジの音が近づいて来て、アタシの部屋のドアを開けた。
何で部屋に鍵を掛けられないのよ、日本の家屋って!
アタシは内心そう毒突きながら、部屋に入って来たシンジに文句を言ってやろうと振りかえる。
「何で勝手に部屋に入ってくるのよ、ドアに掛けてある『立入禁止』の札が見えないの!」
「うん、わかっているけど」
アタシが怒ってにらみつけてもシンジは目を反らさずに見つめ返して来た。
至って静かな、落ち着いた瞳だった。
「アスカにハンバーグだけは食べてもらいたかったんだ」
「何よそれ!?」
今さらハンバーグがどうしたって言うのよ。
アタシはシンジの考えが理解できなかった。
「ごめんアスカ」
シンジはそう言うと、強引にアタシの口の中に小さく切り分けたハンバーグを押し込んで来た。
アタシの口の中いっぱいに肉汁が広がる。
お腹が空いていた事もあって、アタシはハンバーグを吐きださずに咀嚼して飲み込んでしまった。
「どう? やっと最近になって上手く焼けるようになったんだよ? こねるときも空気が入るようになったし……」
確かに同居を始めた頃のシンジのハンバーグはとても不味いものだった。
それがさっきのハンバーグはよだれが出るほどおいしいものに仕上がっている。
アタシは今まで思い違いをしていた事に気がついた。
シンジはグズグズとハンバーグを作っていたんじゃない。
どうすればおいしいハンバーグが作れるか自分なりに考えながら作っていたんだ。
食べてもらう相手……アタシの事を思って。
そんなシンジを小突くなんてアタシは何て恥ずかしい事をしたのだろう。
「どうして、アタシみたいな性格の悪い女にそこまでするのよ」
「そんな事無いよ、アスカは僕の事を励ましてくれたし、何よりもアスカの側にいると明るくなれるんだ」
「励ますって……アタシはただ文句を言ってただけで……」
「アスカ、私は仕事の上だけで他人と一緒に住めるような物事を割り切れる人間じゃないわ」
いつの間にか、ミサトまでアタシの部屋の入口に姿を現していた。
「私は、シンジ君とアスカを、弟と妹のように思っているのよ、誤解しないで」
2人に優しい言葉を掛けられて、アタシは目に涙が浮かんでくるのを感じた。
「アスカ、自分をつまらない人間だと思いこまないでよ。もっと自信を持ってよ」
「ふう、アンタに説教されるなんてアタシも落ちたものね」
アタシはあきれた仕草でため息をつこうとした。
でも、アタシはきっと泣き笑いの笑顔を浮かべてしまっているに違いない。
口元が思わず緩んでしまっているのを感じる。
だって胸の中は嬉しさでいっぱいになったから。
「ハンバーグ、おいしかったけど80点って所ね」
「厳しいなあ」
シンジとミサトと笑顔で話せるなんて、ずいぶん久しぶりな感じがする。
アタシはとってもすがすがしい気持ちになった。
きっとありのままの自分を好きになってくれると言う自信が湧いて来たからね。
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