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滝川駅で出発を待つ日本最長鈍行。ホームにも「日本最長」のポスターがある

「のんびりゆったり」はローカル鉄道を潰す- ITmedia(2012年9月21日08時01分)

杉山淳一の時事日想:

 北海道を走る日本最長鈍行に乗ってきた。根室本線の滝川駅から釧路駅まで約300キロメートル。所要時間は約8時間。私のまわりの人々に話したら、その列車の存在そのものに驚かれた。そして「いいねえ、のんびりとローカル線の旅」と、感心されたり呆れられたりした。

 確かに、ローカル線の旅といえば「のんびりゆったり」というイメージはある。それは正解でもあり、誤解でもある。各駅停車は特急より遅いし、いちいち駅に止まるので「のんびり」と思うのかもしれない。しかし実際の走行速度は高い。私が乗った日本最長鈍行の速度は都会の電車と変わらない。山岳部以外のほとんどの区間で時速80キロメートルを出した。

 滝川から富良野までは1両のディーゼルカー。富良野から釧路までは2両編成。全区間にわたって、ほぼ満席。乗客は富良野へ行く観光客、帯広からは通学の高校・大学生たち。「日本最長」の珍しさからか、私のような鉄道好きもいたが、夏休みを外した時期だったので、地元のお客さんのほうが多かった。そんなお客さんを乗せて、国鉄時代に製造されたディーゼルカーがビュンビュン走る。太平洋側に出ると、隣の国道を走るクルマたちを追い越していく。

●最長距離鈍行は山手線より速く走る

 ローカル鉄道はのんびり走る。これは誤解だ。忙しい都会に住む人々の「時間に縛られない暮らし」への憧れと、都会のスピード感に対する自負が生み出した、誤ったイメージである。この誤解のままローカル鉄道を考えてはいけない。ローカル線こそ、都会の電車より速く走らなくてはいけない。都市に住む役人や、運輸行政に意見する立場の識者は、この点をきちんと認識する必要がある。

 鉄道ファンは列車の速度を比較する指標として「表定速度」を参考にする。市販の時刻表などを見て、「A駅を発車してからB駅に到着するまでの時間」と、その区間の「営業距離」を元に計算する。途中駅の停車時間なども含めた速度である。クルマなどでは出発地から目的地までの所要時間と距離で「平均速度」を求めるが、鉄道の場合は鉄道会社が示す「営業キロ」を元に計算する。営業キロは実際の距離とは微妙に異なるため「時刻表上の速度」として「表定速度」を使うわけだ。

 さて、日本最長距離鈍行「滝川発釧路行」の「表定速度」は、時速約38キロメートルである。これは速いか、遅いか。ちなみに山手線は1周34.5キロルートルを約1時間で走る。山手線の表定速度は時速約34キロメートルなので、最長距離鈍行は山手線より速いといえる。東海道新幹線の表定速度、時速221キロメートルにはもちろん敵わないが、最長距離鈍行だってけっして「のんびり」ではない。

●国道のクルマより早く走るべき

 時速38キロメートル、という表定速度の数字だけを見て、「国道の制限速度よりずっと低い」から「遅い」などと思ったら誤解の始まり。ちなみに、私のクルマに搭載された計時機能によると、東京から横浜まで、一般国道で、渋滞をなるべく避けて、お巡りさんに叱られない程度のスピードを出して「平均速度」は時速25キロメートルくらいである。それに比べると列車の表定速度の時速38キロメートルはかなり速い。

 渋滞の少ない地方の国道を走るクルマなら、平均速度はもう少し高いかもしれない。それでも平均時速38キロメートルは難しかろう。私は長野県松本市で4年間暮らし、ほとんどクルマ生活だった。よく整備された主要国道も都市部や他の主要道路との結節点は渋滞するし、ここぞという場所でお巡りさんは待ち構えている(笑)。もちろん冬季は凍結もある。ちなみに、松本市を走る松本電鉄上高地線の表定速度は時速25~28キロメートル。クルマといい勝負ではないか。赤字で経営は厳しいというが、上高地線は年間で約130万人の利用者がいる。

 ローカル鉄道において「クルマより速い」は、かなり重要だ。移動するときに列車を選ぶかクルマやバスを選ぶか。ほとんどの人々が「目的地に早く着くほう」または「移動時間の短いほう」を選ぶだろう。好き嫌いで選ぶなんて鉄道ファンやバスファン、クルマ好きだけだ。では、鉄道を選んでもらうにはどうしたらいいのか。ひとつのテーマは「クルマより速く走るべき」である。これは都会も田舎も変わらない。

●都会の列車は「定時性」、地方の列車は「速さ」が大切

 単純に列車とクルマを比べたら、クルマのほうが便利だ。ドアからドアまで直行できるし、必ず座れるし、好きな音楽をイヤフォンなしで聴ける。空調も思いのまま。個の空間の延長だから、他人を気遣う煩(わずらわ)しさもない。鉄道好きの私でさえ、満員の通勤車両はあんまり好きじゃない。だからクルマを使う機会も多いし、バイクを愛用した時期もあった。

 都会の人々が列車を選ぶ理由は「クルマより早いし、時間に正確だし、安い」だからだ。都会は信号が多いし、渋滞するし、クルマに関係ない電気や水道の工事で通行止めや車線減少もある。そして、訪問先で駐車場を探さなくてはいけないし、駐車料金は電車賃以上にかかる。それに比べて電車は時間に正確で、乗り過ごしても数分以内に次の電車が来る。ほとんどの地域が駅から徒歩圏だ。

 ところが、これらの条件は地方では通じない。道路は赤信号も渋滞も少ない。ほとんどの駐車場はタダもしくはタダ同然、あるいは駐車禁止区域が少ない。クルマもある程度の定時性を保ち、ガソリン代も鉄道運賃より安い(場合によっては高くなる)。そしてなによりも、ほとんどの人々にとって駅は遠い。ドアからドアへ直行できるクルマのほうが便利だ。

●ローカル線は最高時速80キロメートルで走れ

 地方では、クルマに対して鉄道の優位性は低い。そこで鉄道のメリットを強く打ち出すとすれば、「安全」と「スピード」につきると私は思う。「安全」は鉄道というシステムの要であり、現状では交通事故件数を比較するまでもなく鉄道の圧勝だ。

 では「スピード」はどうか。列車はクルマより速く走らなくてはいけない。線路と国道が並んでいたら、国道を走っているクルマよりも、列車はさらに速く走って、クルマを颯爽と追い越さなくてはいけない。速さを見せつけて、ドライバーに「列車のほうが速いな、次は列車で行こう」と思わせなくてはいけない。クルマのドア・ツー・ドアに対するデメリットを挽回する必要もあるので、列車には圧倒的な速さが必要だ。

 滝川発釧路行きの最長距離鈍行は、実に気持ちよくクルマを何台も追い越した。だから乗客に選ばれている。ローカル線を「景色を楽しみながらのんびり走ればいい」なんて思ったら大間違いだ。とにかくクルマより速く走り、移動手段として優位に立たなければならぬ。そうでなければ誰もがクルマを選び、列車に乗らなくなる。乗客がいない列車は廃墟と同じ。地域の生活圏から見放されている。

 列車のスピードを上げれば、ふだんクルマで移動する人も、目的地までクルマで行かず、クルマの行き先を最寄り駅に変更して、そこから列車を選んでくれるかもしれない。駅まで遠い場所に住む人たちにも、列車に接続する巡回バスを運行すれば列車を選んでくれるはず。つまり、列車のスピードがあって初めて、パークアンドライドやフィーダーバスなどの、「鉄道を基盤とした移動システム」が成功する。逆に言うと、なにをやったって列車が遅ければ話にならない。

 クルマの平均速度が最高で時速30キロメートルだとすれば、列車の表定速度はそれより10キロ以上高くしなくてはいけない。そのためには、列車は駅から出たら、次の駅までは可能なかぎり最高時速80キロメートル以上を維持する必要がある。鉄道事業者はそれをとっくに理解している。JRグループ以後の新型気動車はどれもパワフルで速い。室内も静かだ。実際に乗ってみると、電車にたいして遜色はない。

 「田舎の列車はのんびり走ってもいい」……その誤解はローカル鉄道を潰してしまう。「高校生やお年寄りが乗る列車は遅くてもいい」なんて発想は、鉄道を使わない施政者の思い上がりだ。交通弱者をバカにしている。ローカル線こそ新車の投入、線路の改良が必要だ。それができない鉄道路線は、残念ながら地域の人々に選ばれない。永遠に赤字を補てんし続け、税金の無駄遣いになり、誰も幸せになれない。本気で地域に鉄道を残したいなら、まずはスピードアップ。ローカル鉄道こそ列車を時速80キロメートルで走らせるべきだ。

[杉山淳一,Business Media 誠]

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Business Media 誠
http://bizmakoto.jp/

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