掲載記事:「えむえむ関東58号」より
=EMネット北関東=
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町まちおこしとEMとボランティアと |
NPO法人足利水土里探偵団 中庭三夫 |

NPO法人足利水土里探偵団事務所 エコサロン |
「節から芽が出る」と言われる。節成りキュウリではないが、節から芽が出るのは植物に限ったことではない。一つの活動も幾つかの「節」を経て今がある。
企業人現役バリバリのときに家庭菜園で出会ったEM。何事も始まりはすべて小さいもの。ちょっとしたきっかけでEMに出会った人も多いだろう。そして人生が変わった人も多いと思う。私もその中の一人になった。一人から二人、小さな動きから活動体が育っていく。EMに関心を持つ人が集まり始めると自然に組織ができる。
足利水土里探偵団でいうと、この組織誕生が平成7年2月で、足利商工会議所の肝いりで「EM普及探偵団」として誕生している。会議所が推進する「まちおこし探偵団」は現在25探偵団が誕生しているが、EM普及探偵団は8番目に生まれている。足利市もいち早くEM生ごみ堆肥化の専用容器に補助金をつけて支援してくれた。会議所はEM資材の販売や事務局業務を引き受け、PR活動まで含めてサポートしてくれた。生ごみから、台所からの環境問題への具体的な行動アプローチには、主婦を中心にした女性の活躍が重要になる。こうした経過の中、NPO法人に進化した現在も、私たちに商工会議所の事務所の一角を「足利水土里探偵団」の事務所に提供し、事務局の一端も支援しつづけてくれている。
平成9年「比嘉照夫講演会」を開催したが、このときは足利市と足利商工会議所の主催で開催した。市長の歓迎の挨拶、商工会議所会頭のお礼の挨拶は、振り返って見ると、当時では全国的にも少ないケースだった。
こうして、地元で動ける環境づくり・基盤づくりができると、全国との交信によって、新しい情報や指導を求める流れとなるのが自然である。
講演会を設営してメンバーにはEMのイロハの解説から学んでもらい、全国各地や海外まで出向いて現地の動きも学んだ。そこで得た情報や技術は地元のメンバーのみなさんに落としこんでいく。その循環である。
生ごみ堆肥づくり運動から家庭菜園の展開が市内各地に広がり、新たな出会いも生まれる。新たなメンバーの組織参加である。新鮮なエネルギーの加入でもある。
足利におけるEM普及活動では、学校教育分野との協働事例が多いのは全国的にも特徴的になっていると思う。元々、足利市には、日本最古の総合大学「足利学校の史跡」がある。足利市も観光の3名所の中でも大きなウェイトをかけてPRしている。史跡内には「仮名降り松」というのがあり、松の枝にわからない漢字などを紙に書いて、おみくじの様に縛っておくと返事を書いておいてくれたそうだ。この仮名降り松のレプリカは市内の全小中学校の正門のところに植えてある。かっての「足利学校」と現代の学校をしっかりと結んでいる。
子供たちを自然の現場への案内や、家庭と学校と地域とのつながり、学校と行政、学校と企業などEMはいろいろな切り口から我々の活動に結び付けてくれる。
おかげさまで、足利地域でも総合的な学習の時間が導入される3年前に、大久保分校で取り組んだ給食の生ごみ堆肥化とケナフ栽培学習や米のとぎ汁EM発酵液によるプールを活用した学習は「足利ケナフ物語」のビデオにまとめて全国にたくさん配信されたが、この事例から@足利市の公立小中学校の卒業証書はケナフの和紙に代っている。AEMとケナフを総合的な学習の教材とし予算をつけることにつながるなど先鞭役を果たした。
こうした環境づくりが後押しとなり、他の学校も取り組みが増えた。
中でも、葉鹿小学校の取り組みはダイナミックで、すばらしい事例が次々に出てきた。河川浄化活動の舞台になっている「彦谷川沿線」の幼稚園から大学まで・・と連携しお互いに役割を分かち合いながら取り組んで成果を挙げている。
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世界水フォーラムで発表 |
蛍やシジミの復活は大きな話題を呼んだ。第三回世界水フォーラムでは6名の代表者が(京都国際会館で)発表した。その後も、児童の自宅の生ごみをゼロにする日をつくり、学校で堆肥にした花の苗を育てて家庭に持って帰ってもらう。こうして生ごみを持参させて花で返す循環も続けている。また、今年はクラス単位の総合的な学習から、学年を問わず希望者が自由に参加できるエコクラブの組織にして機動力を増している。たくさんのところから事例紹介の要請も増えて、引っ張りだこ状態。たくさんの賞も受け、8月には大手飲料メーカーが主催する環境学習賞の大賞では多額の賞金をもらい活動も益々ダイナミックになっている。EM廃油石鹸は固形・粉・
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廃油石けんづくり |
液体とバリエーションも揃え、中でも液体石鹸にはハーブの香りを入れてポンプ式の容器に入れたものは特に人気である。市役所や教育委員会など公共機関関係のところに配るほか、PTAの集会などでは販売をして中越地震やユネスコなどに寄付もしている。
学校とボランティアとの関係で学んだことから思うことは、お互いの「立場と役割」を認識合うということにつきるように思う。我々にできることとやってはいけないこと、学校で動けないことやできないことなど、相互が連携することで回転がスムーズになることを学んだ。また、学校以外のいろいろな機関と関わって感じることは、@安定した社会は突然の変化を期待しない A指示待ちの姿勢からは創造的なものは決して生まれない。公共機関と、民間企業の体質の違いというか、考え方や取り組み方の違いを学ぶが、どちらとも育った環境とそのDNAが染み付いているようで、良い悪いではなく当事者には気づきにくい自然の姿なのかも知れない。右肩上がり時代の直線的な行動を必要として育った企業人として、ボランティアの世界から「間」という言葉の大切さも学ばせてもらった。「間」は距離間・時間・タイミング・間(まをとる)など、今では、協働活動をしていく上で大切なキーワードとして心がけている。ボランティアのパワーは小さなもの、社会が必要とすると思われるものを、分かりやすい形でサンプルを作り、説明を加えてプレゼンする。そこまでの役割のように思っている。社会が必要とするなら、応援者も協力者も必然的に増えていくだろう。最後に、私たちの活動は自己満足に終始することなく、地域おこし・まちおこしに結びつけることだと思う。栃木県と足利市が空き店舗対策の助成金で市内の4F建てビル(旧書店)を改装し、そこに事務所を移すことになった。町おこしの一端を担うことになる。今年(2004年)12/12(イチニ・イチニ)にオープンの予定。商工会議所の居候で9年間、経費はほとんどかからなかった。これからは事務職員を一人置き、真剣にビジネスにも取り組まなくてはならなくなった。NPO法人、法人だから当然なのだろう。これからは、否応なしにボランティアとビジネスのバランスの取れた活動体を目指すことになる。また新たな試練を迎える。
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