学名にラテン語は必要か
更新日=2000年1月17日
進化学研究会のBBSにポストしたもの
(同一の文章を,EVOLVEメールリストにもポストしました; [evolve:6355])
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発信者:斎藤成也.
E-mail:nsaitou@genes.nig.ac.jp
日 時:1999/10/22 20:30:45
タイトル: 学名にラテン語は必要か?
生物分類に興味を持つ方々へ
1999年10月11日に開催された日本進化学会設立記念大
会( [evolve:6178]「日本進化学会設立総会」を参照)の際に
講演された,北海道大学理学部の馬渡俊輔先生に,私は以下の
ような質問をしました。
学名にすでに死語であるラテン語を使うのは疑問である。学生
時代からそういう考えである。このような死語にこだわってい
るから,分類学はかび臭い学問だと思われるのではないのか。
それに対して,馬渡俊輔先生は,分類学の中心は欧州であり,
彼らはラテン語に強い親愛感を持っているので,変えるのは無
理だ,また学名は記号であり,どんな言語を使ってもいいだろ
う,といった内容の返答をされました。
このセッションのあとに,山形大学理学部生物学科の原慶明先
生から,私の質問に対するコメントをメモでいただきました。
以下のものです。
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{1}口語として死んでいるので,特定の言語圏に特に有利な点
を与えない公平な表現!!
{2}文法が整備されているので誤解を招かない
{3}形容詞・副詞が豊富で記載に有利
{4}独立奮格という他語にない文章構成が可能(植物の場合
学名だけでなくdiagnosisもラテン語をつけることになってい
る。この場合のdiagnosisはこの独立奮格を用いるケースがほ
とんどである)
{5}造語が簡単!!従って全ての原語をラテン語化できる
例:
Benzaitenia enoshimensis
--->江ノ島の弁財天の下の海岸でとれた海藻につけられた名
前
{6}近代学問が発展したヨーロッパではラテン語派生が多
く,利便性がある。({1}と矛盾するが!!)
{7}命名規約をそのままにしていかなる言語でも新分類群の
記載につかえるようにすると追跡研究する時にはそれらの言語
全てを理解しなければならない。
{8}エスペラント語に!!--->ラテン語をエスペラント語に
書き換えの労力を考えるとメリットはないに等しい!!
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私は,以下のように考えます。
{1}に対して:ラテン語は,あきらかにそれと近い印欧語族
の言語に有利である。決して公平ではない。
{2}・{3}に対して:ラテン語が特に文法上・語彙上から
見て他の言語より格段に優れているとは論理的にみて考えられ
ない。ただし,実際のデータは知りません,感覚的に言ってい
るだけです。
{4}に対して:diagnosisに特別の文法が必要だとは考えられ
ない。実際,動物分類ではもはやラテン語をdiagnosisに使う必
要がなくなっている,とお聞きしております。
{5}に対して:日本語でも同様に造語が簡単だと思います。
ラテン語だけに限ったことではないと思います。
{6}に対して:おっしゃるとおり,{1}とは矛盾するコメ
ントであり,科学が全世界的になっている現在,もはやこの論
理は適用できないと思います。
{7}に対して:これは一理あると思います。ですからこそ,
ラテン語に代わる自然科学の,あるいは少なくとも生物学の言
語が求められているのではないでしょうか?
{8}に対して:私も若いころ少しエスペラント語をかじった
ことがありますが,あれは失敗作です。ヨーロッパの言語の重
心のようなものにしようとしたばかりに,タイプライターには
ない変な記号(^)をあらたに使ってみたり,それに結局ラテ
ン語の亜流のようなものだったと思います。文法は簡単である
ようですが。でも,エスペラント(「希望」の意味)を創造し
たザメンホフには,深い敬意をここに改めて表します。
斎藤 成也 (さいとう なるや)
国立遺伝学研究所 進化遺伝研究部門
〒411-8540 三島市
電話 0559-81-6790 FAX 0559-81-6789
Email: nsaitou@genes.nig.ac.jp
WWW URL http://sayer.lab.nig.ac.jp/~saitou/
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(1) Re: 学名にラテン語は必要か?:
保谷俊彦@町田 (10/22/1999)
(2) Re: 学名にラテン語は必要か?:
西田洋巳(10/25/1999)
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お答えします:斎藤成也.(1/15/2000)
発信者:斎藤成也.
E-mail:nsaitou@genes.nig.ac.jp
日 時:00/01/15 15:53:40
タイトル:お答えします
三沢計治。さんは書きました。
>今回、僕が伺いたいことは、この論文の中に、多数のラテン語
>表記が使われている理由と、ご自身の共同研究の論文の中に
>ラテン語表記が使われることについての齋藤さんの感想です。
>これらは、ラテン語の不使用についての、齋藤さんの考えを、
>我々が理解する助けになると考えられますので、機会があれば、
>お聞かせ頂けたら幸いです。
お答えします。きわめて簡単なことです。
私が編集長をしておりますAnthropological Scienceでは,
編集長権限で,掲載する論文からet al., etc., e.g.を消し
ていますが,他の雑誌に論文を投稿するときには,そのよう
なわがままは通りません。したがって,他の雑誌では,それ
ぞれの雑誌の編集方針にしたがっているまでです。また,私
が我を通そうとしても,その雑誌の編集部に直されてしまい
ます。
Anthropological Scienceの106巻1号で最初に
Scientific Englishを提唱したときには,最初ですから,通
常の英語に従いました。これも当然だと思います。しかし,
その後は,私が書いた文章につきましては,定冠詞・不定冠
詞ともにまったくありません。たとえば,AS107巻1号
に掲載した "From Editoor-in-Chief"をご覧下さい。
URL=
http://sayer.lab.nig.ac.jp/~AS/Vol-107/editor107-1.html
斎藤 成也 (さいとう なるや)
国立遺伝学研究所 進化遺伝研究部門
〒411-8540 三島市
電話 0559-81-6790 FAX 0559-81-6789
Email: nsaitou@genes.nig.ac.jp
WWW URL http://sayer.lab.nig.ac.jp/~saitou/
この記事の元になった記事
ラテン語の不使用は…:三沢計治。(1/14/2000)