小島明のGlobal Watch
9月14日 レアアース問題と元素戦略

中国が、日本の産業を支えるハイブリット車(HV)のモーターやハイテク製品の生産に不可欠なレアアース(希土類)の輸出削減を打ち出したのは2010年7月のこと。その直後に尖閣諸島付近での中国漁船と日本の海上保安庁巡視船との衝突事件が発生し、一時、対日輸出がほとんどストップし、日本の産業界に大きな衝撃を与えた。
それからまる2年。レアアース事件がきっかけとなり、日本の技術開発が一気に加速し、脱レアアース、脱中国依存へ向けて産業界、さらには学界も大きく前進した。バブル景気崩壊から20年間、日本の経済界・産業界はただ悲観主義に落ち込んで萎縮し、技術開発への積極投資もせず、もっぱらコスト削減、それも人件費の圧縮で凌いできたきらいがある。
銀行は預金集めで競争しても融資は積極化せず、事業会社は人件費などのコスト節減でキャッシュリッチになったが設備投資、研究開発投資には消極的、つまり「貸さない銀行」と「投資しない企業」の経済となり、萎縮経済だった。2012年7月末に閣議決定した「日本再生戦略」では、「やせ我慢」経済だと表現している。これではデフレも克服できず、気力喪失型の「縮小不均衡」経済になりかかっていた。
レアアース・ショックが産業界を覚醒
そうした日本の経済・産業界に衝撃を与え、覚醒させたのがレアアース・ショックである。“茹でガエル”論よろしく、茹で上がりかけていた経済が突然熱湯をかけられ、跳びはねた。レアアースを使用している企業では即座に対応策がとられ、「何も決められない」政治(政府)も、直ちに行動した。その結果、脱レアアースへ向けた成果が次々に生まれている。日立製作所はレアアースを全く使用しない産業用モーターの開発に成功した。TDKもレアアースを使わないフェライト磁石の開発に成功したと発表した。三菱電機は、新エレルギー・安行技術総合開発機構(NEDO)との共同で、レアアースの永久磁石を使わない車載用モーターを開発した。信越化学工業はエアコン向け磁石でジスプロシウムの使用量を半減する目処をつけ、2013年春には省レアアースの製品の切り替える計画を明らかにしている。
これまで圧倒的に中国に依存してきたレアアースの輸入先の多様化も進んでいる。商社を中心に日本企業は中国以外の国におけるレアアース資源の開発、調達を積極化させ、日本政府も外交面からこれを支援している。2013年からは、日本企業が権益を持つ海外のレアアース鉱山などからの輸入が本格化する。権益を持つのは、オーストラリア、インド、ベトナム、カザフスタンなど。すでに2012年1−6月におけるレアアースの輸入に占める中国産の比率は49.3%と半分を割り込んだ。中国依存が90%前後だった2009年までとは様変わりしている。
輸入先の多様化はさらに進もう。豊田通商はカナダのケベック州で現地の採掘会社と共同でジスプロシウムなどの重希土類の採掘を始める。
加速する脱レアアースの技術開発
中国によるレアアース輸出削減をきっかけに、もともと日本が先行していた「元素戦略」が勢いづいてきた。「元素戦略」とは、「多くの元素資源が不足に向かうのなら、豊富にある元素をうまく組み合わせて様々な機能を引き出して、不足する元素に代替させよう」という発想に基づくものである。
「元素戦略」は外国語の翻訳ではなく、日本から世界に発信された日本発のコンセプトである。2004年に有機化学、無機化学、高分子化学、バイオの4分野のリーダーたちが箱根で「科学技術未来戦略ワークショップ」を開き、この場で東京大学の中村栄一教授らが初めて提起したのが「元素戦略」である。2007年に東京理科大学の藤島昭学長が世界化学会議で「元素戦略」の重要性を唱えた際には、各国の専門家からの反応はほとんどなかったという。
ところが、2010年の中国の輸出削減がきっかけとなり、「元素戦略」がにわかに世界中の関心事として浮上した。2012年5月には米国版の「元素戦略」プロジェクトがスタートした。日本でも文部科学省が「元素戦略プロジェクト」と称する大型のプロジェクトを2012年7月に新たにスタートさせた。経済産業省も新しいプロジェクトを準備しており、同省と文部科学省の協力強化も予定されている。
「元素戦略」の国際的な競争が始まっている。それは、脱レアアース、省レアースの動きを確実に加速する。
また、米国、欧州連合(EU)と日本は、今回に中国のレアアース輸出の一方的な削減は世界貿易機関(WTO)のルールに反するものだとして、WTOに提訴した。これもあってか、中国は2012年のレアアース輸出枠を前年より2.7%拡大する方針を明らかにしている。もっとも輸出規制前の2009年までの中国の輸出枠は5万トン前後であり、これを2010年から約3万トンにまで削減した。今回の枠拡大は、小幅にとどまる。それでも、中国レアアース・ショックは世界的なものであり、日本をはじめ各国の脱レアアース、省レアアースの技術開発が世界的に加速することは確かである。
(2012年9月14日)
(日本経済研究センター参与)※2011年7月に本サイトのコラム名が(旧)「小島明のWEBコラム」から(新)「小島明のGlobal Watch」に変わりました。
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