超短篇集 (佐藤潤)
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第十話 『嗤う女』
走馬燈にように流れる景色を。わたしは、ただ見ていた。後ろから聞こえてくる、興味のない軽薄な音楽を聞き流しなら。
「……誰が歌ってるの?」
ハンドルを握っている彼が、困ったように眉を寄せたのが窺える。どうやら、彼も興味がないらしい。
「五月蠅いなら消そうか?」
「うぅん。いいわ、そのままで。……あたしの好みじゃないけど」
高速で流れていく夜の帳。街灯の光が手を伸ばすと掴めそうなくらいに近づいては──── するりと逃げていく。まるで、わたしの人生のようだ。唐突に会話が途切れる事を「幽霊が通り過ぎた」などと言うことを思い出して、くすりと笑みが零れた。
「そう言えばさ……この辺、『出る』らしいんだ」
「出るって……まさか」
「そのまさか。仲間内から聞いたんだけどさ。気がつくと……後ろの席に座ってるんだって」
「やめてよ、ばかばかしい。……どうしたの?」
彼は。ルームミラーを見たまま、まるで化け物でも見たかのように唇を震わせていた。同じようにルームミラーを覗き込んだ『彼女』へ『わたし』は──── 嗤いかけた。
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