そばにいるよ


そばにいるよ 〜その1〜

「みんな、アンコールありがとー!」

 俺がマイクでそう言うと、小さなライブハウス一杯の観客が拍手で応えてくれた。
 ボーカルの俺、カズヒコとギターのヒロシのユニット「 Treasure Seed 」の2回目のソロライヴ。
 キャパ100人のライブハウスに130人無理矢理詰め込んで、そのライヴはいよいよ最後の曲を迎えていた。

「じゃ、これがホントに最後の曲…」

 俺がヒロシの顔を見ると、相変わらず無表情でギターを抱えなおしていた。
 俺と目が合うと、わずかに怪訝な顔をしてみせた。

「この曲はね〜、出来上がるまでにモメたなー」

「そうだな…」

 ヒロシはいつも言葉少なくて、声が低い。
 渋くてカッコイイなんてアンケートをよくもらうが、実際は口下手なだけなんじゃないかと俺は思う。

「ヒロシの作った曲が毎度のことながら天才的でさー。俺も気合入れて歌詞書いたんだけど、書いてるうちにバラードでやりたくなってさ。…あ、ヒロシがデモ作った時はポップな感じだったんだけど。俺はどうしてもこっちのほうがいいって言ったのに、ヒロシも譲らなくて大喧嘩になって…。その時、あ〜こりゃもう解散だと思ったね、俺は」

 客がドッと沸いたのと同時にヒロシがわずかに苦笑した。

「なんであの時、解散しなかったのかなぁ?」

 俺が首を捻ると、ヒロシは俺の顔を少し黙って見て…。
 そして、いつもの渋い声で囁くように言った。

「そりゃあ……愛してますから」

 客が水を打ったように静まり返った。
 こいつが言うと冗談に聞こえない…。
 一瞬ドキッとしてしまった俺は言葉を失い、ようやく搾り出すように言った。

「そ、それはもちろん、相方として、だよな?」

「……いや」

 ヒロシが首を横に振った。
 客は次のヒロシの言葉を固唾を飲んで見守っている。

「……声の出る楽器として」

 客が大爆笑した。
 俺はうろたえてしまった自分が恥ずかしくなった。

「てめぇ!! どうりで人使い荒いと思ったら…」

 マイクを持って客の笑い声に負けないくらい大声で言った。

「人間扱いしてなかったのかよーーーー!!」

 その俺の言葉に客が再び爆笑した。
 それが静まるのを待ってから、俺は正面を向いてため息をついた。

「まあ、こんな俺達だけど、これからもよろしく。この曲は俺達の未来を大きく変える一曲になるような気がしてます。あ、結局バラードっぽい部分は最初の16小節だけで、それからはポップな曲になったんだけどね。まあ俺もヒロシもとっても気に入ってる曲になりました。それでは聞いて下さい。『そばにいるよ』」

 ヒロシが奏でる囁くようなギターの音色が俺を包み込む。


    たとえ遠く離れていても 僕は君のそばにいるよ
    諦めないで その夢 僕に聞かせて
    たとえ君が立ち止まっても 僕は君の味方だから
    振り返れば 僕がいるよ 一人じゃない


 ギターの音色がアップテンポのメロディーに合わせて弾んだ。
 ヒロシの音色に抱かれて、俺は身体が溶けてなくなり歌声だけが響きわたるような……そんな気がした。

 ……奴のギターは、そんな音だった。



 俺とヒロシが客の声援に応えて頭を下げた。
 それから俺とヒロシが向き合った。
 ヒロシが片手を高く伸ばす。
 俺達のライヴの恒例。
 これが客の楽しみの一つでもあるらしい。
 ちなみに俺の身長は161センチ、ヒロシの身長は190センチ。
 その身長差は29センチだけど、手の長さも違うので実際はかなりの高さだ。
 俺は軽く勢いをつけて、ジャンプする。

パシーンッ!

 ヒロシと俺のハイタッチが決まった瞬間、観客から大きな拍手が沸き起こった。
 どうせ、『よく届いたな』とか思ってるに違いない。
 チビで悪かったな…。



「んーじゃ、おつかれさん」

 それからサポートメンバーやスタッフと軽く食事して別れた。

「カズヒコ」

 ヒロシがバイクを出そうとする俺を呼び止めた。

「ん?」

「……おつかれさん」

 何か色々言いたそうだったけど、ヒロシは一言そう言った。

「ああ。またな」

 これが、カズヒコとしての俺が最後に見たヒロシの姿だった…。



 気が付いた時には、辺りはぼんやりとした風景になっていた。
 確か、後ろからきたバイクが俺を追い越して、さらに追い越し禁止の車線なのに反対車線に飛び込んで前の車を抜き去って…。
 どうせ車の通りもないし俺も…と思い、反対車線に飛び込んだ次の瞬間、車のライトが目に入って…。

 俺、死んじまったのか……?

「痛かった?」

 唐突に声が聞こえて、俺は後ろを振り返る。
 見ると、白い服を着た俺と同い年くらいの女が立っていた。

「…痛かった?」
「すごく痛かった」
「嘘。だって即死だよ。痛いなんて感じてる暇なかったでしょ?」

「そうでもなかった。車に撥ね飛ばされてから…けっこう色々考えた」
「何を?」
「痛ぇとか…、やべぇとか…、死ぬのか俺はとか…」

「ごめん。私、自分の担当の人には出来るだけ苦しんで死んでほしくないのよね」

「あんた死神か?」
「死神がこんなに可愛いわけないでしょ。私は天使よ」

「コスプレ……じゃないよな?」
 確かに白く透明な羽も見えるし、少し空に浮いているようにも見える。

「俺、ここで死ぬ運命だったのか」
「残念ながらね。決まってたのよ」
「そっか…。じゃあ、しょうがないな…」

 一番最初に思い浮かんだのは、他の誰でもなくヒロシの顔だった。
 ごめんな、ヒロシ…。

 天使が手帳を開いてそこに書かれている文字を読んだ。
「名前、志水和彦。性別、男」
「ああ」
「6月21日生まれの48歳…」

「をい?」

 天使が俺を見て眉をひそめた。
「ずいぶん若く見えるわね…」
「俺はまだ21だっ!!」
「えええええええ!!」

「……まさかとは思うが……人違いなのか?」
「ああっ!! あなた、ひょっとして、さっきバイクに追い越されなかった?」

「…ああ。そんなこともあったような」
「入れ替わってたなんて気づかなかったー。あなたを追い越した人が志水和彦さんだったのよ、同姓同名の!! なんで追い越されちゃったのよー!!」

「なんでちゃんと確かめなかったんだよ!!」
「だって、同姓同名の人がバイクに乗ってて、前と後ろにいるなんて思わなかったんだものっ!!」
「どうしてくれるんだよ!」
「……どうしましょ……?」

「生き返らせろよ、今すぐに」
「いいけど…。あなたの身体、ぐちゃぐちゃよ」
「ぐちゃぐちゃ?」
「生き返らせても、またすぐに死ぬんじゃないかな。だから、ここは潔く諦めて…」

「諦められるかっ! 俺の寿命、後どれくらいあったんだよ?」

「ええっと…」
 天使は手帳を数ページめくって、それから顔を上げた。
「あと50年以上あるわ…」

「てめーーーーーー!!」
「ごめんなさいぃぃぃぃ!!」
「早く生き返らせろよ」
「無理よ。だって……」
「お前、神様が決めた俺の寿命を変えてもいいのかよ?」

「それはダメ!! うぅ…わかったわ。あなたを今死にそうな人の身体に移し変える」
「そんなことできるのか?」
「ええ」

「じゃあ、もっと背が高くてカッコイイ男にしてくれ。これだけ酷い目にあったんだから、それぐらいできるよな。自宅に録音スタジオ持ってて、それから…」

「贅沢言わないでよ! 今死にそうな人なんてそんなにいないんだから」
「じゃ、じゃあ……歌を歌ってる奴にしてくれないか」
「歌……好きなの?」
「ああ」

 それだけなら誰にも負けない。

「…わかった。でも、そんな都合よく見つかるかな…」

 天使が手帳を開いて、そしてすぐに、

「あああっ!」
「どうした?」
「いたの。歌を歌ってる人!」
「ど、どんな奴?」
「時間がないわ。行くわよっ!」
 天使は俺の手を取り、そして俺は浮遊感に包まれ、再び意識を失った……。


「う……ん……」

 身体が重い…。
 どこだ、ここ?
 目を開けると殺風景な天井が見えた。
 白くてシンプルなベット…。
 病院のようだった。
 そして、俺のベットの傍らに30代前半の女性が座っていた。
 かなりの美人だった。

「気がついたのっ!?」

 彼女は俺が目を開けるのを見て、椅子から飛び跳ねるように立ち上がった。

「よかった…」

 目に涙を浮かべて俺の顔を見て、それから俺の頭を両手で包み込み、胸に抱きしめた。
 柔らかい感触に包まれて、俺はどうしていいのかわからなくなってしまった。

「優美ちゃん、呼んでくるね。彼女、凄く心配してたから」

 彼女は微笑んでそう言ってから、病室を出て行った。
 俺、どうなったんだ???
 ズキンッと頭が響いて、俺は右手でコメカミを押えた。
 あれ? 俺の腕ってこんなに白かったっけ?
 それに細いし。
 これじゃまるで…。
 そこまで考えて俺は自分の身体を見るために視線を下に向けた。
 華奢な身体ながらにしっかりと自己主張をしている二つのふくらみ…。

「まさか……」

 俺はおそるおそる、股間へと手を伸ばす。
 やっぱり、あるべきものがない…。

「どう? 気に入った?」

 聞き覚えのある声に振り返ると、見たことのある天使がいた。
 ってことは、さっき夢みたいなのは本当だったんだ…。

「これ、女じゃねえか!!」

「女は嫌い?」
「いや好きだけど…、ってそういう問題じゃなくて! 俺、男なんだぞ!」

「だって…、歌を歌ってる人って言ったから…」
「次の身体に変えてくれ」
「無理よぉ」

「なんでだよ」
「一度その人の中に入ったら、その人が死ぬまであなたはそこから出られない」
「そんな…」

「生きてるだけ拾いもんよ」
「誰のせいでこうなってると思ってるんだよ」

「あはは。まあ、それはそれとして。一つ約束して欲しいの」
「なんだよ?」
「あなたが志水和彦だったということは誰にも言っちゃダメ。もしそれが誰かにバレてしまった時は…」
「どうなるんだ?」
「志水和彦の記憶を消します」

「なるほど。…わかった」
「あ、誰か来たみたいだから。私行くわね。また後で様子見にくるから」
 そう言って天使は消えてしまった。

 カチャリ

 病室の扉が開くと、高校生くらいの美少女が俺に向かってかけよってきた。

「香奈っ!」

 この子…、見たことがある…。
 確かアイドルの中島優美だ。
 なんで彼女が????

 クエスチョンマークでいっぱいの俺に、優美は抱きついてきた。

 うわっ! 優美に抱きつかれてるっ!!

「心配したよぉぉ。よかったよぉぉ」
 優美は俺の顔を覗き込んだ。

「私が誰だかわかる?」
 こくこくと頷く俺。

「…中島優美」
「うん。あなたは?」
「お…」
 俺…と言いそうになって、口をつぐんだ。

「…思い出せないの?」
 俺は答えに困って何も言い返せずに優美の大きな瞳を見つめた。

「あなたは清水香奈。スタジオで収録中にセットから落っこちて頭を打ったの。覚えてる?」

 清水香奈…。
 それも知ってる。
 人気絶頂のアイドルで、アイドルなのに結構歌が上手くて、俺もCDとライブのDVDをこっそり持ってるくらいの隠れファンだったりする…。

 …って、俺が清水香奈??

「思い出した?」

 優美がビックリした俺の顔を見た。
 コクコクと頷く俺。
 優美は瞳に涙を浮かべて微笑んだ。
 …殺人的に可愛い。
 その彼女の顔に見惚れていると、優美の顔がだんだん近づいてきて…。

「んん……」

 彼女の唇が俺の唇と重なっていた。
 俺…、あの中島優美とキスしてる!!

 優美は俺が抵抗しないのを見てとると、舌を俺の唇に絡めてきた。
 俺は無意識に口を開け、彼女の舌を迎え入れた。

「んちゅ……ん、んむ」

 唾液がいやらしい音を立てて零れ落ちた。
 頭がぼんやりして、何も考えられなくなる。

「んふぅ…、香奈、可愛い…」

 とろけるような笑顔で優美が囁いた。
 俺はキスが中断されたことが少し残念で、彼女の口元を目で追った。

「香奈、ごめんね。もうこんなことしないって約束したのに…」
 優美は申し訳なさそうに言葉を続けた。

「香奈が無事だったのが嬉しくて。本当に嬉しくて。死んじゃったらどうしようって不安で不安で。だから、ごめん」

「ううん」
 俺はわずかに首を横に振った。

 俺のほうこそ、ごめん。
 ホントの香奈じゃなくて……ごめん。

「許してくれるの?」
「え? あ、うん」
 よくわからないけど、こんな美少女に許してと言われたら断ることなんて出来るわけない。

「よかった」
「んんっ!」

 再び俺の口は優美の唇に塞がれてしまう。
 貪るように長いディープキスを交わして、俺の頭の中が真っ白になっていく。
 蕩けるような快感に身を任せて、気が付けば服は剥ぎ取られ、優美は俺の股間に手を伸ばしていた。



「はあ、ああ……あぁんっ」
 俺の身体の火照りを心地良く感じながら、優美の指使いに身を任せた……。
ジリィ

そばにいるよ 〜その2〜

「ふぁんっ! や……やめてぇ…」
 声を出そうとしても力が入らず弱弱しい拒絶にしかならなくて、その声は逆に優美を刺激してしまっているようだった。

「ひゃんっ!」
 優美の手が俺の乳首をそっと撫でるだけで、俺の身体は敏感に反応して反り返ってしまう。

「香奈の体って、いつ見ても凄くキレイ。うらやましいなぁ」
 優美の手は俺の体を這い回り、感じるポイントを探り当てて、その都度、俺に快感を与えていく。

 くちゅり…

 優美の指が俺の股間に触れた時、湿った音がかすかに聞こえた。

「うわぁ、香奈ったら、もうグショグショだよ。や〜らしい」
 その言葉に俺の顔が熱くなるのがわかる。

「優美がそんなことするから……はぁんっ!」

 艶っぽい声が出てしまうのを止められなかった。
 俺がいくら拒絶しようとしても、身体がいうことを聞かず、逆に『もっと、もっと』と優美の愛撫を受け入れてしまう。

「ふああぁ、そこダメぇ……んふっ……んああんっ!」

 あのアイドルの清水香奈が、同じくアイドルの中島優美に攻められて喘いでいるというシチュエーションが、俺の気持ちをさらに昂らせる。
 優美の指が、俺の一番敏感な場所を探り当てた。

「はああああああんっ!」
 その強烈な刺激に、そこが病院というのを忘れて俺は大きな声を出してしまった。

 カチャリ

「香奈ちゃん、ちょっといい?」
 と、いきなり病室の扉が開いて、さっきの女性が部屋に入ってきた。

「バ……バカッ!! 優美ちゃん、何やってんの!!」

 裸に剥かれた俺に優美が覆いかぶさっているのを見て、その人が悲鳴を上げた。
 その声で我にかえった俺は急いで剥ぎ取られた服を手に取った。
 優美はちょっとビックリしたものの、すぐに口をとがらせた。

「ヨーコさん、戻ってくるの早いぃぃ」

「あのねぇ、香奈ちゃんはまだ病み上がり……いえ、まだ病みあがってもいないんだから、そんな激しいことしちゃダメでしょ。やるんなら香奈ちゃんが元気になってからやりなさい」

 ……元気になったら、やってもいいのか??

「はーーい」

 優美は渋々といった感じで返事した。
 たぶん、ヨーコさんと呼ばれたこの人は清水香奈か中島優美のマネージャーなのだろう。

「入っていいかしら?」
 扉の奥からさらに声が聞こえた。

「あ、どうぞ」

 ヨーコさんは、俺が服のボタンを止め終わるのを確認して声をかけた。
 入ってきたのは白衣のおばあさん。
 聴診器を首に下げている所を見ると医者なのだろう。
 おばあさんは俺の額に手を当てて、俺の顔を覗き込む。

「具合はどう? ちょっと熱があるみたいだけど…」

 うっ……。
 それは優美が俺の身体を……。

「だ、大丈夫ですっ。なんともありませんっ!」
 俺は恥ずかしくておばあさんの手から逃げるように顔を動かした。

「どれどれ……」
 おばあさんは聴診器で俺の身体を何度か探った。

「不思議なくらいなんともないわね。痛い所はないの?」
「頭がちょっと…」

「そうね。頭が打っただけでほとんど怪我がなかったことが奇跡的なことだもんね。こんなキレイな身体に傷がついちゃ、あなたも嫌でしょ?」

 俺は小さく頷いた。
 確かにもったいないと思う。

「でも、いくら平気だからって頭を打ったんだから、しばらく様子見ないとね」

「何日くらいですか?」
 ヨーコさんがおばあさんに聞いた。

「そうねぇ。明日になって具合を見てから考えましょう。今日はとりあえず、ゆっくり休ませること。いいですね」
「わかりました」

 ヨーコさんは軽くため息をついた。

「優美ちゃん。じゃ、そろそろ行くわよ。ラジオの打ち合わせに間に合わなくなるから」
「あれ? 今日、もしかして私一人?」
「当然でしょ。香奈ちゃんがこんななんだから」
「ええええ!! 香奈がツッコミ入れてくれないと、私、暴走しちゃうよ。いいの?」
「そうならないために、今から打ち合わせするんでしょ」
「あ、なるほどぉ」

 優美とヨーコさんの会話を聞いて、香奈と優美がラジオをやっていることを初めて知った。
 俺が興味あったのは「アイドルの清水香奈」ではなく「歌手としての清水香奈」だったのだろうと今更ながらに思った。
 出演するテレビやラジオをいちいちチェックなんてしてない。
 知らない仕事が沢山あって当然である。

「香奈、私のラジオ絶対聞いてね。香奈がいなくてもちゃんとやりとげて見せるから」

 優美は凄くポジティブな子なんだろう。
 この子と話していると、元気が出てくる気がする。
 中島優美のファンも、きっと彼女のそんな所が好きなんだろうな…。

「うん。…それって何時から?」
「22時。TS−WAVEで」
「そんなの香奈ちゃんだってわかってるでしょ……」

 ヨーコさんが俺と優美の会話に口を挟んで、それからハッとしたように口を噤んだ。

「まさか……、香奈ちゃん覚えてないの?」

 ヨーコさんに見つめられて、俺は言葉を失う。
 覚えてないもなにも、俺は香奈じゃないし…。

「優美ちゃんなら天然ってこともあるけど、香奈ちゃんがそういうの忘れるわけないもんね。…って、なんで早く言ってくれないの!!」
「ご、ごめんなさい」
「先生、どうなんですか?」

 ヨーコさんがおばあさんに聞くと、おばあさんは落ち着いて答えた。

「まあ多少混乱しているのもあるんでしょう。意識はもうはっきりしてるみたいだし、じきに落ち着きますよ」
「そうですか」

 ヨーコさんは、今日何度目かのため息をついた。

「香奈ちゃん、私の名前、わかる?」
「……ヨーコさん?」
「私は、あなたの、何?」
「……マネージャー?」
「……クイズやってるんじゃないのよ。平気かどうか確かめてるの」

「……あ、あんまり平気じゃないです」
 ヨーコさんは目を閉じて天を仰いだ。

「……しばらく様子を見るしかないか」

「どれくらい?」
 と俺が尋ねると、ヨーコさんは俺に言い聞かせるように言った。

「香奈ちゃんがちゃんとお仕事できるようになるまででしょ」
「……1ヶ月とか」

「そんなに仕事に穴空けたら、香奈ちゃん芸能界から干されちゃうわよ。1週間ね。それが限界」
「1週間……」

 俺が清水香奈として芸能界で生きていくなら、俺は1週間で清水香奈にならなきゃいけないってことか…。

「香奈ちゃん……。あなたのドジのせいで私がホントに色んな所に頭下げに行かなきゃいけないのわかって1ヶ月とか言っちゃってる?」
「あ、ごめんなさい」
 俺が素直に謝ると、ヨーコさんは少し言い過ぎたと反省したみたいに軽く微笑んで、俺の頭をクシャリと撫でた。

「…まあ、最近の香奈ちゃん少し煮詰まってたからね。後は私がなんとかするから、これを機会に少し息抜きしなさい。社長には私が上手く言っといてあげるから」

「……はい」



 そうして、ヨーコさんと優美、そして医者のおばあさんが出て行った後、俺は病室に一人残された。
 怒涛の展開から、やっと一息ついた感じだった。

「俺が……清水……香奈……」

 ということはつまり、清水香奈の魂はもう死んでしまったということだ。
 それは俺にとっても、多くのファンにとっても、言葉では言い表せないくらい悲しい出来事だった。

 ……でも。

 清水香奈の肉体は確かに存在し、ここにいる。
 これからは、俺がアイドルの清水香奈として生きていくのか?
 一体、どうしろっていうんだよ…。

「はあああ……」
 俺は大きく息をついて、今の自分の身体を見た。
 白くて柔らかい肌…。

 何気なく、自分のおっぱいに触れてみた。

「……んっ……」
 少し触れただけなのに、甘い息が漏れてしまう。

 女の子って敏感なんだ…。
 いや、清水香奈が敏感なのかな…。
 俺は服に手を入れて乳首をそっと摘んでみた。

「はぁっん! す、すごい……気持ちいい……」

 ビリビリとした快感が全身に広がっていく。

 もうこうなったら止められなかった。
 いつしか俺は服を脱ぎ捨て、行為に没頭してしまっていた。

「くぁんっ! ……あぁ、すご……はぁんっ」

 声が自然に漏れてしまう。
 その声が清水香奈の声で、俺がその声を出させていると思うと凄く興奮した。

「カズヒコ、もっと……あ、そこ、凄くいいぃ」

 志水和彦に責められている清水香奈を想像してたまらなく興奮した。
 『じゅんっ』と身体の芯が熱くなって、秘所からは愛液が溢れだしてきた。

「っはあ……んっ、んん……ぅん……はん……」
 クリトリスをこねるように刺激すると、全身に電気が走った感じがした。

「ひぅんっ! はあ……あぁぁん」
 指を秘所に挿れるとジュクジュクといやらしい音が聞こえた。

「カ、カズヒコの……早く、私にちょうだいっ」
 身体が火照って、自分が責めているのか責められているのかもわからなくなってきた。

「あ、ああん、いい、いいっ! あぅんっ……私、もうだめぇぇぇ」

 カチャリ

 と、その瞬間、病室の扉が開き……。

「ごめん香奈ちゃん、私の手帳その辺にないかしら…………あ………」

 イク直前にヨーコさんと目が合う俺……。
 俺は頭が真っ白になりパクパクと口を開くが言葉にならなかった。

「…………一人でシちゃう元気があるなら、明日からすぐに仕事しなさいっ!!」

「ご、ごめんさいぃぃぃ!!」

 本日、寸止め2回目……。
 恥ずかしいよぉぉぉ。



【こんばんは。中島優美です。知ってる人もいるかと思うけど、香奈が収録中に怪我しちゃって、今病院で入院してます。でも、ファンのみんな、心配しなくても大丈夫だよ。私が香奈が元気なの、ちゃんと確認してきたから】

 ……確認されてたのか、あれは……。

【来週はこの番組に戻ってきてくれると思います。というわけで、『優美と香奈のぷちらじお』、今夜は私だけだけど、みんな最後まで聞いてくださいね。私が暴走したら、ツッコミを入れるのは、ラジオを聴いてるそこのキミだぁ♪ ……この番組の提供は……】

 優美のラジオを聴きながら、俺は自然と頬が緩むのを感じた。

 きっと優美は香奈がいなくなっても芸能界で立派に生きてくんだろうな…。

 そう思った。
 俺が思ってるよりも世界って丈夫に出来ていて。

 清水香奈が死んでも意外に世の中は平気だったりするのかもしれない。
 志水和彦が死んでも……平気だったりするのかもしれない。

【私一人でしゃべるのって苦手なんだよねぇ。だって、ほら。香奈と一緒の時は、私は香奈のトークの間に『うんうん』って相づち打つだけじゃない? ……あ、今ブースの向こうの人達が一斉に『嘘つけっ!』って言った。ひど〜〜い。スタッフに虐待されてもめげずに頑張る私と、入院している香奈への応援メッセージお待ちしてます。宛て先は……】

 ヒロシ……今頃、どうしてるかな……。



 それから。

 俺は3日入院した後、清水香奈のマンションに戻った。
 しばらくは部屋でおとなしくしていろと言われてしまった。
 入院中、俺は女として、そしてアイドルとして生きていくために色々なことを学んでいた。
 ブラジャーのつけ方から歩き方、食事する時に気をつけなきゃいけないことまで。
 その点では優美がとても協力してくれた。

 俺が記憶喪失だと思い込んでいる優美は、忙しい中で俺に会いに来てくれて本当に細かいことまで教えてくれた。
 ヨーコさん(マネージャーで名前は西宮洋子というらしい)は、部屋に案内した後、仕事に出掛けて行った。
 清水香奈の部屋は、女の子の部屋にしては、意外と殺風景な部屋だった。
 大きなぬいぐるみがいくつか並んでいるが、それはたぶんファンのプレゼントなのだろう。
 それ以外は、実用品ばかりの1人で住むには広すぎる部屋だった。
 ふと見ると、一角にノートパソコンが置かれていた。

「そうだっ!!」

 どうして今まで気がつかなかったんだろう。
 俺はPCの電源を入れて、インターネットに接続する。
 検索サイトで「 Treasure Seed 」を検索。
 スタッフが運営しているファンサイトがヒットした。
 このサイトのコンテンツは「 Treasure Seed 」の活動状況やライヴのお知らせ、そして俺とヒロシがごくごくたまに書く日記と、ファン交流の掲示板からなっていた。
 ファンサイトを開くと、俺の写真と共に白地に黒で書かれた文字が飛び込んできた。

【7月31日に『 Treasure Seed 』のヴォーカル志水和彦は交通事故で急逝しました。謹んでお悔やみ申し上げます。なお、今後の『 Treasure Seed 』の活動については未定となっております】

「……なんだよ、これ……」

 俺は掲示板をクリックした……。
 
【悲しくて涙が止まりません。自分の身内以外でこんなに泣いたの初めてです】
【2年前、ストリートで二人に出会った時には、こんな事想像できませんでした。こんな終わり方ってないです】
【今でも信じられません。あの笑顔で「ごめん、冗談」って言って、もう一度私達の前に出てきてください】
【もっともっとカズヒコの歌聴きたかったよ。もう新曲聴けないんですね。残念です】
【カズヒコのくれたサイン、一生宝物にしていきます】
【死んじゃ嫌だよ。私を置いていかないでよ。ばかぁ】
【あの最後のライブのカズヒコの笑顔が頭から離れません】
【何度も Treasure Seed のCD聞き直してます。涙が止まりません】
【昨日いっぱい泣いて、朝になってもう一度このサイトに来ました。夢じゃなかったんですね】
【沢山素敵な曲を残して、それを聞いた私達がちゃんと元気でやってるのか……ずっと空から見てる気がする。ちゃんと生きていかなきゃ。……でも、今はもう少し泣かせて下さい】
【まだ私、カズヒコさんのファンになったばかりだよ。ひどいよ。】
【カズヒコに会いたい。会って、私がこんなにカズヒコの事、大好きなんだって伝えたい。】

 溢れ出る涙でディスプレイが見えなくなった…。

「みんな……ごめん……」

 間違ってた。
 平気なわけなかった。
 俺が死んだことで、悲しんでくれる人が世の中にはこんなに大勢いた。
 涙を拭って、俺はディスプレイの文字を追う。

【ヒロシ、音楽辞めないで】

 その言葉が目に飛び込んだ瞬間、俺の心臓がドクンと音を立て、一瞬呼吸ができなくなった。
 俺はトップページに戻ってからヒロシの日記のページを開いた。

 ヒロシ……!

【みんな、ごめん】

 そこにヒロシの言葉があった……。

【もっと早くカキコミしなきゃって思ってたんだけど、俺自身、気持ちの整理がつかなくて。】

 口数の少ないヒロシが、日記の上で珍しく饒舌になっていた。

【あのライヴの後、スタッフから電話をもらって。誤報だ。そんなわけないって思った。
 病院でアイツの姿を見て泣いた。
 あいつの葬式の時にもメチャクチャ泣いた。
 俺ってこんなに泣ける奴だったんだって思った。
 あの時、みんなは見てはいけないものを見てしまったって思ったんじゃないかな(笑)
 掲示板でみんなのカキコミ読んで、俺も何か書かなきゃってずっと思ってて。
 俺さ……。
 今、正直、音楽続けられるか迷ってる。
 「カズヒコのためにも音楽続けなきゃいけない」なんて言葉、今は言えない。
 カズヒコは俺の夢だった。
 俺はこいつの歌を世界中の人に届けるために生まれてきたんだ。
 そう思ったこともあったくらいに、俺にとってはカズヒコの歌が全てだったんだ。
 俺だけじゃ Treasure Seed にはならない。
 これはどうしようもない事実なんだ。
 だから、みんなもちゃんと受け止めてほしい。
 これから俺がどうするか…。
 もうちょっと時間下さい。
 涙を出し切った後で考えるから。
 だから、もう少し待って】

 違うよ、ヒロシ…。
 俺はお前の夢なんかじゃない。
 お前が俺の夢だったんだ。
 俺はヒロシの曲を世界中の奴らに聴かせてやりたいって思ってた。

 こんなに凄い曲作る奴がここにいるんだぜ。
 それは俺の相方なんだぜ。
 そう世界中に自慢したかった。

 音楽辞めるな、ヒロシ…。
 お前は、俺が死んだことくらいで音楽捨てちゃいけない人間なんだよ。

 俺が絶対お前の曲を世界中に届けてやるから…。

 待ってろ、ヒロシ―――。

そばにいるよ 〜その3〜

「さて、お次は清水香奈ちゃんです」
「よろしくお願します」

「香奈ちゃんは最近、怪我で入院してたんだって?」
「そうなんですぅ。セットから落ちて頭打っちゃって」

「もう平気なの?」
「はい」
「頭、丈夫なんだね〜」
「はい、石頭なんです……って、そんなことないですよー。もう少しで死んじゃうかもって思ったんですから」

「あ、そうなんだ」
「人間って死ぬ時に今までの人生が走馬灯のように蘇るっていうじゃないですか。あれって本当なんだなって思いました」
「え? どんなこと考えてたの?」
「『うわー』とかぁ…」

「…それから?」
「『やばいー』とかぁ…」
「……それから?」
「『死んじゃうー』とかぁ…」
「それ、全然甦ってないよ(笑)」

 生放送の歌番組といっても、トークの部分には台本があって、ちゃんとリハーサルも行われていて…。
 出演者が変なこと言わないようにとか、時間の配分とかちゃんと考えて、ミスのない本番が出来るように最善の手を尽くしていて。
 それがアイドルではなおさらで、そこにアドリブの入り込む余地はどこにもなくて。
 そうやって作り手も視聴者も安心して見られる番組が作られていく…。

「それでは、歌の準備お願いします」
「はい」

 自分がテレビを見ていた時も当然わかっていたことだけど、アイドルの歌うシーンは口パクだった。

 カメラの前で歌ってはいるんだけど、実際にオンエアで使われるのは、前もって準備された音源。つまり楽器の演奏のミスもなく、歌も上手なテイクを使っていて、歌詞を間違えることもない、番組スタッフとアイドルの所属事務所にはとってもありがたいシステム。

「清水香奈で、曲は『二人のHoliday』」

 ここで求められるのは、歌唱力じゃなくて表現力。
 『聞く音楽』じゃなくて、『見る音楽』ってわけだ…。

 そんなことを考えながらも、スポットライトを浴びるのは気持ちよかったし、何より歌を歌うことは俺にとっては単純に喜びだった。

 …本当に歌いたい歌は……歌うことが出来なかったけど…。

    朝の白い月を見つけたら あなたに会いに行くわ
    今日の占いは最下位だけど 天気予報は晴れマーク
    今すぐ会いたい そう思ったら飛び出そう
    二人のHoliday


 清水香奈になりきるようになって、気づいたことがいくつかあった。

 まず1つは、歌を真似しようとしなくても、普通に歌えば清水香奈っぽい歌い方になるということ。

 歌声っていうのは、体格や骨格、肺活量などのポテンシャル、一番綺麗な音を出そうとする時の筋肉の使い方なんてのが人それぞれ違っていて、ヒロシの言葉じゃないけど、唯一無二の楽器なんだと思う。

 だから、普通に歌えば、それは清水香奈の歌声になった。


    あなたの理想じゃないって 知っていても
    私は私らしく生きたい
    いつも自分勝手でごめん 言葉だけの反省
    優しい目で見てくれる あなたが好きだよ

    あなたといると 素直になれる
    いつもの景色も やさしくみえる
    あなたの側で 強くなれる
    手をつなごう ALL MY LOVE


 それともう1つ。
 曲が流れるだけで、身体が自然に動くということ。
 振り付けが身体に染み付いているみたいだった。

 喋り方も、無理せずに清水香奈のように喋ることが出来た。
 『俺』というのが言い難く、『私』というのが言い易かった。
 これもまた、口の筋肉が、『俺』というのに慣れていないからなのだろう。


    朝の光に背伸びしたら あなたに会いに行くわ
    今日の占いは最下位だけど 天気予報は晴れマーク
    今すぐ会いたい そう思ったら飛び出そう
    二人のHoliday


 曲終わりでカメラに決めの笑顔を見せる。

「……OK!」

 俺は「ふぅ」と息を漏らして、
「ありがとうございました」
 と、スタッフに頭を下げた。

 ……というわけで俺は、自分でも驚くほど簡単に『清水香奈』になることができた。


 『清水香奈 with ヒロシ』計画は、何も進行していなかった。
 ヒロシの日記を見た翌日、清水香奈がヒロシの曲を歌うにはどうすればいいのか、ヨーコさんに尋ねてみた。

「フリーのスタジオミュージシャンなら、白鳥さんに話つけて呼ぶことは出来ると思うけど…」

 白鳥さんというのは、清水香奈の楽曲をプロデュースしている、アイドル界では大御所の音楽プロデューサーだ。

 …普通に有名な人なのだが、ヒロシは以前『使い古されたフレーズとコードをいじって似たような曲を作っているだけのリサイクル名人』と言っていた。

「そうじゃなくて。その人の楽曲そのものを私が歌うことって無理なんですか?」

「う〜ん…。難しいわね。『清水香奈』って商品をどうやって売って、その利益はどうするのか…とか、大人の事情が絡みまくってるのよ。そこに飛び込みで楽曲提供したいって人がいても、入り込む余地はほどんどないわ」

「そっか…」

「それが凄く有名な人で、香奈ちゃんを売り出すことにプラスになるような人なら、もしかしたら可能性はあるかもしれないけど……。香奈ちゃんの言ってる人はそういう人じゃないんでしょ?」

「うん…」

「デモテープを会社に送って認められればっていうのもあるけど……、それってマンミツだし」

「マンミツ?」

「1万に3つの可能性ってこと。それぐらい難しいのよ。香奈ちゃんに楽曲提供するとなればなおさら、かな。……あとは、会社主催のコンテストで入賞する、とか。……ん〜、それもプロとして仕事が出来るまでには時間がかかるわね」

「今の事務所辞めて、その人と組む……とか」

 ヨーコさんは「こらっ」と俺の額をぺしっと叩いた。

「一応、私は事務所側の人間だから、私にそういうことは言っちゃだめ。……でも、その方法もダメよ」

「そうなんですか?」

「事務所との契約でそうなってるはずだから。香奈ちゃんが芸能界を引退するんならしょうがないけど、事務所を辞めた後に芸能界で仕事しようとしたら、香奈ちゃんが一生かかっても払えないような違約金請求されるわよ」

 清水香奈というアイドルを作り出すために、大勢の人が決められた役割をこなしていて、それは清水香奈本人も例外ではなく、清水香奈を作りだす1部分に過ぎない…。
 本人の意思は……それほど重要ではないってことだ。

「香奈ちゃんにいくら人気があっても、出来ないことって結構沢山あるのよ」
「うん……」
「…私も出来るだけ香奈ちゃんの力になってあげたいけど…」

 ……結局、ヨーコさんに「今は仕事に集中することが大事」と諭されて、俺は清水香奈として、アイドルの仕事をこなしていくことになったのだ。

「不思議なんだよねぇ。曲が流れるだけで身体が勝手に動いちゃうの」

 俺の言葉に優美がクスクスと笑った。
 一日の終わりに優美と電話で話すことが度々あった。
 彼女と話すと、元気がもらえる気がして楽しかった。

「今日なんて、タクシーに乗ってたらラジオで私の曲が流れて、それで座りながら踊ってたんだよぉ」
「マジでぇ? うける、それぇ!」
「いや、ホントは踊りそうになるのを頑張ってこらえてたんだけどね」

「頭で忘れても、身体が覚えてるんだねぇ」
「うん」

「香奈の細胞一つ一つが、ちゃんと香奈の歌を覚えてたんだよ」
「…細胞に脳みそは無いと思うけど…」
「そんなことないよぉ!」

「……あるの?」
「あるよぉ。だって、ほら。人間って、沢山ヤケドしたら窒息して死んじゃうって言うじゃない? それって、皮膚が呼吸してるからなんだよね?」

「あ、うん」
「皮膚が呼吸するんだから、細胞に脳みそがあっても不思議じゃないでしょ?」
「………………そうかも」

 優美に言われるとそんな気がしてきた。

「私って頭いいでしょ?」
「うん。今までバカだと思ってた」

「ひどぉい。バカをウリにしてるだけで、私だって色々考えてるんだよ」
「…そうだね。優美って頭いいと思うよ、ホントに」
 頭の回転のいい子だなって、話してて本当に思う。

「さっきと言ってること逆だしー」
「あはは、ごめ〜ん」

「…ねえ、香奈?」
「ん?」
「人の顔、覚えてなかったら、お仕事大変じゃない?」
「うん。でも、ヨーコさんがうまくフォローしてくれてるから」

「覚えてないのは秘密なんだぁ」
「うん。『ごめんなさい。あなた誰でしたっけ?』って聞くのカンジ悪いし」
「そぉだよねぇ。そか。私、香奈の秘密知っちゃってるんだねぇ」

「嬉しいの?」
「嬉しいよぉ。香奈の秘密だもん。まあ、私は誰も知らない香奈の秘密知ってるけどねぇぇ」
 ギクッとして一瞬呼吸が止まってしまった。

「……なに?」
「それはぁ……、香奈は右よりも左のおっぱいのほうが感じるのぉ♪」
 恥ずかしくて頬が熱くなるのを感じた。

「優美〜〜!」

 優美は大笑いして、
「だってホントだよー。日本中の香奈ファンが知りたがってる情報だね」

「知らなくていいよ、そんなことっ!! もぉぉぉ」

 ピンポーン

 と、その時、部屋のチャイムが鳴った。

「あれ? ヨーコさんかな?」
 この部屋に来る人は、それ以外に思いつかない。

「え? これから仕事?」
「ううん。そんなはずないんだけど…、なんだろ?」
「…じゃ、切るね。バイバイ」
「うん、ごめんね」

 電話を切って、インターフォンを手に取った。

「はい?」
「あ、俺」

 …男の声がした。
 しかも妙になれなれしい。

「圭太だよ。開けて」
「…圭太? …そんな人、知らない」
「山下圭太だよ。…最近会えなかったから忘れちゃった?」
 や、山下圭太ぁ!?

「う、うん。忘れちゃった」

 あの、よくドラマで主演しているあの山下圭太?
 人気アイドルグループの一員で、デビューから何枚か出したシングルが全て1位を取った、あの圭太?

 ……そういえば、どこかのサイトで「清水香奈が仕事を休んでいるのは、怪我で入院しているのではなく、山下圭太の子供を堕ろすためだ」なんて読んだ記憶も…。

 携帯の着信に「K」ってよく入ってたけど……もしかして。
 それで、いきなりやってきて、この慣れ慣れしい態度…。
 ってことはつまり…。

「忘れんなよ、香奈の彼氏だろ。ってか、お前誰? 香奈じゃねぇの?」

 やっぱりぃぃぃぃぃ!!
 聞いてねえええええ!!

「ごめん。今日は帰って」

カチャリ。

「え?」

 何、今の扉の鍵が開いたような音…?
 と、ドアを開けて山下圭太が入ってきた。
 合鍵まで持ってるってことは彼氏確定で、しかもかなりの関係?
 圭太と俺の目が合った。

 ほ、本物だぁ…。

 すっきりと鼻筋の通った整った顔立ちに深い二重瞼と長い睫。もう二十歳を過ぎてるはずなのに、ひげなんて生える気配すらなさそうで。
 間違いなく、俺の人生の中の『生で見たカッコイイ男』ベスト1だな。

「なんだ、やっぱ香奈じゃん。何? 他に男連れ込んでんの?」

 少し不機嫌そうでぶっきらぼうな感じも、よくドラマで見ていたのと同じ表情だった。
 そのハスキーな声は、不思議な色気を漂わせていた。

「そ、そういう訳じゃないんだけど」
 圭太は部屋を見回して、怪しい所がないかチェックしているようだった。

「じゃあ、なんで?」
 圭太は優しく問い掛けると、俺の腰に手を回した。

「も、もう寝ようって思ってたから…」
「せっかく来たのに」
「……ごめん」

 俺は金縛りにあったように動けなかった。
 目の前に、エステのCMで潤んだ瞳を見せていたあの圭太の顔があった…。
 男の俺が見ても、キレイな顔だなぁぁ……と思っていると、圭太がニコッと笑った。

「見舞いに行けなくてごめんな。香奈のマネージャーの……西宮さんだっけ? あの人、香奈が入院している病院教えてくれなくて」
「うん」

「ドラマの撮影で忙しかったから。今日やっと時間作れてさ」
「うん」

 逃げなきゃと思っても、何故か身体が動かなかった。

「会いたかった…」
 圭太は俺をぎゅっと抱きしめた。
 ほわーんと俺は自分の体温が上がるのを感じた。

 …なんで?
 俺、こいつに抱きしめられて幸せ感じてるのか?

「……ん……」
 突然、圭太にキスされた。

「や……やめ……」

 金縛りが解けたように、俺は圭太を身体から引き剥がそうとしたが、圭太がそれを許さない。
 顔を背けてキスを拒絶すると、圭太は構わずに頬に唇を落とし、それから舌を首筋へと這わせてきた。

「んんぅ…」

 自然と甘い声が漏れてしまう。
 圭太は俺の頭に手を回すと、俺の首を上に向かせた。
 わずかに開いた口に、圭太は再び唇を寄せてきた。
 背中を撫で上げられて、俺は力が抜けてしまい、圭太の舌を咥内に受け入れてしまう。

「んちゅ……んふぅ、んぁぁ……はぅん、んん…」

 絡まる舌から圭太の唾液が流れ込むと、それが全身に染み渡っていくような気がする。
 頭がぼんやりとしてきて、何も考えられなくなっていく。

「あ、んむ……んんっ……」

 頭の片隅で拒絶しなきゃと思うものの、体がいうことをきいてくれなかった。
 まるで、全身の細胞が圭太の愛撫に幸せを感じているようだった。

『香奈の細胞一つ一つが、ちゃんと香奈の歌を覚えてたんだよ』

 ふと、さっき優美に言われた言葉を思い出した。

 そっか…。

 清水香奈の細胞が、圭太のことを覚えていたのか…。
 だからこんなに…。

「あん……ふぁっ……気持ちいいぃ……」

 気持ちいいと声に出してしまった瞬間、俺の全てが圭太を受け入れようとしているのを他人事のように感じた。
 圭太の左手が俺のTシャツをまくりあげ、ブラジャーの上からやさしく円を描くように乳房に触れてくる。

「はぁぁぁ…」

 背中に回された右手が器用にブラのホックを外した。
 緊張から開放されたおっぱいが、自由になってふるんっと震えた。
 すかさず圭太は俺の乳首を摘み上げて、指先で転がす。

「いっ……んんんっ……はぁぁん……だめ……んん……圭太ぁ……」

 上気した顔で涙目で訴えても、圭太の手は止まるわけがなかった。
 次々と服をはぎ取られて、ベットに押し倒される。

 再び濃厚なキスを受けて、俺の身体はトロトロに溶けていった。
 パンティだけになった俺の割れ目に、圭太はパンティの上からなぞるように触れてきた。

「あいかわらず、感じやすいな」

 既にぐしょぐしょになっているパンティーに触れて、圭太が微笑んで言った。
 俺は顔が真っ赤になるのを感じながら、俺は圭太の顔を見るのが恥ずかしくなって、首を横にそむけた。

「はぁん……ば、ばかぁ……んぁぁ…」

 圭太はパンティの隙間から指を入れて、ゆっくりと割れ目の奥をなぞり、溢れ出た愛液をすくい取るように愛撫してくる。
 クリトリスを愛撫されながら、乳首にキスされて、俺は自然に鼻にかかった甘い吐息を漏らしてしまった。
 全身が火照って、うっとりとするような快感に包まれていく。

「そろそろ……いい?」

「……ふぇ?」

 頭が朦朧としていた俺は、圭太の言葉が意味がわからずぼんやりと問い返した。
 圭太は無言で俺の両足を開くと、そこに身体を割り込ませてきた。
 その時になって、ようやく俺は事態に気づいた。
 いつの間にか圭太も裸になっていて、引き締まった筋肉と均整の取れた身体の下に、圭太のモノが見えた。
 しかも、いつの間に装着したのか、しっかりとゴムがついていた。

 俺、男に犯られちゃう……!

 勢いよくそそりたった肉棒に貫かれるという恐怖と、それを迎えいれる喜びが、俺の中で激しくぶつかり合う。

「やぁ……だぁ……」

 入ってくるぅ…。

 快感で既に両足に力が入らず、圭太の肉棒が俺の中に侵入してくるのを見ているしかなかった。



「んっ……あああぁっ!!」

 圭太の肉棒が奥を目指して進んでくる。
 異物感を感じると共に、何かが満たされていくような気持ちが全身に広がっていく。

「ああ……んぅ……うああっ!」

 激しく腰を打ちこまれて、俺が声を上げた。

「香奈の中、凄くいいよ」

 ハスキーな圭太の声に反応して、俺の秘唇から愛液が零れるのを感じた。

「……っく、ああっ、ん……くふっ、あぅ……んんっ……」

 圭太の腰のスピードが勢いを増していく。
 俺の中で圭太の肉棒が暴れているを感じた。

「ひっ、あぁっ、ひんっ、ああっ、んっ……っ!」
 自分で何を言ってるのかもわからなくなってきた。

「あくっ、ふあんっ、あふっ、あんっ、あぅっ!」
「イクよ、香奈」
「うんっ、うんっ、きてっ、きてっ、圭太ぁ…」
「うあぁっ!!」「んはあああああぁぁぁ!!」

 俺と圭太が絶頂を迎えたのは、ほぼ同時で、その瞬間、俺の頭は真っ白になり、意識が遠のいていった……。


 虚脱感と脱力感を感じて目を開けると、既に服を来ていた圭太がいた。
 俺はと言えば、裸のままベットのシーツにくるまっていた。
 ぼんやりと圭太を目で追うと、圭太が気配を感じたのか俺のほうを見た。

「あ、起きた? 気ぃ失うなんて、よっぽど気持ち良かったんだな」

 俺は黙って頬を膨らませて圭太を睨んだ。
 そんな仕草も可愛く写ってしまうのか、圭太は優しく俺に微笑みかけた。

「俺、これから新曲の打ち合わせなんだ。まあ、お酒飲みながらなんだけど、抜けられなくて。ごめんな」
「……うん」

 圭太がいなくなるのを寂しく感じている自分を見つけて、その気持ちに俺は戸惑っていた。
 身体に残った快感の余韻がそう感じさせているのかもしれなかった。

「そんな顔すんなよ」
 圭太は俺に軽くデコピン食らわした。

「香奈も新曲、もうすぐだろ?」
「うん。2週間後にレコーディングだって。…よく知ってるね、そんなこと」

 圭太はフフンと笑った。

「俺は世界中の誰よりも清水香奈に詳しいからね」
「ホントに?」
「じゃなきゃ清水香奈のファンに申し訳ないっしょ。俺、香奈の彼氏な訳だし」
「うわあぁ…」
「ん? 惚れ直した?」

 ははは…と俺は笑って応えた。
 清水香奈が好きになるのもわかる気がする。
 こいつ、結構いい奴だ。

「デビューシングルは?」
「『夏、サマサマ 〜誘惑しちゃえ夏休み〜』。ちなみに発売日は2年前の7月12日」

「…お父さんの名前は?」
「隆一。ちなみに母親は美奈子」
「……そんなパーソナルデータまで……」

「誕生日が3月1日で、身長が156センチ、体重はアイドルだから秘密、と」
「……え?」

「間違ってた?」
「……私の身長って、156センチなの?」

「プロフィールではそうなってたはずだけど……違うの?」

「ち……違わないっ!」

 縮んでるーー!!

 なんとなくそんな気はしてたけど、実際に測ったことなかったし…。
 っていうか、現実を見るのが怖くて測るのを避けてたんだけど。
 前の俺は161センチだったから、マイナス5センチか。

 ショックでけぇ…。

「どうしたんだよ?」
 頭を抱える俺に圭太が心配そうな聞いてきた。

「大丈夫。なんでもない」
「あっ、これは俺しか知らない香奈の秘密」
「なに?」
「右よりも左の乳首のほうが感じやすい」

 ……それ、けっこう有名です。
 もしかしたら優美と圭太の他にも知ってる人がいるかも…。

「……さ、さすが香奈の彼氏だね」
「まあね」

 啓太は得意そうに『ふふんっ』とドラマでよくやる笑い方をした。
 ふと、あのことを圭太ならわかるんじゃないかという気がした。

「圭太、一つ聞いてもいい?」
「な、なんだよ、いきなり?」

 俺の勢いに狼狽した圭太が、キョトンとした顔で俺を見返した。
 俺は圭太に、この前ヨーコさんに相談した内容をそのまま打ち明けた。

「何かいい方法ないのかな?」
「あるよ」

 圭太はそんなの簡単だというように答えた。

「え? どうすればいいの?」
「教えてもいいけど……。香奈が一緒にやりたいって人、男?」

「……そうだけど……」
「じゃあ教えない」

「なんで?」
「ムカツクから」
「妬いてるんだぁ。圭太、可愛いぃ」
「可愛いとか言うな」

「その人の作る音楽に尊敬してるだけ。その人とは話したこともないし、好きとか、そんなの全然ないよ。だから教えて」
 清水香奈がヒロシと話したことがないのは事実だ。

「わかったよ」
 圭太はベット脇の椅子に腰掛けた。

「ライブやるの」
「ライブ?」

「白鳥さんってプロデューサーに、生で音聴かせて納得させちゃえばいいの」
「私が歌うんだよね?」
「もち。その人の曲をね」
「無理だよ。だって、ヨーコさんが事務所通さずに仕事しちゃダメだって…」

「仕事じゃなきゃいいんだろ? チケットをタダにしちゃえば?」
「でも…」
「それでもお金が絡んでくるっていうなら、チャリティーにしちゃえばいいんだよ」
「チャリティー?」
「チャリティーって看板下げとけば、多少の無茶も平気だし。『清水香奈のチャリティーゲリラライブ』。面白そうじゃん」

 圭太の言葉に、目の前がパァっと開けるような気がした。

「うん…。それ、いいかも…」


 『清水香奈のチャリティーゲリラライブ&志水和彦追悼ライブ』

 これならいけるかもしれない――。

そばにいるよ 〜その4〜

「わお、本物だよ…」

 井出さんが最初に漏らした言葉がこれだった。
 俺はペコリと頭を下げて、手で座るように促した。
 汐留にあるテレビ局から少し歩いた場所にあるカフェレストランに、俺は井出さんを呼び出していた。

 彼は「 Treasure Seed 」のスタッフで、彼の事務・運営能力がなければ、俺達はライブするのにも一苦労な、「 Treasure Seed 」にはなくてはならない人だ。

 普通のサラリーマンなのだが、数年前にストリートで俺達の曲を聴いてから、『 Treasure Seed を有名にするのが僕の使命』と、空いてる時間を俺達の為に使ってくれていた。

「こんなとこまで呼び出してすいません」
「いやいや、僕、営業だから結構時間に余裕あるのよ。気にしないで」

 井出さんは笑って軽く手を振った。
 体格は少し太めなんだけど、それが彼独特の愛嬌をかもしだしている気がする。

「さっそくなんですけど、井出さんを『 Treasure Seed 』のマネージャーと見込んで、頼みがあるんです」

「うん。それは電話で聞いた。でも、よく僕のこと知ってたね」

「私、 Treasure Seed のファンだから。ライブにも行ったことあるし、自主制作のCDも持ってるんですよ」

 これは、親近感を持たせるための嘘。

「初耳。って言うか、清水香奈がライブに来てくれてて、それに気づかなかった僕にショック…」

 俺はクスッと笑って応えた。
「オーラ隠してますから」

 …こうやって、志水和彦の知り合いと話すのは久し振りで。
 なんだか、それが懐かしくて嬉しかった。

「で、ヒロシとライブやりたいって言ってたけど…」
 俺は大きく頷いた。

「私、ヒロシと一緒にやりたいんです。その為には井出さんの協力が必要なんです」

「……つまり、ヒロシを売り込むために、カズヒコの追悼ライブと称して、あなたがゲリラライブをやっちゃう、と…」

「はい」

「それ、すっげー嬉しい申し出なんだけど…、そのプロデューサーが来てくれる保証はあるの?」
「私が責任持って連れてきます」

「たとえライブやっても、プロデューサーに認められなきゃダメなんだよね?」
「認めさせます」

「自信あるんだ?」
「私とヒロシが組めば無敵です」

「…ヒロシがあなたと組むのが嫌だって言ったら?」
「言いませんよ」

「……言い切っちゃう所は流石だね」

 井出さんが少し苦い顔をした。
 …そっか。

 彼はヒロシとカズヒコの「 Treasure Seed 」をとっても愛してくれていて、部外者の清水香奈にそんな言い方をされるのは嫌なんだ…。

「…すいません」

「ん? いいよ。そんなに気にしてない。むしろ、ヒロシを生き返らせるチャンスをくれようとしてるあなたに感謝してる」
 軽く首を横に振って、井出さんは笑った。

「チャリティーってことは、チケットがタダなんだよね? 小屋代は誰が払うの?」
「それもこちらでなんとかします」

「知ってると思うけど、チャージドリンクって純粋に小屋の取り分なんだよね。それは?」
「小屋にかけあって、利益分は全てチャリティーってことにしてもらいます」

「普通無理でしょ」
「清水香奈がそこでライブすれば宣伝になりますよね?」

「……納得。で、僕は何をすればいいの?」

「小屋の用意と、『志水和彦追悼ライブ』の宣伝・告知、一緒にライブしてくれそうなバンドの手配、その他いろいろ。私、よくわかんなくて…。井出さんならなんとかしてくれるでしょ?」

 俺は真剣に井出さんを見つめた。

「…清水香奈にそんな顔で頼まれたら嫌って言えないでしょ」

 苦笑いして応える彼に、俺は「やたっ」と小さく歓声を上げた。

「ありがとうございますっ!」

「で、いつやるの? 具体的な日付は決めてる?」
「出来るだけ早いほうがいいんですけど…。1週間後とか」

「そんなに急に小屋は押えられないよ」
「キャパは小さくてもいいんで、どこかに空いてそうなとこ、ありませんか?」

「う〜ん……」

 井出さんは首を捻って少し考えた後、急に何かを思いついたように「あっ」と声を上げた。

「今週の日曜でもいい?」
「え? 日曜の夜ならスケジュール大丈夫だと思いますけど……空いてる所あるんですか?」

「おけ。ちょっと待っててね」
 と井出さんは携帯を取り出して、どこかに電話した。

「あ、もしもし、芹沢クン?」

 芹沢って……芹沢修二??
 Treasure Seed とタイバンよく一緒にやってたアイツのことかな?

「今度の日曜にソロライブだよね? お願いがあるんだけど……、その小屋、 Treasure Seed に頂戴?」

 …んな無茶な…。
 と思ってると、井出さんが電話越しに爆笑した。

「マジだよ。カズヒコの追悼ライブやるのよ。芹沢クンにメインで出て欲しいんだけどなぁ。あ、もちろん、小屋代はこっちが全部出すよ。……まあ、色々事情があってさ……んで、チケットはチャリティーだからタダね」

 俺が芹沢だったら、開いた口が塞がらないだろう。

「配った分は当日受付で払い戻せばいいでしょ? 募金箱を隣に置いて、よかったらこっちにどうぞって。告知やらDMとかは全部こっちで手配するから。……物販? それはいいけど……利益はみんな募金かな?」

 井出さんが俺を見たので、うんうんと頷いた。

「メリット? 小屋代タダでライブ出来るのにまだ何か欲しいの? 芹沢クンが『 Treasure Seed 大好きでした』って言って、 Treasure Seed の曲を歌えば、ウチのお客を芹沢クンのファンに出来るかもよ?」

 さすが井出さん。
 この、相手の首を縦に振らせるトークは、営業の仕事で培われたものなんだろうか…。
 それからしばらく芹沢と話していたが、最後には、

「おけ。じゃ、そゆことでよろしく♪」

 と電話を切ってしまった。
 俺は井出さんの仕事振りに感動してパチパチと拍手した。
 彼は照れ笑いして頭をポリポリかいて、それから真面目な顔に戻った。

「…問題はヒロシだな…」

「ヒロシ、今、どうしてるんですか?」
「あいつ、金沢の実家に帰っちゃったのよ」
「ええええええ!!」
「住所教えるから、あいつ呼んできてくれない?」

 ヒロシ、なんで勝手に実家に戻ってんだよ!
 お前、ホントに音楽辞めるつもりなのか!?

 …そんなの、俺が許さない!

「って、それは冗談」「行きますっ!」

 井出さんの声と、俺の声がダブった。

「…あ、マジ?」
「はい。私が行けば、ヒロシは絶対戻ってきます」

「そうだよね。清水香奈が呼びに行けば効果抜群だよね。でも、ホントにいいの?」
「任せてくださいっ!」


 小松空港からバスで金沢駅。そこからさらにバスに揺られること25分。
 小さな山の中腹に、ヒロシの実家があった。

 ヒロシ、どうしてるかな…。
 勢いだけで来ちゃったけど、一体、なんて言えばいいんだろう…。

 ピンポーン…

 呼び鈴を押して、しばらくすると、年配の女性が玄関から顔を出した。

「はい?」
 俺はペコリと頭を下げる。

「えと、ヒロシさん、いますか?」

 きっとヒロシのお母さんなのだろう。
 彼女は俺を値踏みするように見つめた。

「あの子の彼女?」
「そ、そんなんじゃないんですけど…」

 パタパタと手を振る俺に、ヒロシのお母さんは気さくに笑った。
 その目は、『私はなんでもお見通し』と言っているようだった。
 …まいったな。

「あの子なら、こっから少し山を昇った所に、夜景が見える展望台みたいな所があるんやけど、そこにおるがや」
「わかりました。ありがとうございます」

 俺は軽く一礼すると、展望台目指して走り出した。


 ふと、風の中にギターの音が聞こえた。
 俺は走るのを止めて、その音のするほうへと足を伸ばす。
 この繊細で柔らかい音色は……間違いない。
 アイツの音だ。
 小さな階段を登ると、一気に視界が開けて、金沢の城下町が目に飛び込んだ。
 ヒロシは、小さなベンチに腰掛けてギターを抱えていた。
 その背中を見ただけで、俺は何故か涙が零れそうになった。

「ヒロシ…」

 ヒロシは俺が後ろにいることも気づかないのか、ギターを弾くのを辞めなかった。
 この曲は『今でも』だ。

 本来はアップテンポで音の高低が激しく、歌うのが難しい曲だけど、アコースティックギターでスローテンポで弾いていると、旋律の美しさがより引き出されるように感じる。

 こういうカンジもいいな…。
 
 なにより…。



 この曲を選んで弾いてるなら、ヒロシはきっと大丈夫だ――。



 俺はギターに合わせて歌いたくなるのを堪えて、曲が終わるのを待った。

「ヒロシ…」

 ヒロシは振り向いて、俺を見た。
 相変わらずの無表情な顔だけど、俺にはそれがたまらなく嬉しかった。

「…誰?」

「あ、清水香奈っていいます。……知ってます?」

「……知ってる。……びびった」

 全然、ビックリしてない口調でヒロシが言った。

「俺の相方があんたのファンだった」
「えええ!? そ、そうなんですか!?」

 そんなこと、俺、ヒロシに言ったことあったっけ?

「う、嬉しいなぁ。カズヒコが私のファンだったなんてぇ…」

 ヒロシは黙って、俺を見つめている。
 ちょっと居心地が悪い。
 まあ、この感じの悪さが奴の人見知りのせいだってことは知ってるけど。
 
「でも、安心した」
「……ん?」

「ヒロシ、音楽辞めてなかったんですね」
「……俺のこと知ってんのか?」

「私、『 Treasure Seed 』のファンなんです」
「…へぇぇ」

「へぇぇって…」

「アイツが聞いたら喜んだだろうな…」

「……隣、座っていいですか?」

 返事も待たずに俺はヒロシの隣に座った。
 微かに戸惑っているヒロシが、少しおかしかった。

「心配して損しちゃった」

 夏の空は突き抜けるように青くて。
 少し暑かったけど、山を吹き抜ける風が心地よかった。

「…心配?」

「ただでさえ痩せてるのに、さらにゲッソリしてたらどうしようって…。ヒゲとかボーボーに生えて、目にクマ作って、落ち込んでたらどうしようって…。持ってた楽器みんな捨てて音楽なんて聴くのも嫌だっていう風になってたらどうしようって…。色々考えて…、なんて言って説得したらいいんだろうって、ずっと考えてた…」

「…説得?」
 俺はヒロシの問いに、小さく首を横に振った。

「ヒロシ……あ、ヒロシさんって呼んだほうがいいですか?」
「今更だ。さっきからずっとヒロシだろ」

 俺はクスッと笑った。

「そうですね。じゃ、私のことも香奈って呼んで下さい」
「…香奈…」
「なんですか?」
「何でここに?」

 俺はヒロシを真っ直ぐに見つめて、1つ1つの言葉を大切にするように、ヒロシにも、自分自身にも言い聞かせるように言った。
 
「ヒロシと一緒に音楽やるために」
「俺と? 清水香奈が?」

 俺は立ち上がって、一歩前に出た後、ヒロシのほうを振り返った。

「さっきの曲、弾いてください」
「え?」
「『今でも』です」
「知ってんの?」
「さっき言ったでしょ。ファンだって」

 ヒロシは少し黙って。
 それからギターのピックをつまんだ。
 優しい旋律が風に乗った。
 俺はその音に身を任せた。

    今はちょっと待って 1人になって考えたいこと――


 ギアァンッ!!

 と、いきなりヒロシがギターを激しく鳴らして、演奏を止めてしまった。

「ど、どうしたの??」

「……すまん。ちょっとびびった」

 ヒロシは驚いたように俺をマジマジと見つめていた。
 何故だか少し頬が熱くなるのを感じた。
 それから、ヒロシは口元を僅かに綻ばせて言った。

「もう一回行くぞ」
「あ、うん」

 再び、前奏が流れ、それに合わせて俺が歌い出した。



    今はちょっと待って 1人になって考えたいことがあるんだ
    自分を見失いそうで
    歳をとってくと 何やるにも 勢いが落ちていく なんて言うけど
    そうはなりたくないから

    会社で働く友人がぼやいた
    「好きなことできるなんてうらやましい」
    ホントは手探りで 不安に押しつぶされそうになのに

    今でも 歌って帰った 自転車道で描いた
    夢なら 鮮やかなまま 僕のここにあるよ
    今でも

    「もし明日死んじゃっても後悔しない?」
    誰かに聞かれたら
    「するわけない」
    そう答えたい いつも

    僕は 歌うために あの日あの街から出た
    いつでも 忘れないようにしてきたつもりだけど

    辛い現実からは 逃げられない
    だけど 歩き続けることはやめない

    今でも 歌った帰り 自転車道で描いた
    夢なら 鮮やかなまま 僕のここにあるよ

    今でも…

    今でも…


 見上げた空に飛行機雲が見えた。
 俺とヒロシは少しだけ余韻に浸って、お互いに顔を見合わせ、そして同時に少し笑った。

「日曜日に青山のスタジオライツでカズヒコの追悼ライブやるんです」
「追悼ライブ……」
「ヒロシが出なきゃ始まらないんです」

 ヒロシは両目をつぶって、しばらく黙り込んだ後、囁くように言った。

「いいよ」

「本当ですか?」

「ああ。俺のギターで香奈が歌うんだろ?」
「はい」

「あんたになら、弾いてやってもいい」
「あ、ありがとうございますっ」

 ――これでやっと舞台が整った。


 ライブ当日。

 急な話だったのに、芹沢修二はもちろん、サポートでいつもタイコ叩いてくれたJOY君こと蒼井丈一郎君が掛け持ちでやってるバンドや、仲良しで一緒に飲んだことあるバンドが参加してくれていた。

 井出さんが急いで作ったチラシも完璧の出来栄えだった。
 プロデューサーの白鳥さんは、客席の後ろのほうで見てくれているはずだった。

「清水香奈です。よろしくお願いします」
 顔合わせでそう頭を下げると、ライブに参加してくれるみんなが「うええぇ!」と声を上げた。

「なんで清水香奈がここにいるの?」
 芹沢が井出さんに聞くと、井出さんはシラッと答えた。

「チラシの出演者の欄に書いてあったでしょ?」
「マジ!?」

 と、みんなが一斉にチラシに目を向けた。
 チラシの出演者の欄の最下部に、『ヒロシ with K.Shimizu(スペシャルゲスト)』と書かれている。

「いや……普通、これ、志水和彦の秘蔵VTRとか、そういうの想像するだろ。まさか清水香奈が来るなんて誰も思っちゃいねぇよ」
 うめくような芹沢の言葉に、みんながうんうんと頷いた。

「…って、ちょっと待てよ。俺、もしかして、清水香奈の前座なのか?」
 井出さんは『やっと気づいたのか』と言う様に、首を縦に振った。

「おいっ! 聞いてねぇぞ! つーか、これじゃ、 Treasure Seed のファン、全部そっちにもってかれるんじゃねぇのか?」

「それは芹沢クンの努力次第ってことで」
「は、はめられた……」

 俺は井出さんの策士ぶりに笑みを浮かべた。

「私、 Treasure Seed のファンなんです。だから、このライブにどうしても参加したくて」
 この俺がライブの発案者だということは、井出さん以外は誰も知らない。

「まあ、清水香奈と一緒のライブに出られるって、一生の記念になるかもしれないしな…」
 JOY君がポツリと呟いた一言に、芹沢を含めた周りのみんなが頷いた。


 ライブは滞りなく進行していた。
 ヒロシが来ないという1点を除いて。

 しかし、俺も井出さんも他のみんなも全然心配していなかった。
 このライブにヒロシはどうしても必要で。
 だからこそ、ヒロシが来ないわけない。
 こんな大事なとこで穴を開ける奴じゃない。

 根拠も何もないのに、みんながそう思っているみたいだった。
 ステージでは芹沢が曲の合間にMCを入れていた。

「カズヒコとはねぇ。よく一緒にお酒飲んでたんだ。お互いの野望とか、好きなアイドルの話とか、まあほとんどがどうでもいい話だったけど…」

 ……俺は酔った勢いで、こいつにも清水香奈が好きだとか話してたりしたんだろうか……。

「あいつの前向きな性格は、歌詞にも凄くよく出てて。俺の作る歌詞って暗くなりがちだから、少し羨ましいなっていつも思ってたんだ」

 生きてた時にもっと褒めてくれよ。調子に乗ったのに。ちくしょう。

「そんな奴の曲の中から、とっても前向きな曲で、俺も大好きな曲。『COME TRUE』聴いてください…」



「おまたせ」
 とヒロシがやってきたのは、出番直前の10分前だった。

「遅いよー!」
 と俺が言うと、ヒロシが俺をジロジロと見た。

「何?」
「……いつもみたいに太もも出さないのか?」
「バ……バカじゃないの!」
「せめてヘソくらい出したほうが…」

 ちなみに今日の俺は、普通にTシャツにジーンズで、ステージ衣装なんてものは何も用意していなかった。

「私はここに歌いに来たの。それに私の太ももに目を奪われたら、ヒロシのギターも聴いてくれなくなるよ」
「……納得。ちと残念だけど」

 まったく。
 遅刻しといて、この態度はなんなんだよ。

 それから、急いでギターのセッティングを済ませ、JOY君と軽く打ち合わせをしていると出番がやってきた。
 練習も何もないぶっつけ本番だけど、不安は何も感じなかった。

 最初にヒロシがステージに上った。
 観客から大きな歓声が上がる。

「おかえりー」

「ヒロシ、おかえりー」

 といくつもの声が飛ぶ。
 ヒロシは黙ってギターを抱えて。
 それから、設置されたマイクに口を近づけた。

「……ただいま」

 語尾がわずかに震えていた。
 こいつなりに照れてるんだ。間違いない。
 大きな拍手が消えないうちに、ヒロシがギターを奏で始めた。
 その音色に観客が一斉に静かになる。
 ヒロシは静かなイントロを何度も繰り返す。
 俺はタイミングを見計らって、ステージに上った。
 瞬間、観客が大きくどよめいた。

「うそっ」「なんでっ」「清水香奈だ!」「マジ!?」「かわいー!」

 ヒロシのギターを背中に、俺は客席にペコリと頭を下げた。
 目を向けると、見知ったファンの顔がいくつも見ることができた。
 客席の奥のほうには、白鳥さんとヨーコさんが一緒にいるのが見えた。
 ちゃんと連れてきてくれたヨーコさんに感謝して、もう一度軽く頭を下げた。
 ヨーコさんがそれを見て、頷くのが見えた。

 大きく深呼吸。
 それに合わせて、会場がシンと静まり返った。
 俺は力いっぱいマイクに叫んだ。

「Yeah! みんな、今日は盛り上がっていこーぜぇ!!」

 『うおおおおお!』と地響きのような歓声が聞こえた。

 JOY君のドラムがリズムを刻み、ヒロシのギターがそれに乗った。
 お馴染みのイントロを聴いて、観客がどよめいた。

「みんな飛べー! 『Fly Away』」

 この曲は Treasure Seed のライブの定番。
 客席がいつものように縦ノリで応えてくれた。


    頑張ってる人達を うらやむばかりの毎日はもう嫌だ
    もうちょっとって所で くじけそうになってる自分を知ってるから
    それとない笑顔で うまくかわしているエブリディ
    こんなんじゃ いつまでたっても 僕の風は吹かない


 やっぱり俺、ヒロシの曲だと、歌うのがこんなに気持ちいい。
 奴のギターに包まれるのが、楽しくてしょうがない。
 俺は右手の人差し指を空へ向けた。

「行くよー!」
 観客が俺と同じように、右手の人差し指を空へ向けた。


    GO! Flay Away 空へ向かって走れ
    紙ヒコーキを飛ばすようなもんさ
    とんでもない間違いも 飛んでから気づいたって
    まだまだ遅くない


「まだまだ足りないっ! もっと飛べるよっ! …せーのっ!」
 

    GO! Flay Away 輝く太陽のように
    熱い想いさらけだす Sparkling
    やっちゃって後悔しちゃったほうがマシさ
    なにもしないよりは


 ライブが終わって、楽屋で騒いでいるとヨーコさんがやってきた。

「おつかれさま」
「あ、ヨーコさん。…白鳥さんは?」
「先に帰ったわ」

 ……ってことは、つまり、あまりいい反応はしてくれなかったってことなんだろうか。
 ヨーコさんは、俺が気落ちしたのを見て、慌てて言った。

「違うの。白鳥さんなりに悔しかったみたいで。顔合わせるの嫌だから逃げるように帰っちゃったのよ」

「それってどういうことですか?」
 ヨーコさんは俺の隣にいたヒロシを見た。

「ヒロシ君、次の新曲のカップリングにねじ込むから、今度レコーディングに来いって」
「やったーーーーー!!」

 俺が歓声を上げると、ヒロシが戸惑った顔をした。

「あれ? ヒロシにはまだ何も言ってなかったっけ?」
「どういうことだ?」
「ああ、もおぉ!!」
 俺は嬉しくてヒロシの両手を掴んで、ブンブンと揺らした。

「またヒロシと一緒に音楽やれるの! やったぁ! 嬉しいー!!」

 一人で盛り上がっていた俺は、そこでようやく、なすがままに手を掴まれて呆然としているヒロシに気づいた。
 急に、ヒロシの大きな手の温かい感触が伝わってきて、何故だかドキッとしてしまった。

「ご、ごめん…」

 ぱっと手を離して、俯いた。
 なんで、俺、ヒロシ相手に照れてるんだよ…。

「…いいけど」
 ヨーコさんはすぐさま、楽屋の扉に手をかけた。

「外が騒がしいから、裏口にタクシー呼んでくるわね。ちょっと待ってて」
「うん」

 ……ヨーコさんを見送った後、振り返るとヒロシが俺のことを見つめていた。

「カズヒコ……」
 その言葉に心臓がドキンと跳ね上がる。

 ――バレた?

 記憶消されちゃう……!



「カズヒコがいたんだ……」
 ヒロシは俺じゃなくて、少し遠くを見つめているようだった。

「ライブやってる時、あいつの声が聞こえた。当然だよな。あいつはいつも音の中にいたんだから」
 独り言に近い口調でヒロシが言った。

「ライブをやればあいつに会えたんだ。そっか。そんな簡単なことだったのに気づかなかった…」
 ヒロシは俺の肩にそっと手を置いた。

 俺は首を大きく上に向けてヒロシの顔を見た。

「香奈のおかげだ。……サンキュ」
 ヒロシが穏やかな笑みを浮かべて、俺の頭を撫でた。

 その瞬間――。



 俺の心臓がキュッと締め付けられ、一瞬で俺の顔が火照るのを感じた。
 ヒロシに見つめられるだけで、心臓がバクバクと音を立てた。
 呼吸が苦しくなり、吐き出す息も熱を持った気がした。

 苦しいのに、なぜか心地良くて、嬉しくて、だけど……切なくて。
 ヒロシが俺の側から離れても、俺は呆然としてしまって、しばらく身動きが取れなかった。


 俺、まさかヒロシのこと……。


 うそだろ――。

そばにいるよ 〜その5〜

 ヒロシが私の背中に腕をまわした。
 身体が細いわりにしっかりとした胸板が目の前にあって、私は軽く息を飲んだ。

「香奈……」

 ヒロシの唇が降ってきた。
 私はそれを目を閉じて受け止めた。

「んん…」

 最初はついばむようにしていたキスが次第に情熱的になっていく。
 ふちゅり……と、ヒロシの舌が私の唇を舐め上げる。
 私はそれに応えるように舌をつきだすと、ヒロシの舌が容易く絡みとられてしまう。

「んはぁ……んむ、んふ……ん」

 うっとりとして薄く目を開けると、切れ長の瞳がすぐ側にあった。
 見つめられるだけで、私の身体の奥底がヒロシを求めてじゅんっとうずくのを感じた。
 ヒロシは私の胸をブラジャー越しに鷲掴みにして、激しく揉みしだいた。
 湧き上がってくる快感に私の身体がびくんっと跳ね上がった。

「ヒロシ……やだ。もっとゆっくり……」
「……無理」
 ヒロシは我慢しきれないというように、私のショーツに手をかける。

「…ま、待って!」
 私の激しい拒絶に、ヒロシがハッとしたように手を止めた。

「……ごめん。もっとやさしくするから」
「……そ、そうじゃなくて……」

「なに?」
 快感に流されそうになる意識を必死と繋ぎ止めて、私はヒロシに尋ねた。

「私とセックスしたいのは私のことが好きだから? それとも、私がアイドルだから抱きたいだけ? ……それとも――」
「決まってるだろ」

 ヒロシは『黙って』というように、私の唇に人差し指を当てた。

「お前がカズヒコだからだ」



 ……え?



 一瞬、頭が真っ白になる。

 カズヒコ?
 
 そうだ。俺はカズヒコだ。
 事故で死んで、今は清水香奈になってて。
 でも、それが他の人にバレたら、どうなるんだっけ?
 そう考えた途端に、背後から聞き覚えのある声がした。

「バレてしまいましたね…」

 振り返ると天使が俺の頭に向けて右手を広げていた。

「約束です。志水和彦の記憶を消します」

 その言葉に、俺は目の前が真っ暗になった。

「や、やめてくれええええええええええええ!!」






「うはぁ!」

 俺は弾け飛ぶようにベットから上半身を起こした。

「……夢か……」

 身体中に嫌な汗をかいているみたいだった。

 しかし、なんちゅう夢だ。
 俺とヒロシが、あんな……。

 夢の中の出来事を思い返しただけで、ドキドキと胸が高鳴るのを感じた。

「ぅぅぅん」

 ベットの脇にある鏡に目を向ける。
 今はもう見慣れてきた清水香奈の顔がそこにあった。
 小さくて綺麗な卵型の顔に、アーモンド型の大きな瞳。
 色白の肌に、艶のある整った唇。
 頬は薄くピンクに染まっていて、汗で前髪が少し額にくっついていた。
 俺は鏡をぼんやりと見つめて、ふと言葉に出してみた。

「私、ヒロシのことが好き…」

 鏡の中の美少女が、囁くように言った。
 その言葉が、俺の身体の中に染み透っていくような気がした。

「……う〜〜、言わなきゃよかった……」

 言葉にして、その事実を改めて自分自身に突きつけられた気がした。
 もう認めるしかない。

 俺はヒロシに恋している…。

 清水香奈として生きるようになってから…。
 自分で意識しなくても、女性の言葉が使えるようになった。
 女っぽくしなきゃってことを、あまり考えなくても出来るようになった。
 自分の感性がどんどん女っぽくなるのを感じていた。
 たとえば…男の人の何気ない仕草にドキッとしたりとか。
 オナニーする時も、男に抱かれる自分を想像すると凄く興奮したりとか…。

 だから……ヒロシを好きになったのは、当然の成り行きだったのかもしれない。

 自分が元は男だったから、男を好きになることに嫌悪感を感じているとか……そういうのはなかった。
 自分の気持ちを冷静に考えてみて、なにより自分が辛かったのは、ずっと一緒に音楽をやってきた相方に、そういう気持ちを持ってしまったことへの罪悪感だった。

「今日、レコーディングなのに…」

 こんな気持ちのままで、ヒロシの曲を歌う自信が無かった。

「シャワーしよっと」

 ベットから降りようとして、ふと股間に違和感を感じて、手で触れてみた。

「……濡れてる」





「おはようございます」
「香奈ちゃん、おはよう」

 スタジオに入ると、白鳥さんがミキサーをいじっていた。
 今日の録音に、ヨーコさんは立ち会っていなかった。
 ディレクターの白鳥さんと、機材を調節するスタッフが4人いるだけだった。
 ヒロシの音は既に録り終わっていて、アレンジされた音源をヘッドホンで聞いて、俺が歌を入れるという収録の仕方だった。

 だから、今日はヒロシが来なくて一安心…。

 と、俺の後ろの高い位置から声がした。

「おはよ」
「うきゃああっ!!」
 飛び上がるようにして振り返って見上げると、やっぱりヒロシがそこにいた。

「…ビックリしすぎだよ」
「ご、ごめん」
 心臓に悪いよぉ。

「なんでいるの? もう音、録り終わったんでしょ?」
「ああ。まあ、興味あるから」

 ボンッと俺の顔が上気するのを感じる。
 興味……あるの?

「レコーディングに。白鳥さんも、是非見に来いって言ってくれたし」

 あ、レコーディングね…。

 う〜、なんか疲れる…。

「ヒロシくん、おはよ」
「おはようございます」

 意外と礼儀正しく、ヒロシがお辞儀した。
 レコーディングの時に何かあったのかな?
 ヒロシの白鳥さんへの評価が上がっているような気がする。

「じゃ、一回出来た音を聴いて、それからレコーディングに入るから」
「はい」

 ニューシングルとカップリング、そして Treasure Seed の曲の3曲が1枚のシングルとなって発売されるらしい。
 ヒロシがいるということで、最初に Treasure Seed の曲を録ることになった。
 ブースに入ると、マイクの隣のスタンドに譜面が立ててあった。
 ガラス越しに、白鳥さんと録音スタッフの姿が見えた。ヒロシは少し奥のソファーに座っていて、ブースからは顔しか見えなかった。


1テイク目――。

 歌い終えると、バチッとマイクが入る音がして、白鳥さんの声が聞こえた。

「今まででの一発目の中で、最低の出来。まるで別人だね。ちゃんと歌詞は入ってるみたいだけど、ただ歌ってるだけ。もう1回行くよ」


2テイク目――。

「はい。だいぶ声も出てきたから、もう少し気持ち込めてやってみて」


3テイク目――。

「歌詞も音程もリズムも間違ってない。間違ってないけど、ただそれだけ。そんなんなら素人がカラオケやってるのと同じだよ。ちゃんと香奈ちゃんの歌にして」

 途中で歌を切るようなことはなく、ちゃんと全て歌い終わってから、白鳥さんのダメ出しが飛んだ。
 俺の気持ちを切らないためにそうしているのだろうけど…。


4テイク目――。

「これラブソングだよね? 『好き』って気持ちが薄っぺらなの。そんなんじゃ誰のハートにも伝わらないよ」

 だんだん、白鳥さんの声色が厳しくなっていった。


5テイク目――。

「ライブで歌ったみたいにやってよ。なんでそれが出来ないの?」


6テイク目――。

「曲が嫌いなんだったら、この歌やらないよ? 香奈ちゃんがやりたかったから、ヒロシくんを呼んだんじゃないの?」

 進歩のない俺に、白鳥さんが突き放すように言った。
 ヒロシの顔を見ると、無表情ながらも、俺を睨んでいるように見えた。

 ヒロシ…。
 俺、どう歌ったらいいのか、わかんなくなっちゃったよ…。


9テイク目――。

「…ちょっと休憩。香奈ちゃん、ちょっと出て」

 白鳥さんにそう言われて、少しホッとした。
 一人でブースに入って、延々と歌い続けるのが辛かった。
 出口の見えない迷路みたいだった。

「香奈ちゃん、ヒロシくんの隣に座って」
 言われた通りにヒロシの隣に座ると、白鳥さんは座っていた椅子を回転させて、俺とヒロシのほうを向いた。

「プライベートで何かあった?」
 探るような視線に、俺は何も言い返せなかった。

「そんな気がしたから。あ、これ、興味本位じゃなくて、いい音楽を作りたいから聞いてるんだけど…」
 白鳥さんは、タバコに火を点けて、一口咥えて、ふぅーと吐き出した。

「役者さんってね。自分がどんなに貧乏でも金持ちの芝居が出来なきゃ駄目だし、自分がどんなに不幸でも幸せ一杯な演技が出来なきゃだめなんだよね」

 言おうとしていることはわかる気がする。

「歌も一緒でさ。自分がいい恋してなくても、『いい恋して幸せっ』って気持ちで歌えなきゃ……プロじゃないんだよね。わかる?」

「……はい」
 神妙に頷くと、白鳥さんはヒロシをチラッと見た。

「歌えない原因ってヒロシくんに関係ある?」
 ヒロシはビックリしたように俺を見た。

「俺、お前に何かした?」
「……してないよ」

 そう答えるしかない。
 白鳥さんは『うぅぅん』と唸ってから、1つ1つ言葉を探すようにして俺に言った。

「香奈ちゃんは、なんでヒロシくんの曲をやりたいと思ったの?」
「それは……」

「僕に遠慮することないよ。正直に言ってみて」
「ヒロシの曲が好きだから」

「今も好き?」
「…はい」
「そっか。それはよかった」
 白鳥さんは満足そうに何度も頷いた。

「僕が香奈ちゃんとヒロシくんのライブを見て悔しかったのはね、香奈ちゃんが僕の曲を歌う時よりも伸び伸びと歌っているように感じたからなんだ。僕がヒロシくんと一緒にやりたいと思ったのは、彼なら香奈ちゃんのポテンシャルをもっと引き出せるんじゃないかなって期待したからなんだ」

「はい」

「ヒロシくんのギター録りの時にも言ったけど…。ヒロシくんの楽曲は凄く個性があってセンスもある。正直、売れると思うよ。でも、ギターはそれほどでもない」

「…そうなんですか?」

 俺にはヒロシ以上のギターなんて考えられない。
 白鳥さんは苦笑するように頷いた。

「テクニックはそれなりにあるけど、柔軟性がないし。録音大変だったよね?」

 ヒロシを見ると、何も言い返せないみたいだった。

「まだ若いのにこれだけのテクニックがあれば、あとは年齢を積んでいけば問題は解決されると思うけどね。ただ、彼は頑固でなかなか自分の音を曲げようとしないから、スタジオミュージシャンには向いてないね。ヒロシくんは、1つの曲に色んな表現方法があるってことをもっと知って欲しい。自分の曲にこだわりを持つことは凄く大切なことだけど」

「…はい」

「ちょっと話がそれちゃったかな? えっと……つまり、ヒロシくんのギターは上手くないけど、エロいんだよね」

「エロい?」
 俺が聞き返すと、白鳥さんは困ったように頷いた。

「ヒロシくんはボーカルに向かって、『大好きっ』って語りかけてギター弾いてるの。一度それを経験したら、一緒にやるのが楽しくてしょうがなくなるよ、きっと」

 俺は驚いたようにヒロシを見た。
 ヒロシは俺のほうを見ないで答えた。

「そんなことないですよ。俺は自分が認めた奴じゃなきゃ弾きたくないだけです」

 そっか。
 認めてくれてるんだ。
 他の誰でもなく、俺を選んでくれてるんだ。
 カズヒコの時も、香奈の時も。

 …それだけでも嬉しい。

「でも、香奈ちゃんは、今、楽しそうじゃないんだよねぇ。香奈ちゃんがヒロシくんを拒絶してるように感じるのは僕の気のせいかな?」

 白鳥さんは、俺の目を覗き込んだ。

 もしかすると、この人、やっぱり凄い人かも。
 ヒロシが見る目を変えたのも分かる気がした。

「俺、お前に何かした?」
 さっきより、少し心配するようにヒロシが言った。
 俺はうっかり涙ぐんでしまい、

「だからなんにもしてないよ!」
 と、つい語調を荒げてしまった。
 それを見た白鳥さんが、黙って椅子を立った。

「あと15分休憩ね。僕ら、外でコーヒー飲んでくるから。二人で話してみたら?」

 白鳥さんがスタッフに声をかけて、スタジオから出て行こうとした。
 ふと思い出したように、白鳥さんが振り返った。

「あ、香奈ちゃん、ちょっと…」
 手招きされたので側に行くと、白鳥さんが俺の耳に手を添えて小声で言った。

「…ちゃんと仲直りしてね。あ、それと、エッチはキスまでね」
「そ、そんなんじゃないですっ!」

 俺の顔が赤くなったのを見て、白鳥さんは笑ってヒロシに手を振り、スタジオの扉を閉めた。
 振り返ると、ヒロシが黙って俺を見つめていた。
 それだけのことなのに、俺の鼓動は早くなって、何て言っていいのかわからなくなってしまう。
 ……しばらく無言の状態が続いて。
 先に口を開いたのはヒロシのほうだった。

「…俺が嫌いか?」
「……え?」

 なんで急にそんなことを言われるのか見当もつかなかくて。
 必死で考えて、ヒロシを怒らせてしまっている自分にようやく気づいた。
 
 ヒロシの曲を俺が台無しにしてるんだから怒って当然だ…。

 ヒロシは軽くため息を漏らすと、立ち上がって俺のほうに歩いてきた。

「俺と一緒にやりたくないなら、そう言ってくれ。別に俺は……香奈じゃなくてもいい」
 俺の横をすり抜けて扉へと向かおうとするヒロシの腕に、俺はしがみついた。

「や……やだっ!」
 ヒロシがイライラしたように、捕まれた腕を見た。
 俺は手を離して、ヒロシの顔を見上げた。
 自然と涙が溢れてきた。

「私は……ヒロシじゃなきゃ嫌……」
 ヒロシは俺の涙に少し動揺しているみたいだった。

「じゃあ、どうして…」
 俺はヒロシの両手をぎゅっと掴んだ。
 涙が一筋、頬を伝って零れ落ちて、ヒロシの手に雫を作った。

「……好きだから」
「…え?」

「ヒロシのこと、好きになっちゃったから……だから……どうしたらいいかわかんなくなっちゃって……」

 ヒロシの反応が怖くて俺が俯くと、ヒロシが俺に掴まれた両手を広げて、俺の手を外した。
 それから……。
 ヒロシの手が俺の腰に回されて、優しく抱きしめられた。

「ぁ……」
 俺は今にも心臓が爆発しそうだった。

「悪ぃ…」
 耳元でヒロシのかすれた声が聞こえた。

「香奈じゃなくていいなんて言って……ごめん」

 俺はヒロシのシャツで涙を拭った。
 ヒロシはそんな俺の頭を軽く撫でた。

「俺もお前じゃなきゃダメだ」
 ぎゅっと抱きしめられた。

「だから悩まなくていい。お前は俺に……俺の音に身を任せればいいんだ」
 ヒロシの声が俺の中に染み渡っていった。

「…うん」
 ヒロシは俺のあごに手を添えて、俺の顔を上向かせた。
 そっと目を閉じる。

「……ん……」

 軽く唇が触れて、離れた。
 ヒロシの唇が触れた部分がジンジンと熱を持ったみたいに痺れた。

「白鳥さんって、凄い人だよな…」

 ヒロシの言葉に俺が頷いた。
 だって、俺の歌を聴いただけで、そこまでわかっちゃうんだから。

「俺の音を聴いただけで、そこまでわかっちゃうんだぜ?」

 ヒロシが俺と同じ事を考えていたのがおかしくて、俺は少し笑った。
 ヒロシがそれを見て、指で涙を拭ってくれた。

 また……キスしたいな……。

 そう思った。

「もう大丈夫か?」
「…え?」

「歌えそう?」
「あ、うん」

「じゃ、顔洗ってこい」
「え?」

「涙でメイクが落ちてる」
「わっ……ご、ごめっ」

 俺はヒロシから離れて、バックの中のポーチを手に取った。

「じゃ、ちょっと行ってくるね」
 笑顔を作ると、それに応えてヒロシが微笑んでくれた。

 もう大丈夫。
 今の気持ちなら、歌える気がする。



10テイク目――。

 俺は目を閉じて、ヘッドホンから流れるヒロシの音に耳を澄ませる。

 トランペットやサックス、それに鈴や笛みたいな音まで入って、行進曲みたいな賑やかな楽曲にアレンジされていたけど、ヒロシ独特のメロディーラインはもちろん、頑固だと言われたヒロシのギターもしっかり自己主張していた。

 軽く息を吸い込んで、頭の中を透明にしていく。


    LOVE YOU 近づいてく 君との距離が愛しくて
    心地よさのバロメーターは 君へと上がってく
    もう少しだけ 少しだけ 一緒にいたいから
    耳元で口づけて 僕だけに


 ヒロシの曲に包まれて、俺自身が透明になっていく。
 思い出した。
 この感覚だ。
 狭いブースのはずなのに地平線が見えないような真っ白で何もない空間にいるような気になってくる。
 そこでは俺の身体すら存在しなくて。
 残っているのは、ヒロシの音楽と俺の声だけ。
 その音が重なりあって、その世界の唯一の存在として世界中に広がっていく。
 ……そんな気がする。


    一目会った時から 僕はどうしてしまったんだろう
    会う数が増えていく度に 止まってた針が動きだした
    もっと知りたい気持ち 君を全部知りたい気持ち
    好きという言葉だけじゃ 全然足りない気がしてる
    
    LOVE YOU ありったけの 幸せを君に捧げよう
    君じゃなきゃダメだから 遠くにいる時も
    忘れないで 忘れないで 願いは届くはず
    寝ても覚めても 心から離れない


 歌い終えると、またバチッとマイクの入る音がした。

「うん…。すごく良くなった。香奈ちゃん、それが出来るなら、最初からやろうよ」

 白鳥さんの声が少し弾んでいた。
 それを聞いて、俺自身にも笑みがこぼれた。

「じゃあ、次は、今のよりもっと幸せいっぱいって感じでやってみて」


11テイク目――。

「うーん、今のだと『私はこんなに幸せなんだよー』って押し付けてるみたいだから、そうじゃなくて、もっと胸の中で抱きしめて、でも指の隙間から幸せがこぼれちゃう…みたいな感じでやってみて」


12テイク目――。

「うん。そっちのほうがいい。けど、気持ちを大切にすると、リズムがぶれるとこがあるから。『もう少しだけ 少しだけ』の部分、もっとリズム大切に。あと、『一緒にいたい』の『にい』のとこで『い』の音が消えちゃうから気をつけて」


13テイク目――。

「とってもいいんだけど、1点だけ。『ありったけ』って部分のありったけ具合が足りない。もっともっと『ありったけ』って気持ちを込めて歌ってみて。次で決めるよ。はい、気合い入れて」


14テイク目――。

「……OK。これ頂きます」

「ありがとうございましたっ!」

 やっと終わったーーー!

「まだ1曲目だよ。次はシングルのほうね。…ちょっと休憩する?」

「は、はい。お願いします…」

 そっか、まだあと2曲もあるんだ…。
 レコーディングって大変…。
 ヒロシの顔を見ると、すぐに目が合った。
 ニコッと笑ってピースすると、ヒロシの口元が僅かに緩んだ。

 よぉし、頑張るぞっ!!



 それから数時間後にレコーディングが終わって…。

 俺はヒロシと一緒にいたくて、ヒロシを自分のマンションに呼んだ。
 部屋のドアを閉めた途端に、ヒロシが我慢が出来なくなったように俺の唇を奪った。

「ん…んっ!」

 俺はきゅっと目を閉じて、ヒロシに身を任せた。
 鼻先にも、頬にも、まぶたにもキスを受けた。

「はぁぁ…」

 うっとりとした吐息が漏れた。
 ヒロシが俺の唇を舌でなぞった。

「んふ……んちゅ、んん……」

 こらえきれなくなったように、ヒロシの舌が俺の中に侵入した。
 ぴくんっと身体が震えた。
 舌を絡み取られ、くちゅくちゅと濡れた音が聞こえた。
 俺がヒロシの舌を追うと、俺の舌がヒロシの口に吸い込まれてしまった。

 ちゅうっっと吸いこまれて、少し苦しくなるものの、それが開放されると俺の顔は自分でもわかるぐらい火照っていて、頭の中がぼんやりとしていた。

 ヒロシにベットに導かれて、ころんと寝かされる。
 もう一度、軽く唇を重ねた後、ヒロシが言った。

「脱がせるよ」

「…うん」

 ヒロシに1枚1枚、衣服を剥ぎ取られていく間にも、俺は自分の股間が潤いをおびていくのを感じた。
 やがて、すべての服を脱いで裸になった俺を見て、ヒロシは見惚れるように「ほぅ」と息を漏らした。

「凄く綺麗だ」

「…恥ずかしいよぉ」

 ヒロシはそれから自分をシャツのボタンをゆっくりと外していった。
 そして、シャツを脱ぎ捨てて、ゆっくりと俺の上に覆いかぶさってきた。

「んああぁ…」

 抱きしられるだけで、背筋がぞくっとして身体中が熱を持ったような気がした。
 抱き合った身体から、ヒロシの鼓動が伝わってきた。
 自分と同じように心臓が激しく高鳴っているのが伝わってきて嬉しかった。
 ヒロシは、俺の胸を優しく包み込むように、手のひらで愛撫していく。

「あぁ……はああぁ……」

 ヒロシの指先が、左の乳首に触れた。

「んくっ…」

 ピクンッと肩が震えた。
 ジンジンと痺れるような感覚に襲われて、自分の意思ではどうにもならないくらいに乳首が固くなっていくのがわかった。
 ヒロシは俺に熱いキスを浴びせ続けながらも、手のひらで俺の身体をすみずみまで愛撫していく。

「くふっ……いいっ……うんぅ……んはぁ…」

「気持ちいい?」

「あぁっ…うんっ、背中がぞくぞくって……すご……気持ちいぃ…」

 ヒロシの手が触れる度に、電気が走ったみたいに身体中がビクビクと震えて身体に力が入らなかった。

「やんっ…!」

 ヒロシが俺のワレメに指を滑らせた。
 充分に潤っていたそこは、ヒロシの指をなんなく迎え入れた。

「ああ……ヒロシぃ…」

 ヒロシは指先でクリトリスを揉みこむように刺激したり、入り口をまさぐったりして、その度に俺の頭の中に火花が散ったような感覚がした。

 俺はおそるおそる、ヒロシの股間に手を伸ばした。
 固くて力強い肉棒に触れた瞬間、その熱さにビックリした。
 不思議と嫌悪感はなかった。
 それがこれから自分の中に入ることを想像して、興奮して息が苦しくなった。
 俺はヒロシの肉棒に白くて細い指をからめていく。

「ヒロシのここ、凄く熱い……はぁぁ」
「加奈のここだって…、熱くて、凄く濡れてる…」

「だって、ヒロシがそんなに……はぁん……するからぁ……」
 とろとろと零れ出した愛液は太股を伝ってベットのシーツを塗らした。

「脚、もう少し開いて」
 ヒロシに促されて、俺は脚を広げた。
 ヒロシの舌が俺の太股を伝い、愛液を掬い取るようにクリトリスを舐め上げた。

「ああっ、ダメっ! そこ……感じちゃう。ああああん!」
 激しい性感の嵐に俺は背中を反らせる。

「あっ、くぅぅん、ん、んんぅ! ……もぉ、だめぇ…」

 呼吸するのも苦しくて、頭がぼおっとしてきて、俺はただヒロシの愛撫に嬌声を上げることしかできなくなっていた。

「そろそろ…いい?」

 そう聞いたヒロシの顔も、興奮しているのかいつもより少し赤くなっていた。

「うん…」
 と頷いた。

 ヒロシの肉棒が俺の秘所に触れた。

「んぁっ! ……ヒロシ、ちょっと待って!」
「…なに?」

「私と……」
 胸がキリキリと痛んだ。
 聞きたくないけど……聞きたかった。

「私とセックスしたいのは私のことが好きだから? それとも、私がアイドルだから抱きたいだけ? ……それとも――」


「決まってるだろ」
 ヒロシは『黙って』というように、俺の唇に人差し指を当てた。

「お前と俺の魂が惹かれあうからだ」

「……え? それってどういう……んあああぁんっ!!」

 ヒロシが俺の問いを無視して、ずっ、と腰をすすめてきた。

「はんっ! んあ!」

 ぐっ、ぐっと俺の中に慎重に肉棒を沈めていく。
 ヒロシの肉棒が俺の奥に届くのを感じた。

「香奈……」

 痛みと快感が同時に押し寄せてきて、自然と零れた涙で視界がぼやけた。
 涙のその向こうにヒロシの顔があった。

「愛してる」

 じわぁっとその言葉が胸に染み込んだ。
 想いを伝えるように、ヒロシが動き始めた。

「あっ…あっ…あっ…」
 股間が、じゅぷっ、じゅぷっと音を立て、俺は身体をのけぞらせて喘いだ。

「ひっ! んあぁっ! あっ! ふあぁ!」
 ヒロシのひと突きごとに、俺の中で何かが弾けていった。

「ああ、いい、いいよぉ……すごぃ……ヒロシぃ……ああぁあっ!」
 ヒロシが、クリトリスを擦りつけるように腰を突きまくった。
 俺の形の整った白い乳房がその度にたぷたぷと揺れた。

「わ、私っ、もおぉっ、はんっ…!」
「…いくよ」

「うん、うくっ……、いっ、いいよっ……あっ、あぁんっ……きてっ、きてぇっ!」

「…くっ!」
「ああぁぁあぁぁっ!!」

 視界が真っ白になって、爆発したみたいだった。

「はぁ、はぁ……」

 心地良い脱力感に包まれていると、ヒロシが覆いかぶさるように身体を預けてきた。
 幸せな重さだった。

「ヒロシ……大好き……」

 余韻を味わうように、もう一度、唇を重ねた。





 それから。

 新曲が発売された後、その勢いに乗ってアルバムが発売され。
 ヒロシもいくつかの曲に携わって。
 売れに売れたそのアルバムを引っさげて、全国ツアーが始まった。
 もちろん、ヒロシも一緒だ。



『もう1回っ! もう1回っ!』

 楽屋に戻っても、5万人の大観衆の声が鳴り止まなかった。
 アンコールが終わって、手を振ってステージから退場して、3分以上経ってるのに、その声はずっと続いている。
 俺は酸素を補給しながら、その声に耳を傾け…、いてもたってもいられなくなった。

「もう1回行ってもいい?」
 バンマスの南さんに聞くと、彼は呆れた顔をした。

「マジ? さっき『これでホントに終わり』って行ってハケてきたんでしょ? もう1回出るの恥ずかしいでしょ」

「だって、みんなが待ってるもん…」

「俺はもうダメ。今日のライブは出来が良すぎて、疲れた…。他の奴もたぶんそう。みんな死んでる…」

 確かに、周りを見てもみんなぐったりしている。

 ……と、ヒロシと目が合った。
 その目の輝きは失ってなくて、視線だけで『行くか?』と聞かれたみたいだった。
 俺は大きく頷いた。

「ヒロシ、行こっ!」
「よし」
 ヒロシが立ち上がったのを見て、南さんが驚いたように声を上げた。

「香奈ちゃんとヒロシだけで何するの?」
 俺は笑顔で首を横に振った。

「私とヒロシが組めば無敵なんです。音とライトの準備お願いしますっ!」
 唖然とする南さんを横目に、俺はヒロシと一緒にステージに向けて走った。

 ステージの袖まで行った所で、ヒロシが俺の手を引っ張った。

「なに歌うんだ?」
「あ、決めてなかった。どうしよ?」

「じゃあ、あれやろうぜ」
 ヒロシは俺の目を真っ直ぐに見て……言った。

「『そばにいるよ』」
「……え?」

「歌えるだろ……お前なら?」

 だって、その曲は Treasure Seed の曲で……、しかも、1回しかライブでやったことなくて……。
 たとえそのライブに清水香奈が行ってたとしても、1回しか聞いたことない曲を歌えるわけなくて。
 その曲が歌えるのは……世界中で1人しかいない。



 志水和彦しかいない――。



「……いつから気づいてたの?」

 俺がそう言うと、ヒロシは重く息を吐き出した。

「確信したのは今だ」

 観客の鳴り止まない歓声が遠くに聞こえた。

「最初に会った時。『今でも』を歌った時に、出足で少しだけリズムが先打ちするのがアイツと同じだった。まあ、それはライブを聞いていたんなら真似なのだろうと思った。その次は追悼ライブの時。ライブパフォーマンスまであいつにそっくりだった。ライブが終わった後、楽屋でお前は『またヒロシと一緒に音楽がやれる』と言った。それはまるで、その日のライブだけじゃなくて、今までずっと一緒に俺と音楽をやっていたような言い方だった。その時に、もしかしたらと思った。……それから、お前と一緒にいるようになって、その疑問は確信に変わっていった……」

「……ばれちゃったか……」

「カズヒコ――」

 俺はヒロシの言葉を遮るように、ヒロシの唇に人差し指を当てた。

「それ、神様にも内緒だよ」
「……わかった」

「私のこと……それでも好き?」
「……ああ」

 ヒロシが微笑んで頷くのを見て、俺は少し照れて、ヒロシの腹を軽く小突いた。

「行こ。みんなが待ってる」

 俺とヒロシはステージに向かって歩き出した。
 清水香奈の姿を認めて、『おおおおおお』という大歓声と拍手が響いた。
 俺は、中央のマイクの前に立った。
 ヒロシはギターを抱えて、音が生きているか確認するように、ジャッと音を1回だけ鳴らした。
 俺は視界が一杯になる程の観客を前にして、少しその光景を見て楽しんだ。

 ふと、白く輝くライトの中に人影が見えた。

 それがだんだん近づいてきた。



 ――あの時の天使だった。



 天使は少し悲しそうな顔して、俺の頭に手を伸ばした。

「……や……だ……」

 俺は呆然として、それを見つめることしか出来なかった。

「約束よ。志水和彦さん…」



 ――俺の中の全てが真っ白になった。









「……あ、あれ?」

 えっと、なんだっけ?

 ここ、どこだっけ?

 …って言うか、俺って何?

 ぼんやりと目に映る光景や、聞こえる音は情報として頭に入ってくるものの、俺は頭が空っぽになったように、そこに立ち尽くした。




 (…香奈?)

 ヒロシはマイクを前にして何も喋らない香奈に目を細めた。

 (…どうしたんだ?)

 斜め後方から見ただけではわからなかったが、何故か足元がふらついている気がする。

 (寝てる……わけじゃないよな?)

 胸の奥で、言いようのない不安が膨れ上がっていくのを感じた。




「マイク生きてるよな?」

 ミキサールームにいたディレクターの白鳥がスタッフに声をかけた。

「あ、はい。問題ありません」

 白鳥はもう一度、ステージの清水香奈を見た。

「どうしたんだ香奈ちゃん。今更、怖気づいたって訳でもないだろ?」




 (どうしたの、香奈ちゃん?)

 ステージの袖で見守っていた、マネージャーの西宮洋子が側にあったパイプをぎゅっと握った。

 (何かあったの……?)

 しかし西宮洋子に出来ることは、そこで見守ることだけだった。




「なんか、変じゃないか?」

 客席から見守っていた Treasure Seed のスタッフの井出が、隣にいたシンガーソングライターの芹沢に言った。

「……なんかあったのかな?」

 最初は清水香奈の言葉を待っていた観客も、じょじょに異変に気がつき始め、会場がざわめき始めた。

「なんて言うか…魂が抜けたような顔してる」

「ああ、俺はそう言えば、昔ライブで別れたばかりの元カノを見つけて頭が真っ白になったことあったな…」

「まさか、そんなことはないと思うけど……」

「なんか……びびってるみたいだな」

 芹沢は意を決したように一人頷くと、口の側に両手を添えて叫んだ。

「香奈ちゃーーん! 頑張れーーーー!!!」

 その声が、次第に会場全体に広がっていった。




「頑張れーー!」

「歌えるーー!」

「香奈ちゃん歌ってーー!!」

「頑張れーー!!」

 やがて、観客が一体となった。

『頑張れ、香奈ちゃーん!』

 5万人の大歓声が、清水香奈と、その傍らにいた天使を包んだ。




「なに……これ……?」

 天使は困惑していた。
 これほどの人間が、1つの願いを共有している。
 天使にとって初めての経験だった。

 その願いの波に翻弄されて、まるで強風を受けているように天使は顔をかばうように両手を前に出した。

「この願いの数は……この会場の中だけじゃない……」




 衛星放送局のキャンペーンの一環として、このコンサートが生中継で全国に放送されていた。
 撮影スタジオの休憩室からそれを見ていた中島優美がテレビに向かって言った。

「頑張れ、香奈…!」

 その傍らにいた山下圭太が、ぐっと拳を握り締めた。

「…香奈、歌えよ」

 その2人だけではない。
 一緒にテレビを見ていた番組スタッフもテレビに向かって声を出し始めた。

「香奈ちゃん、頑張れっ!」



 
 日本中の願いが、清水香奈に向けられていく…。




「みんなの願いは……この人が歌うこと……ただ、それだけ……」

 天使は、くっと息を呑んで、それから両手を組み、天を仰いだ。

「神様……」

 涙をこらえるように、大きく息を吐き出した。

「神様、私はダメな天使です。神様にいつも迷惑ばかりかけてます」

 天使は立ち尽くす清水香奈の姿を見た。

「でも、もう一度だけ……、私のわがままをお許し下さいっ」

 天使が両手を清水香奈の頭に向けた。

「志水和彦さんっ!」





「……あ……あれ?」

 ライトが目に入って立ちくらみしちゃったかな?

『頑張れー!!』

 いきなり大歓声を叩きつけられてビックリした。

「あ、うん。頑張る」

 マイクに向かってそう答えると、観客が『わああああ!』と拍手してくれた。

 ……リアクションが派手な気がするけど、なんでなんだろう?

 ヒロシのほうを振り向くと、ヒロシは何故か安心したみたいに苦笑していた。

「ん?」

 と首を傾げると、ヒロシは『いいから歌え』と言うように、顎で観客のほうをしゃくった。
 俺は軽く頷くと、もう一度マイクに向かった。

「じゃあ、ホントにホントに最後の曲。……みんなこれ聞いたら素直に帰るんだよ。帰ってから香奈のCD聞いて、今日の余韻に浸るように。わかった?」

 観客から笑い声と一緒に『はーいっ』『わかりましたぁ』と声が聞こえた。

「それじゃ、聞いて下さい。『そばにいるよ』」




 天使は清水香奈が歌っている傍らで、目を閉じて耳を澄ました。

「すごく…優しいメロディー…」

 うっとりとするように天使が呟いた。




 ミキサールームの白鳥が、誰に聞かせる訳でもなく呟いた。

「この曲……ミリオン狙えるな……」

 それから、スタッフの一人に声をかけた。

「決めたよ。この2人を組ませて、この曲でシングル出すぞ」

「え? 白鳥さん、プロデュースしないでんすか?」

「もう俺は香奈ちゃんに必要ないみたいだからな。ちょっと悔しいけど」

「いいんですか? そんなの勝手に決めちゃって」

「こんな音、聞かされたら誰だって納得するさ」




 ステージの袖ではマネージャーの西宮洋子が、曲に合わせて体を揺らしていた。

「いい曲ねぇ…。でも、いつの間に練習したのかしら…」





 客席の井出が芹沢に言った。

「香奈ちゃん、歌上手くなったな」
「ああ。ヒロシも凄くいい」
「うん」

 井出はステージの2人を見て……それから囁くように言った。

「良かったな、ヒロシ…。聞こえるか、カズヒコ…」




 テレビを見ていた中島優美が山下圭太に言った。
「圭太、私はあなただから香奈を譲ったのよ。あんなノッポに取られないでよね?」

「わかってるよ」
 山下圭太は苦笑して、それからテレビから流れる清水香奈の歌声に耳を傾けた。

「……でも、もう香奈の気持ちは決まってるみたいだけど……」




 ヒロシはギターを弾きながら、じっと香奈を見つめていた。
 溢れる想いの全てをギターに乗せて。



 清水香奈は最後のサビの前にヒロシに振り向いた。
 二人の間に言葉はいらなかった。
 ただそこにある音楽だけで、お互いの全てを知ることが出来た。


    今だから言えるけど 僕だって心細かった
    君が側にいてくれたから 僕は無敵の勇気を持てた

    たとえ遠く離れていても 僕は君のそばにいるよ
    諦めないで その夢 僕に聞かせて
    たとえ君が立ち止まっても 僕は君の味方だから
    振り返れば 僕がいるよ 一人じゃない


 曲が終わって、大歓声に包まれている中で俺とヒロシが向かい合った。

 ヒロシが右手を上に向けた。

 俺達のライブの恒例。

 今の身長差を考えると……いや、絶対飛べる!

 ヒロシが俺を見てニヤリと笑った。

 俺は助走をつけてヒロシの前で大きく踏み込み――――飛んだ。



パシーーンッ!!



 ヒロシ――。

 俺は……ううん。

 私はいつも……あなたのそばにいるよ。



 愛してる――。




by ジリィ


2006年09月03日(日) 16時43分34秒 公開