多鯰ヶ池

門部:日本の竜蛇:中国:2012.02.15

場所:鳥取県鳥取市:多鯰ヶ池
収録されているシリーズ:
『日本伝説大系11』(みずうみ書房):「多鯰が池」
『日本の伝説47 鳥取の伝説』(角川書店):「多鯰ヶ池」
タグ:竜蛇と果実/竜蛇と長者/女人蛇体


伝説の場所
ロード:Googleマップ

果実は木のタマゴである。木に竜蛇が降りるならそれは「蛇のタマゴ」であることになる。エデンの林檎もそうだった。ラードーンの守る黄金の林檎もそうだった。そして、因幡の多鯰ヶ池の中島に生る柿の実もまた、そうなのだ。

多鯰ヶ池
多鯰ヶ池
レンタル:Panoramio画像使用

多鯰が池:要約
昔、因幡の丸山村に池田という長者があった。ある年、隣の湯山からお種という女中を雇い入れた。お種は大変な器量良しだった。
長者の家では毎晩下男下女が集まって、囲炉裏のそばで四方山話をするのが常だった。そんな時、お種はどこからともなく沢山の柿の実を持って来て振る舞うのだった。はじめの頃は皆気にとめなかったが、度重なると怪しむようになった。屋敷の近辺には柿はないのだ。ある時、いつものように皆で集まるというので出かけるお種を下男があとをつけた。
そうとも知らず、お種は多鯰ヶ池につくと、草履を揃えて脱ぎ、身を踊らせて水中に飛び込んだ。お種の姿は蛇体に変わり、沖合の島に泳ぎつくと、その島にある柿の木によじ上った。あとをつけていた下男たちは仰天し「正体を見たぞ」と叫んでしまう。
それを聞いたお種は池水をかき回し黒雲を起すと天高く舞い上がり、その後皆で探しても再び姿を現すことはなかった。村の人々はこの昇天の日をお種の命日とし、毎年十月一五日に餅を搗いて柿の葉にのせ、池に投げこむようになった。(『河原地方伝説集』)

みずうみ書房『日本伝説大系11』より引用

水のむこうの〝あちら〟の島に、〝こちら〟にはない柿の実があり、蛇体のお種が泳ぎその実をとってくるのだ。なんとも象徴的な話である。『大系』には(多鯰ヶ池の)八話の類話があり、「おたね」は娘だったり女中だったり色々だが、島の柿の実をとってくるという点は共通している。

お種弁天
お種弁天
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多鯰ヶ池(たねがいけ)の名の由来の話でもあるので「おたね」はみなこの名であり、その後池の弁天として祀られることになる。これを「お種弁天」と言い、今もある。池のほとりだが大島と言い、もとはこのあたりが大池の中島だったのだろうか(池は干拓により縮小している)。

その他類話ではこれを境に長者の家が傾いたりという盛衰譚になっているものもあるが、「柿の実」がもたらされるか否かがそれを象徴しているのだとも言える。島の柿を「あちらにある富」とした場合、通常の「こちらの者」は手出しできない。その境は生死のときにだけ渡ることのできる境であるからだ。

そこを生きたまま、その姿のまま「わたる」ことができると考えられたのが蛇である。なぜなら「脱皮」することで新生することができるからだ。だから、その「あちらの木の実」は蛇によってもたらされることになる。

類話には病身の家の者の願いに応えておたねが柿の実をとってくる、というものもあり、そのあたりがより強調されていると言えるだろう。日本ではこのような話はそれほど多くはない(西洋にだって「多く」はないだろうが)。しかしあるにはあるのだ。

もっとも「富をもたらす」という点では本邦の蛇は広く膾炙した存在なので、果実に集約する必要がなかったということもあるだろう。それにしてもやはり「果実」というのは象徴的なものではある。引き続き「あちらから果実をもたらす蛇」の姿を探して行きたい。

memo

多鯰ヶ池 2012.02.15

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