第59号

人権と報道関西の会シンポ

取材も市民生活を脅かす無視された無罪推定の原則

須磨事件報道


 「人権と報道関西の会」の第10回シンポジウム「今、報道を考える」が11月15日、「神戸須磨事件報道の検証」をテーマに大阪市本町の「大阪科学技術センター」で開かれ、関心の高いテーマだけに、150人を超す市民が参加、会場からあふれ出てメモを取る人の姿もあった。「関西マスコミ文化情報労組会議(関西MIC)」と共催で毎年開いているもの。関西の会代表でもある前野育三・関西学院大教授が「須磨事件報道の問題と少年法改悪」と題して講演したあと、シンポジウムを行った。パネリストには、取材した側として神戸新聞編集局長の佐藤公彦さん、読売テレビ報道デスクの吉田雅一さん、取材を受けた側として北須磨自治会副会長の高見俊一さん、地元住民の松尾満子さん、少年の弁護団の一員だった羽柴修さん、情報を受け取った側として日本婦人会議兵庫県本部事務局長の宇野陽子さん、同志社大社会学科新聞学専攻の下崎千加さん—の7人が参加。新聞労連近畿地連委員長の服部孝司さん(神戸新聞)がコーディネーターを務めた。(小和田侃)


 まず各パネリストが、事件や報道についての意見を語った。報道する側から佐藤さんは「加熱報道になったことに反省はあるし、批判には応えていく」と前置きし、「神戸新聞は地元紙ではあるが、他のどの新聞よりも冷静に、慎重にというスタンスをとった。例えば、神戸新聞に送られてきた『酒鬼薔薇聖斗』の手紙を特ダネとして扱わず、他のメディアと同時報道にしたのもその一環。またその文面も、地域住民に不安を与えないため、1字1句隠さないように公表した」と、社の姿勢を説明した。

 吉田さんは、テレビと新聞との大きな違いとして、「テレビは同じ局でも、番組によって別々の取材態勢になっていて、同じ取材対象を『読売テレビです』と、入れ代わり立ち代わり訪れ、取材を受ける側に負担を強いている。しかも相互に情報交換がなく、むしろ局内でも独自ネタを争うことになり、センセーショナル報道をあおるのだが、これが止まらない」と、実情を語った。また、「外国なら捜査当局が供述調書などもオープンにするのだが、日本ではこんな物まで隠されるので、夜討ちなどによる特ダネ競争に走ってしまう。警察はもっと賢なって、情報公開に努めれば、不毛な競争もなくなる」と、警察の側の問題点も指摘した。

 続いて報道される側として、高見さんは「報道には、私が体を張って耐え続けた。(私たちのところの)自治会長は『報道陣には何も言わない方がいい』と、住民に指導するようになっていた。神戸に在勤するマスコミとは自粛の協定を組めても、東京などから来たメディアの記者にはそれが伝わらず、効果を生むことができなかった」と振り返った。

 松尾さんは「たくさんのヘリが低空飛行して、町は騒然となった」「少年逮捕の夜、その家の周りは取材の車が列をなし、携帯電話からあれこれと連絡する記者であふれた。同じ学校の生徒の各家には、夜中まで取材攻勢がかけられ、プライバシーがふみにじられた」「生協の駐車場はいつも取材の車で満車状態で、買い物にも行きにくくなり、アイドリングをやめてくれるよう申し入れても聞き入れられなかった。そして、取材陣の食べた弁当のからが山積みになっても知らん顔だった」など、取材手法の問題点を数々例示した。

 羽柴さんは、「弁護団に対し『社会関心が強いのに、情報を流さないのはおかしい』とするマスコミとの間で、いろいろあった。にも関わらず、多くの情報が漏れた」と分析。家裁送致前にまだ弁護団も見ていない“犯行メモ”をはじめ、「これが出たらまずい」と思っていた“鑑定書”“検察官調書”まで、次々と報道されてしまい、特に“犯行メモ”を報じた社には、「無罪推定の原則に反する」として抗議も行なったという。そして今後のために、「少年法と報道との関係を十分論議し、被害者が少年審判にどう関与できるか、被害者の知る権利を確立すべきだ」とも提起。マスコミに対しては、「どうして1分、1時間を争うような競争が必要なのか。また、得た情報を何でも書いてしまうという姿勢も問題だ」と指摘した。

 情報を受け取った読者の側からは、宇野さんが「時間をかけてじっくり検証すべき事件なのに、今までと同じように興味本位に書かれるだけだった。これほど大きくマスコミ不信を感じたことはなかった。一方、私たちも初めは“ごみ袋の男”、逮捕後には少年が犯人と思い込んでしまうようになっていた。報道に動かされていたのだった」と述べた。そして今回の報道を機に、センセーショナルで不必要な情報を受け入れないことを実践するため、ワイドショーや写真週刊誌を見るのをやめたという。

 下崎さんは「少年の家庭状況などまでどんどん報道されたが、ニーズがあるからといって報道していいというものではない。松本サリン事件の報道被害者、河野さんは『マスコミは人々の幸せにつながる報道を』と呼び掛けているが、今回の報道はそうではなかった。被害者、被疑者のプライバシーを侵害し、一方で住民を不安に陥れたマスコミは、どんな情報が必要なのか見えなくなっている」と分析した。

 これらを受けて司会の服部さんは、「取材陣はローラー作戦で片っ端から当たり、少年の名前などを割り出して行った。ワイドショーなどは、情報を売るためにお金や品物を渡したとも言われている。今の意見をベースに議論に入りたい」と提起。佐藤さんは「警察情報のたれ流しとか、警察の言いなりとか言われる。ただ今回の事件では、マスコミ自身が地域で取った情報が多く、それを捜査員にぶつけたうえで記事化するという手法がとられた。私は、犯人を新聞が捕まえるべきとは思わない。だが、いろんな状況を報道することで、一つ一つの情報を(事件とは関係ないと)つぶして行き、結果的に犯人逮捕につながると思う。ただし、それは人権にかかわるものであってはいけないが。様々な情報の中で、『黒いビニール袋の男』だけを警察もつぶすことができなかったので、これを捜査一課長がリークしたのだろう」と振り返った。また、「連日の紙面で何が何でもトップ記事に仕立てるという姿勢が各紙にみられ、無理やりのトップが続いた」とも分析した。

 吉田さんも、「これらの取材態勢、手法が許されないのは分かっている」と非を認める一方、「しかし、現場記者は『こういう話をとれ』と委ねられ、ついつい一線を越えてしまい、本社は本社で指示を出すだけなのでそれを察知できない。特に若手記者やワイドショーの外部委託クルーは本社に対して拒否権がないので、無理しても情報をとらざるをえない。もし取材によって被害を受けたなら、その記者の名前などとともに知らせてほしい」と呼び掛けた。

 一方、取材攻勢を受けた羽柴さんは「(刑などが)確定するまで、断定的な報道をするのは間違っている。結果的に犯人としてしまう前提の報道だ。どうして待てないのか」と疑問を投げ、「『会見しないから、メディアが情報をたれ流してしまうのだ』という報道側の論理は本末転倒だ」と反論。宇野さんは「マスコミ内では、上司の命令ならやらざるをえず、生活のために自分の良心を売っているのだろう」ととらえながらも、「警察がどんな間違いをおかしているのかを読者に提供するのが、本来の報道だ」と提起した。

 このほか、「神戸新聞がより良い報道を目指して、こんなに努力しているのを今日初めて知った。10年前ならもっとひどい報道がまかり通っていたのだろう。今後も読者が判断する力を養いながら、報道を改善していけばいい」(下崎さん)、「亡くなった少年の家族は、今も世間の目を避けて外出できないでいる。報道も一般の者も、野次馬的な見方をやめなければならない」(松尾さん)、「被害者と、逮捕された少年の双方を抱える私たちの地域に対し、今後どうしていけばいいのか、多くの方からアドバイスをいただきたい」(高見さん)などの意見が出された。

 会場からの発言もあり、「マスコミは、初めから少年を犯人と決めつけた報道に終始した」などの声が寄せられた。


前野教授の講演

またしても

「容疑者=真犯人と断定」の報道


 無罪推定の原則は、1948年に制定された世界人権宣言などに明記された古くからの考え方だ。しかし日本の事件報道では、容疑者の逮捕段階で大々的に報道されるため容疑者が真犯人であるかのような印象を読者や視聴者が持ってしまう現実がある。神戸の事件は典型的な例だった。

 少年の逮捕当日の新聞報道では「容疑者は14歳少年だった」と断定口調の表現が非常に多かった。刑事訴訟法では刑事手続上、警察と被疑者が対等と考えられているが、実際にはマスコミは警察の代弁機関になっており、両者を等しく取材するという姿勢に欠けている。少年が逮捕される前は、あたかも有力な容疑者として「黒い服の男」の存在が連日紙面を飾っていたが、逮捕された後はその男のことはまったく報道されなくなってしまった。自らの判断で事件の様々な可能性を追求しているのではなく、警察が出す情報だけで記事を作っていることの何よりの証左ではないのか。今こそ、自分の足で情報をとる姿勢が現場に求められている時はないと思う。

 

◆  ◆  ◆  ◆

 

被害者のプライバシーに配慮、

読者に判断委ねる報道を

 

 大きな事件のたびに、なぜ加害者を保護しなくてはいけないのか、加害者の人の人権を守らなくてはいけないのかと非難する人は多い。しかし、そういう人たちが被害者のことが洗いざらい報道される現状を問題にしているのをあまり聞かない。私は被害者のプライバシーにも配慮して報道されるべきだと考える。

 神戸の事件では被害者の実名と顔写真が報じられたが、被害者の家族に対するカウンセリングやケアの理念から言っても、それはおかしいと思う。

 「育て方を間違った」などと容疑者の家族が非難されるのも日本的な現象だと思う。犯罪とは偶然と必然の産物であり、その結果なのだ。家族が責任を取らなければならないということにはならないはずだ。しかしマスコミは警察からの一面的な情報に基づいて、表面的な事件報道に終始していた。だれかを断罪するのではなく、読者に判断を委ねるような報道であってほしかった。

 新潮社の週刊誌「フォーカス」が容疑者の少年の顔写真を掲載したため、駅売りでは自主回収されるという騒ぎがあった。少年法61条に対する意図的な挑戦だが、これが回収されたということは社会にまだ健全さが残っているという証拠なのだろう。またインターネットに顔写真が掲載されるという新タイプの報道被害が出てきた点も注目すべきことだ。

 少年が容疑者である段階から、佐藤欣子さんという弁護士が、「こういう少年と同じ空気を吸っているなんて、何て恐ろしい社会なんでしょう」という趣旨の発言をしている。彼女の表現の自由は最大限尊重するが、逮捕段階で真犯人と決め付けてコメントすることは、法律家として問題の残る行動ではないだろうか。ましてや少年は未来のある身。無罪推定の原則が貫かれるべきなのだ。

 

◆  ◆  ◆  ◆

 少年事件は増えていない

 少年法改正議論の欺まん  

 

 犯罪抑止のために、少年法を改正すべきだという声が強くなっている。今回の事件を少年法と意図的に結び付けようとする人たちの動きだ。彼らの理屈は、16歳以下の少年に刑罰を課さないとする少年法が甘いから、こういう事が起こるのだという論法だ。しかし私はこれは単なる結果論に過ぎないと思う。犯罪というのは偶然と必然の産物であり、現在予防できないものを、将来において防ぐことは出来ないのだ。

 97年は、少年法に関連して、法務省が通達を出したり、議員立法を出す動きがあった。同法の欠点を踏まえながらも、それらをうまく解釈・運用しようとするものではなく、今回のショッキングな事件を契機に改正に持ち込もうとする人たちがいるということだ。

 少年による凶悪事件が増えてきたので改正すべきだという主張もある。しかし犯罪白書を見てみると、この指摘は事実として間違っている。この10年間、少年事件は減ってきており、強盗や殺人といった凶悪事件も減少かほぼ横ばいの状態なのだ。こういう事実を踏まえることなく、少年法のあり方がうわべだけで問われていたのが、今回の神戸の事件だったのではないだろうか。(田中)


今回のシンポでは、パネリストによる討議の最中に不規則発言が会場からたびたび出され、何度も論議が中断させられたのは残念だった。それらの発言の主旨は、「これは冤罪事件にもかかわらず、報道にはその視点が一切なかったうえ、今日のシンポもその点について議論されていない」というものだった。確かに、「少年が犯人」であることが前提の記事が大半だった。それはそれで問題なのだが、それ一点に集中し、しかもパネリストらを糾弾するかのようなやり方には、怒りを覚えた。 会場にいる大半の市民は、この事件での報道についての広い議論を期待していたのに。「そんなに自分たちの主張だけを押しつけたいのなら、自分らでパネリストを招いて集会を開きなさい」という言葉が、のどまで上がっていた。主催者の舞台裏を一つ明かすと、報道側のパネリストとしていろんな社に参加を内々に打診したが、どこからも断られ、今回のお二人だけが快く引き受けてくださったのだった。「大手新聞は、少年を犯人扱いばかりして」と、やかましいほど不規則発言したあなた。そんな言葉は、この日のパネリストに向けるのではなく、自分で直接その新聞社に申し入れなさい。“針のむしろ”になるのを覚悟で出てくれた人を安易にののしる姿勢は、あなたが糾弾しようとした弱い者いじめと質が同じではないか。(侃)


次回例会、2月14日(土)は

「セクュアル・ハラスメントと報道」

 人権と報道関西の会の次回例会は、2月14日(土)午後1時から大阪弁護士ビル3Fのプロボノセンター(大阪市北区西天満4−5−3 電話06・365・5011)で行います。

テーマは「セクシュアル・ハラスメントとマスコミ報道」。セクシュアル・ハラスメントは近年、社会的な関心の高まりにつれ、マスコミで様々な角度から取り上げられるようになってきました。しかし、その報道や取材方法に問題点はないのでしょうか?

「キャンパス・セクシュアル・ハラスメントー調査・分析・対策」の編著もある京都産業大学教員の渡辺和子さんを報告者に迎え、フェミニストとして運動を進める側から見たマスコミ報道の問題点について話していただきます。また奈良県天理市の天理大学で起きたセクシュアル・ハラスメントを取材した新聞記者が、取材現場で直面した大学の閉鎖性、記者の性意識の問題点について報告します。


 このページは人権と報道関西の会の御好意により当ホームページに掲載されていますが、本来会費を頂いている会員に送付している会報です。その性格上2ヶ月毎にこのページは更新されますが、継続して御覧になりたい方は是非上記連絡先に所定の入会の手続きを行ってください。

1