岩井俊二監督の実に8年ぶりとなる長編劇映画『ヴァンパイア』。脚本・監督・音楽・撮影・編集・プロデュースを自ら手がけ、つめ込まれた“岩井美学”があふれ出す同作は、その映像美のなかに、誰もが持っているかもしれない狂気性や異常性を静かにリアルに描き出す。そんな待望の新作制作の裏側、さらにアジア映画市場に視線を向けた自身の役割を語る。
──岩井俊二監督がヴァンパイア映画を作ったというところに意外性を感じる人が多いと思うのですが、何かきっかけがあったのでしょうか?
【岩井】 たしかにタイトルは『ヴァンパイア』なんですけど、普通のヴァンパイア映画ならそのまま『ヴァンパイア』なんてタイトルはつけないと思います。いわゆる吸血鬼映画は、恐いけどどこか安心して観ていられるようなホラージャンルだと思うんですけど、「こういうヴァンパイアは現実にいるんじゃないか」と思って安心しきれない、つまりシャレにならないタイプのものを作りたいと思ったんです。僕自身も含め、誰もが持っているかもしれない狂気性や異常性みたいなものを形にしていければ、よりリアルに感じてもらえるんじゃないかというのが最初のイメージでした。考え始めたのはもう10年以上前で、『リリイ・シュシュのすべて』の前ですね。
──主人公の“ヴァンパイア”が、インターネットの掲示板に集まる女性たちに近づいていくという展開もそのときから考えていたのでしょうか?
【岩井】 『リリイ・シュシュのすべて』のあと、5年ぐらい経ってからまったく別の企画で連続殺人犯の話を考えていたんですが、それが、あるサイトに連続殺人犯がやって来てそこの女性を狩っていくというストーリーでした。ところが、ちょうどそれを書いている最中に似たような事件が実際に起きてしまって、このタイミングでは映画にできないなということで断念しました。その後、『ニューヨーク,アイ ラブ ユー』を撮り終わった頃に、向こう(アメリカ)の友だちに日本の犯罪の話をしていたら、急にヴァンパイアと殺人犯の話が頭のなかでひとつにまとまって、「あれ、できたぞ」と。たぶん話しながらニンマリしていたと思いますね(笑)。
──今回はカナダで撮影、セリフも全編英語ですが、難しさは感じませんでしたか?
【岩井】 みんなが難しいだろうと思っているようなことは大したことなくて、みんながなんとも思ってないようなところが難しいという感じでした。例えば、日本人だったら誰でも日本語のセリフが書けるかというと、実際はすごく難しいんですね。リアルにしゃべっている会話を作品として再現するということには、それなりの経験や技術が必要なんです。以前、知り合いの韓国人監督が日本で撮影するということで、日本語のセリフの監修をしたんですよ。ところが、結局現場ではいろいろ変わったみたいで、監督が言わせたい内容をその場で訳して俳優がしゃべるということになったようなんですね。でき上がった映画を観ると、日本人の俳優なのに片言の日本語をしゃべっているような感じで、今回もそれを一番恐れてました。最後は役者がしゃべるわけですから、役者に感性と責任のもとにやってもらうのが一番いいはずで、今回はそこを委ねました。だから、彼らがしゃべっている内容は、台本と違います。重要なのは、こっちが言わせたい内容になっているかどうかではなくて、彼らの英語社会のなかでナチュラルになっているのかということですから。英語は僕もわかるので、今回はうまくいったと思っているんですけど。
──監督自身が手がけられた音楽が非常に印象的でした。音楽はいつ作ったのでしょうか?
【岩井】 編集段階で作るのが普通だと思うんですけど、今回は撮影に入るまでに半年ぐらい時間があったんで、わりと緻密なストーリーボード(絵コンテ)を描いたりしていたんですよ。それでも時間が余ったので、アニメにして動かしてみたりして、そのうちセリフもつけたくなって役者さんに頼んで声も入れて、音楽もつけて。まったく同じ音源ではないですけど、その時点で半分ぐらいは作っていましたね。もうストーリーボードと音楽は趣味みたいなもので、無邪気に楽しんでいました。ロサンゼルスにいるときに一回関係者を集めて、そのアニメの試写をやったんですけど、けっこう好評でした。日本でもシークレット上映とかできるといいんですけどね。
──女性が本当に美しく撮られていると感じました。どういう基準でキャスティングされたのでしょうか?
【岩井】 いわゆるハリウッド映画なんかを観ていて、もう僕には理解不能な顔の幅というか、この顔だとどういう人なのか“人となり”すらわからないという女優がけっこういるんですよね。ある人気女優さんとか、普通のおばちゃん役でというならいいんですけど、ヒロインでといわれると、「ああもう何も浮かばない」って思ってしまいます(笑)。そういうことをキャスティング・ディレクターに説明したら、「わかった、わかった」って。「本当にわかったのか?」って思ったんですけど、その後は本当に「あれ?いいじゃない」っていう子を集めてくるようになって。わかったみたいですね(笑)。その女優さんみたいな人は、ヒッチコックの映画なんかには絶対出てこなかったです。昔のイングリッド・バーグマンとかは誰が見ても美女じゃないですか。ここ20年ぐらいは変顔が流行っていますけど、きれい、かわいいというのはそんなに昔と変わっていないはずだと僕は思っているんです。ここ5年ぐらい、映画やDVDを観て、この子はいいかもという女優をリスト化していたんですね。今回出演しているクリスティン・クルックはキャスティング・ディレクターから薦められたんですけど、聞いたことがある名前だなと思ってリストを見たらランク2位に入っていました(笑)。リスト上位の女優はけっこうブレイクしているので、やっぱりそんなに感覚は違わないんじゃないかなって思いますね。
──蒼井優さんも最初から出演予定だったのでしょうか? 【岩井】 せっかくだから日本人をひとりぐらいは入れたいと思っていたので、日本人留学生の役を作りました。バンクーバーには日本人、中国人、韓国人の留学生が多いので違和感もありませんし。日本人にするなら優にやらせたいなとは最初から思っていましたね。レイチェル・リー・クックとかアメリカン・ビューティーのなかにジャパニーズ・ビューティーが入っても全然引けをとらないんだということを見せたかったですし。もちろんそこで闘いたかったわけではないんですけど(笑)。
──今、中国で恋愛三部作をプロデュースされているそうですね。
【岩井】 まだ脚本が上がってくるのを待っているところです。英語ももちろん続けたいですし、日本の映画も作りたいですけど、とくに中国と韓国では僕の映画を随分観てもらっているので、恩返しの意味も込めて一緒にやりたいなという気持ちは強いですね。ニュースでは日本と中国、韓国の摩擦ばかりがクローズアップされているじゃないですか。でも、向こうに行ってみればみんな仲良くなれるし、日本人が思っているよりもはるかに中国人も韓国人も日本のことが好きですからね。それと、今後の映画市場にとって中国はすごく重要だと思うんです。中国には今潤沢な資金があるから、若手の新人監督にどんどん撮らせようという動きがあって、僕がプロデュースする三部作もそういうプロジェクトです。日本の映画人にとってもチャンスだと思うので、僕ができるひとつの役割として、アジアの人たちと積極的に映画を撮るという流れが作れればと思っています。できるだけいろいろな国とコラボレーションするということが、日本を元気にするということにもつながると思うので、そこは積極的にやっていかなきゃいけないという、使命感に似たものがありますね。
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(文:岡 大)
岩井俊二
1963年1月24日生まれ。宮城県仙台市出身。1993年、テレビドラマ『ifもしも〜打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』で日本映画監督協会新人賞を受賞。1995年、『Love Letter』で数々の映画賞を受賞。その後、『スワロウテイル』『四月物語』『花とアリス』『リリイ・シュシュのすべて』など話題作を数多く手がける。2012年、書き下ろし長編小説『番犬は庭を守る』(幻冬舎)を発刊。同年3月、東日本大震災後の被災地などで撮影をしたドキュメンタリー『friends after 3.11【劇場版】』を公開。同続編がBSチャンネルで放送される。
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