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「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しき雑談。
 

大アジア主義について

2012年09月19日 19時50分59秒 | 世直しのためにどうすべきか
wikiより

欧米列強の脅威の排除とアジアとの連帯を目指した主張で、明治中期までの日本ではもっぱら興亜会に代表される「興亜論」(こうあろん)の名称で呼ばれた。その内容は開国文明化、協同、合邦、新秩序構築など、論者の思想、立場によって異なり一義的な定義はない。また国際情勢の変化に伴って主張内容が変化する。
当初は日本と中国(支那)・朝鮮との対等提携指向を指すものであったが、江華島事件や壬午事変、甲申政変を経て起こった日清戦争で、元来のアジア主義の理念は一旦崩壊し、政府や国内の新聞も清や朝鮮への侵略を正当化する対外強硬論が主流となり、日清戦争以後の亜細亜主義の定義は、元来のアジアとの平和協調路線とは完全に正反対のものになった。
日露戦争以降のアジア主義の定義は、東アジアにおける日本の優位を前提にアジアの革命勢力を支援する思想に発展し、やがて日本を盟主としたアジアの新秩序構築(アジア・モンロー主義あるいは大アジア主義)、そして昭和研究会による「東亜協同体論」としての政策化、「大東亜共栄圏」構想へとつながっていく。1945年の日本の敗戦によって、近代アジア主義は終焉したとされる。
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余りにも大きな問題を取り上げたので飛び飛びの連載になるかもしれません。
この記事はかなり左翼的立場から思い切り簡略化して書いてあります。重要なことは明治の一時期の右翼は、自由民権運動と平行して左翼やアナキストとまで連帯し、朝鮮と中国を同胞と考え、弾圧されている反体制運動に協力し、欧米のアジア差別にたいして「同胞としてアジアを救う」という非常にロマンティック、というか人情味溢れるを展開してという点です。頭山満のような大物は誰でも知っていますが、日本における映画興行の父・梅屋庄吉も莫大な資金を孫文に与えています。

ところがこれが左翼的な視点から見れば、後年は「アジア侵略」「大東亜共栄圏」へと変貌した、となり、愛国者の視点から言えば「自国さえ守れない他国のために日本人が血を流して防衛し、アジア諸国を独立させたうえに文明国に導いた」となります。

人情味溢れるロマンティックな大アジア主義に反論する人はまずいないでしょう。

問題は、今現在、竹島や尖閣諸島などの問題を巡って戦争状態ともいえる特定アジアに対してどうスタンスを取るべきかという点です。

日本がODNやIMF、また技術提供により、中国、韓国にどれほど貢献しても、相変わらず歴史の教科書には捏造された反日思想が満載されています。当然頭にきます。が、一方日本に憧れ日本文化を学んでいる人たちも大勢いるのも事実です。だから、一くくりにして中韓を憎むのはレイシズムになってしまうし、かと言って村山談話、河野談話のような根拠無しの土下座外交、被虐史観に傾くのは亡国の思想です。

これを書いている間に2回電話があり、別の件で動かねばなりません。妙案のある人はコメントして下さい。
ジャンル:
コラム
キーワード
大アジア主義 アジア主義 ロマンティック 大東亜共栄圏 特定アジア レイシズム アナキスト アジア諸国 1945年 江華島事件
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