第58号
小学生殺人事件報道

メディアは警察の代弁機関か!

逮捕即犯人視報道に対する危惧続出

 人権と報道関西の会の例会が9月6日(土)、大阪・北区のプロボノセンターで開かれた。今回のテーマは「神戸須磨の小学生殺人事件報道の検証」で、弁護士で当会の事務局世話人・木村哲也と、この事件は冤罪ではないかと主張している市民団体「神戸事件の真相を究明する会」から報告を受けた。

 両者の報告の中から、今回の報道が逮捕即犯人視に立っていることの危険性、また容疑者が逮捕されるまでは問題がありつつも自分達の足で取材して伝えていたが、容疑者が逮捕されて以降は警察の筋書きに合わせた報道になっていったこと、いずれもメディアが警察の言い分を代弁する役割を果たしていることの問題が指摘された。

何が客観的な情報なのかわからない

人権に対しても配慮がなかった

 例会でははじめに事務局の木村が報告を行った。報告では報道のありようについて「事件発生当時」、「挑戦状が送られてきてから」、「容疑者逮捕」三つの段階に分けて行った。無責任な犯人推理ゲームが繰り広げられ、容疑者逮捕直前までは「黒いゴミ袋を持った男」が有力視されていたのに、逮捕以降はすっかり姿を消してしまった情報があるなど、何が客観的な事実なのかよく分からない形で報道が進み、全体としてセンセーショナルな報道が目に付いたこと、と同時に、加害者の少年には家庭環境など直接プライバシーに触れる報道が行われ、果ては写真週刊誌「フォーカス」が顔写真掲載問題、少年法改正の問題、ホラービデオ規制の問題まで様々な問題を呼び起こすことになったこと、そしてこれまで「容疑者付き」報道に見られるような曲がりなりにもメディア側に人権配慮に関して一定の前進があったと思われていたが、今回は少年を有罪と断定した上で、人権に関して配慮が払われない報道が繰り広げられたのではないかと報告した。(当日配付の資料「神戸須磨小学生殺害事件と報道-市民から見た疑問点-」参照)


 神戸須磨小学生殺害事件と報道

 ー市民から見た疑問点ー

事件発生時

・「生首」「遺体に加えられた傷」などについての表現
・被害者が「知的障害児」、被害者実名・写真・「淳君殺人事件」
・それまでの児童殺傷事件と結びつける報道
・情報が乏しい中での専門家のコメント
・被害者家族への取材は適切だったか
・全体として「犯罪史上最大の事件」のような伝え方
・事件の表層ばかりをあげつらい、「猟奇的」な部分を強調することで読者・視聴者から冷静な判断ができなくなった状況

「挑戦状」が送られてきてからの報道

・「挑戦状」の内容はすべて公開されていなかった
・学校現場に対する取材集中
・「挑戦状」のナゾ解き、「犯人像推理」(伝える側もまるでゲーム感覚)
・「黒いゴミ袋を持った男」「白いワゴン車」はどうなったのか
・地域では自衛団による警戒。自衛団は「取材お断り」

「容疑者逮捕」からの報道

・被疑者への人権、逮捕・取り調べは適正な法手続きだったか(少年法改正議論も)
・事件の背景取材(学校、友人、地域への取材の問題。専門家のコメントなど)
・フォーカス・週刊新潮が被疑者の少年の写真を掲載
・インターネット上でも実名、写真公開
・被害者周辺の取材(彩花ちゃんの母親が手記)
・学校関係の取材

全体としてはー

・「容疑者付き報道」で良くなったと言われるが、犯人視報道はより強くなった。
・警察情報に依拠した報道は相変わらずで、今回は警察に情報操作されたのではないかと言う疑問・犯罪報道の犯罪の問題がそっくり出てしまった


究明する会は「冤罪ではないか」

 続いて市民の団体で作る「神戸事件の真相を究明する会」(以下「究明する会」と略)の川崎章さんらが報告を行った。究明する会は事件後に弁護士、ジャーナリストらと共に現地調査を行い、「権力の恐るべき犯罪-神戸小学生惨殺事件の真相」と題するパンフレットを発行、「警察による権力犯罪ではないか」と訴えている。

 このパンフレットは「正門に頭部を置いたのはA少年ではない」「矛盾だらけの殺害・遺体切断の筋書き」「警察発表の物証にはこれだけの疑惑がある」「犯行声明を書いたのはA少年とは別人だ」「神戸事件の背後に潜むもの」「マスコミの批判精神はどこへ?」などの章からなり、例会では送られてきた「第二犯行声明」の消印について触れ、集配局が「戸」、または「中」と判読でき、さらに職員の証言もあったことから「神戸西局」と断定されていたのに、少年逮捕後には、集配局は「須磨北」、投函場所は「菅の台郵便局」と少年の自宅近くになってしまっている。「中」「戸」と読めた字が、後で「磨」とになったのも、無理があるのではないか。実際に消印を入手してみたが、どう考えても理解しがたい。これは投函場所が最初の神戸西管区内のポストでは少年の自宅から遠く、投函したと思われる日時には少年がこれだけ遠くのポストには行けない事情があったのではないか。そして警察はこのことが立証できないが故に、近くのポストに投函ということにせざるをえなかったのではないかと指摘している。


 究明する会が指摘する事件への疑問(パンフから抜粋要旨)は下記の通りー

1 正門に頭部を置いたのは少年ではない

 少年の「自供」によれば、5月27日の午前0時に起き出して、午前1時から2時にかけて遺体の頭部を学校正門に置いたことになっている。しかし私たちが現地調査で調べたら、新聞配達員、近所の人の証言から午前5時半から6時40分までの間に頭部は3回置き直されていることが判明した。すると犯人はその時間まで正門付近にいて、頭部を見たことになる。はたして少年は早朝まで現場にいたのか。

 また27日早朝に「黒いブルーバードが停まっていて、黒っぽい服の男」を目撃した人もいる。こういう「決定的」な情報は闇に葬り去られたままである。

2 矛盾だらけの殺害・遺体切断の筋書き

 今のところ警察が考えているストーリーは「24日に被害者の少年をタンク山に誘い込み、首を絞めて殺した」「アンテナ基地の近くの窪地に遺体を隠し、下山して金ノコと南京錠を万引き、25日午後に遺体を切断した」という筋書きのようだ。

 しかし被害者の少年が行方不明になり、25日からは大がかりな捜索が始まっており、現場付近には捜索の先生やPTAらが多数いたと考えられる。そんな中で少年は南京錠の切断、被害者の遺体を運び入れ、そして遺体の切断などができるのだろうか。

 いまだに警察はこれだけの大事件であるにもかかわらず、殺害の時刻、南京錠を切断し遺体を基地内に運び入れた時刻を明確には公表していない。メディアの報道も「24日は遺体を草むらに置きっぱなし。25日は南京錠を切り、遺体を運び入れて切断」(読売・産経)と「24日に殺害後鍵と金ノコを手に入れ、再び山に戻って基地内に遺体を入れ、25日に切断」(毎日・東京・共同通信)と分かれていた。なぜ警察は事件の詳細を明らかにしないのか。その理由は25日に警察犬と警官が出て大規模な捜索が行われており、この時に草むらに放置された少年の遺体を発見できなかったというには無理がある。そのために24日に一日で「少年は南京錠と金ノコを手に入れ、再び山に入って基地内の床下に遺体を隠した」というストーリーを作っているように思える。しかし少年は24日の午後2時から4時過ぎまでの間に北須磨公園ほかで目撃されており、そういう目撃情報は握り潰しているため、家族の送致にあたっては殺害、遺体切断、遺棄などすべてにわたって「午前」「午後」「未明」といった大雑把な表現で誤摩化さざるを得なかったのだ。

3 金ノコは凶器ではない

 少年の逮捕時、捜査本部は少年宅の捜索を行ったが、実際は有力な物証がなく、記者会見時に記者から「刃渡りは何センチか」と聞かれてしどろもどろになったナイフだけしかなかったと思われる。

 明らかに6月28日の時点では少年の「犯行」を裏付ける物証は何一つなかったのである。そのために「自供」に基づいたものだとして、マスコミのテレビカメラ、新聞記者ら衆人監視のもとに池の捜索を大々的に行った。そして金ノコが見つかったが、ではこの金ノコに被害者の血痕はあったのか。加害者の指紋は発見されたのか。そういう疑問に対して警察は鑑定結果を公表していない。これは金ノコが凶器ではないからではないのか。

4 ナイフと金ノコでは遺体のような切断面はできない

 遺体解剖を行った神戸大学の法医学の教授の所見は「遺体の切断面はギザギザになることなく一様に切断されている」(毎日)ということだった。私たちは神戸大学の法医学教室を訪ね「遺体の切断面がナイフや金ノコを使ってできるものなのか」を聞いたが、「首は皮膚と筋肉なんだから鋭い刃物で思い切ってさっと引く、そうすれば切断面はきれいにいく。これが無理だったら当然ギザギザになる」ということだった。この話はギザギザにならない一様な切断面をつくるような遺体の切断は鋭い刃物を使った経験を積んだ人間の冷静な犯行を物語ってはいないだろうか。


議論の中からー

・「警察の筋書きに合わせて紙面を作った事件と言えると思う。警察の物証に疑いをもった記者もいたと思うが、今回の場合は事件の凶悪さから世論に押されてしまった側面があると思う」(新聞社勤務)

・「今回ほどメディアが警察の応援団と思った報道はなかった。警察は自分たちに不利な情報は出さないもの。究明する会の報告を聞いて、改めて警察にとって不利な情報は全く出てこなかったことがわかった。警察の捜査をチェックする役割をメディアは放棄しているのはないか」(弁護士)

・「この事件に関しては警察は公式の記者会見をほとんど行っていない。警察が情報を漏らさない中で、逮捕前は記者たちはそれなりに足で動いて情報を取ってきている。ところが逮捕されて以降は、自分たちが調べてきた目撃証言、消印、筆跡、動機などの問題についての検証を放棄し、警察の言うことを信用してしまっている。こういう姿勢は問題ではないか」(究明する会)


 

14歳の少年が逮捕されたと聞いて、だれしもが驚いたことと思う。これだけ残酷な事件を起こした容疑者が、まさか中三の「少年」だとは、想像もしていなかったからだ。それにしても、直前のマスコミ報道に踊っていた「黒いビニール袋を持った中年男」の似顔絵は一体全体どこに飛んでいってしまったのだろう。毎日新聞神戸支局の記者が自分たちの取材への反省と「警察のミスリード」を批判する記事を除いて、マスコミ全体に今回の報道の誤りについての反省の声はほとんど聞かれない。これまでの「誤報」による人権侵害が十分な教訓としていかされていないことを強く指摘したいと思う。少年は容疑者にすぎないのに、もっともらしい「識者」のコメントも彼を「犯人」と 決めつけたものが圧倒的多数だった。更に許せないのは「フォーカス」の写真掲載。松田編集長は「被害者の人権」をタテに姑息な自己弁護に躍起だったが、こんなインチキで世間をごまかそうとする卑劣な態度そのものが、ハナから人権を守ろうという一片の「誠意」もないことを表していた。事件でかき立てられた社会的ヒステリーの奇貨として法の規制強化、更には心の領域にまで及ぶ管理・統制の危険性がないと誰が断言できるだろうか。(洋)


 以上私たちの主張に賛同していただきマスコミ各社に抗議のメール送っていただける方は以下にアドレスの一部を紹介します。

朝日新聞はこちら

共同通信社はこちら

毎日新聞はこちら

読売新聞はこちら

それではよろしくお願いします。


 このページは人権と報道関西の会の御好意により当ホームページに掲載されていますが、本来会費を頂いている会員に送付している会報です。その性格上2ヶ月毎にこのページは更新されますが、継続して御覧になりたい方は是非上記連絡先に所定の入会の手続きを行ってください。

1