独り勝ち・『ゼクシィ』商法の光と影、今や強者の驕りも垣間見え
東洋経済オンライン 8月27日(月)11時37分配信
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ウエディング市場を変えたゼクシィ |
結婚情報誌『ゼクシィ』は1993年5月24日に創刊された。首都圏版から地域を拡大し、現在では鳥取・島根・沖縄県を除いて、全国を制覇している。ゼクシィが発売された93年とは、いわば“ブライダル革命”。それほど業界を激変させたからだ。
ハウスが伸び、ホテル・式場は低迷、形態別の挙式披露宴会場のシェア
現代のような結婚式と披露宴が普及したのは、60年に日活ホテルで執り行われた、石原裕次郎氏と北原三枝さんが原型といわれている。日本の結婚式とは両家が主催する披露宴で、結婚する新郎新婦を招待客にお披露目するスタイルだ。結婚の決まったカップルは親に結婚を報告すると、親の指示でホテルか専門結婚式場に行かされ、式場選びは両家両親の意向で決められた。当時のホテルや専門式場の価格はすべて定価で受け入れられていた。
中でもバブル期のブライダルビジネスは空前の好景気。結婚する子どもを持つ親は、1年後のお日柄のいい日に披露宴会場を押さえるため、親が徹夜で式場に並んでいたほどだ。当時の式場支配人は、平日はゴルフとカラオケの接待を受け、仕事は土日だけという生活をしていたという。だがそんな好景気はバブル崩壊で消えてなくなった。
■ハウスウエディング登場 広告しないと客が来ない
結婚するカップルが昔のように来なくなり、ホテルや結婚専門式場が困り果てていたとき、ゼクシィが登場する。創刊直後の業界の評価は「あんな雑誌に広告を出すのはもってのほか」だった。これまで業界のタブーだった、結婚式と披露宴の料金見積もり“比較表”の提出を、義務づけたからだ。特に結婚式が高額商品として貢献率の高かったホテルは、一斉に掲載を拒否した。
そうした中、ゼクシィはゲストにじわじわ支持されていく。結婚式場を決めるのに、自宅で好きなときに比較できたためだ。従来だったら、わざわざ駅前や百貨店にある婚礼専用カウンターに出掛け、エージェントから接客を受けながら比べていた。それが誰にも会わず、自由な時間に、式場を比較検討できるようになったのである。ゲスト側でいちばん気になる「おカネ」の問題を公にしただけでなく、式に関するノウハウを雑誌に掲載したのも、部数を上げた要因だった。
最後までゼクシィへの広告を拒否していたホテル各社も、しだいに「ゼクシィに広告を出さねば客は来ない」との印象を持つようになる。結局ゼクシィの営業はホテルの広告も取り始めた。ホテルへ出向けば、必ず「同格の他社さんはどうですか」と、ライバルの動向が気になるもの。あるホテルの広告を一度獲得できれば、「あそこのホテルが広告を出しますよ」というセールストークで、芋づる式に次々決まっていった。いかに当時のゼクシィ営業部隊が優秀だったかわかる。
無理もない。旧来の結婚産業といえば、各地、ローカルでそれぞれすみ分けていた。外のノウハウを持つ企業が参入するとは夢にも思わなかったようだ。リクルートの戦略に対する免疫はなかった。
と同時に、結婚式のスタイルが劇的に変化する。
それ以前のバブル期にあった大量生産型の結婚式は、ホテルや結婚式場の都合優先による婚礼プランを、すべての客に押し付けていた。客の自由などまったく聞き入れない会場側主体の商品である。どれも進行がまったく同じで、招待された者が「面白くないしもう飽きた」と思うような披露宴になってしまった。そんな時に欧米型の庭付き邸宅を建て、そこを結婚するカップルの自宅に見立てて、貸し切り利用できるスタイルが提案された。それが「ゲストハウス・ウエディング」だ。
日本では97年、立川市(東京)に開業したルーデンス立川ウェディングビレッジが、ハウスウエディングの第1号である。まったく知名度のなかったルーデンス立川が、初年度350組、2年目680組、3年目711組と、ブライダル史を塗り替える大ヒットの施設となった。当時の立川といえばモノレールができる前で、ルーデンス立川へはタクシーでしか行けないという立地だったにもかかわらずだ。ちなみに通常のホテルなら、1宴会場で年100組を扱えば繁盛とされる。
ハウスウエディングは10年間で全国へ瞬く間に広がった。そして当初はブライダル業界とゼクシィの共栄共存が成り立っていた。
ある程度知られたホテルや専門式場なら、わざわざゼクシィの広告を見なくても、ゲストは直接ホテルや式場に行く。が、新規開業のゲストハウスは知名度がゼロで、広告を出さなければ、ほとんど客は来ない。そこで彼らは、ゼクシィを利用して結婚するカップルを集めるにはどうすればいいか、徹底研究した。ホテルや結婚式場では出せない、青い空や緑のガーデン、白い大邸宅、プールの写真を撮影し、ゼクシィに広告を出したのである。
ハウスウエディングの普及とともに頭角を現したのが、テイクアンドギヴ・ニーズ(T&G)をはじめとする、新興のブライダル勢力だ。T&Gは今でもゼクシィ最大の広告主である。そのT&Gが2001年に上場後、ノバレーゼ(06年)やアイ・ケイ・ケイ(10年)など、同業が続々と株式を公開していった。
実際に挙式披露宴会場のシェアを見ると、ハウスウエディングは10年に21・8%まで上昇。それと対照的に、ホテル・専門式場は00年の74・5%から、10年には59・5%まで低下している。
■広告代1ページ100万円! 重さ4キロは“儲け”の証し
ゼクシィの広告効果はすごかった。たとえば広尾(東京)にあるゲストハウスは、99年にゼクシィ2ページの広告だけで、年1000組以上のゲストを獲得。横浜のゲストハウスは01年、4ページの広告で、年2400組のゲストを得た。この集客はゼクシィでなければなしえなかった。日本全国にハウスウエディングの施設が開業ラッシュを迎える中、その集客方法とは、ゼクシィへ大量広告を出すことだったのだ。
ゼクシィに広告を出し、カップルを呼んでもらうというビジネスモデル。受け身の考え方が影響したかどうかはわからないが、広告料はゼクシィ側の言い値で決まった。ゼクシィの広告料金は、首都圏版で1ページ100万円することもある。その他の地区版でも同50万円。これらは契約形態で多少変化する。
ブライダル専門企業がゼクシィに大量広告を出すのは、広告料の多い順で誌面に掲載されるからだ。ハウスウエディングが広まったことで、各社は出稿競争を繰り広げていった。ゲストハウスはゼクシィ広告での集客がすべてだから、10ページ単位で大量に広告を出し続けるしか、ほかに方法がない。これがゼクシィの売上高を500億円規模にまで育てた原動力といえるだろう。
01年に首都圏で婚姻届が年15万件出されていた当時、ゼクシィ首都圏版は毎月7万部を売りさばいていた。多くの広告を収載したゼクシィはどんどん分厚くなり、今年7月23日に発売されたゼクシィ9月号(首都圏版)は、重量4キログラム以上でとても持ち歩けないほど(だから彼氏に持ち帰らせる作戦?)。この重さこそ、「ゼクシィに広告を出さなければ」という業界の依存度の証明。ゼクシィが登場するまで、ブライダル業界には集客のための広告など存在しなかったのに、だ。
■無敵ゼクシィにも陰りが 婚姻件数減という宿命
ただ、月28・8万部を誇り、絶好調ゼクシィにも変化の兆しがうかがえる。リクルートの12年3月期決算では、対前年比プラスを維持してきた結婚事業の売上高が488億円と、前々期の504億円からマイナスに転じた。これはイコール、ゼクシィの広告減少と取れる。
現にブライダル専門の企業にとって広告料は高い。ある上場会社では、売上高の417億円に対し広告宣伝費は21億円と、対売上高比率で5%も占めた。給与および手当の15億円をも大きく上回った。
もっとも最近では、情報誌を買わずにインターネットで、結婚式場を決めるカップルも増えている。ゼクシィへの広告で予算を達成できたブライダル業界も、最近ようやく、情報誌だけでは満足する集客ができない、と感じ始めているようだ。
もちろんこうした事態に、ゼクシィも新戦略を打ち出した。
ネットの「ゼクシィnet」や、相談カウンター「ゼクシィなび」との連携だ。ゼクシィを読んだゲストをゼクシィnetへ誘い、そこで迷うカップルは、エージェントによるカウンセリングが受けられるゼクシィなびへ誘導する。企業にとっては、集客効果に陰りの見えた情報誌への広告を削減しようとしても、ゼクシィの営業部隊からnet、なびとの契約を迫られる。結局ゼクシィにカネを吸い上げられるシステムが作られつつある。
だが中長期的に人口減の続く国内で、ブライダル市場の置かれた状況は決して明るくない。11年の婚姻件数は約67万組で、72年の110万組をピークに一貫して減っている(厚生労働省の人口動態統計)。さらにはゲストを多数招いて行う、結婚式と披露宴の実施率も年々減少。今やカップルの半数近くが結婚式を挙げていないという。両親に経済的余裕がないことに加え、2人だけの海外挙式や親戚のみを集める食事会が増えたり、入籍だけで済ます“なし婚”も珍しくない。
ハウスウエディングのブームで一時潤ったのは限られた者たちだった。ブライダル業界とゼクシィに共通する目標は、結婚式と披露宴のマーケットを広げることのはず。結婚周辺市場は現在約4兆円。今後もパイが伸びる保証のない中、広告料だけが高止まりするのは、やはりいびつな構造だ。健全な業界発展のため、ゼクシィのビジネスモデルは今、根本的な転換を迫られているのではないか。
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やなぎ・のぶゆき
1982年からJALホテルズで支配人等を歴任。99年ベストブライダル入社。横浜等で大型ゲストハウスの総支配人を務め2006年に独立。
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最終更新:8月28日(火)12時35分
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