(Paul Krugman, “Jobs, Jobs and Cars,” New York Times, January 26, 2012)
【サマリー:大統領の一般教書演説へのミッチ・ダニエルズ知事の反論は大間違いだ.ほんとうに雇用を創出するのに必要なのは産業クラスターであってヒーローだけじゃあダメなんだ.Gov. Mitch Daniels got so much wrong in his reply to the president’s State of the Union address. To really create jobs, it takes a cluster, not just heroes.】
ブッシュ政権で予算長をつとめ,いまインディアナ州知事をしているミッチ・ダニエルズが,オバマ大統領の一般教書演説に対する共和党からの反応を出した.彼のスピーチは,まあ,退屈だった.でも,その発言はなかなかに興味深いところがあった――サイアクの意味で.
ダニエルズ氏は,共和党を故スティーブ・ジョブズのように見せかけようとした.彼は,ジョブズのことを偉大な雇用創出者として描き出している.でも,ジョブズは断じて雇用創出者じゃあなかった.アップル社がほんのわずかしかアメリカの雇用を創出していない理由を考えてみれば,いまぼくらの政策の多くを支配しているイデオロギーのどこが間違っているか,よくわかる.
まず,ダニエルズ氏は大統領が「実業界の人間を軽視し続けている」といってなじった.でも,それはまったくのでっち上げだ.オバマ氏は,一度としてそんなことをしたことがない.ダニエルズ氏は,こう続ける:「故スティーブジョブズは――まさにその名にふさわしく――多くの雇用[ジョブズ]を創出しました.これは,大統領が借金によってムダに費やした財政刺激による雇用創出を上回っています」
明らかに,ダニエルズ氏はお笑い業界では出世しそうにないね.ただ,肝心なのは,いま『ニューヨークタイムズ』を読んでいる人なら誰だって,雇用創出に関する彼の断定は完全な間違いだったとわかるってことだ:アップル社はアメリカでほんのわずかしか雇用していない.
先週の日曜の『ニューヨークタイムズ』に載った長文レポートで,その辺の事実をまとめている.たしかにアップル社は市場価値でみてアメリカ最大の企業になってるけれど,アメリカで雇用している従業員はほんの4万3千人にすぎない.これはジェネラル・モーターズがアメリカ最大の企業だったときの10分の1ほどだ.
ただ,アップル社はその供給業者で間接的に約70万人を雇用している.ざんねんながら,そうした従業員でアメリカで雇われている人はほとんどいない.
なんで,アップル社は海外,とくに中国で製造しているんだろう? 同記事が解説しているように,たんに低賃金だからじゃあない.中国は,すでに国内にサプライチェーンの多くがある点で,大きな優位を得ている.アップル社の前重役が説明している:「ゴム製のパッキンが必要だって? それなら隣の工場にあるぜ.ネジが必要? 1つ向こうの区画にある工場にいきな,という調子なんですよ」
これは,経済地理学をやってる学生にはおなじみの分野だ:製造業者,専門に特化した供給業者,そして労働者が集中することで相互に利益をえるという,産業クラスターの長所は,19世紀からずっと続いている主旋律だ.
中国の製造業者だけが,現代世界におけるこうした長所のわかりやすい実例なわけじゃあない.ドイツは,平均で1時間44ドルという高コストの労働者を抱えながらも,いまなおきわめてうまくいってる輸出業をやってる.この人件費は,アメリカの労働者の平均コストを上回っている.そして,このドイツの成功は,その中小企業――栄光ある「ミッテルスタント」――が熟練労働力の維持と共通の供給業者をとおして互いに提供している支援と大いに関連している.
要点はこうだ:成功している企業は――つまり,割合はさておき一国の経済に大きな貢献をしている企業は――単独で存在しちゃいないってこと.経済の繁栄は,企業どうしがつくる相乗効果にかかってるのであって,個人の起業家にかかってるわけじゃあない.
でも,現在の共和党の世界観では,そうした点の考慮をいれる余地がまったくない.共和党の視点からみると,大事なのは英雄的な起業家,ジョン・ガルト〔アイン・ランド『肩をすくめたアトラス』の主人公〕こそがものを言うことになってる.つまり,スティーブ・ジョブズ型の「雇用創出者」がいて,他の人間に恩恵をもたらし,当然ながら彼には中流労働者の多くよりも低い税率で報いなきゃいけない,というわけだ.
こういう世界観を踏まえると,近年でいちばん成功した政策イニシアティブになんで共和党がこれほど怒りまくってるのか説明できる.その政策とは,自動車産業の救済策[ベイルアウト]のことだ.
ダニエルズ氏はこれを「縁故資本主義」だと非難しているけれど,自動車産業救済策の論拠は,次の一点に決定的にかかっている.製造業者と供給業者がアメリカの産業の中心地に集中してクラスターをつくることでうまれている産業の「生態系」の存続によって,どの一企業の存続も左右されてしまうという,この一点が要なんだ.GMやクライスラーが倒産するにまかしていたら,多くのサプライチェーンも道連れになっていただろう――そうなれば,フォードだって遅れて同じ末路をたどったはずだ.
さいわい,オバマ政権はそうさせなかった.救済策が実行されたとき,ミシガンでの失業率は14.1パーセントだったのが,いまは9.3パーセントになっている.ひどい数字だけど,ずっとマシになってる.こまかい話はさておき,オバマ氏の一般教書演説の多くは,この成功の教訓をもっと広い範囲に適用しようとする試みだと読むことができる.
というわけで,ダニエルズ氏には,この火曜の発言を感謝すべきだろうね.彼は事実認識を間違っている.でも,意図せざるかたちで,彼は二大政党の重要な哲学の相違点を浮かび上がらせてくれた.一方の政党は,経済はひとえに英雄的な起業家の業績だと信じている.もう一方の政党は,起業家を否定するわけではなく,ただ起業家にはそれを支援する環境が必要であり,ときには政府がその支援環境の維持や創出に力添えしなくちゃいけないと信じている.
そして,事実に合っているのは,企業のヒーローたち以外も考慮している世界観の方だ.