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第一話:チュートリアル
新緑の髪が風に揺れる。ブルーの瞳をした少年は目の前の“異物”を見てニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
―――異物…怪物、モンスターといったところか。狼型の野性動物にも見えなくはないが、やはり一番異物として見てとれるのはその灰色の狼は実際にどんな動物図鑑を鑑賞しても見ることができない形状をした尾を持っているからである。尾はどこからどう見ても金属で出来ており、剣の形をしているのだ。
その狼、名を【ソード・ウルフ】という。

「ドロー!!」

緑の髪をした少年の左腕には、カードゲームであろうデッキホルダーが装着されていた。勢いよくカードを抜き放つ、そして、カードを一瞥すると、そのカードは手から消えた。その間にもソード・ウルフは緑の少年に攻撃しようとダッシュで近づく。カードなど持って悠長に構えている暇などないのだ。実際に、緑の少年腰には素朴な片刃の片手直剣がつられていた。

「シールドカード、コール!」

カードが右手に出現する。コールと叫ぶと、ちょうど今まさに尻尾での攻撃を繰り出したソード・ウルフは見えない障壁に阻まれた。緑の少年は、掛け声をかけながらソード・ウルフに居合いの一撃を浴びせた。それまでの戦闘でこたえた傷が悲鳴をあげたのだろうか、狼はパタリと倒れた。
―――そして光の粒子となって消えた。
そう、ここは現実ではない。仮想空間なのである。
仮想空間…自分は現実では頭をすっぽりと覆い尽くすヘッドギア型の機械が現実と仮想のインターフェースとなって少年を仮想空間へと誘っている。簡単に言えばそれはVRMMORPGというジャンルの“ゲーム”なのであるが、少年にとって…いや、このゲーム『カードウェポン・オンライン』をしている人間の全てにおいてそれは間違った取り方である。
今少年の瞳に写るのは自らの名前である『クイナ』とその名前の下にあるHPと現在のレベルである。左腕のデッキホルダーに右手を置けば視界に現在の手札、セメタリーのカードを確認することができるが、今はそんなことはどうでもいい。第一緑色の少年はその全てを覚えているからだ。
緑色の少年…クイナのHPはちょうど半分に食い込まないあたりで止まっているが、それはあと半分で彼に“死”が訪れるということとイコールで結ばれている。
しかし、あまりリアリティのないその数値にクイナは少しだけ溜め息をはいた。このゲームのHPがなくなれば現在でヘッドギア型のマシンから高出力の電磁波が脳に直撃、電子レンジと同じ機能を脳に照射し死に至る…らしい。
ヘッドギアを外部から外そうとしても、電源コードを引っこ抜いても、内蔵バッテリーにより電子レンジの餌食となるのだ。
この地獄から解放される手段としては、ゲームのクリア…この地下世界『ゼノ』を舞台としたゲームの最上階…すなわち地上まで登り詰めて最終ボスを撃破することひとつだけだ。
最初の階は地下百階。現在の最前線は地下三十五階である。
流石に最前線にソロで狩り続けていたら精神的に持ちそうにないと判断してデッキからカードを一枚抜き出した。

「転移カード、コール。」

歩いていくのももどかしくなり、自分のプレイヤーホーム(と名のついたボロ屋敷)に帰還すべく、町の名前を宣言した。

「スクラット。」


◆◆◆


―――最下層ロストガーデンにて。ゲーム開始直後のことである。直後といっても、CWOの正式サービスが開始されて二時間ほど経過したころ。クイナはおもむろにログアウトボタンを押そうとした。時刻はちょうど十二時である。CWO全体に一時間ごとに鳴り響く『時の鐘』の音を聞いてそろそろ昼食をとろうと町に戻ってシステムウィンドウを開いたのだ。
そして、僕は気づいてしまった。
メインメニューのどこにもログアウトのボタンがないことに。

「え…ログアウトボタンがない?」

キャラメイクで勇者然とした顔のクイナというアバターがすっとんきょうな声をあげた。
取り敢えずとGMコールをするが反応はまったくない。その前にGMがこのバグに気づいているのならば強制ログアウト等の措置がとられているはずなのだ。

「どう…なってるんだ。」

これまた勇者然とした声が張り上げられるが、応えてくれる者はどこにも居ない。
いま気づいたのだが、自分の見える範囲にいるプレイヤー達も愕然としていた。おそらく自分と同じようにログアウト機能が停止してしまったのだろう、と勝手に推測する。

―――突如として、なんの前触れもなく、突発的にクイナのアバターは光に包まれた。これは転移カードを使用するときと全くもって変わらない。やっと強制ログアウトが働いたのか…そう思っていたが全く違っていた。

「ここは…ロストガーデンの大広間?」

最下層にある街、ロストガーデンのだだっ広い大広間にぎっしりとプレイヤーが詰め込まれていた。CWOの正式サービスと同時に発売されたゲームの本数はほんの二万本。二万人のプレイヤーがこの大広間に集められた。大広間自体はクイナにとって見慣れた光景であった。クイナは元々βテスターである為、何度も何度もここを訪れた。理由は簡単に。HPがなくなればロストガーデンにある『死者の墓』というなんとも笑えない場所で復活するからだ。MMORPGとはだいたいそんなゲームなのだ、何度も何度も死んで攻略法を見つけていく…なので見慣れた光景なのである。
しかし、こうも人が一気に転送されてくる光景は初めて見る。クイナは一種の恐怖を感じた。首筋がピリピリするような、そんな感覚。嫌なことが起こりそうな…。

『プレイヤー諸君。』

何処からともなく聞こえてくる声おそらくGMの声であろう。それ自体が不思議な力を持っているかのように辺りのざわつきが失われた。

『私の庭へようこそ。私はこのカードウェポン・オンライン唯一のGMである。』

最初は何が言いたいのか全くもって訳がわからなかった。それに続く言葉を聞くまでは…。

『諸君らは既にログアウトボタンがないことに気づいているであろうが、それはバグではなく、このゲームの仕様である。繰り返す、ログアウトボタンの消失は仕様である。さらに、諸君らの外部からの強制的な切断も不可能だ。なぜなら―――。』

それだけでも十分神経をおかしく思えるだが、続けた言葉はさらに残酷に全プレイヤーに突き刺さる。

『外部からの切断等を試みた場合、諸君の脳はヘッドギアの内蔵バッテリーがマイクロウェーブを発して焼ききられる。つまり、“死”だ。このことは現実世界でもテレビなどで既に衆知されている。諸君らの外部切断による死という可能性はまず無いだろう。』

ひっ…。と女の子であろうか、圧し殺した悲鳴をあげるのを聞いた。クイナもただ呆然としていて現実を受け入れることができていない。

『既にこの時点この状況が私の最大の望みだ。この世界を創ること、それだけに私はこのゲームをつくった。それだけが理由なのだ。繰り返すようだが、諸君らには恐らく外部からの切断による死はないだろう。だから安心してこのカードウェポン・オンラインをクリアしてほしい。』

「……っざっけんな。ふざけるなよ…。」

どこからか男の声がする。あらためて周りを見てみると、崩れ落ちた者、喚き散らしている者、抵抗する者…。

『それと、私からのささやかなプレゼントだ。諸君らのデッキホルダーの一枚目のカードを引きたまえ。』

広場に集まっている大勢の…二万人のプレイヤー。その全員が光に包まれた。そう思ったら一瞬だった。全員の姿が一変している。美男美女の集まりだったのが変わって凡人の寄せ集めになっていた。男女比すら変わっている。
カードをドローする。ミラーと名のついたカード。そのまま鏡なのであろうが、コールして見たとたん絶句した。

「僕の…リアルの姿!?」

勇者然とした顔はどこへやら、金髪は深緑に変わり、引き締まった勇者の顔はまるでただの子供のような少女めいた顔に変わっていた。現実の顔なのだ。

『約束しよう、このゲームのグランドクエストをクリアするときが来たならば諸君らをこのゲームから解放する。―――これにてカードウェポン・オンラインのチュートリアルを終了する。』

このとき、クイナに動揺があったかと聞かれればほとんど無かったと応えたとしても強ち間違いではないだろう。恐怖に顔を歪ませ、発狂している群衆の中を冷静にダッシュする様はある意味ではそちらの方が狂っていると表現しても過言ではないだろう。彼は別段重度のMMORPG廃という訳ではない。しかし、MMORPGとはモンスター、あるいはアイテムのリソースの奪い合いである。このゲームを攻略するにせよ楽しむにせよやはりスタートダッシュは肝心なのだ。
すぐに次のエリアを拠点として十分レベルをあげる。そこから今後どうすべきか考えよう。
回復カードを初期の所持金を半分程度使い、買いだめした。目指すは次の村。そこでいち早くモンスターを狩り、レベルを底上げして、資金がたまれば新しい武器を購入する…。

「あ、やばい。忘れてた。」

そういえば、自分と落ち合わせる筈の女の子がいたはずだ…。多分彼女もログインしてる。

「レベル上げに夢中になりすぎたかな。よかった、思い出せて。」

クイナは一目散に引き返していく。
―――が、それは阻まれたようだ。

「クイナ!!」

「あ、フィア。」

ぷくーと頬を膨らませた金髪ツインテールの女の子。名前はフィアという。リアルでも幼馴染みである。

「あ、フィア。じゃないわよ!絶対あたしの事忘れてレベル上げしようとしてたでしょ!!」

「う…。」

この状況で肝が座っているというかなんというか。
まぁ、昔から勝ち気な子だったんだけど。

「もう、だからってあたしを置いていかないでよ!」

「ご、ごめんよ。」

「ふんっ、いいわよ。馬鹿クイナ。」

「あい…。今後気を付けます。」

「いいってことよ!!さ、行くわよ!!」

フィアは楽しそうに駆け出した。
―――結局はフィアも乗り気なんだよなぁ…。
やっぱり、肝の座っている女だと思った。


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