京都大学防災研究所教授 林 春男
 
7月31日に中央防災会議の下に設置された防災対策推進検討会議が「ゆるぎない日本の再構築を目指して」と題する最終報告書をまとめました。
そこで今後の我が国の災害対策に取り組む基本姿勢としてうたわれているのが「災害に強くしなやかな社会の構築」です。
今日は我が国の今後の防災がめざす「災害に強くしなやかな社会」とはどのような社会なのか、それをどのようにして作っていけばよいか、についてお話ししたいと思います。

防災対策推進会議は昨年10月に設立され、官房長官を座長として、防災担当大臣が進行役となって、関係閣僚と有識者で構成されています。それから、10か月の間に13回の会合を重ね、東日本大震災を踏まえ、この震災を通して私たちが学び、将来に向かって約束として果たすべきことを整理し、今後の我が国の防災対策の方向性を取りまとめたのが今回の最終報告書です。

昨年の東日本大震災で、自然の不条理さを思い知らされました。同時に、世界で最も高い防災力を持つというわれる私たちの社会でも、災害の発生を防ぎきることはできず、大規模な災害が発生した後の社会の対応に多くの課題があることも明らかになりました。

21世紀前半の我が国では西日本の太平洋沖にある南海トラフ沿いでの巨大地震の発生が確実視されています。最大級の規模で発生した場合に、東日本大震災をはるかに超える甚大な人的・物的被害が発生することはほぼ確実です。加えて、首都直下地震や火山噴火などの大規模災害が発生するおそれも指摘されています。過去を振り返ると、こうした地震、火山噴火等の災害が立て続けに発生した例もあります。仮にこうしたことが起これば、我が国全体の国民生活・経済活動に極めて深刻な影響が生じ、災害から立ち直ることが難しい状況となるおそれがあるのです。まさに国難ともいえる状態です。

 予想される国難を乗り切るために求められるのが、災害に強くしなやかな社会です。

 災害に強くしなやかな社会とは、大規模災害で被害が出ることはやむをえないとする社会です。たとえ被害が発生しても、柳の枝のように折れることなくしなやかに災害から立ち直る社会を意味しています。ある程度の災害に耐える予防力と、万が一災害・危機の影響を受けてもすぐに回復する力を併せ持つ社会のことです。

 予防力は、被害の発生を抑止するために地震に強い建物や防潮堤などを造ることです。
この分野では我が国は世界でも最高水準にあるといわれてきました。一方、回復力は、災害・危機の発生に備えて、効果的な災害対応のための体制や仕組みを整えることです。この二つの力の関係をもう少し詳しく、図を使って説明しましょう。

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図の縦軸は、災害・危機の影響による機能の低下の度合いを表しており、上限にいくほど被害は軽微であり、下にいくほど甚大な被害を受けた状況です。横軸は復旧までの時間を表しています。被害を受けてから全快した状態になるまでの時間です。縦軸を予防力の大きさ、横軸を回復力の大きさを表すといえます。

 そして被害の大きさと復旧時間が作る三角形の面積が、脆弱性になります。この面積が小さい社会ほど、災害・危機に負けない社会、つまり「災害に強くしなやかな社会」だと言えます。予防力と回復力を上手に組み合わせて、総合的な防災力を高めることは、自治体、企業を含めてあらゆる組織に当てはまるのです。

次の巨大災害が発生するまでに残された時間は限られています。その間に投入できる資源にも限りがあるため、すべての被害を予防することは事実上不可能です。したがって、総体としての被害を最小化するとともに、災害からの速やかな立ち直りを可能にするために、対策の優先順位を見極めて、戦略的で総合的に対策を展開していくことが必要なのです。それを実現したのが「災害に強いしなやかな社会」なのです。

どうすれば、そうした社会を実現することができるのでしょうか。そのためには図に示すような3つのステップが存在します。

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第1のステップは、自分たちを取り巻くリスクの種類とその大きさを正確に評価することです。私たちはさまざまな種類のリスクにとりまかれたリスク社会に住んでいるといわれます。すべての種類のリスクを排除して、災害や危機のない社会を作ることは理想ですが、その実現は極めて困難です。なぜならば、私たちが投入できる資源には限界があるからです。

限られた資源を使って少しでも「強くしなやかな社会」の実現をはかるためには、自分が属する組織や地域社会にとって脅威となるリスクを見定め、それに対してどう備えるべきかの方針を明確化することが必要となります。
 
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第2のステップは、重大だと評価されたリスクに対する予防対策の実施です。残念ながら、すべての被害を予防することはできません。そこで、社会活動を継続する上で、瞬時の中断も許されない基幹的なものに絞って予防を考える必要があります。その意味では絶対に被害を出してはいけないものの一つが社会基盤施設です。
 
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そして第3のステップは、それ以外のものへの対応です。つまり、被害の発生に備えておく必要があります。重大なリスクとして予防していても、想定を上回る場合もあります。小さいと思って予防策を講じなかったリスクが現実のものとなる場合もあります。どのような原因で災害が発生しても、災害から立ち直ることができる回復力を備えておくことも忘れてはならないことです。

我が国はこれまでにも幾多の国難を乗り越えてきたのだから、次も大丈夫だと思いがちです。しかし、私たちの社会が持つ回復力は有限なのです。次の回復は決して約束刺されたものではないのです。限られた回復力を最大限生かすためには、重大なリスクについての予想される被害を確実に予防すべきなのです。そして、合理的に予防を進める前提がリスクの正確な評価です。

 それは行政の仕事で、自分たちには関係ないと思われる方もいるかもしれません。しかし、「災害に強くしなやかな社会」の実現には、多様な主体の参画を必要とします。多様な主体の参画とは、国や地方公共団体はもちろん、自治会や自主防災会などを通した地域の人々、企業、ボランティア、関係団体など、さまざまな立場・役割の人々が力を合わせて、総力をあげて災害に立ち向かう必要をさします。言い換えれば、自助、共助、公助を組み合わせなければ、「災害に強くしなやかな社会」の実現は不可能なのです。

「災害に強くしなやかな社会」とは自律分散協調社会です。自律とは、社会を構成するそれぞれの単位が、自らを律することができる。状況に適応するために、自分自身で決定しくことができる。分散とは、一か所に集中しているのではなく、空間的にさまざまなところにある。同時にやられないことです。協調とは、得意なところを持ち寄り、足りないところを補い合いながら、互いに協力連携してことにあたることができることです。

阪神淡路大震災でも東日本大震災でも、多くの人から異口同音に語られた防災の教訓があります。それは「災害時には、普段やっていることしかできない」です。ということは、災害に強くしなやかな社会を実現するためには、私たち一人一人がそれぞれの持ち場で自律・分散・協調社会をめざした努力を継続的に続けることを意味しているのです。