夜中、フッと目が覚めて、「あれっ、ピョンヤン?」と一瞬思い、「何だ、みやま山荘」か。と思ったことが何度もありました。残念だったんでしょうね。悔しかったんでしょうね。クニオ君も。
仕事していても、「今頃は『よど号』の人たちと会ってたはずなのに」と思ったりするんですよ。金日成さんの巨大な銅像も又、見たい。チュチェ(主体)思想塔に又、登りたいと思うのです。
10月15日(金)から19日まで北朝鮮に行く予定でした。旅費を工面し、原稿を書きため…と、必死で準備してたのに。ダメでした。直前にビザが下りずに、私だけが行けませんでした。ガッカリしました。映画「ザ・コーヴ」の騒ぎの時は、「鈴木邦男は北朝鮮に帰れ!」と「主権回復」の人達に、毎日言われてたのに。でも、「帰国」も出来ません。「鈴木邦男は北朝鮮に来るな!」と言われてるんですね。日朝両国から嫌われているんですね。私はもう「祖国」喪失者だ。どっちからも嫌われ、まるで、こうもりだ。バットマンだ。飛んでやる。でも右の翼だけじゃ飛べないか。「キャプテン(右の)翼」と、誰かに言われたな。
でも、ものは考えようだ。行けなくてよかったこともある。いろんな人に会えたし、いろんな勉強も出来た。少々、骨休めも出来たし。と、ポジティブ・シンキングですよ。
「本当は北朝鮮に行ってるはずだったんですが、ビザが下りなくて行けませでした。でも、おかげで、辻井喬さんに会うことも出来ました」と挨拶しました。10月19日(火)だ。辻井さんは詩人にして作家だ。同時にセゾングループを率いる実業家、堤清二の顔も持つ。三島由紀夫とも懇意で、「楯の会」の制服も西武で作った。
前々から会いたいと思っていた。しかし機会がなかった。この日は、明治学院大学横浜キャンパスで原武史さんと辻井喬さんのトークをやるという。原さんは政治学者であり、作家であり、明治学院大学の教授だ。それで、みやま山荘から2時間半もかけて、聞きに行ったのだ。
明治学院大学は偉いね。「無料、事前申し込み不要」で公開セミナーをやっている。今年は全11講座だ。一昨年の公開セミナーの時は私も呼ばれて話をした。それは単行本になっている。今年は、佐野眞一さん、佐藤優さん、林真理子さんなどをゲストに呼んで対談をする。対談者も原さんだけでなく、高橋源一郎さんなど4人だ。
辻井さんはかつて共産党の活動家だった。東大細胞だった。ところが、共産党の独裁的・家父長的体質を批判したら、即、除名。ただ、偉いのは、「たとえ除名されたからといって、“反共屋”にはなるまい」と決心したことだ。社会変革の理想が間違っていたわけではない。情熱も正しかった。でも、除名されると、共産党の暴露ものを書いて、いきなり「反共屋」になる人が多いが、そんな見苦しい真似はやめよう、と思った。なかなか出来ることではない。
その頃の学生運動のこと。三島由紀夫との友情のこと。などを含めて、じっくり聞いてみたいと思った。「いいですよ」と言ってくれたので、ぜひ実現したい。これも北朝鮮に行けなかったから生まれた縁だ。ありがたい。
その前日、10月18日(月)は社民党党首・福島みずほさんのパーティに出た。福島さんは会うなり、「鈴木さんの映画が出来たんだってね。ぜひ見に行かなくっちゃ」と言われた。エッと思ったけど、金子遊監督の「ベオグラード1999」のことらしい。本当は木村三浩氏が主演なんだけど、私も少し出ている。見沢知廉氏や雨宮処凛さんも出ている。一水会の過激な闘争の日々が描かれている。
10月30日(土)は奈良前衛映画祭で上映され、私もトークで出る。11月下旬には渋谷のアップリンクで上映される。その時も私はトークで出る。
そうだ。「ベオグラード1999」のチラシが送られてきた。
〈各映画祭、上映会で惜しみない拍手とブーイングの超話題作。これは貴重なドキュメントだ〉
もう一つ、キャッチコピーが出ている。
〈この映画は、新右翼団体「一水会」の初ドキュメンタリーであると同時に、優れた90年代の鎮魂歌でもある〉
パンフには、演説する木村氏や雨宮さん、そして私が出ている。さらに黒ヘルメットにタオルで覆面した男たちも。新左翼の過激派かと思ったら、ヘルメットには、しっかりと「一水会」と書かれている。又、覆面は「日の丸」が描かれ、「神風」と書かれている。こんなスタイルで暴れていたんだ。懐かしい。でも、国内で過激な運動をして次々と逮捕者を出しながら、同時に、目は海外にも向けられていた。「世界維新だ!」などと叫んでいた。木村会長の前の会長だ。この人は、思いつきで、ポンポンと無責任な発言をしたらしい。
前会長の時は、「世界維新」は言葉だけだったが、木村会長になってからは、実際に世界に飛ぶ。インターナショナルな大活躍だ。だから、この映画には外国の活動家たちも出てくる。その人たちと話し合い、共闘し、さらにイラクやロシアに行く。反米活動をする。
この映画は一水会の激しい国内外の活動を追っただけではない。運動の中における〈愛〉もある。貴重な、人間的触れ合い、感動もある。悲しい死もある。涙もある。チラシにはこう書かれている。
〈全共闘ジュニア世代の監督が、元恋人との関係で新右翼・一水会に出会う。左翼的な己の信条とアメリカへの反発、日本人としての民族感情の間で揺れながらも、徐々に街頭抗議を続ける一水会代表・木村三浩の存在に惹かれていく。運命に身を任せ、木村と共にイラク戦争が迫るバグダッド、NATO空爆直後のユーゴスラビアへと出発する。カメラに映し出されるのは…〉
これは文字通り、命をかけた運動の記録です。監督の元恋人の美人活動家は不慮の死を遂げます。又、活動家で作家だった見沢知廉も自殺します。まさしく、90年代の「鎮魂歌」でもあります。
そうだ。チラシには、「鈴木邦男氏がついに奈良に登場!」と書かれている。そうなんです。行くんです。夜です。夜は遅くなるから泊まろう。2日あるから、「登場」ついでに奈良公園の鹿と遊ぼう。正倉院展にも行こう。他にも行く所は沢山あるな。
みずほさんのパーティでは佐藤優さんに会った。前に新宿ジュンク堂で「読書術」のトークをやった。又、やって下さいよ、とお願いした。『遺魂』について、三島由紀夫の話でもいいし。
この日は、佐高信さん、弘中弁護士にも会った。『アナーキー・イン・ザ・JP』(新潮社)を出した中森明夫さんにも会った。「『創』では対談してもらって、ありがとうございました」と言われた。いえ、こちらこそ、光栄でした。これは凄い小説だ。芥川賞をとれるだろう。あるいは三島賞か。見沢知廉が悔しがってるよ。
そうだ。大浦信行監督の見沢知廉の映画も出来るんだ。来年上映だ。楽しみだ。これで大杉栄も又、再評価されるだろう。中森さんと対談した『創』(11月号)を大杉栄の甥の大杉豊さんに送ってあげた。とても喜んでいた。書店のトークで中森さんに会った時、「鈴木さんと対談したと言ってました。これがそうだったんですね」と言っていた。チョコレートを送ってくれた。今、食べながらパソコンに向かっている。
10月17日(日)は下北沢のスズナリで大川興業の本公演を見た。「海外取材だから行けません」と言ってたのだが…。「北朝鮮に行けなかったから、来ました」と言った。
大川豊さんにはバグダッドで会って以来だ。開戦直前に木村団長率いる「反米抗議団」40人でイラクに行ったのだ。「2003年だから、7年前ですね。久しぶりです」と言ったら、「その後も何度も会ってますよ」と言われた。ボケてるな、私も。
「阿曽山大噴火」さんや、「寺田体育の日」さんにも久しぶりに会った。宗教的、哲学的な背景のある超面白い芝居でした。
そして、極め付けは、10月16日(土)だ。これも、北朝鮮に行けなかったからこそだ。ビッグな人たちに会った。久しぶりに会った。
野村秋介さんが亡くなって17年。その墓前祭に参列したのだ。午前11時から、伊勢原市にある浄発願寺で行われた。野村さんの奥さんや息子さん。野村さんの門下生が大勢参列していた。今年で17年だ。早いものだ。亡くなったのは1993年10月20日。享年58才だった。野村さんの盟友だった(元後藤組組長)後藤忠政さんが来ていた。久しぶりにお会いした。それにオウム真理教の幹部を襲撃して刑務所に入って出て来た徐裕行さんにも会った。
墓前祭が終わってから横浜の中華街に移動して直会。そちらにも参加した。『遺魂』を奥さん、後藤さん、ご住職さんに差し上げた。後藤さんとは久しぶりだ。
「本を読みました。随分、売れてますね」と聞いたら、「30万部だよ」と言う。後藤さんの『憚(はばか)りながら』(宝島社)だ。今年の5月29日に発売され、宝島社始まって以来のベストセラーになったという。まだまだ売れるだろう。山口組直参時代の話、東京進出、創価学会との攻防などがあるが、第6章は「生涯の友、野村秋介」だ。これが実にいい。ぜひ買って読んでほしい。
最近は冤罪・袴田事件を題材とする映画『BOX 袴田事件 命とは』(高橋伴明監督)を企画。実に感動的な映画だ。この映画と、そして野村さんの話になった。
野村さんに連れられて後藤さんの家には二度ほど行ったことがある。遠藤誠弁護士も一緒だった。広い家に広い庭。そこに大きな犬小屋がズラリと並んでいて、土佐犬がいる。さらに熊もいる。野村さんが亡くなって17年だ。その前だから、18年か19年前だ。「熊がいましたが、あれにはビックリしました」と言ったら、「まだいるよ」。「その子供ですか」「いや、あの時の熊だよ」と言う。熊は50年か60年生きるそうだ。人間と変わらないという。凄い。
徐さんとは読書の話をした。前にも会ったが、ともかく読書家だ。『大吼』(秋季号)は「特集・心に残る一冊の本」で、70人ほどの人が書いてる。私は三島由紀夫の『若きサムライのために』を書いた。私のすぐ前は徐裕行さんで、司馬遼太郎の『俄--浪華遊侠伝--』だ。司馬作品の中では余り知られてないが、いい本だ。この〈侠〉の生き方に感動したという。いい文章だった。2人で、読書についての討論でもやりましょう。と言った。
さらに、10月17日(日)は、下北沢のスズナリで大川興業を見に行き、大川豊さん、「阿曽山大噴火」さん、「寺田体育の日」さんに会いました。
10月18日(月)は福島みずほさんのパーティに出て、みずほさん、佐藤優さん、佐高信さん、弘中弁護士などに会いました。
10月19日(火)は原武史さん、そして辻井喬さん(堤清二)さんに会いました。「本当は今日まで北朝鮮にいる予定だったんですよ」と辻井さんに挨拶しました。あれれっ、何を書いてるんだろう。私は。又、初めに話が戻っちゃったよ。重複しちゃったよ。
じゃ、これでおわりにしようか。
北朝鮮には行けなかったが、こうして、貴重な出会いがあった。ありがたい。又、時間も出来たので、かなり本も読んだ。そして、驚くべき本に出会って、感動した。感涙した。それは又、来週に書きましょう。
③この後、横浜の中華街で直会が行われました。(左より)鈴木、後藤忠政さん(元後藤組組長)、蜷川正大さん、阿形充規さん(朱光会名誉顧問)。「今、野村さんが生きていたら、この混迷の日本でどう行動するのか。何を発言するのか」。という話になりました。
⑥「2010年 死刑廃止全国交流合宿in東京・築地本願寺」。10月9日(土)〜10日(日)。9日(土)、鎌田慧さん(作家)の記念講演を聞きに行きました。ところが、鎌田さんは、時間を間違って、2時間も遅れた。その間、急遽、シンポジウムをやることになり、私も壇上に上げられた。
(左から)安田好弘弁護士。天野理さん(アムネスティインターナショナル日本)。北川フラムさん(アートディレクター)。鈴木、原田正治さん。
⑧記念講演をした鎌田慧さん(ルポライター)。1938年、青森県弘前市生まれ。『自動車絶望工場』(講談社文庫)は有名。他に、『血痕 冤罪の軌跡』(文芸春秋)、『死刑台からの生還。無実!財田川事件の三十三年』(立風書房)など。
⑨原田正治さん。この日が初対面で、壇上で名刺を交換しました、後で原田さんの著書を読んで驚きました。こんな人がいたのかと衝撃を受けました。
『弟を殺した彼と、僕』(ポプラ社)です。弟が殺された。その犯人を憎みながらも、面会を続ける。そして、「死刑では何も解決しない」と思う。さらに、何と、「死刑執行の停止」を求めて上申書を出す。しかし、死刑は執行された。
死刑とは何か。被害者家族の救済とは何か。死刑制度を考える上での最も貴重な1冊だ。壇上で話し、さらに、二次会で話を聞いた。「今年又、ゆっくり話を聞かせて下さい」とお願いした。
凄い人だ。私らなら、とても真似が出来ない。感動、感涙の本です。ここ10数年で読んだ中で、最高の本でした。
⑩菊田幸一さんと。元明大教授で、今は弁護士です。昔から、熱心に死刑廃止運動をやってます。実は、格闘家の菊田早苗さんのお父さんです。早苗さんのジムが私の家の近くにあり、よく会います。
幸一さんは、「死刑廃止」だけど格闘技は好きで、息子の試合にはいつも応援に行ってるそうです。「やっちまえ!殺せ!」などとは言わないでしょうが。以前、『ゴング格闘技』の連載で、この父子のことを書きました。
そうだ。あの連載もあるよな。いい原稿もあると思うけど、本にならないかな。名編集長の椎野・高橋コンビに相談してみよう。
⑪池田浩士(ひろし)さんと。ドイツ文学、京都精華大学教授。死刑をめぐる著作には『死刑の[昭和]史』『死刑文学を読む』(共著)。ともにインパクト出版会があります。又、『天皇ってなに?』(現代企画室)もあります。なかなかいい本です。考えさせられました。
「西宮でゼミをやってるので、今度、お話を聞かせて下さい」と言いました。岩井さんも、読んで予習をしておいて下さい。
⑬左が、田代まさしさんですね。捕まる前ですね。反戦ストリッパーの沢口ともみさん(右)もいます。確か、彼女は亡くなったはずです。じゃ、かなり前の写真なんでしょう。調べたら、04年7月13日(火)でした。ここは、ロフトプラスワンですね。6年前ですか。
⑭その4日前、04年7月10日(土)には、中島らもさん(作家・左)に会ってるんですね。ロフトで会って、打ち上げで、飲んだ時です。この一週間後に、らもさんは亡くなりました。これが生前写した最後の写真になりました。
「産経新聞」(10年10月20日)を見てたら、らもさんの娘さんが、作家デビューした、と出てました。中島さなえさん(32)で、『いちにち8ミリの』(双葉社)です。お父さんに続いて作家です。「家業を継ぎました…」とコメント。お父さん譲りのギャグ精神ですね。
そうだ。私の『遺魂=三島由紀夫と野村秋介の軌跡=』(無双舎)には、中島らもさんのことも書いてたんだ。
じゃ、中島さなえさんにも送ってあげよう。お願いします。椎野さん、高橋さん。